2024/04/23

第11部  紅い水晶     4

  それから暫く大統領警護隊文化保護担当部は普段の業務に戻った。ギャラガ少尉は発掘申請書をチェックし、ロホは発掘隊に護衛を付ける予算の算定をし、ケツァル少佐は部署全体の予算のやりくりを考えていた。中尉のアスルともう一人の少尉マハルダ・デネロスはそれぞれ発掘隊監視業務で1週間と10日の出張中だった。文化・教育省の古いビルの古いエアコンがブーンと音を立てて生温い風を出しているところへ、真っ白な頭髪と真っ白な眉毛の高齢男性が階段を上がって姿を現した。
 4階の文化財遺跡担当部に緊張が走った。普通の人間である職員達にとっても、セルバ国立博物館館長は畏怖の対象で、怖い人だった。ムリリョ博士を怒らせるとセルバ国内の歴史的価値の高い文化財は一般公開を差し止められたり、国外へ貸し出すことが出来なくなる。そればかりか、貴重な外貨獲得手段である遺跡発掘協力金が海外から得られなくなる。大統領警護隊文化保護担当部が遺跡立ち入りを許可しても、ムリリョ博士が「駄目だ」と言えば、簡単に決定が覆されるのだ。何しろ文化保護担当部の隊員達は全員博士のお弟子さんなのだから。
 博士は文化財遺跡担当部の部長にラス・ラグナス遺跡立ち入り申請書を提出した。無言だ。部長はラス・ラグナス遺跡が何処にあってどんな遺跡か知らなかったが、無言で許可を出す証明として署名した。
 手続きを博士に説明するのは釈迦に説法だ。博士は無言で隣のカウンターに移動した。

「ブエノス・ディアス、博士。」

とギャラガ少尉は普通に挨拶した。博士が頷くと、彼は申請書に目を通し、それから遺跡立ち入り許可証の発行手続きを始めた。ケツァル少佐が立ち上がり、カウンターまでやって来た。

「ブエノス・ディアス、博士。」

 博士はまた頷いた。少佐が言った。

「1時間程前に、アンヘレス・シメネス・ケサダが同じ遺跡の立ち入り許可証を取りに来ましたよ。」

 ピクっと博士が眉を動かした。しかしギャラガは気の波動の欠片さえ感じなかった。ムリリョ博士は大して驚いていなかった。

「許可証を出したのか?」
「スィ。博士に同行すると言うので、認めない訳にいきませんから。」

 すると意外にもムリリョ博士はフッと顔を緩ませた。

「成年式の祝いに何処かに連れて行ってやろうと言ったら、遊びではなく遺跡に行きたがったのだ。考古学には無関心だった筈だがな。」

 あら、と少佐がわざとらしく驚いた顔をして見せた。

「彼女は成年式を済ませたのですか?」
「スィ。数日前に無事に済ませた。」

 ”ヴェルデ・シエロ”でなければこの会話の真の意味を理解出来ない。アンヘレスは部族の長老達と両親の前で見事ジャガーに変身して見せたのだ。ナワルを使える一人前の”ヴェルデ・シエロ”だと一族から承認されたのだ。そして、これは博士と少佐だけの間だけで(と言う建前で)暗黙の了解があったのだが、アンヘレスのジャガーは普通の黄色に黒の斑紋があるジャガーだった、と言うことだ。父親のフィデル・ケサダの様な秘めたる存在にしなければならない異色ではなかった。

「おめでとうございます。」

 ケツァル少佐が心から祝福した。ロホとギャラガも祝福し、先住民の文化の話と理解した文化財遺跡担当部からもお祝いの言葉が上がった。
 ムリリョ博士は珍しく微笑んで、素直にその祝福を受け取った。

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第11部  紅い水晶     13

  カサンドラ・シメネスはケツァル少佐にラス・ラグナス遺跡視察旅行の経緯を”心話”で語った。そして言葉で告げた。 「それっきりディエゴ・トーレスと連絡がつかなくなりました。」  ケツァル少佐は腕組みした。ロカ・エテルナ社の土木設計技師ディエゴ・トーレスが何か悪い物を遺跡近くの山で...