2024/04/24

第11部  紅い水晶     5

 「アンヘレスはピアノを弾く道へ進むんじゃなかったのかい?」

とテオが意外そうな顔で言った。ケツァル少佐と彼は彼女のアパートの食堂で一緒に夕食を取っていた。彼女から昼間の出来事を聞かされて、テオは意外に思ったのだ。アンヘレス・シメネスはピアノ演奏を得意としていたし、専門の先生について練習もしていた。考古学に興味があると思えなかったし、ケサダ教授も全く彼女の話を学問とつなげて話したことがなかった。

「彼女はお祖父さんと伯母さんについて旅行する気分の様ですよ。西部地区へ行ったことがないので、興味があるのでしょう。マスケゴ族は古代に移住してからずっとオルガ・グランデ周辺で生活していましたから、彼女にとって先祖の土地を見学する程度のことだと思います。」

 ケツァル少佐はあまり重要に考えていない。ラス・ラグナス遺跡には不思議な力を持つコンドルの形の石像があったが、それはサン・ホアン村の住民が新しい土地へ移住する際に一緒に持ち去った。現在のラス・ラグナス遺跡は本当に砂と土に還ろうとする過去の村の残骸しかない。素人が見れば、そこに村が存在したなんて想像すらしない、そんな何もない場所なのだ。

「建設される砂防ダムはもっと下流になるから、遺跡が破壊されることはないでしょうし、砂防ダムなので水没の心配もありません。泥が溜まって埋もれてしまうのも何十年も先の話です。でも工事が始まるとサン・ホアン村があった場所にすら近づけなくなりますから、ムリリョ博士は今のうちにラス・ラグナス遺跡を映像に残しておきたいのだそうです。学生を2人連れていかれる予定ですが、アンヘレスに撮影を頼もうかと仰っていました。学生はまだ誰をと決めていないので、もしかすると博士には珍しく女性学生を選ぶかも知れませんね。」

 勿論可愛い孫娘を守るためだ。テオはあの怖い堅物老人が孫娘に対してメロメロになる姿がどうしても想像出来なくて、困った。

「カサンドラ・シメネスも行くのだろう? 彼女もお供を連れて行くんじゃないのかい?」
「そりゃ、彼女は仕事ですから、ダム建設に詳しい部下か技術者を同伴するでしょうね。」

 マスケゴ族の名門とセルバ共和国屈指の大手建設会社の重役の旅だ。どんな面々になるのだろう、とテオは野次馬的興味を抱いた。しかし、遺伝子学者が入り込む余地がないことは、確かだった。


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第11部  紅い水晶     15

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