2024/04/30

第11部  紅い水晶     11

  ラス・ラグナス遺跡はムリリョ博士にとってもあまり魅力がない遺跡だったようだ。祭祀に使われたと思しき石像などはサン・ホアン村の住人達が持ち去ったのだから、尚更だった。グラダ・シティから遺跡まで片道1日、遺跡と山の散策で1日、結局2日目の夜に一行はオルガ・グランデのホテルに引き上げてしまった。ロカ・エテルナ社の社用旅行と言う名目だから、豪華なリゾートホテルという訳に行かなかったが、それなりに高級なホテルに彼等は宿泊した。夕食は一応全員一緒にホテルのレストランで取った。アンヘレス・シメネス・ケサダが上手にその場の雰囲気を盛り上げてくれて、カサンドラと博物館員アントニア・リヴァスも砂漠の風景をネタにして会話を楽しんだ。博士はいつものことながら無口で食べることに専念し、技師のディエゴ・トーレスは博士を会話に引っ張り込もうと何度か声をかけて、カサンドラとリヴァスをハラハラさせた。博士は孫娘の手前、大人気なくヘソを曲げたりせずに、適当に技師の言葉に相槌を打っていた。
 食事が終わって各自が部屋へ引き上げる段になってから、博士がカサンドラに囁いた。
ーーお前達、山で何か変わったことはなかったか?
 カサンドラは何もなかったと答えた。彼女は実際何もないとその時思っていた。逆に遺跡で何か面白い物を見つけたのですかと尋ねると、博士はツンとして、何もないと言った。
 部屋割りはカサンドラとアンヘレスがツインで、他のメンバーは3人ともシングルだった。シャワーを浴びてベッドに入る前にアンヘレスが何時帰るのかと訊いた。
ーー明日の昼前の飛行機で帰るわよ。
とカサンドラが答えると、彼女は安心した様な顔をした。
ーーそれじゃ、朝ご飯の後、すぐにこのホテルを出る? それとも朝ご飯は外で食べる?
ーー貴女のお祖父様次第ね。でも、どうしたの? このホテルは好きじゃないの?
ーーわからない。
とアンヘレスは言った。
ーーさっき夕ご飯の時、とても嫌な気分がしたの。何か悪い気が漂っている感じ。
 カサンドラは姪がそんなことを言うのを初めて聞いた気がした。妹夫婦は子供達を普通の人間の子供同様に育てている。巫女の様な訓練は受けさせていないし、アンヘレスはピアノの教師になりたいと音楽教室で頑張っている少女だ。普段は悪霊や死霊と無縁な生活をしている。
 しかし義弟フィデルは考古学者で、時々古代の死人を扱うことがある。彼はシャーマンの訓練を受けていないが、”ヴェルデ・シエロ”らしく我が身と近くにいる人々を悪霊から守る力は十分に持っているし、カサンドラの妹のコディアだって同程度の力はある。純血種なのだから。成年式を終えたばかりのアンヘレスが、何かを感じてもおかしくない。ただ、カサンドラもムリリョ博士も熟年した”ヴェルデ・シエロ”だ。彼等が何も感じなかったのは、どうしてだろう。

 ケツァル少佐は内心動揺しかけて、堪えた。カサンドラに知られてはいけない。カサンドラは義弟フィデル・ケサダがマスケゴ族だと信じているし、姪のアンヘレスとその弟妹達もマスケゴ族だと思っている。

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第11部  紅い水晶     22

  ケツァル少佐はトーレス邸の詳細な捜査をロホに命じ、自分はグラダ・シティの富裕層の子供達たちが通学する高校へ向かった。アンヘレス・シメネス・ケサダは彼女が校門の前に自家用車を停めた時に自転車を押しながら出て来るところだった。友人たちと喋りながら自転車に跨ろうとしたので、少佐は窓...