2024/05/01

第11部  紅い水晶     12

  カサンドラの父ファルゴ・デ・ムリリョ博士が彼女に「山で変わったことはなかったか」と尋ね、姪のアンヘレス・シメネス・ケサダが「ホテルに悪い気が漂っている感じ」と言った。カサンドラは不安になったが、姪にそれを気取られぬよう用心して、その夜は何事もなく過ごした。
 翌朝、朝食の席に技師のディエゴ・トーレスが遅れて現れた。彼はひどく疲れた顔で、カサンドラが大丈夫かと声をかけると、山歩きの疲れが出ただけです、と答えた。しかしアンヘレスが彼を見て嫌そうな表情をして、急いで食事を済ませ、ムリリョ博士も孫と一緒にさっさと席を発ってしまった。
 カサンドラと博物館員のアントニア・リヴァスはトーレスの食事が終わるのを待ってやったが、トーレスは食欲がないのか少ししか食べなかった。彼の顔色が悪いとリヴァスが心配したが、トーレスは平気だと言い切った。
 空港に到着すると、ムリリョ博士がチケットカウンターに行き、帰りの便の予約をしていたにも関わらず、新しいチケットを1枚持って一行のところに戻って来た。そしてトーレスにそのチケットを手渡した。
ーー君は体調が悪そうだから、半時間後の便で先に帰りなさい。
 カサンドラはびっくりした。急な便の変更は既に不可と言える時間だったからだ。しかし、ムリリョ博士は、恐らく”操心”を用いて、強引にチケットを手に入れたのだろう。トーレスの手にチケットを押し込み、搭乗手続きのゲートへ連れて行ってしまった。
 リヴァスは普通の人間で、博士が”ヴェルデ・シエロ”であるなんて想像すらしていなかったが、彼女は発掘旅行で上司の奇妙な行動に慣れているのか、「また博士の魔法ですね」と言って笑った。
 カサンドラは父がトレースを先に帰したことが気になった。だから博士が自分達のところに戻って来ると、”心話”で何かトーレスに良くないことが起きているのか、と尋ねた。しかし博士は答えなかった。
 帰りの飛行機は時間通りに離陸し、無事にグラダ国際空港に到着した。トーレスが乗った飛行機も無事に着いており、カサンドラが電話をかけると、技師は既にタクシーで自宅に向かっていた。
 空港にカサンドラの見知らぬ男性が彼等を待っていて、博士に挨拶すると少し2人だけで話をしていた。ムリリョ博士はとても不機嫌になり、男性と別れると、カサンドラにアンヘレスを家に連れて帰るよう言いつけ、己はリヴァスと博物館へ向かった。
 カサンドラはアンヘレスと一緒にタクシーに乗った。 ”心話”で姪に尋ねた。
ーー貴女のお祖父様は何を怒っているのかしら?
ーー知らない。
とアンヘレスは答えた。
ーーお祖父様はセニョール・トーレスを助けたかったの。だけど、何かが上手くいかなかったみたい。

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第11部  紅い水晶     24

  ケツァル少佐は近づいて来た高齢の考古学者に敬礼した。ムリリョ博士は小さく頷いて彼女の目を見た。少佐はトーレス邸であった出来事を伝えた。博士が小さな声で呟いた。 「石か・・・」 「石の正体をご存知ですか?」  少佐が期待を込めて尋ねると、博士は首を振った。 「ノ。我々の先祖の物...