2024/04/28

第11部  紅い水晶     10

  ケツァル少佐がロカ・エテルナ社の駐車場に車を停めたのは午後1時を少し回った頃だった。セルバ人なら昼食を楽しみ、昼寝を考える時間だ。少佐は指示された階の指示された場所に車を置いて、すぐ背後にあった扉の中に入った。ガラス張りの渡り廊下を通り、次の扉を開くと、そこはロカ・エテルナ社の最上階だった。本来は地上階の受付を通さないと入れない区画だ。扉が開いていたのはカサンドラ・シメネスが開けてくれていたからで、彼女が扉の内側の通路で待っていた。彼女は少佐を見るなり右手を左胸に当てて挨拶した。

「ご足労お願いして申し訳ありません。どうぞこちらへ・・・」

 ロカ・エテルナ社は各部屋の壁がガラスになっている。しかしそれぞれの部屋の内部にはブラインドが装備されており、スイッチ一つで外からは不可視の状態にすることが出来た。
 カサンドラは彼女のオフィスに少佐を招き入れた。執務机が奥にあるが、部屋の中央は会議用のテーブルが設置され10人ばかりが座れる様になっていた。テーブルの上に軽食の準備がなされていた。

「大至急ケータリングを頼んだので、こんな物で申し訳ありませんが・・・」

 ケツァル少佐はトルティーヤとトマトソースの煮込み料理を見て微笑んだ。

「十分です。お心遣い有り難うございます。」

 2人の女性は無意味な挨拶交換はしなかった。すぐにテーブルに向かい合って座った。

「まず、何が起きたか、”心話”で報告したいのですが、よろしいですか?」
「スィ、お願いします。」

 彼女達は互いの目を見つめ合った。”心話”は秒単位で大量の情報を伝達交換出来る”ヴェルデ・シエロ”の能力だ。生まれつき持っている能力だが、正しい使い方は親が子に教える。そうでなければ、一方的に他人に己の情報を吸い取られてしまうだけだ。必要な情報だけを伝達して、他人に知られたくない情報はセイブする、それが正しい使い方だ。
 ケツァル少佐は、カサンドラ・シメネスが父ファルゴ・デ・ムリリョ博士、姪のアンヘレス・シメネス・ケサダ、彼女の部下で設計技師のディエゴ・トーレス、ムリリョ博士の助手で博物館員のアントニア・リヴァスと共に車に乗ってラス・ラグナス遺跡に到着したところから情報を見せてもらった。博士とアンヘレス、リヴァスの3人は遺跡に向かい、カサンドラとトーレスは遺跡を見下ろす丘へ登った。徒歩だ。カサンドラは彼女自身が丘で何をしたかは受け渡す情報から省いた。少佐が見せられたのは、彼女が時々目撃したトーレス技師の行動だった。トーレスは地形を撮影し、谷と尾根の高度差を測定し、地形図と照らし合わせて他社が建築する予定の砂防ダムの影響を推測していた。ダム自体はもっと下流に建設されるので、遺跡を直接破壊する物ではない。谷の深さや建設予定地からの距離を考えても遺跡が土砂に埋もれるのは何十年も先の話だと、カサンドラとトーレスは言っていた。
ーー何十年どころか、何百年後かも知れません。
とトーレスは言い、2人は日陰がない丘を下りて休憩することにした。地面は乾いた硬い土の道だった。道なき道だが、歩きやすい地面を探して登ったので、帰りも同じルートを辿った。トーレスは普通の人間だ。建設現場を実地調査で歩くことに慣れていたが、”ヴェルデ・シエロ”のカサンドラがいつしか彼を追い越して先に歩いていた。
 ズサッと滑る音が聞こえ、カサンドラが後ろを振り返った。トーレスが浮石を踏んで足を滑らせ、尻餅をついていた。彼女は直ちに部下が大きな怪我をしなかったことを目視で確認した。”ヴェルデ・シエロ”の目視は人間の肉体の内部を見ることが出来る。トーレスは足を挫くことなく、骨折もしなかった。それでも一応彼女は「大丈夫ですか?」と声をかけてやり、トーレスは無様な姿を見られたことを恥じらいながら立ち上がった。立ち上がる時に彼は手をついた場所にあった何かを掴んでいて、衣服の埃を払う際にそれをズボンのポケットに入れた。
 ケツァル少佐の頭の中にカサンドラの言葉が入った。

ーーあの時、私は彼に何を拾ったのか尋ねるべきでした。


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第11部  紅い水晶     19

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