テオドール・アルストが目を覚まして、朝食を作るために彼のパートナーの区画へ行くと、リビングのソファの上で彼女が眠っていた。遅くに帰ったのだろう、着替えもしないで、靴だけ脱いでクッションの上に半分俯せになっていた。床にバッグと靴が放り出されたままだ。彼女が無防備で眠る姿を見せてくれると、テオは信頼されていることを感じ、嬉しくなる。本人はきっとクタクタなのだろうけど。
テオはキッチンに入り、朝食の支度をした。昨夜は半分以上夕食が残ってしまったので、家政婦のカーラが気を利かせて残り物を少しアレンジして朝食用に作り直してくれていた。それで彼はお菜を皿に盛り付け、パンを切ってテーブルの上に並べた。そしてコーヒーを淹れた。
コーヒーマシンの豆を砕く音に、ケツァル少佐が目を開いた。頭をもたげ、自分の家にいることを確認してから、彼女は起き上がり、バスルームに入った。
テオは彼女が素っ裸で廊下を通って寝室へ着替えをしに行くのを、気づかぬふりをして、湯気の立つコーヒーをカップに注ぎ込んだ。朝のコーヒーはミルクをたっぷり入れる。昼間はブラックしか飲まない少佐の習慣だ。ミルクは少しだけ温めておいた。
猫舌の少佐が服を着て食堂に入ってくると、コーヒーが程よい温度に冷めていた。
「ブエノス・ディアス。 昨夜は遅かったんだね。」
テオが挨拶すると、彼女はまだ眠たそうに「ブエノス・ディアス」と返した。
「こそ泥を働いた救急隊員を探すのに手間取りました。」
と彼女は言った。そして彼が話を聞きたがっていることを見越して、簡単に説明した。
「ムリリョ博士達と一緒にラス・ラグナス遺跡に行ったカサンドラ・シメネスの部下が、遺跡近くの山で石を拾ったのです。その石の正体が何なのか、まだ不明ですが、その部下は石のために命の危険に曝されました。ロホと私は彼の家で彼を救助しました。その時、彼は石を握っていたのです。石の危険性にその時誰も気が付かず、石は床の上に落ちて放置されました。彼を運んだ救急隊員がその石を拾ったとしか思えないのですが、兎に角、私達が思い出した時、既に石は姿を消していました。アンドレが救急車を追跡しましたが、件の救急隊員は仕事を終えると姿を消してしまい、まだ見つかっていません。」
「すると・・・」
テオは考えた。
「今度はその救急隊員が危険に曝されているってことか?」
「その可能性があります。或いは、彼はその石を誰かに売ってしまい、その買取主が危険に曝されている可能性もあります。」
そこまで語ると、少佐は猛然と朝食に取り組んだ。テオはまだ考えていた。
「その石は、ネズミの神様みたいに人間の生気を吸い取るのか? それとも人に乗り移る悪霊みたいなものか? 」
「わかりません。」
少佐は食べ物をオレンジジュースで流し込んだ。
「トーレスは・・・サンドラの部下ですが・・・全身の血を抜かれたみたいな状態になっていました。輸血でなんとか助かったとサンドラから昨晩連絡がありました。」
「輸血? その石は血を吸うのか?」
「血のような色をしていますが、人間の血を溜め込める大きさではなかったです。」
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