2024/06/22

第11部  石の名は     18

 「もし宜しければ・・・」

とケサダ教授が言った。

「これから、マレシュ・ケツァルにお会いになりませんか?」

え? とテオは耳を疑った。マレシュ・ケツァルは現在マルシオ・ケサダと名乗っている”ヴェルデ・シエロ”の女性で、グラダ族の血を濃く引くブーカ族とのミックスだ。一族の裁定で滅ぼされたイェンテ・グラダと呼ばれた村の最後の生き残りだ。そして、フィデル・ケサダ教授の実の母親だ。彼女の存在はムリリョ博士の判断で一族には秘密にされている。少なくとも、20年近く前迄は存在が確認されたが現在は行方不明、生死不明とされている。しかし彼女は健在だ。息子の家で息子の家族と一緒にひっそりと暮らしているのだ。半分夢の中に生きて、車椅子に座った状態で1日過ごしている。彼女と面会したケツァル少佐によると、彼女が話す言語は古いイェンテ・グラダ村の方言で、若い世代には理解が難しいとのことだった。恐らく彼女と会話が成立するのは、ケサダ一家と、遠い昔マレシュが子守りをしたカタリナ・ステファンだけだろう。テオは一回だけ偶然彼女と出会ったことがあった。グラダ大学医学部病院の庭だ。車椅子に座った彼女が、自分の方からテオに声を掛けて来た。息子の心を読んで息子の周辺にいる人々を記憶していたのだ。テオは彼女と会話をすることが出来なかったが、好印象を抱いてもらった様子だった。

「俺が彼女に会っても良いのですか?」

 テオは慎重に「貴方の母」と言う表現を避けた。世間一般には、ケサダ教授の母親はムリリョ博士の亡くなった妻と言うことになっている。
 教授は頷いて、駐車場を指差した。

「あまり時間は取らせません。恐らくこの時間、彼女は庭にいます。」

 殆ど有無も言わさぬ勢いでケサダ教授はテオを駐車場へ引っ張って行った。歩きながら携帯電話を出してどこかに掛けたが、どうやら相手は妻のコディア・シメネスらしかった。母親が庭にいることを確認したのだ。彼が電話を切ると、テオは歩きながら尋ねた。

「貴方は彼女が、件の石について知っているとお考えですか?」
「知っていると言うより、何に使われた物か見当がつくだろうと思うのです。」

 イェンテ・グラダ村は閉塞的な場所だった。位置的にはオルガ・グランデやラス・ラグナス遺跡から遠いのだが、古代の風習や言い伝えが残っていた可能性はあった。

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第11部  石の名は     24

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