人の血を吸う謎の石「サンキフエラの心臓」を回収した神官からは、それっきり何も言ってこなかった。もとより神殿に何も期待していないケツァル少佐と部下達は日常に戻った。一度カサンドラ・シメネスから「石はどうなりましたか?」と問い合わせがあったが、電話に応対したロホが「神殿が引き取りました」と言うと、それっきりだった。
石に血を吸われて命を落としかけたディエゴ・トーレス技師は癌の検査を受け、投薬だけで社会復帰出来たようだ。
全て丸く収まった、とテオも思った。そして石の存在を忘れかけていった。大学でムリリョ博士とばったり出会う迄は。
「石はどうなった?」
顔を合わせるなり、挨拶もそこそこに博士が質問して来た。学舎内の通路だったので、テオはちょっと困った。授業があったし、その後で学部内職員会議があった。彼はサッと周囲を見回してから、早口で伝えた。
「石は”サンキフエラの心臓”と呼ばれるカイナ族が儀式のために作ったもので、現在神殿が保管しています。カイナ族の友人によると、毒を吸い出す目的の石らしいです。」
話しながら、テオは「あれ?」と思った。ムリリョ博士は最長老と呼ばれる”ヴェルデ・シエロ”の世界では重鎮だ。彼が属する長老会が地下神殿で会合を開いて国政の方針を決めたりするのではないのか? 彼等は何か変わった出来事があればすぐに情報を得られる立場にいて、国内のことは殆ど全て承知しているのではないのか? 神殿が石を手に入れたことを知っている筈ではないのか?
ムリリョ博士が白い眉を寄せた。
「神殿が保管しているだと? どの神官が受け取ったのだ?」
「それは・・・」
テオは博士の怒りを微かに感じ取った。 最長老が情報を得ていない?
「神官の名前を俺が知っている訳がないでしょう? ケツァル少佐に訊いてください。」
博士はぶっきらぼうに「そうしよう」と呟き、さよならも言わずに去って行った。
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