2024/08/10

第11部  石の目的      20

  民間療法士のカダイ師はセルバ共和国東海岸で一番人口が多い先住民アケチャ族のシャーマンの一人で、年齢は40代半ば、頑なにスペイン語を拒否して暮らしていると言う。恐らく耳で聞いて理解はしているのだろうが、理解出来ないふりをしているのだ、とデネロス少尉は言った。喋らないが、理解しているなら本当は喋れるのだ。だが強引にアクセスしてもひねくれるだけだから、デネロスが通訳を買って出たのだ。ケツァル少佐が協力してくれないのは、カダイ師が今回の毒薬事件に関係がないと信じているからだ。
 ラ・コンキスタ通りとメルカトール通りの交差点広場から歩いて15分ばかりの、ごちゃごちゃと古い家が建て込んだ一画に、テオは数年ぶりに足を踏み入れた。昔、ラス・ラグナス遺跡で突然開いた空間通路にカルロ・ステファン大尉が吸い込まれ、それを追跡するためにテオはアンドレ・ギャラガ少尉と共に通路に入り、地下の下水道に出た。地上に出て、ケツァル少佐に助けに来てもらうと、あまりの下水道の臭いに閉口した少佐が彼等をカダイ師の店に連れて行き、臭い消しを依頼したのだった。あれは、テオがアンドレ・ギャラガと知り合ってたった2日目の出来事だった。あの時は、まさかギャラガが文化保護担当部に引き抜かれて、そのまま親友として、仲間として付き合うことになるとは互いに思っても見なかった。
 デネロス少尉は先に電話をかけてカダイ師が店にいることを確認した。それから2人で路地を歩いて、店に入った。干した植物がいっぱい天井からぶら下げられ、棚には瓶入りの正体不明の粉や液体が陳列されていた。プーンと薬臭い匂いが充満する店だ。カダイ師は店の奥で椅子に座ってタバコを蒸していた。制服姿のデネロスを見て、立ち上がったが、それは彼女が大統領警護隊だからで、もし普通の軍人だったら座ったままだっただろう。
 デネロスとカダイ師は挨拶を交わし、それから彼女がテオを紹介した。テオが以前この店で世話になったことを伝えたいと言うと、彼女はそれも説明してくれた。カダイ師は不思議な微笑みを浮かべ、彼に頷いて見せた。ドブ臭い白人を覚えていたのだろうか。
 デネロスが質問をしても良いと言ったので、テオは尋ねた。

「カロライナジャスミンの毒を求めて来た客が最近いましたか?」

 彼女が通訳した。カロライナジャスミンの名前をアケチャ語で「スンスハン」と言うが、テオが植物園で見た標識にもやはり英名と学名、そして同じく「スンスハン」と書かれていた。この国ではその名で知られており、恐らく一般的なのだ、とテオは思った。
 カダイ師は顔から微笑みを消し、デネロスとテオをちょっと怖い顔で見比べた。そしてデネロスに何かボソボソと喋り出した。テオはデネロスの可愛らしい眉が寄せられて難しい顔になるのを見た。
 カダイ師の語りが終わると、デネロスはテオに向き直った。

「彼は言いました。カロライナジャスミンを買いに来た客は覚えていない。だが4日前、スンスハンの粉が少し減っていた。彼は使った覚えがないので、誰かが来て盗んだのだと思った。しかしレジの金が少し増えていたので、客が来たのだとわかった。」

 彼女はそこでちょっと息を継いでから続けた。

「彼は言いました。恐らく、”ヴェルデ・シエロ”が買い物をしたのだ、と。」

 テオは薬屋が言いたいことを理解した。カロライナジャスミンを買い求めた客が実在したのだ。その人物は買い物をした後でカダイ師の記憶を消した。しかし商品が減って代金が残っていたので、カダイ師は客があったことを知った。その客は”ヴェルデ・シエロ”だったのだ、と彼は思っている。
 テオはカダイ師に声をかけた。

「グラシャス、大いに助かった!」


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第11部  石の目的      30

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