植物園の中は、普通の庭みたいで、草木が勝手に生えている印象だった。それでも看板があって、「平地の植物」「密林の植物」「高地の植物」と分けられていた。国外の植物は別エリアで、テオは時間をかけて歩いてみたが、変わったものはなかった。「変わったもの」と言うのは、珍しい品種と言う意味ではなく、植物に傷がついているかいないか、と言うことだ。葉や花をむしったり、切り取った痕跡はどこにもなかった。園内を見回してみても、防犯カメラらしきものはなかった。ただ、途中で「有毒植物」と書かれたエリアがあり、そこだけカメラが設置されていた。テオはカロライナジャスミンを見つけ、受付でもらった剪定鋏と手袋と袋で葉を3枚採取した。
剪定鋏を返却し、手袋をゴミ箱に入れて、テオは大学に戻った。葉を磨り潰し、細胞を潰さないよう気をつけてサンプルを取り出した。D N A分析機に掛けたら、夕方になっていた。彼は研究室を施錠して、いつもの様に文化・教育省の駐車場まで車で移動した。
アスル、ギャラガ、ロホがやって来た。ギャラガはそろそろ官舎を出て、アスルと長屋で同居する準備を始めたところで、これから通勤用の自転車を買いに行くと言う。オートバイにしないのか、とテオが訊くと、それはもう少ししてからの予定です、といなされた。ロホとアスルは保護者面で彼について行くつもりだった。
彼等がロホのビートルで去って直ぐに、ケツァル少佐とマハルダ・デネロスがやって来た。
「マハルダも一緒に夕食を取りますが、良いですね?」
と少佐が有無を言わさぬ口調で尋ねた。いつもの調子だから、テオは苦笑した。
車2台でコンドミニアムに帰り、カーラが作った夕食を3人は堪能した。
「ところで、大統領のガーデンパーティは予定通り開かれるのですか?」
とデネロスが食後のコーヒーを飲みながら尋ねた。少佐があまり嬉しくなさそうな表情で頷いた。
「なんとか厨房スタッフの健康が回復して間に合いそうなので、予定通り進めるみたいですね。」
「なんの食中毒だったんですか?」
「クラマトです。」
クラマトは香辛料が入ったトマトジュースの様なもので、二日酔いの時にセルバでは好んで飲まれる飲料だ。
「クラマトの中に、有毒成分が混入されていたみたいです。」
「やっぱり、誰かの仕業ですか? 材料を間違えたのではなく?」
「故意に混入されたのでしょう。ベテランのスタッフが間違えると思えません。」
テオはウイノカ・マレンカから聞いた話をしたかったが、固く口止めされているので、黙っていた。しかし何も口を挟まないのでは、怪しまれるので、適当なところで質問してみた。
「犯人はまだわからないのか?」
「ノ」
と少佐は即答したが、大統領警護隊が何も情報を掴んでいないとは思えなかった。
テオは暫く考えていたが、ふとある人物の顔が頭に浮かんだ。唐突だったし、長い間忘れていたので、名前をすぐに思い出せなかった。
「少佐、あの・・・薬屋、なんて名前だったっけ?」
「薬屋?」
怪訝そうな顔の少佐とデネロスにテオは説明した。
「俺がアンドレと下水道に空間移動した後で、臭い消しに君が俺たちを連れて行ってくれた店だ。」
少佐はちょっと考えて、それから、「ああ・・・」と呟いた。
「カダイ師ですね?」
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