テオはロアン・マレンカの担当医の名前を聞いてから、礼を言って、ロホと共に歩いて行った。エレベーターに乗っても良かったのだが、大統領警護隊の隊員達はエレベーターを嫌う。扉が開いた時に外で敵が待ち構えていたら、狭い空間で戦わなければならないからだ。
階段を上って行くと、3階の通路に知った顔を見つけた。テオより先にロホが声をかけた。
「クワコ中尉とギャラガ少尉、ここで何をしている?」
何をしているのか、当然わかっていたが、敢えて尋ねた。アスルとギャラガは民間療法士の伝を手繰って大神官代理の行方を探していたのだ。恐らく、ここを聞き出して到着したのだ。
声をかけられて、2人がビクッと振り返り、上官と親友を認めて緊張を解いた。彼等は敬礼して、それから小声で言った。
「あの人がここにいるって聞いたもので・・・」
とアスル。彼等も到着したばかりなのだ。多分、受付を”幻視”で誤魔化して、通るところを見えないようにしてやって来たのだろう。テオは大神官代理の居場所はそんなに極秘事項じゃないのだな、と思った。たった半日で2つのグループが突き止めてしまったのだ。
ギャラガがさらに声を顰めて囁いた。
「かなり容態が悪い様です。」
彼等は3号室の前にいた。ロホはドアを開けずに中の様子を手を扉の表面に当てて伺った。
「まだ死霊の気配はない。」
と彼は囁いた。
通路に彼等以外の人間がいないことを確かめてから、ロホはドアをノックした。数秒待ってから、部下達とテオを振り返った。
「入室のお許しが出た。」
恐らく気の動きでも感じたのだろう。彼は静かにドアを開くと、部下達とテオを先に入れ、己は最後に入った。
テオは機械に繋がれた男性をベッドの上に求めた。先住民の男性で、病気で衰弱して老齢の様に見えるが実際はまだ40代の筈だ。痩せこけて、酸素マスクの下で静かに呼吸をしていた。ロホがベッドの病人の頭の横に近づき、右手を左胸に当てて自己紹介した。 ”ヴェルデ・シエロ”の言語だったが、テオは彼が部下達とテオも紹介したことがわかった。
その後の説明は、”心話”だった。重病人に負担をかけずに複雑な会話が交わせるのだ。
テオはロアン・マレンカが口元に苦笑とも思える小さな笑みを浮かべたのを見逃さなかった。きっとロアンの部下の神官達が彼の後継を巡ってドタバタしていることを知って、苦笑したのだろう。
ベッドの上の男性は、死を前にして穏やかな表情をしていた。もう儀式もしきたりも掟も政治も関係ない時間を送っているのだ。
不意にロアンがロホの手を掴んだ。骨だけのような細い手にいきなりギュッと力強く掴まれて、ロホが驚いた。大神官代理は彼の目をグッと見つめた。ロホは緊張した面持ちになり、言葉で何かを伝えた。ロアンが微笑み、彼を離した。
ロホが恭しく頭を下げたので、アスルとギャラガも彼に習った。テオも訳がわからぬまま、真似をした。
ロホが体の向きを変えた。
「さぁ、お暇しよう。」
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