ケツァル少佐は空中に右手を差し出した。彼女の目には微かにシルクのカーテンのようなものが見えていた。そのカーテンは彼女の指先が触れると、そこからパッと円形に穴が開いてその口がスッと広がって行った。少佐の後ろに控えていたマハルダ・デネロス少尉とキロス中尉、その部下5人には見えなかったが、彼女達を神殿から遠ざけていた力がスッと後退して行くのが感じられた。
ーー結界が破られた!
”ヴェルデ・シエロ”にとって、他人の結界を破ることが出来るのは、結界を張った人間が己より下位の力しか持たない部族である場合だ。一般にブーカ族が現存する一族の中で最も強く、それにサスコシ族とオクターリャ族が続くと言われているが、その力の差はさほど大きくなく、修行を積んだ者なら部族間の差は殆どない。互いの結界を破れないことはないが、実行する時は己の脳への損傷を覚悟しなければならない。下位の能力者であるマスケゴ族、カイナ族とグワマナ族は上位能力者の結界を破れない。見えない壁の様なものにぶつかって先へ進むことが出来ない。脳の損傷以前の問題で物理的に無理なのだ。
ケツァル少佐は「最強」と呼ばれるグラダ族最後の純血種と言われている。その力を、神殿近衛兵達は目の前で見せつけられたのだ。
少佐にとっては、他人の結界を破ることはなんでもないことだった。張った人間は修行を積んだ神官だが、サスコシ族とカイナ族の神官だ。彼女にとっては「なんてことない」能力者達だった。
ーーもし、これがカルロやアンドレが張った結界なら、ちょっと難しいだろう・・・
と彼女は心の中で呟いた。弟のカルロ・ステファンは結界を張るのが苦手だし、アンドレ・ギャラガは他部族他人種の血が混ざっているが、グラダ族の力をしっかり持っている。彼等が本気で結界を張れば、彼女も少し覚悟が必要だったろう。脳への損傷を避けられても、エネルギーの消耗が大きくなった筈だ。ましてや、純血種のフィデル・ケサダなら、マスケゴ族として育てられていても結界は強力だ。実際にギャラガが彼の結界の強大さを証言していた。長時間にわたって動く大型バスを結界で包んで移動したと言うのだから、まともにぶつかれば、グラダ族同士でも被害を受けかねない。
少佐は後ろの女性達を振り返った。
「私の後ろについて来なさい。遅れない様に。敵がすぐに閉じてしまう恐れがあります。」
中にいる神官達を「敵」と表現した。神殿近衛兵達は槍を持つ手に力を入れ、足を踏み出した。
0 件のコメント:
コメントを投稿