テオは味方である筈の人を目の前にして冷や汗をかいていた。ケサダ教授は己のナワルの秘密を誰にも知られたくないのだ。少なくとも、義父と妻しか知らないと思っていたのだ。
下手に言い訳すると、却って泥沼に入るだろうと思ったテオは、素直に打ち明けることにした。
「実はバスコ兄弟の殺人事件の時に、セニョール・シショカが貴方に屈した理由を、ムリリョ博士から聞きました。貴方がシショカより強い理由を、です。貴方が本当の出自を明かさない理由です。」
ケサダ教授はテオから視線を外し、暫く壁をぼんやり眺めていた。目はぼんやり、だが、頭の中では色々考えを巡らせているに違いない。テオは彼が何か言うのを待っていた。
やがて5分も経ってから、教授が口を開いた。
「私が出自を秘密にしているのは、ムリリョ家が一族に私の出生に関して虚偽を言っている、と思われることを防ぐためです。」
と彼は言った。
「義父が私の母から私を預かった時、彼はただ幼い子供を大人の争いから守るつもりだけでした。私は既に神官の修行を始める年齢を過ぎていましたし、監視されて生きるのは誰でも苦痛です。だから彼と彼の妻は私を普通のマスケゴの子供として育ててくれました。私も彼等の努力を無駄にすまいと能力を隠して成長しました。成年式でナワルを見られたら、その時はその時です、博士は私の父親を知らなかったととぼければ、それで良かった。一族は私をグラダとして認定して終わる筈でした。しかし、私の毛色は黒くなかった。金色でもなかった。だから立ち会った長老達は、口をつぐんだのです。生贄など、誰もこの時代に行いたくないし、異常なカルトに教えたくもない。彼等は一族の平安のために、私の出自を隠しました。彼等の沈黙が私に『世に出るな』と命じたのです。」
でも、とテオは呟いた。
「誰かが、貴方の血筋を身内に教えた、あるいは、身内が長老の心を読んでしまった?」
「高齢で弱った長老と意思疎通を図った際に、秘密を読んでしまったのでしょう。 しかし、私をどうこうするつもりはないのです。たまたま最近私に息子が産まれ、世襲制の案を誰かが思いつき、誰かが己の先祖にグラダがいたと伝えらていることを思い出した、その3つでしょう。」
ケサダ教授はテオに向き直った。
「恐らく、グラダの血筋を探せと言った神官、世襲制でグラダの血筋を持つ者を神官にしようと考える神官は、別の人間ですよ。」
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