2025/04/16

第11部  神殿        11

  テオは恩人でもあるこの最長老に嘘をつきたくなかった。しかし友人を裏切ることも出来ない。

「もし、純血種のグラダの男性がいるとしたら、どうなさいますか?」

 質問で相手の質問に返した。最長老がどんな表情をしたのか、仮面が邪魔でわからなかった。彼女は少し間を置いてから答えた。

「現在神殿内を騒がせている人達と同じ考えを持つ連中が、その人の存在を知れば、ややこしいことになるでしょう。」
「だから、俺は沈黙を保っています。」

 最長老は仮面を被った顔をテオから横の棚で占められた壁に向けた。何か考え込んでいる。テオは小部屋の外が気になった。
 ケツァル少佐は女性の神殿近衛兵達が”空間通路”で神官達と共に神殿に戻ったと言っていた。少佐も大統領警護隊の仲間もこちらへ向かっている筈だ。しかし、この神殿の静けさはなんだろう。ここは広大で一部の騒ぎは全く聞こえない程なのだろうか。
 最長老がテオに向き直った。

「その人が純血種のグラダだとして、どうして成年式で立ち会った長老達は沈黙したのでしょう?」

と訊いてきた。テオは肩をすくめて見せただけだった。そんな成年式のことなんて知るものか、と態度で見せた。

「黒いジャガーなら、直ぐに神殿にグラダの出現が報告されたでしょうね。」

と最長老が言った。少し声の調子が以前と変わっていた。テオはその微かな変調に気がついた。この人は面白がっている? テオの”友人”の正体を推理して楽しんでいるのだ。

「毛色はグラダの男なら黒です。金色に斑はあり得ません。長老達が沈黙してしまったのは、その人の毛色がとても珍しい色だったからでしょう・・・」

 最長老が仮面の向こうで大きな溜め息をついた。

「困りましたね、エル・ジャガー・ブランコですか・・・」

 だがその声音に困ったと言う響きはなかった。テオは思い切って尋ねた。

「白いジャガーは生贄になるのですか?」

 最長老が彼を見つめた。

「そんなことも、貴方はご存知なのですね?」
「あ・・・考古学者や文化保護担当部と付き合っていると、そう言う伝統的な話も耳に入りますから・・・」
「生贄の内容も聞きましたか?」
「生贄の内容?」

 きっと儀式の話だ。テオはずっと以前に聞いた話を思い出そうとした。

「えっと・・・聖なる白いジャガーの能力を取り入れるために大神官が生贄を殺して、その心臓を食う・・・?」
「それは、他所の民族の儀式の話が混ざった間違った言い伝えです。」
「え?!」

 最長老はテオにグッと顔を近づけてきた。テオは松明の灯りの中で暗い空洞に見えた仮面の目の穴の奥に、光る瞳を見つけた。

「正い知識を考古学者に教えなさい。」

と最長老が囁いた。

「白いジャガーは、必ず男性です。そして、彼は”名を秘めた女”と交わって、彼女の子供を作るのです。」

 テオはあんぐりと口を開けた。今、最長老はなんて言った? 

「白いジャガーとママコナは・・・子供を作るのですか?」
「スィ。」

 最長老は姿勢をもとに戻した。

「”名を秘めた女”は、次の世代に知識を伝えなければなりません。でも世継ぎは彼女が死んだ後に生まれます。だから、彼女は自身の子供を産み、その子に引き継ぐべき知識を与えておくのです。 その子は必ず娘で、"アタ”、繋ぎ と言います。 ”アタ”は母親である”名を秘めた女”から全てを受け継ぎ、母親の死後に迎えられる次の”名を秘めた女”に受け継いだ全てを伝え、教育に当たります。養育係であり、教師であり、導師です。」
「では、父親の白いジャガーは、子供が出来たら・・・」
「お役御免ですから、神殿から出されます。」
「殺されるのでは?」
「神殿を汚すことになりますから、そんなことはしません。彼は2度と聖なる妻にも娘にも会えませんが、その命を奪われることはないのです。」

 最長老は仮面の下で笑った。

「”名を秘めた女性”は、そろそろ”アタ”を産まなければなりません。貴方のお友達をここへ迎えなければ・・・」
「ちょっと待ってください。」

 テオは考えた。

「すると、今の”名を秘めた女性”を養育した”アタ”の父親も白いジャガーだったのですか?」

 最長老が「フッ」と声を出した。

「白くはありましたが、斑がありました。純白ではなかったのです。グラダではありませんでしたから。遠い祖先にグラダがいるブーカの男だったそうです。」

 テオは、突然相手が何者か理解した。

 この人は、先代のママコナの娘だ!



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第11部  神殿        15

 ほんの10数分だったが、テオは眠った。声をかけられて目を覚ますと、彼が住んでいるコンドミニアムの前に停車していた。アブラーン・シメネス・デ・ムリリョが運転席で微笑を浮かべて彼を眺めていた。 「疲れているんですね。何があったのか聞きませんが、貴方が大統領警護隊を呼べない状況なのだ...