2022/07/22

番外 2 その3

 登場人物紹介


第7部


デミトリオ・アレンサナ

”ヴェルデ・シエロ”の遺伝子を持っているが、夜目しか使えない普通のメスティーソ。陸軍軍曹。


アダベルト・ロノイ

”ヴェルデ・シエロ”。ブーカ族。大統領警護隊警備班第8班リーダー、大尉。


クレメンテ・アクサ

”ヴェルデ・シエロ”。ブーカ族。大統領警護隊警備班第7班リーダー、大尉。


アベル・トロイ

先住民カブラ族の少年。悪霊に取り憑かれ、祖父と両親を惨殺してしまった。


エステバン・トロイ

アベルの弟。


アビガイル・ピンソラス

"ヴェルデ・シエロ”。外観は白人のブーカ系。外務省事務次官。


ペドロ・コボス

隣国ハエノキ村の猟師。恐らく古代に分派した”ヴェルデ・シエロ”の子孫と考えられる。


アリエル・ボッシ

外務省事務官。元陸軍軍曹。普通のメスティーソ。


ダニエル・パストル

”ヴェルデ・シエロ”。ブーカ系のメスティーソ。 コック。


ドミンゴ・イゲラス

普通のメスティーソ。運転手。


アランバルリ

隣国の陸軍少佐。 ”操心”と”感応”を使える。


ビーダ・コボス

ペドロ・コボスの母親。


ホアン・コボス

ペドロ・コボスの兄。


ナカイ

”ヴェルデ・シエロ”。ブーカ族。大統領警護隊国境警備隊南方面隊指揮官少佐。



2022/07/21

番外 2 その2

 登場人物紹介

第6部 続き


アリリオ・カバン

憲兵隊クエバ・ネグラ駐屯地の大尉。


マリア・アドモ・レイバ

エル・ティティの住人。役場の職員。アントニオ・ゴンザレス署長の恋人。


ベンハミン・カージョ

”ヴェルデ・シエロ”のかなり血の薄い末裔。オエステ・ブーカ族。
インチキ占い師。


セフェリノ・サラテ

”ヴェルデ・シエロ”。オエステ・ブーカ族の族長。


マリア・ホセ・ガルシア

”ヴェルデ・シエロ”。オエステ・ブーカ系メスティーソ。 農夫。


マクシミリアム(マックス)・マンセル

アメリカ人。インチキ占い師。


ペドロ・ウエルタ

普通のメスティーソ。”ヴェルデ・シエロ”の命令で遺跡クァラの管理を先祖代々行って来た。


レグレシオン

反政府過激派組織。

番外 2 その1

第6部と第7部で登場した人々

 今回は登場順


第6部

リカルド・モンタルボ

サン・レオカディオ大学(私学)の考古学教授 。普通の白人。
海底遺跡カラコルの発掘に燃えている。


ハイメ・ンゲマ

グラダ大学考古学部准教授。普通のメスティーソ。
ケサダ教授の一番弟子。”風の刃の審判”を行うサラの完璧な遺跡を発見しようと焦っている。


エベラルド・ソロサバル

クエバ・ネグラの陸軍国境警備班曹長。 普通のメスティーソ。
観光ガイドも務める。


チャールズ・アンダーソン

アメリカ人。アンビシャス・カンパニー代表。 白人。


ロカ・デ・ムリリョ

”ヴェルデ・シエロ”のマスケゴ族の男性。故人。建設会社ロカ・エテルナ社のセルバ人としての初代経営者。


アブラーン・シメネス・デ・ムリリョ

"ヴェルデ・シエロ”のマスケゴ族の男性。ファルゴ・デ・ムリリョ博士の長男。
建設会社ロカ・エテルナ社の現経営者兼社長。


ベアトリス・レンドイロ

セルバ人。白人。文化系雑誌シエンシア・ディアリア誌の記者兼編集者。
「神様を見つける香水」アンブロシアの愛用者。


アイヴァン・ロイド

アメリカ人。 白人。動画配信会社代表。


レナト・オルテガ

”ヴェルデ・シエロ”。ブーカ族。北部国境警備隊の指揮官少佐。クチナ基地常駐。


バレリア・グリン

”ヴェルデ・シエロ”。ブーカ族。北部国境警備隊指揮下クエバ・ネグラ国境警備隊の隊長。大尉。
太平洋警備室から転属して来たルカ・パエス少尉が仲間に馴染めないので心を痛めている。


カミロ・トレント

”ヴェルデ・シエロ”。マスケゴ系メスティーソ。
建設会社クエバ・ネグラ・エテルナ社経営者。


ホアン

普通のメスティーソ。クエバ・ネグラの漁師。観光船も経営している。従兄弟もホアンと言う名前。


オルベラ

グラダ大学文学部先住民言語学教授。 普通のメスティーソ。


エフライン・シメネス・デ・ムリリョ

”ヴェルデ・シエロ”。マスケゴ族。ファルゴ・デ・ムリリョ博士の次男。建築デザイナー。


カサンドラ・シメネス

”ヴェルデ・シエロ”。マスケゴ族。ファルゴ・デ・ムリリョ博士の長女。
ロカ・エテルナ社副社長。


アニタ・ロペス

クエバ・ネグラの観光ガイド。普通のメスティーソ。



2022/07/19

第7部 ミーヤ      10

  ンゲマ准教授とその学生グループが当初の予定より早く発掘調査を切り上げてグラダ・シティに戻って来た。完璧なサラの遺構を確認し、さらにカブラロカ渓谷の南に居住区の遺跡があると大統領警護隊文化保護担当部から知らされて、准教授は新たな発掘計画の見直しを考えたのだ。もっとも、一番の理由は渓谷の出口で起きた殺人事件のせいで学生達がちょっと怖気付いてしまったことだ。

「悪霊に取り憑かれた少年が祖父と両親を殺害した。だから更なる悪霊が発生するんじゃないか、と心配する学生や保護者がいるんですよ。」

と准教授は教授会で愚痴った。文系理系全ての教員が集まった教授会だったので、理系のテオも出席を義務付けられていた。大きな会場の大きなテーブルの遥か向こうでンゲマ准教授が調査報告をしているのを、ちょっと眠たいなぁと思いながら聞いていた。

「迷信に惑わされていては、研究は出来ぬ。」

 珍しく会議に出席しているムリリョ博士が呟いた。ンゲマは恩師の言葉に励まされた様に頷いた。

「そうなんです。ですが、過保護の親達からひっきりなしに電話が掛かって来るんです。どこで知ったのか知りませんが、警護の陸軍の衛星電話に掛けて来るんです。それで小隊長が怒ってしまいましてね・・・」

 恐らく学生の中に軍関係の親がいるのだろう。ムリリョ博士もその言い訳にはコメントしなかった。軍や政治家相手なら彼もどうにか出来るだろうが、不特定多数の保護者が相手ではお手上げなのだ。
 迷信などの民間伝承や民俗信仰の研究をしているウリベ教授が、「ここは一旦退いたのは利口でしたね」とンゲマ准教授を慰めた。それに勇気を取り戻したンゲマ准教授が来年の調査を範囲を広げて行いたいので予算を増やすことを考えて欲しいと言い、そこから議論が紛糾した。
 政府依頼の仕事に取り掛かっているテオは黙って座っていた。目下のところ大学から予算増額を図る案件はない。せいぜい備品の購入費をもぎ取る程度だ。
 果敢に戦っているンゲマ准教授の隣に座っている師匠のケサダ教授はダンマリを決め込んでいた。彼は東海岸沿いの古代の交易経路を調べ尽くし、目下のところ本を書こうとしていた。頭の中は本の内容構成を考えることでいっぱいの様子で、教授会も上の空だった。ハエノキ村とカブラ族の交易は物証が見つからず、文化的繋がりもこれと言って見つからなかったので、彼はミーヤを通る古代陸路を中心に研究をまとめるつもりだ、とギャラガが言っていた。
 教授達の予算攻防が続き、テオは数人の教員が逃げ出したのを見て、己もこっそり退席した。生物学部の予算は主任教授が何とかしてくれるだろう。お金の苦労をせずに育ったテオは、こう言うお金の問題を論じるのは苦手だった。誰かが決めてくれる範囲で、遣り繰りして研究する。それが彼がアメリカ時代からしてきたことだ。
 キャンパスのカフェでコーヒーを買って、空席を見つけて座ったところに、アスルがフラッと現れた。カブラロカ遺跡の警護が終わり、撤収して報告書を提出し、短い休みをもらったのだろう、私服姿だ。軍服を脱ぐと周囲の学生達に溶け込んでしまう若さだから、違和感がない。

「教授会ではないのか?」

 正面に座って、アスルが尋ねた。テオは肩をすくめた。

「逃げて来た。直接関係する話じゃないし、下っ端の俺が何を言っても無視されるからな。」
「あんた、まだ下っ端なのか? 遺伝子学者として有名なのに?」
「ほっとけよ。生物学部は主任教授が一番偉いんだ。セルバの旧家の出の人だしな。」

 ”ティエラ”の旧家や名家のことに関心がないアスルは、ふーんと言ったきりだった。テオは彼の仕事の方へ話題を向けようとした。

「撤収は上手く運んだかい?」
「まぁな。」

 アスルは面倒臭そうに答えた。

「悪霊が1匹いただろ?」

 そう言えば・・・テオは忘れていたジャングルの中で感じた嫌な気配を思い出した。

「あいつ、また出たのか?」
「発掘隊に近づこうとしたから、浄化してやった。」

 へぇ、とテオは呟いた。君にも出来るんだ、と。アスルは鼻先で笑った。

「あんな下級の悪霊なんざ、大統領警護隊なら誰でも浄化出来る。ただ、憑依された”ティエラ”が若過ぎたり、デリケートな性格だったりすると、厄介なことになる。あの少年に乗り移って親を殺した奴みたいにな。だからキャンプに近づかせないよう、こっちも気を張らなきゃいけない。」
「お疲れ様。」

 テオはカウンターを見た。

「コーヒー飲むかい? 奢るぞ。」
「コーヒーだけか?」

 アスルは壁のメニューを見た。

「あのでかいピザもいいな。」


第7部 ミーヤ      9

  10日経った。テオとカタラーニは隣国で採取した遺伝子の分析を何とか7割ほど終わらせた。残りは授業の合間などで片付けていくしかない。

「カブラ族との共通性って、セルバ国民との共通性って言うのと同じレベルですね。みんな同じだ。」

とカタラーニの助手を務めている学生がぼやいた。それに対してカタラーニが、

「そんなことを言っている内は、遺伝子学者としてはまだまだだな。要するに親族関係の分析みたいなものなんだから、もっと細部の違いを見るんだよ!」

とアドバイスした。テオは愛弟子の成長を頼もしく思い、微笑ましく見ていた。カタラーニだってテオに対しては似た様な愚痴をこぼしていたのだが、実際の分析作業に入ると真剣に学者の卵として仕事に励んでいるのだった。
 休憩時間にコーヒーを飲んでいると、テオの携帯に電話がかかって来た。見るとカルロ・ステファン大尉からだった。駐車場にいるので出て来れないか、と言う。テオは助手達に留守を頼み、すぐに研究室を出た。
 ステファン大尉は職員用駐車場の端にジープを停めてタバコを咥えていた。火は点けていない。最近は咥えるだけで吸わないようだ。自分で気の抑制が上手く出来るようになったので、口寂しいだけなのだろう。
 テオとハグで挨拶を交わすのも慣れてしまった。

「遊撃班の副指揮官がお出ましとは、また緊急の要件かい?」
「そうではありません。こちらからの情報提供です。」

 ステファンは周囲をチラリと見回した。

「例の3人の軍人の目的です。」

 ああ、とテオは言った。アランバルリ少佐と側近達は大統領警護隊に捕まって、それっきりテオ達に彼等のその後の情報がなかったのだ。所謂テレパシーで他人を操ることが出来る3人の隣国の兵士が、何の目的でセルバ共和国に仲間を求めたのか、それがテオと仲間達が知りたい情報だった。

「ドクトルは今回の調査の前に、隣国政府から依頼された仕事をされていましたね?」
「スィ。旧政権によって虐殺された隣国の市民の遺体の身元確認だ。比較する遺族の遺伝子の方が多過ぎるので、まだ半分しか判明していない。そこへ今回の仕事が割り込んだ。」
「申し訳ありません。自国の用事が優先で・・・兎に角、アランバルリはその旧政権の隠れ残党だったのです。」
「ほう・・・」

 それだけ聞くと、あの3人の目的がわかった様な気がした。

「もう一度政権を奪回しようって企んでいたのか?」
「あいつらは政治をする能力を持っていません。投獄された親戚を奪い返したい、それだけでした。」
「親戚を牢獄から出して、どうするつもりだったんだ? またクーデターでも起こすのか?」
「そこまでの考えはなかった様です。恐らく、亡命したかったのでしょう。偽造パスポートや資産の海外移動とか、そんな準備をしていた様です。武力で刑務所を襲えば大騒ぎになるし、亡命先に予定している国が受け入れてくれるとは限らない。だから”操心”でこっそり仲間を脱獄させて船で逃げる計画だったのです。いや、計画と言える段階まで立てていませんでした。仲間を増やそうと言う段階です。」

 テオは溜め息をついた。向こうはそれなりに真剣だったのだろうが、こちらも危ない橋を渡らされた。

「司令部が許したのかい、君がその情報を俺に伝えることを?」
「スィ。ペドロ・コボスが貴方を毒矢で射た件も関係していましたから。」
「え?」

 びっくりだ。コボスが国境を越えてセルバ共和国に侵入しテオを吹き矢で射たことと、アランバルリが関係していたのか? ステファンは続けた。

「アランバルリはコボスにセルバ人を捕まえて来いと命じたそうです。コボスが死んでしまったので、彼の行動は推測するしかありませんが、恐らく彼はケツァル少佐と貴方が一緒にいるのを見て、女を攫おうと思い、邪魔な貴方を排除するつもりで吹き矢を射たのでしょう。きっとロホの存在に気づいていなかったのです。ロホがいるとわかっていれば、先にロホを倒すことを選択したと思います。」

 テオはまた溜め息をついた。ペドロ・コボスはテレパシーで操られ、無駄に命を失ってしまったのだ。認知症の高齢の母親と引き篭もりの兄を残して死んでしまった。

「あいつら、自分達のことしか考えていなかったんだな・・・」
「スィ。だから政権の座から追い払われたのです。それを自覚していないのです。」

 ステファンもちょっと哀しそうだ。テオはコボス家の遺族に何もしてやれないことを残念に思った。

「アランバルリ達はどうなるんだ?」
「隣国に帰しても脱走兵として指名手配されちゃってますから、すぐ捕まるでしょう。大統領警護隊は密入国を図ったとして、向こうの国境警備兵に引き渡す段取りを整えているところです。」

 そして、学舎の方をステファンは見て尋ねた。

「遺伝子の分析の方は捗っていますか?」
「何とか・・・セルバ政府からも隣国政府からもボーナスを弾んでもらえれば、もっと早くやっちまうけど?」

 やっとテオとステファンは笑う余裕が出来た。



2022/07/18

第7部 ミーヤ      8

  翌日からテオとアーロン・カタラーニは5名の学生を助手としてハエノキ村で採取した検体の遺伝子分析を始めた。全部で398人分だ。全員でないのは残念だったが、取り敢えず村長の協力で全戸から最低でも各2名分の遺伝子を採取出来た。セルバ共和国で採取したカブラ族との共通項を探す政府依頼の分析だから、堂々と大学に遠慮せずに研究室を使用出来た。少しでも”ヴェルデ・シエロ”の遺伝子があれば、とテオは期待したが、どれも「普通」の人間の遺伝子だった。ペドロ・コボスの母親と兄も普通の”ティエラ”だった。
 3日目に、アンドレ・ギャラガが3人分の遺伝子サンプルを持ち込んだ。

「司令部から言付かりました。アランバルリと2人の側近の物です。」

 ギャラガはテオにそう囁いて排水工事が終了した文化・教育省に戻って行った。テオはその3人の兵士のサンプルを「有志からの提供」と称して、学生に渡した。
 アランバルリと2人の側近があれからどうなったのか、大統領警護隊司令部はテオに教えてくれなかった。ケツァル少佐も知らないのだ。だから夕食の時にテオが3人の兵士の遺伝子サンプルをギャラガが届けてくれた話をすると、彼女はちょっと驚いた。

「それで今朝アンドレは遅刻したのですね。」

 ちょっと苦笑して見せた。

「マハルダに訊いても、彼が大学の正門前バス停で下車してキャンパスへ走り去ったと言うだけで、理由は彼女も知らないと答えました。考古学関連の忘れ物か何かだと思ったのです。」

 そして彼女はテーブルの上に身を乗り出した。

「検査結果は如何でした?」
「何もない。」

とテオは出来るだけ素気なく聞こえないよう努力して答えた。

「ハエノキ村の住民達からも3人の兵士からも、”シエロ”の因子は出ていない。そうだなぁ、アランバルリ達は確かに脳の働きに少し普通の人間と違ったものがありそうだが、所謂”出来損ない”の脳とは違うんだ。コンピューターで遺伝子から人間の細胞を再構築するプログラムを実験的に作ったんだが、”ヴェルデ・シエロ”の脳は全体的に普通の人間より無駄なく活発に働くことがわかった。それは純血種でも人種ミックスでも同じなんだ。ただ、異人種の血の割合が増えると、徐々に退化していく部分がある。それがどの能力がどんな順番でって言うのはまだ判然としないんだ。ただわかっているのは、目に関する能力だけは最後迄残る。夜目と”心話”だ。だからめっちゃ血が薄い人でも夜目は最後迄残るって、俺の研究でわかった。」
「アランバルリ達は夜目を使えないとアンドレが言っていました。」
「そうなんだ。彼等は夜目と”心話”を使えない。だけど”操心”は使える。」
「”幻視”は使えない?」
「使えない。」

 暫くテオと少佐は黙って食事を続けた。そしてほぼ同時に口を開いた。

「思うに・・・」
「思うのですが・・・」

 一瞬目を合わせ、それから少佐がいつもの如く優先権を取った。

「アランバルリと2人の側近は、普通の超能力者ではないのですか?」
「俺もそう思う。それでちょっと分析の方向を変えようと思う。」
「方向?」
「彼等3人の血縁関係だよ。単純に、親戚同士なのじゃないかって。同じ能力を持った従兄弟同士の可能性もあるだろう?」
「そうです。」
「他人の心を支配して動かせるが、持続時間や有効範囲が狭いんだ。だから目的達成の為に仲間を増やしたいと思った、それで似たような力を持った神様がいたと言うセルバの伝説を聞いて、神様の子孫がいないか探ってみようとしたのだろう。」
「彼等の目的とは何です?」
「それは司令部に訊いてくれないか。彼等がアランバルリ達を抑えているんだから。」


 

2022/07/15

第7部 ミーヤ      7

  テオはケツァル少佐のコンドミニアムに帰り着くと、少佐側のリビングのソファに横になり、眠った。家政婦のカーラが夕食の支度をする音を聞きながら、穏やかに休息を取った。疲れていたが2時間後に目覚めたのは、空腹だったからだ。テーブルの上に料理が並んでいた。彼が体を起こすと、丁度少佐がバスルームから髪をタオルで拭きながら姿を現した。「お帰り」と彼が言うと、彼女も「お帰りなさい」と返した。

「あちらでのお仕事はいかがでした?」
「アンドレから報告を聞いただろ?」
「スィ。でも貴方からも聞きたいです。」

 そして付け加えた。

「貴方が疲れて喋れないと言うのでしたら、別ですが。」
「喋れるさ。」

 彼等はダイニングに移動した。カーラがスープを配膳すると、少佐が彼女に言った。

「今日はこれで終わりにしましょう。後は私達でします。」

 まだ外は明るかった。カーラは素直に主人の言葉を受け容れ、持ち帰り用の食材を鞄に入れて、見送りなしで部屋から出て行った。建前は時間給だが、少佐は自分達の都合で彼女を早く帰らせる時は、契約時間通りの給料を払ってくれるので、家政婦は決して文句を言わなかった。
 2人きりになると、テオはゆっくりと食べながら隣国の遺伝子採取旅行で起きた出来事を順を追って語った。到着日に護衛だと言って隣国の陸軍の小隊がセルバ側のバスについてハエノキ村に入ったこと、作業を始めて2日目の午後、シエスタをしていたセルバの”ヴェルデ・シエロ”達が何者かに”感応”で呼びかけられたこと、3日目にテオに吹き矢を射たペドロ・コボスの遺族を訪ねて検体を採取したこと、コボスの家から出ると、護衛部隊のアランバルリ少佐と2人の側近が待ち構えており、"操心”を使って情報を引き出そうとしたので、ケサダ教授が妨害したこと、夕刻に水汲みに出かけたアーロン・カタラーニとアンドレ・ギャラガがアランバルリの一味に襲われ、ギャラガが吹き矢で動けなくなった隙にカタラーニが誘拐されたこと、帰りが遅い彼等を探しに行ったテオがギャラガを見つけ、回復した彼と共にカタラーニを救出に向かったこと、その間にバスと”ティエラ”のセルバ人をケサダ教授とコックのダニエル・パストルが守ってくれたこと、ギャラガが”操心”を使ってアランバルリを操りカタラーニを救出したこと、アランバルリの側近達が追跡して来て、吹き矢で襲われると同時にギャラガがテオ達を連れて大統領警護隊本部へ”跳んだ”こと、仲間の毒矢に刺されたアランバルリを司令部が手当して尋問にかけたこと、同じく手当を受けたカタラーニを連れてテオとギャラガはミーヤの国境検問所へ”跳び”、そこでバスと合流したこと・・・。

「ああ、そうだ、ブリサ・フレータ少尉に会った。彼女、活き活きしていたな、前の職場よりずっと幸せそうだった。」

 ケツァル少佐が頷いた。フレータ少尉の様子はギャラガからも”心話”で情報をもらっていた。

「今度ガルソン中尉に出会ったら、伝えておきます。彼からキロス中佐にも伝わるでしょうから。」

 元上官と部下、それも異性と言う関係では互いに近況を伝え合うことも少ないだろう。テオはちょっぴり友人となった大統領警護隊の隊員達の役に立てたかな、と思った。するとケツァル少佐が言った。

「アンドレは貴方のお陰で命拾いしました。感謝します。」

 テオは驚いて彼女を見た。

「いや、俺はただ彼に息を吹き込んでみただけだ。心肺蘇生術を少しだけ・・・」
「でも放置されたままでは、彼は死んでいました。」

 少佐が微笑した。

「アンドレも十分承知しています。まだ毒に対処する方法を私は彼に教えていませんでした。銃弾をかわす訓練ばかりさせていましたので。指導指揮官としてのミスです。貴方に感謝します。」

 彼女が右手を左胸に当てて頭を下げた。テオは照れ臭かった。だから話を逸らそうとした。

「だけど、アンドレはその後でかなり力を発揮させたぞ。いつの間にあんなに能力を使いこなせるようになったんだ?」
「元々能力を持っているからです。」

と少佐はこの件に関しては冷静に答えた。

「どの様に使いたいか、彼は自分で考えて使ったのです。私は彼が力を使いこなせたことより、自分で判断出来たことを評価します。”ヴェルデ・シエロ”の戦いは、一瞬一瞬で決まりますから。」
「つまり、アンドレは本当の意味で”ヴェルデ・シエロ”の戦士に成長したってことだな。」

 テオもやっと笑うことが出来た。そして他の”ヴェルデ・シエロ”のことに考えを及ぼす余裕が出てきた。

「コックのパストルはメスティーソの”シエロ”だが、彼は民間人だろう? 今回の件で彼がいてくれて助かったけど、厄介なことに巻き込んでしまって申し訳ないなぁ。」

 少佐はパストルと言う人物を知らないので、肩をすくめた。

「彼のことはロペス少佐に任せておけばよろしい。外務省が彼をバスに乗せたのですから。」
「そうだろうけど・・・」

 短い付き合いだったが、テオはまた1人”シエロ”の知人が増えて少し嬉しかった。

「ケサダ教授がいてくれて本当に助かったよ。アンドレと俺がアーロンを救出する間、ずっとボッシ事務官や運転手や村人や陸軍小隊を”幻視”で誤魔化してくれていたんだから。」

 ケツァル少佐が真面目な顔になった。

「彼が何をしたか、ムリリョ博士には黙っていて下さい、テオ。博士は義理の息子の正体を一族に知られまいと必死で隠しているのです。」
「わかってる。教授も”シエロ”だと敵に知られたと言って悔やんでいたから。ムリリョ博士に叱られたくないだろうし。」

 彼の言葉の後半を聞いて、少佐がぷっと笑った。

「フィデルはかなりヤンチャな人ですからね。」
「そうだな。」

 テオも笑った。

「5人目の子供がコディアさんのお腹にいるそうだよ。」

 初耳だったらしく、ケツァル少佐が目を丸くした。

「本当ですか?」
「スィ。今度は男かな女かな・・・?」
「男だと良いですね。」

と言って、少佐はテオを驚かせた。

「何故だ? 子供のナワルが黒いジャガーだと成年式で判明したら、父親もグラダだってわかってしまうじゃないか。」
「大丈夫ですよ、父親に変身してナワルを見せろなんて誰も言いません。フィデルは既に成年式を済ませているし、当時の長老達は彼の子供が成長する頃にはいなくなっていますよ。フィデルのジャガーが何色かなんて言う人はいないでしょう。せいぜい黒だってことを隠していたな、と思われるだけです。」
「・・・」
「子供が白いジャガーになる確率はゼロに近いです。白いジャガーは遺伝しませんから。」
「そうなのか?」
「もし遺伝したら、代々白いジャガーに変身する人が生まれていたでしょう?」

 確かにそうだ。ずっと白いジャガーは”ヴェルデ・シエロ”達の間では伝説の存在でしかなかったのだ。
 少佐が視線を空中に漂わせた。

「フィデルとカルロが並んで変身したら、さぞや美しいでしょうね。」
「俺はアンドレのも見たいよ。」
「彼は銀色ですよ。」

 少佐が微笑んだ。



第11部  神殿        23

  一般のセルバ共和国国民は神殿の中で起きた事件について、何も知らない。そんな事件があったことすら知らない。彼等の多くは”ヴェルデ・シエロ”はまだどこかに生きていると思っているが、自分達のすぐ近くで世俗的な欲望で争っているなんて、想像すらしないのだった。  テオは、大神官代理ロア...