ファルゴ・デ・ムリリョ博士はテオに向かって言った。
「神像を盗み汚そうとした男は、今大統領警護隊の手の中にいる。誰も彼に手を出せないし、彼に裁きを与えるのは大統領警護隊と長老会だけだ。
しかし、彼が結婚を望んでいた女の家族が実際に何をしたのか、そこまで大統領警護隊はまだ解明させていない。」
それ以上博士は言及しなかったが、テオにはその先が分かった。”砂の民”の調査が早ければ、そしてカスパル・シショカ・シュスの考えが正しければ、早晩その家族は粛清を受ける。大統領警護隊の手が届く前に。ケマ・シショカ・アラルカンはセニョール・シショカの裏の顔を知らない。シショカ一族の長だと言う認識しかない。セニョール・シショカに頼んで”砂の民”に叔父カスパルの命乞いをしようと思っているのだ。セニョール・シショカが大統領警護隊の間では有名な”砂の民”であることも、目の前にいるムリリョ博士が”砂の民”の首領であることも知らないのだった。
テオにはムリリョ博士が実際はどこまで事実を掴んでいるのか分からなかった。訊いても答えてくれないだろう。
テオはケマにこう言うしかなかった。
「残念ながら、俺達は君の叔父さんを助ける手助けになりません。一般の法律が及ばないところの出来事に、俺達は手を出せないし、恐らくセニョール・シショカも動けないでしょう。」
ケマ・シショカ・アラルコンは黙って立ち上がった。そして両手を組んで顔の高さに上げ、顔をやや俯き加減にして別れの挨拶をすると、くるりと向きを変え、カフェから出て行った。
テオはその後ろ姿が人混みの中に消えるのを見送り、それから博士に向き直った。博士が言った。
「またお前は我々の厄介ごとに首を突っ込んでおるようだな。」
テオは肩をすくめた。
「大統領警護隊の少佐と同居しているんですよ。友人も大統領警護隊です。嫌でも何かしらの情報が聞こえてきます。」
「ケツァルとその子分どもは結果を知らされずに事が済まされることに不満だろうな。」
「ある程度割り切っているようですが・・・俺の方が不満かも知れません。」
博士が時計を見た。カフェの天井に近い位置に設置された大時計はまだ午後の休憩時間であることを示していた。
「先刻の会話は、儂の結界内で行われた。外の人間には聞こえておらぬ。もし何か知りたい事があれば、木曜日の夜に儂の家に来ると良い。但し、お前とケツァルだけだ。」
思いがけない自宅への招待だ。テオはびっくりした。
「では、彼女と相談してから、お電話します。」
木曜日まで2日だ。その間に”砂の民”は何らかの結論を出すのだろう、とテオは予想した。