診療所の業務時間が迫って来たので、マイロとチャパはメンドーサの元を辞した。外に出たが、まだ一日は始まったばかりの時刻だ。マイロは少しスラム街を歩いてみると言った。チャパが驚いた。
「止めた方が良いです、診療所の近所は安全かも知れませんが、奥は昼間でも危険です。」
「僕はアメリカでもっと危険な地区を歩いたことがある。それにこの広い通りから出ないように歩くよ。君は車で待っていてくれ。」
マイロが歩き始めると、チャパは舌打ちして車の中に入った。運転席からマイロを眺め、エンジンをかけるとそっと車を駐車場から出した。少し進んで止まり、少し進んで止まり、マイロが見える距離を静かに尾行した。マイロは気がついたが、振り返らずに歩き続けた。
スラム街はスラムなりに店があった。何やら怪しげな商品を並べて売っていたり、食べ物を出す屋台があった。マイロの黒い肌はそんなに珍しくないのか、気軽に声をかけて来る売り子もいた。マイロはそんな一人に質問してみた。
「呪い師って、どうやって探すんですか?」
すると売り子は黙って彼から離れた。肩をすくめ、首を振っただけだった。知らないのか。マイロはさらに歩き、声をかけて来る人に呪い師のことを訊いてみたが、手応えはなかった。呪い師が何かハーブのような物を儀式に使い、それがサシガメを追い払うのだとしたら、予防手段に用いることも可能ではないか、と考えたのだが、呪い師を見つけるのは容易くないようだ。スラム街に住んでいない呪い師の住所をスラムの住人は知らないのだ。せめて探し方を教えてくれないかな、とマイロは思った。アスクラカンでもエル・ティティでも呪い師はいるのだろう。グラダ・シティでもいるだろう。しかし、どうやって連絡をつければ良いのか。
何やってんだろうな、僕は・・・
最先端医療の研究者の筈なのに、中米の貧しい国で最も貧しい地区で呪い師を探している。マイロはなんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。
「兄さん、タバコくれよ。」
若い男の声が聞こえた。振り向くと、10代後半の若い男が道端に座り込んで、こちらを見ていた。
「タバコは吸わないんだ。」
答えると、少年が立ち上がった。
「それじゃ、葉っぱは?」
「やらない。」
「それなら、なんでここに来てるんだ?」
マイロは携帯を出した。サシガメの写真を出して見せた。
「この虫を見たことあるか?」
少年が顔を近づけた。と思ったら、いきなりマイロの手から携帯電話をひったくって走り出した。
「待て!」
マイロは追いかけた。少年は路地に逃げ込み、マイロは追った。チャパの目の前でマイロは姿を消した。