2023/02/06

第9部 古の部族       6

「セルバのサシガメは、周辺国と同様、メキシコサシガメの一種です。特に変わった生態を持っている訳ではありませんし、体内に持っている原虫も変わらないと思います。」

 メンドーサは診察室の壁をちらりと見た。

「ここは消毒していますが、この集落の家々はそんな余裕がありません。刺される人も少なくありません。」
「では、生息場所が限定されていると言うことですか?」
「それ以外に考えられません。」

 メンドーサはカルテをパラパラとめくり、一件を広げてマイロに差し出した。

「患者はこの地区の住人です。寝ている間に刺されたと思われます。発症迄時間が経っていたので、当人は何時何処で刺されたのか覚えていませんでした。」

 患者は慢性心筋炎に罹っていた。既に死亡している。 メンドーサはさらにマイロに綴りを持たせたままで数ページめくった。

「この女性も心筋炎で死亡しました。ここは貧しい人々が住んでいます。彼等が私の所へ来る頃には殆ど手遅れの状態なのです。」

 それは他国でも同じだった。金銭的余裕がある人でも気付くのが遅い場合がある。シャーガス病は早期発見が回復の決めてで、発見が遅れれば助からない。

「何故、ここだけに発症例があるのでしょう? グラダ・シティやアスクラカンは清潔なのでしょうか?」
「清潔に見えましたか?」

 メンドーサが苦笑した。

「首都や内陸の商都が消毒薬で綺麗だと思いますか?」

 マイロは隣のチャパの表情が固くなったことに気が付かなかった。メンドーサはちょっと考えてから、言った。

「セルバ人の体質は普通のものです。特別にクルーズトリパノゾーマに免疫がある訳ではありません。その証拠に、都会の人間をこの地区に連れてきたら、数日内にサシガメに刺されますよ。恐らく、サシガメにとって、ここが一番住みやすいと言うだけなのでしょう。」

 チャパが不意に質問した。

「ここには、呪い師はいないのですか?」

 マイロはびっくりして助手を振り返った。メンドーサが若者を見た。

「この地区に住んでいません。頼まれればやって来ますが、謝礼を出せる家庭がどれだけいるか・・・」
「呪い師?」

 マイロはチャパとメンドーサ、どちらにともなく尋ねた。医者らしくない言葉だ。だが、以前にもそんな話を聞いた記憶があった。メンドーサがマイロに意味不明の微笑をして見せた。

「外国人の貴方には奇異に聞こえるでしょうが、セルバの呪い師は新しい家を建てる時に儀式を行ってくれます。そうすると、その家はその呪い師が元気なうちは病人を出さないと言い伝えられているのです。民間信仰ですがね。」
「その呪い師に払う謝礼を払えない人が、ここに集まっているんですよ。」

とチャパが悲しそうに言った。

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