2024/01/24

第10部  追跡       4

 「アンドレ・ギャラガ少尉!」

 不意に女性の声に呼ばれて、ギャラガは驚いて声がした方へ顔を向けた。アスルも振り返った。女性の士官が入り口に立っていた。日焼けした彼女の顔を見て、ギャラガは顔を綻ばせた。

「ブリサ・フレータ少尉!」

 敬礼を交わす2人の少尉を見て、アスルが尋ねた。

「知り合いか?」

 すると先刻まで話をしていた警備兵が説明した。

「隣国の超能力者騒動の時に、ギャラガ少尉がここへ来た。遺伝子学者の白人と大学生と3人だったかな。」

 アスルはその事件に直接関わらなかったので、話には聞いていたが関係者がどの範囲なのか知らなかった。それにフレータ少尉が太平洋警備室からミーヤ国境検問所へ異動になった件も知ってはいたが、あまり記憶に留めていなかった。本部の隊員のほとんどを知っていると自負している彼は、外の組織に勤務している隊員の知識が乏しいことを自覚した。
 フレータ少尉は休憩中の隊員に昼食の準備が出来たことを知らせて、それからギャラガとアスルに改めて向き合った。

「こちらへは、遺跡関係の密輸摘発か何かで?」
「ノ、もっと悪質だ。」

 アスルは彼女の上官の顔を立てて、この場では説明しなかった。

「恐らく隊長から後で説明があると思う。」

と警備兵を見て言った。警備兵が頷き、

「隊長に報告してから、食事に行く。」

と言い、部屋から出て行った。
 フレータ少尉が客を見た。

「あなた方もお食事されますか?」

 料理に興味があるアスルは、大きく頷いた。


2024/01/21

第10部  追跡       3

  憲兵と名前を交換し合ってから、アスルとギャラガは国境検問所へ行った。カフェから徒歩で行ける距離だ。当番の警備兵達は忙しいだろうから、休憩中の兵士がいる裏の事務所へ行った。首都かジャングルの遺跡にいる筈の文化保護担当部がやって来たので、休憩中の大統領警護隊の隊員は訝しげに応対した。敬礼を交わしてから、アスルは応対した隊員に密猟者の情報を”心話”で与えた。

「密猟は隣国でも問題になっている。」

と警備兵は言った。

「検問で通せない品だから、恐らく海に出て運んでいるだろう。憲兵隊から沿岸警備隊に手配書を回してもらおう。」
「殺人犯だ。」
「一族の者を殺害するなんて、質が悪い。」

 警備兵は検問ゲイトの方をチラリと見た。

「だが、その被害者は何故ナワルを使ったと思うんだ?」
「服を焼いた跡がなかったからな。死体をわざわざ裸にして焼くなんて、密猟者はやらないだろう。身元隠しなど、森の奥では意味がない。」
「そうだな・・・」

 警備兵は片手を顎に当てた。

「ことによると大事かも知れないぞ。ナワルの状態で殺されたら、人間に戻ってしまうところを目撃される。」
「十分その恐れはある。だから”砂の民”が動いている。」

 警備兵が溜め息をついた。

「あの連中は秘密裏に動くから、全て片付いても、我々にはわからない。我々はいつまでも犯人を探すことになる。」
「それに見せしめにならない。」

 アスルは国境警備班が自分達と同じ意見であることに安心した。

「隊長と相談して、この近辺の一族に警戒を促そう。」
「しかし、ピューマにも知られるぞ。」
「知られても構わんさ。」

と警備兵は言った。

「逆に連中は動きにくくなる。」

 先輩達の会話を聞いていたギャラガは思った。

ーー密猟者は”ヴェルデ・シエロ”全体を敵に回したな・・・

2024/01/20

第10部  追跡       2

  ミーヤの憲兵隊支部は国境検問所の近くにあった。警察署と隣接して建っている2階建ての小さなビルで、入り口に歩哨が立っていた。アスルとギャラガは一度その前を通り過ぎ、検問所の出国審査を待つ人々が時間を潰す野外カフェに席を取った。水を注文してから、アスルはギャラガに命じた。

「憲兵隊で一族の者がいるか、呼んでみてくれ。」

 ”感応”と呼ばれる一方通行的なテレパシーだ。特定の個人向けでテレパシーを送ることがあれば、不特定多数に向けて呼びかけることもある。”ヴェルデ・シエロ”に取っては難しくない能力だが、残念なことにこの呼びかけに返信する能力を”ヴェルデ・シエロ”は持たない。会話をする為の能力ではないので、相手を「呼ぶ」だけなのだ。話があれば呼ばれた者が呼びかけた者を特定して接触しなければならない。便利なようで不便な中途半端な超能力だ。
 アスルは”砂の民”がオラシオ・サバンを殺害した連中を探していることを知っていた。不特定多数の一族の人間に呼びかけると、その”砂の民”にも呼びかけることになってしまう。それではサバン殺害犯に法律の下で罰を与えたい大統領警護隊文化保護担当部としては拙いのだ。犯人は普通の人間、イスマエル・コロンも殺している。動物達を密猟している。だから連中を公に告発して罰を与え、新たな密猟者が現れるのを防ぎたかった。”砂の民”は標的を殺されたと思わせない方法で殺してしまうから。
 アンドレ・ギャラガはちょっと息を整えてから、目を憲兵隊ビルに向けた。

ーー憲兵隊の一族の者

 呼びかけの内容はそれだけだった。”感応”は長い文章を送れない。文章を送れるのは、首都に聳える聖なるピラミッドに住まう大巫女ママコナ様だけだ。返信が出来ない能力だから、相手が聞き取ったかどうかわからない。受信した方は誰から送られて来たのかわからないから、特定の相手に「聞いた」と言えないのだった。
 アスルとギャラガは暫く往来を眺めていた。もしさっきの呼びかけに誰も応えなければ、国境検問所に行って、大統領警護隊国境警備班の仲間に憲兵隊の中に一族の者がいないか訊く方法があったので、焦らずに構えていた。
 半時間経って、店から離れようかと思い始めた時に、一台の憲兵隊の車が店前に停車した。野外テーブルの目と鼻の先だ。窓から先住民の血が優った顔のメスティーソの男が顔を出した。

「呼びましたか?」

 相手はアスルとギャラガが胸に緑の鳥の徽章を付けて迷彩色の服を着た大統領警護隊だったので、戸惑っていた。彼を呼んだロス・パハロス・ヴェルデスはどちらもまだ少年の様な若い隊員で、憲兵より10は年下に見えたのだ。
 アスルが立ち上がり、車のそばに行った。瞬時に”心話”で事件を伝えた。憲兵がギョッとした目で、アスルが差し出した潰れた銃弾を見た。

「埋められていた遺体の灰に混ざっていた。恐らく殺された一族の男は、これで射殺されたんだ。」
「失礼・・・」

 憲兵は彼から銃弾を受け取り、目を閉じた。アスルもギャラガもこの憲兵のことを何も知らなかったが、憲兵は目を開くと、アスルに”心話”を要求した。アスルが相手の目を見ると、脳裏に潰れる前の銃弾のイメージが浮かんだ。「ほう!」とアスルが感嘆の声を出した。

「貴方は復元した銃弾をイメージ出来るのか!」
「私の唯一の特技ですがね。」

と憲兵が囁いた。

「同僚に説明出来ないのが難点で・・・」

 アスルと彼は苦笑し合った。普通の人間の世界で暮らす古代人類の子孫の悩みだ。

「中尉から頂いた犯人のイメージは、憲兵隊が追っている密猟者グループの中にいる数人と合致します。殺人を立証するのは難しいですが、密猟で捕まえるのは簡単です。居場所を探しましょう。」

 彼はニヤリと笑った。

「抵抗すれば射殺しますが、構いませんね?」
「問題ない。」

とアスルは言った。

「少なくとも犯罪者として罰せられる訳だから。」


2024/01/19

第10部  追跡       1

  アスルとアンドレ・ギャラガ少尉は一緒にミーヤ国境検問所があるミーヤの街中を歩いていた。南部では一番人口が多く、物流も盛んな土地だ。隣国との交易も盛んだから、人間の出入りも激しい。国境警備は大統領警護隊国境警備班とセルバ陸軍国境警備隊の合同任務で、彼等はミーヤ以外にも森の中の開拓地に検問所を持っていた。そちらは街道がなく、もっぱら森を抜けて行き来する密入国者や密輸業者の取締が主な仕事で、密猟取締はしていない。密猟取締は憲兵隊の仕事だ。アスル達は憲兵隊のミーヤ支部に行くところだった。
 ギャラガはアスルから目を離さないように気をつけていた。アスルはオラシオ・サバンの遺体発見現場で心を過去に飛ばし、サバンを殺害したと思われる人間の顔を見てきた。彼の報告では犯人は5、6人のグループで、アスルが見た時、既にサバンは死んでいた。遺体を地面に掘った穴に落とし、ガソリンをかけて火を付けるところを見て、アスルはすぐに現在に戻って来た。暫く地面に四つん這いになって、疲労感を隠そうとしなかった。嫌なものを見てしまったので、精神的な負担が大き過ぎたのだ。だから別行動を取ると決めた時、ロホはギャラガにアスルを守れと命じた。

「あの男は強がりだから、平気を装うだろうが、まだ心が本調子じゃない筈だ。暴走する可能性もあるから、もし言葉で言って聞き入れなければ、君は彼を眠らせるんだ。」

 ロホは密猟取締の本部であるグラダ・シティの憲兵隊本部へ行ってしまい、アスルとギャラガは現場の責任者と言うより、憲兵隊に一人はいるだろうと思われる一族の人間を探しに行くところだった。
 アスルはケツァル少佐とロホには過去に見た光景を”心話”で伝えたが、ギャラガには犯人の顔しか見せてくれなかった。年下の者に嫌なものを見せたくないと言う彼なりの思いやりだ。しかしギャラガは子供扱いされた気分で、ちょっと不満だった。どんな残虐な人間が相手なのか、知っておきたかったのだ。

「どうして一族の人間が”ティエラ”にあっさり殺されたのだと思いますか?」

 そっと質問してみた。アスルは雑踏の中を歩きながら、暫く黙っていたが、やがて聞き取るのがやっとの低い声で答えた。

「サバンの遺体は裸だった。彼は、ナワルを使っている最中だったんじゃないかな。」

 ギャラガは冷や水を頭からかけられた気分になった。サバンのナワルはきっとジャガーだったのだ。なんらかの理由で彼はジャガーに変身していた。そして密猟者はジャガーだと思って、彼を撃ち殺した。”ヴェルデ・シエロ”は死ねば人間に戻る。

「密猟者は、サバンが人間に戻るのを見たのでしょうか・・・?」
「一度は腰を抜かしただろう。そしててめぇらが神を殺したことに気がついた。それで慌てて痕跡を消そうと焼いたんだ。他の獲物は皮を剥いでそのまま埋めていたから、ただの人間も普通なら焼かずに埋めただろうが、殺した相手が神だったから、神の仲間に知られたくなかったに違いない。」

 ギャラガは思わず身を震わせた。

「”砂の民”がそれを知ったら、密猟者達は全員殺されます。彼等から話を聞いた人々も殺されますよ・・・」

 アスルが忌々しげに言った。

「だから気分が悪いんだ。大規模な粛清が始まるかも知れない。」

2024/01/17

第10部  穢れの森     20

  日曜日だったから、テオはロバートソン博士を自宅へ送り届けると、己も真っ直ぐに自宅へ帰った。シャワーを浴びて部屋着を着て、ケツァル少佐の区画のリビングでぼんやりテレビを見ているうちに眠たくなって寝てしまった。
 空腹で目が覚めたのは午後2時を回った頃だった。室内でいつ戻ったのか、ケツァル少佐が普段着姿で動き回っていた。彼女もシャワーを浴びて落ち着こうとしていた。

「おかえり。昼飯は食ったかい?」

 声をかけると、ノ、と返事が来た。それで2人で外に出て、坂道を下り、最寄りの商店街へ行った。急いで行っても最初の昼の客がまだ席にいるだろうから、ゆっくりと歩いて行った。

「全部見つけました。」

と彼女が歩きながら囁いた。テオは黙っていた。

「埋められていたのは一人だけです。」

 それでテオは鑑定結果を告げた。

「骨そのものは分析出来る成分が残っていなかった。でも一緒に掘り出したコイン状の物が、アマン地区の女神のお守りだとわかって、オラシオ・サバンがいつも肌身離さず持っていたこともわかった。それでロバートソン博士と一緒にサバンの父親に会って、遺骨とお守りを渡して来た。」
「サバンの父親は何か言っていましたか?」
「いや・・・ロバートソンが一緒だったから、詳しい話は出来なかった。何かあれば連絡をくれるよう言ったが、多分俺には何も言って来ないだろう。」

 少佐が首を振って同意した。そして彼女の方でわかったことを言った。

「殺害者は穴を掘って遺体を入れ、ガソリンか何か油状の物をかけて焼いたようです。殺人の痕跡を消したかったのでしょう。結構深い穴でした。焼けた人間の他に焼かれていない動物の骨もありましたから、密猟者が日頃獲物の後始末に使っていた穴だと思われます。」
「すると、サバンは密猟者と出会してしまい、殺害されたのかな。」
「恐らく・・・でも、一族の者があっさりと殺されるなんて・・・」

 身を守るためなら、例え大罪を犯してでも爆裂波を相手に使うだろう、とテオも少佐も想像した。

「不意打ちだったのかも、な。」

とテオは呟いた。

「密猟者の方が先にサバンの存在に気がついて、先手を打ったんだ、きっと。」

 ケツァル少佐がさらに声を低くして言った。

「アスルが密猟者の姿を見るために心を過去に飛ばしました。彼は今、国境付近の憲兵隊に一族の者がいないか探しています。犯人の顔を伝えるために。」


2024/01/15

第10部  穢れの森     19

  テオが予想した通り、ティコ・サバンは骨が入っていると言われた箱に手を触れようとしなかった。お祓いをしていない遺骸に触れないと言う先住民(”ヴェルデ・シエロ”でも”ヴェルデ・ティエラ”でも)のしきたりだ。だからテオはそっと囁いた。

「マレンカの御曹司がしきたりに従って清めてくれました。」

 マレンカはロホの本名で実家の姓だ。そしてその名を知らないブーカ族はいない筈だった。一族の中で宗教的な権威を持つ家柄だったから。果たして、サバンはハッとした表情になり、テオの顔を見た。マレンカの名と意味を知っているこの白人は何者だ?と言う疑問を、テオはその表情から読み取った。しかしロバートソン博士が同席しているこの場で詳細を語ることは出来なかった。

「私は大統領警護隊文化保護担当部の隊員達と親しくしています。この遺骨とお守りも彼等と同行して発見し、私が持ち帰りました。」

 ロバートソン博士が何の話?と物問いた気にテオとサバンを交互に見た。サバンはテオともっと話す必要があるのかと考えたようだ。黙って水を口に含み、ゆっくり飲み下すと、静かに言った。

「息子を連れて帰って頂き、感謝します。」

 テオは長居無用と判断した。少なくとも、ロバートソン博士と同席している時にサバンと語り合うことは出来ない。彼は立ち上がった。

「セルバ共和国の自然保護の為に働いておられたご子息の無念を思うと、本当に心が痛みます。」

 ロバートソン博士も立ち上がった。彼女もこのアパートにこれ以上滞在するのは精神的に耐えられないのだろう。

「オラシオの荷物は整理して後で届けさせて頂きます。」

と彼女は告げ、そして耐えきれなくなったのか、ハンカチを出して顔に当てた。テオは彼女の肩に腕を回し、ドアへ導いた。そっとサバンを振り返ると、ティコ・サバンは箱を持ち上げたところだった。お祓いが済んだ息子の遺骨を迎え入れたのだ。
 テオは言った。

「グラダ大学の生物学部の遺伝子工学科に私はいます。」

 サバンが頷くのが見えた。

2024/01/13

第10部  穢れの森     18

  低い棚の上に写真が数枚額に入れて飾られていた。ティコ・サバンの若い時のものだろうか、一緒に写っている女性は妻に違いない。息子3人と一緒に写っている5人家族の写真、それぞれの息子の成長した晴れの日の写真、どれを見ても特別な先住民の様子はなかった。サバン家は多くの”ヴェルデ・シエロ”がそうして来たように、周囲に上手く溶け込んで生きてきたのだ。
 ティコ・サバンが水を入れたグラスを3つ持ってきた。お盆なしで上手に3つ、両手で支えて運んで来た。テオとロバートソンは礼を言ってグラスを受け取った。

「奥様は・・・?」

 ロバートソン博士が尋ねかけると、サバンは素早く答えた。

「妻は昨年から体調が良くなくて、次男の家族と一緒にグラダ大学の近くのアパートに住んでいます。大学病院に通院するのに便利なので。」

 もしかすると、彼は妻に息子の行方不明を告げていないのかも知れない。

「オラシオは長男です。」

とサバンは言った。

「あまり人付き合いの上手い人間ではなくて、動物の研究に明け暮れて森にばかり出かけていました。」

 ロバートソン博士が申し訳なさそうな顔で言った。

「彼は本当に熱心な研究者で、私が一番頼りにしていた助手でした。」

 過去形だ。サバンが彼女の顔を見た。

「息子は死んだのですね?」

 ズバリと言われて、テオは深呼吸した。そして薄紙に包んだコイン型のお守りを出した。

「これはオラシオの物でしょうか? 熱を受けてかなり刻印が読みづらいですが、女神の名前が刻まれています。」

 ティコ・サバンはそれを受け取り、紙を開いて中の物をつまみ上げた。じっと見つめた。

「同じ物を息子は持っていました。小さい頃に一度感謝祭の祭りで迷子になって、その後で妻が買い与えたのです。」

 テオは箱を出した。

「それは、この中の骨と一緒に森の奥で埋められていました。」

 

第11部  紅い水晶     24

  ケツァル少佐は近づいて来た高齢の考古学者に敬礼した。ムリリョ博士は小さく頷いて彼女の目を見た。少佐はトーレス邸であった出来事を伝えた。博士が小さな声で呟いた。 「石か・・・」 「石の正体をご存知ですか?」  少佐が期待を込めて尋ねると、博士は首を振った。 「ノ。我々の先祖の物...