2024/03/13

第10部  粛清       22

 「セニョール・アコスタ、貴方はセルバ野生生物保護協会の人々と親しいのでしょうか?」

 テオの質問にアコスタは首を振った。

「親しいとは言えません。私は自然豊かな母国の森が好きですが、保護活動自体に参加しようと言う気持ちになれません。事務系の人間ですから。しかし、会社の金を寄付するのですから、先方の活動内容や経済状態は把握しておかなければなりません。だから時々代表の人達と食事などの付き合いはします。私の上司や同僚も同じでしょう。偶々私がセルバ野生生物保護協会の担当になっているだけです。そのうち誰かと担当を代わるかも知れません。」

 個人的な付き合いは希薄なのだとアコスタは言いたいのだ。だからテオは安心して、核心の質問をぶつけてみた。

「もし・・・あくまでも、もし、の話ですが・・・」

と彼は断った。

「セルバ野生生物保護協会の人間が寄付金を横領していたら、どうされますか?」
「横領ですか?」

 アコスタが笑った。そんな馬鹿な、と言う意味の笑ではなかった。

「もしそんなことをしたら、憲兵隊に通報します。当然ながら寄付は打ち切りですよ。」
「では、寄付金の減額を止めさせるために、彼等がでっち上げの密猟を行っていたら?」
「でっち上げの密猟? ああ、我々に危機感を与えて寄付金減額を止めるってことですか?」

 またアコスタは笑った。

「それは彼等の活動意義にとって、本末転倒でしょう。だが・・・」

 彼は真面目な顔になった。

「植物の保護活動部門は活動成果を上げていないが、必死で行動しています。アブラーン・ムリリョ社長に何度か交渉に来ています。社長も森林保護の重要性は全ての生命の保護の根幹であると考えて、植樹活動に寄付を惜しみません。しかし、ロバートソン博士のネコ科動物の保護活動部門は消極的です。あまり密猟者の摘発もなく、ジャガーなどの取引も昨今は耳にしません。社長は博士に森林部門との統合を提案しているのです。どうせ別々に切り離して考えられるものでもありませんし。」

 ネコ科動物部門と森林部門の統合・・・テオは考えてみた。確かに、どんなに動物を保護しても、その動物が生きる場所がなければ意味がない。森林が豊かなら、動物達はある意味安全だ。

「寄付金は部門毎に出しておられるのですか?」
「セルバ野生生物保護協会へ一括で出します。ただ、どの部門にどんな割合で使われるのか、協会の方から報告があります。」
「ネコ科部門は?」
「以前は50%を使用していましたが、この2、3年は30%に減りました。まぁ、その辺のことは、協会内の力関係によりますから、我が社がとやかく言う筋合いではないです。」
「そうですね・・・」

 テオはもう訊くべきことがないことに気がついた。この会見を持った理由を言っておいた方が良いだろう。

「実は、密猟者に殺害された協会員2名の骨のD N A鑑定をしたのが、俺の研究室でして・・・」

 テオは鑑定のための費用をまだ協会からもらっていないのだと言い訳した。実際そうだった。

「協会の財政状態が悪ければ、あまり高額を請求するのも悪いかな、と思ったのですが、御社を始め数社から寄付をもらっているようなので、一応正規の値段を支払ってくれるよう交渉します。」

 アコスタが微笑んだ。

「大丈夫でしょう、ロバートソン博士は個人的にかなり資産をお持ちだ。寄付金が足りないことはないでしょうが、値切ってくるようなら、彼女の高級車でも売れと言って上げなさい。」

 

2024/03/09

第10部  粛清       21

 「ウーゴ・アコスタです。ロカ・エテルナの財務担当部副主任をしています。」

 男はサングラスを外してテオに目を見せた。サングラスをかけていると、ちょっと映画に出て来る悪党に見えたが、実際の目元は穏やかそうだった。普通のメスティーソのセルバ人だった。
 テオは自己紹介をして、近づいて来たウェイターにコーヒーを注文した。そしてアコスタに向き直った。

「ケサダ教授からお聞きになったと思いますが、セルバ野生生物保護協会へ御社が出されている援助金の額が来年度減額されるとのことですが・・・」

 アコスタが目をぱちくりさせた。

「ケサダ教授からそんなことをお聞きになったのですか?」

 テオは言い方を間違えたことに気がついた。教授に迷惑をかけてはいけない。

「間違えました。ケサダ教授は俺からその話を聞いただけです。俺はセルバ野生生物保護協会の会員の家族から援助金の話を聞きました。」
「ああ・・・それなら納得しました。」

 アコスタが頷いた。

「我が社は道楽で慈善行為をしているのではありません。確実に寄付した金が活かされる事業を援助しているのです。例えば、森を伐採した後に次の木の苗を植える事業、これは将来の地球環境の保全に繋がります。そして我が社が建築する建物の資材確保になります。海岸の清掃、これは綺麗な浜辺を守れば観光客が増え、ホテルの建設などに繋がります。」
「野生生物の保護は繋がりませんか?」
「動物の食物連鎖を無視したり蔑ろにするつもりはありません。しかしセルバ野生生物保護協会はこの数年何の成果も挙げていません。成果と言うのは、動物の生息数を維持することや生息環境を守ることです。しかし彼等が活動していると称する地域では森林伐採の面積が増え、動物が減っている。それに対して彼等は抗議行動をしていないし、政府に働きかけたり、関連事業者に話し合いを持ちかけてもいない。我々の目から見ると、彼等はただ自分達の給料を援助金から捻り出して、働かずに稼いでいるとしか思えないのです。」
「援助金を有効に使っていない、と?」
「その通りです。」
「しかし・・・協会員2名が密猟を止めようとして殺害されたことはご存知ですね?」
「新聞に出ていましたから、知っています。しかし、何故今起きたのですかね?」

 アコスタの奇妙な言葉にテオは引っかかった。

「何故今起きたか・・・ですか?」
「密猟は以前から行われていました。しかし生活出来る様な金は稼げません。今はワシントン条約で厳しく取り締まっていますから、動物を簡単に輸出出来ません。組織的な密猟でもしなければ、割りに合いませんよ。だが、新聞に出ていた密猟者連中は、普通の農夫だったのでしょう? 5人か6人のグループだったそうですが、それならもっと大掛かりに狩りをして、密輸するルートを持っていた筈です。だがそんな話も出ていない。」


2024/03/07

第10部  粛清       20

  テオはセルバ野生生物保護協会の資金の流れを調べることをケツァル少佐にまだ言っていなかった。憲兵隊のコーエン少尉との話し合いで協会に密猟者との繋がりがあるかも知れないと疑いを抱くようになった、と言うことは告げていた。少佐は不愉快そうな顔をした。野生生物の保護に関係する省庁は、少佐が働いているオフィスが置かれている文化・教育省だ。もし協会の職員が不正をおこなっているとしたら、省内の人間にも飛び火するかも知れないと考えた訳だ。省内会議の時に関係部署の人間をそれとなく探ってみると、彼女は言ったが、多分相手の目を見て心を読むのだ、とテオは想像した。一瞬で終わってしまう作業だが、セルバ人は古代それを恐れて他人の目をみることを礼儀作法から外れる行為とした。”ヴェルデ・シエロ”が伝説の神様と言われる時代になっても、その習慣は残り、セルバ人は余程気を許した相手にしか目を見ることを許さない。だが、本物の”ヴェルデ・シエロ”は一瞬で相手の思考を読み取ってしまうのだ。
 ケサダ教授がロカ・エテルナ社の財務担当者に電話をかけてくれた。シエスタの時間に市街地のカフェで会いましょう、と相手は言ってくれた。大学と民間企業のシエスタの時間は微妙にズレがあるので、正確な時刻を確認した。セルバ人は時間にルーズだが、大企業の財務課ともなれば、きちっと時間を守る筈だ。そうでなければ大金を動かす事業を行えない。外国企業との取引もあるに違いないのだ。

「相手は”ティエラ”ですから。」

とケサダ教授がそれとなく教えてくれた。現世で最強の”ヴェルデ・シエロ”が断言するのだから、間違いない。テオは彼に感謝して、昼食後に早速出かけた。
 ロカ・エテルナ社はグラダ・シティで一番お高くとまっているオフィス街にある。通りを歩く人々は皆高そうなスーツを着ていたり、アタッシュケースを持っていたりする。そして忙しなく携帯電話で話をしながら歩いている。たまにラフな格好の人もいるが、多分渉外担当ではない人間だろう。データ管理室だとか、システムエンジニアだ、きっと。
 テオは教壇に立つ時は、それなりに整った身なりをすることにしていた。研究の時はラフで構わないが、「先生」と言う立場で授業を行う場合は、多少威厳を持たせないといけない、と先輩教官達に忠告されたからだ。だから、薄手のジャケットとプレスの効いたコットンパンツでなんとかオフィス街の空気に浮かないで済んだ。
 指定されたカフェはすぐ見つかった。オフィス街の住人達が待ち合わせなどに使うのだろう、ちょっと目立った緑色のテント庇を出していて、観葉植物の植木鉢が店前に出されてあった。歩道は公共の場の筈だが、その店は植木鉢の間にテーブルを置いて、路上を占有していた。
 テオが近くまで行くと、その路上席の一つに席を取っていた男性が彼に向かって手招きした。薄ベージュのスーツを着て、黒いサングラスをかけ、短い口髭を生やした色の浅黒い男だった。

2024/03/06

第10部  粛清       19

  翌日、テオは大学に早めに出勤して、考古学部へ足を向けた。教授連中が何時出て来るのか知らなかったが、彼等は発掘に取り掛かるとなかなか大学に戻って来ない。だから大学に居る時に捕まえたかった。
 ンゲマ准教授は留守だった。学会の発表があるとかで、早い時間に市民ホールの会場へ出かけていた。恐らく南部ジャングルの遺跡群に関する話なのだろう。フランス隊や日本隊も来ていると言う噂だ。日本隊はアンティオワカ遺跡を掘りたがっているが、フランス隊が先に手をつけている。現在は不祥事を起こしたフランス隊が数歩譲って共同発掘しているところだ。ンゲマ准教授はその仲介者で、同時に彼独自に発掘しているカブラロカ遺跡研究の進展報告も兼ねるのだ。カブラロカの監視を担当している大統領警護隊文化保護担当部のアスルも出席する筈だ。
 セルバ国内の古代交易ルートを研究しているケサダ教授は現在本を執筆中なので、あまり外に出ない。だから大学にいる確率が高かった。考古学部の主任教授であるムリリョ博士より、在席している確率は高い。
 テオは学舎の入り口でケサダ教授の携帯に電話を掛けてみた。果たして教授は研究室にいた。訪問しても良いですか、と訊くと、大丈夫だと言ってもらえた。
 ドアをノックして「どうぞ」と声を聞き、テオはドアを開いた。コーヒーの香りが鼻をくすぐった。教授は珍しくインスタントのコーヒーを淹れていた。勧められて、テオももらうことにした。

「仕事に取り掛かる前の、ぼーっとする時間です。」

と教授が微笑んで言った。自宅では4人の娘と生まれて1年も経たない息子の5人の子供のお守りをしているパパだ。のんびり出来るのが職場だと言うのは皮肉な事実だった。

「お仕事に関係ないことでの訪問で恐縮ですが・・・」

 テオはカップのコーヒーを喉に流し、一息ついた。

「アブラーンと連絡を取りたいのです。俺が電話しても秘書が取り次ぐので、本当の要件を話せなくて・・・」

 なんだ、そんなことか、と言いたげに教授が彼を見た。

「最近ブームになっている粛清の件かと思いました。」

 ドキッとするようなことを平然と冗談にして言ってみせた。テオは苦笑した。

「そっちの方も無関係ではありませんが、それがメインなら俺は直接ムリリョ博士に当たっていますよ。」
「確かに・・・」

 教授がニヤッと笑った。テオは簡単に説明した。詳細に語っても、ケサダ教授には関係ない案件だから、意味がない。

「ちょっと遠回りかも知れませんが、お金の流通経路に関して、ロカ・エテルナ社の意見を聞きたいと思っています。だから、アブラーンが忙しければ、カサンドラでも良いのです。」

 カサンドラ・シメネスはムリリョ博士の長女でロカ・エテルナ社の副社長だ。案外金銭的な面で会社を支配しているのは彼女かも知れない。教授は義理の兄と姉のスケジュールを思い出そうとして空中を眺めた。それから、携帯電話を出して、メモを見た。

「カサンドラは昨日からスペインに出張です。お金に関係することで、一族に関係しない内容でしたら、会社の財務担当者を紹介しますが?」

 テオはちょっと考えた。セルバ野生生物保護協会に寄付をするのは会社の事業だ。”ヴェルデ・シエロ”の秘密の事案ではないのだろう。彼は安堵して、教授に頼んだ。

「お願いします。教授が会社の人事にお詳しいとは思いませんでした。」

 するとケサダ教授は可笑しそうに言った。

「ロカ・エテルナ社は考古学や医療研究にもいろいろ援助をしていますから、私もお世話になることがあるのですよ。貴方も遺伝子工学の研究で資金を出してもらったらどうです?」


2024/03/05

第10部  粛清       18

  サバン家を辞して、テオはコーエン少尉を車に乗せて憲兵隊官舎に向かって走った。コーエン少尉は半日だけの休暇を取っていたのだ。明日になればまた通常の勤務に戻る。

「セルバ野生生物保護協会の財政状況を調査します。」

と彼が呟いた。テオは頷いた。彼も気になったが、大学の遺伝子工学の准教授が首を突っ込める分野ではない。彼が出来ることは・・・

「俺はロバートソン博士にもう一度会ってみよう。」
「まだ本題をぶつけないで下さい。」

と少尉が予防線を張った。

「彼等に憲兵隊が探っていると知られたくありません。」
「わかっている。サバンとコロンのD N A鑑定をした人間として、事件のその後の展開が気になっている、と言う理由で近づいてみるだけさ。彼女が犯人とは限らないし、また完全に無実とも決まった訳でもないから。」

 憲兵隊本部には行ったことがあったが、官舎は初めてだった。本部のそばにあるのかと思ったら、車でも5分ばかり離れた場所にあった。隊員達は自転車やバスで通勤していると聞いて、テオは驚いた。

「制服のままで?」
「それが当たり前ですが、何か?」
「あ・・・いや、あまり通勤途中の憲兵を見たことがなかったので・・・」
「各自登庁する時刻は違いますから、点呼の時に揃っていれば問題ないのです。通勤途中に見かけた人は、我々が任務に就いていると思うだけです。」

 ふーん、とテオはなんとなく納得した。2人1組で行動する憲兵や警察官が一人で歩いている時は、正規の勤務外と言うことなのだろうか。だが一旦制服を着たら、彼等の心は任務に就いているのだろう。
 官舎の前に停車すると、少尉がドアに手を掛けた。テオが尋ねた。

「少尉、君の個人名を聞いても良いかな? 俺はテオドール・アルスト・ゴンザレスだ。」

 彼に名乗られて、コーエン少尉も躊躇わずに答えた。

「マルク・コーエンです。」
「ブーカだね?」
「スィ。ですが、少し”ティエラ”の血が混ざっています。」
「だけど、一族の人間だ。」
「スィ。」

 コーエン少尉は真面目な顔に少しだけ微笑みを浮かべ、「ブエナス・ノチェス」と言って車から降りた。

2024/03/04

第10部  粛清       17

 「手がかり?!」

 前のめりになって質問したのはコーエン少尉だった。密猟者グループのボスを特定する手がかりだと言うのか? 
 ティコ・サバンは急がなかった。彼は若い憲兵と遺伝子学者を見た。

「息子は、セルバ野生生物保護協会の中に、密猟者に取り締まり情報を流している人間がいると推測していました。」
「なんだって?!」

と叫んだのはテオだった。セルバ野生生物保護協会は、会員を殺害された被害者ではないのか? オラシオ・サバンとイスマエル・コロンの合同葬儀に集まった会員達は本当に悲しんでいたし、憤っていた。テオの目にはそう見えた。あの中に、悲しんでいる芝居をしていた人間がいたと言うのか?
 コーエン少尉は冷静に尋ねた。

「内部犯行と言うことですか? 保護協会が密猟者に情報を流して、何か得るものがあったのでしょうか?」

 すると長年地区の役場で勤めたと言うティコ・サバンは、元役人の顔で答えた。

「あの手の組織は基本的にボランティア団体です。どこか大企業などと手を結んで募金や寄付金で活動費を賄っています。セルバ野生生物保護協会も例外ではありません。息子は協会に寄付金を出していたのは、ロカ・エテルナ社だと言っていました。」

 え?とテオは内心かすかに動揺してしまった。ロカ・エテルナ社はセルバ共和国の建設業界の中で最大手だ。それに経営者はアブラーン・シメネス・デ・ムリリョ、考古学者ムリリョ博士の実の長男だ。
 ティコ・サバンは真面目な顔で続けた。

「ロカ・エテルナにすれば、企業イメージを良い方向にアップする為のパフォーマンスでしょう。しかし、企業の利益を生み出さなければ、寄付金を増額することはありません。逆に経営陣の中で自然保護対策に金を使うのは浪費に過ぎないと言う意見を持つ者もいるでしょう。そして実際にロカ・エテルナ社はセルバ野生生物保護協会に、来年度の寄付金を減額すると言う通知を出して来たのです。息子がアブラーンに失望したと腹を立てていたので、私も覚えています。」
「すると・・・」

 テオは頭を働かせた。

「寄付金を減らされると困る協会は密猟で資金繰りを・・・?」
「それは本末転倒だ。」

とコーエン少尉。

「第一、密猟で得る利益など、協会運営の資金全体から見れば微々たるものでしょう、ドクトル。」
「そうだなぁ・・・」

 テオはふと嫌な考えが頭に浮かんだ。

「まさか、密猟を増やして、危機感を世間に与え、ロカ・エテルナ社に考え直すよう促すつもりだった?」

2024/03/03

第10部  粛清       16

  コーエン少尉がテオを見たので、テオは簡単に名乗ってから、本題に入った。

「セニョール・サバン、貴方はオラシオが行方不明になった後、グラダ大学の考古学教授ムリリョ博士と電話で話をされましたね。」

 サバンがピクリと体を動かした様に見えた。ムリリョ博士との通話は仲介を頼んだ”ティエラ”のンゲマ准教授しか知らないと思ったのだろう。テオはサバンの反応に気がつかなかったふりをして続けた。

「ムリリョ博士はマスケゴ族の族長です。そして大長老の一人でもある。」

 普通のセルバ人が知らない”ヴェルデ・シエロ”の内部事情を言ったので、サバンは勿論のことコーエン少尉もちょっと驚いてテオをまじまじと見た。テオはそれも気づかないふりをした。

「彼はある特殊な技能職を持つ人々とも深いつながりがあります。セニョール・サバン、貴方は息子さんを殺害した犯人グループのことを博士に伝えましたか?」

 コーエン少尉がサバンに向き直った。大統領警護隊ではないが、憲兵も国民から畏怖と尊敬の目で見られている。サバンは先ほどの気を放った人物が目の前の若い憲兵だとわかっていたので、嘘や誤魔化しは効かないと観念したのだろう、渋々ながら頷いた。

「スィ。”アキレスの一味”が息子をどうにかしてしまったらしいと博士に伝えました。」

 何故考古学の博士にそんなことを伝えたのか、サバンは説明しなかった。どうしてムリリョ博士の裏の顔を知っているのかも言わなかった。そしてコーエン少尉の方は、博士の裏の顔に思い当たって一瞬動揺した。しかし憲兵はどうにかその動揺を抑えて、年長者のサバンに気づかれずに済ませた。ここで相手に弱みを見せてはならない。それにケツァル少佐のパートナーである白人のテオは何もかもお見通しの様だ。馬鹿にされたくなかった。
 テオはさらに尋ねた。

「”アキレスの一味”のことをどうしてご存知だったのですか?」

 するとティコ・サバンは部屋の隅へ歩いて行き、そこに置かれていた棚の引き出しから一冊のノートを出した。最近購入したらしいノートで、表紙もまだ綺麗だったが、テオはサバンがそれをめくっている紙面にびっしりと書き込みされているのを見た。

「息子は密猟から野生動物を守る仕事をしていました。プンタ・マナ周辺の森で暗躍する密猟者グループの調査をしていたのです。」
「これがその記録なのですね?」
「ここに犯人と思しき人間数名の名前が書かれています。グループの名前も書いてありました。」

 サバンはノートを憲兵に手渡した。

「密猟者が警察と繋がっているかも知れないと思い、今までこのノートのことは黙っていました。けれど、一族の人間が憲兵にいるのだから、私はこれを貴方に託します。」

 コーエン少尉はパラパラとノートをめくり、大きく頷いた。

「グラシャス、セニョール、捜査に役立てます。読み解いていくとボスの正体もわかるかも知れません。もしや、ボスのことも書かれていませんでしたか?」

 サバンは首を振った。

「ノ、ボスがいるのは確かだ、と書いていますが、名前はわからない様でした。でも手がかりはあると、最後に書いてあったのです。」


第11部  紅い水晶     8

 研究室に入るとテオはケツァル少佐に電話をかけてみた。少佐は彼からの電話とわかったので、すぐに出てくれた。バックで船の汽笛らしき音がして、彼女が港湾施設にいることがわかった。 「出かけている時に申し訳ない。」 とテオは切り出した。 「ケサダ教授から依頼されて、文化保護担当部の人に...