2024/03/20

第10部  罪人        3

  セルバ野生生物保護協会のロバートソン博士を「嘘泣き女」呼ばわりしたケツァル少佐にテオはちょっと驚いた。

「・・・だけど、君は彼女がサバンかコロンのどちらかを愛していたんじゃないか、って言ったじゃないか。」
「言いました。でも・・・」

 少佐は肩をすくめた。

「あの時は彼女が酷く憔悴して見えたので、そう思っただけです。彼女は埋葬の時、ハンカチを目元に当てていましたが、泣いていませんでした。」
「目を赤く腫らしていたぞ?」

とテオが指摘すると、彼女は首を振った。

「寝不足だったのではありませんか?」
「はぁ?」
「密猟者達が次々と死んだり捕まったりで、次は自分の番ではないかと不安なのでしょう。」
「まさか・・・」

 テオは他の仲間を見た。ロホが肩をすくめて見せた。

「あの博士は結構気が強い女性の様です。しかし、死んだ協会員に外部の人が触れると、急に涙ぐんだり心配だと饒舌になる様ですね。」
「お芝居ね。」

とデネロスが決めつけた。

「セルバ野生生物保護協会って、ボランティア組織みたいなもので、お役所や普通の会社みたいに協会員が毎日出勤して顔を合わせる訳ではないでしょう? 私の大学の学友にも協会に登録している人がいますが、全然事務所に顔を出さない人もいるし、お給料も交通費程度しか出ないって言ってました。だから、ロカ・エテルナ社が援助資金を出しているって、今聞いて、私は変だなと思っているんですけどぉ?」
「それじゃ、援助金は何に使われているんだ?」

とアスル。

「動物の餌代か?」

2024/03/19

第10部  罪人        2

 「テオが憲兵隊のマルク・コーエン少尉との会談でセルバ野生生物保護協会の資金の流れに疑いを持った様ですが・・・」

 少佐が語りかけたので、テオは片手を揚げて彼女を制し、自分で話し始めた。

「殺害されたオラシオ・サバンの父親にコーエン少尉と共に面会したんだ。その時、父親が息子のノートを見せてくれた。オラシオ・サバンは彼が働いていた協会に密猟者と繋がりを持つ人間がいると疑っていた。そのノートはコーエン少尉が持ち帰って彼なりに分析している筈だ。コーエン少尉と俺は、本来動物を保護しなきゃならないセルバ野生生物保護協会の人間が密猟に加担する理由を、考えた。そして協会の資金の流れがどうなっているのか知るべきだと思った。オラシオ・サバンは父親に協会に資金援助している企業があって、その主力たる企業がロカ・エテルナ社だと言った。俺達はロカ・エテルナ社が動物の密猟の黒幕とは思っていない。コーエン少尉だってそれくらいわかっている。問題は、大きな会社から援助してもらう資金がどんな使われ方をしているか、だ。コーエン少尉はセルバ野生生物保護協会の財政状況を調べると言った。勿論、それは憲兵隊の仕事だ。だから、俺はロカ・エテルナ社にセルバ野生生物保護協会とどんな利益関係があるのか知ろうと思い、ケサダ教授にアブラーン・シメネスに連絡をつけて欲しいと頼んだ。」

 大統領警護隊の友人達がちょっと驚いた様子を見せた。顔見知りだと言っても、ロカ・エテルナ社は大企業でそこの社長となると、いきなりアポなしでぶつかっても会ってもらえない。ケサダ教授は社長と義理の兄弟だが、義弟の紹介と言えどもアブラーン・シメネスはすぐに時間を割ける程暇ではない。ギャラガが尋ねた。

「アブラーン・シメネスは会ってくれたんですか?」
「ノ、俺はアブラーンが無理ならカサンドラに会いたいと言ったんだ。すると教授は彼女が現在スペインに出張中で留守だと教えてくれた。しかし、慈善事業や学究施設各所に援助をする部署があって、そこのセルバ野生生物保護協会担当の人に連絡を取ってくれたんだ。」

 デネロスがニヤリと笑った。

「やっぱり教授は頼りになりますね!」

 ケツァル少佐が肩をすくめ、ロホとアスルとギャラガは彼女に同意した。
 テオは話を進めた。

「俺は今日、ロカ・エテルナ社の財務部のアコスタと言う人と会った。アコスタはセルバ野生生物保護協会が密猟者と繋がっているとは考えていなかったが、協会への資金援助が減額される話を教えてくれた。アブラーン・ムリリョ社長は協会の植樹活動などには積極的に協力しているが、ネコ科部門はこの数年目だった成績を揚げておらず、森の保護がひいては動物保護に繋がると言う観点から、協会にネコ科部門を森林部門に合併吸収させる提案をしていたようだ。」
「すると・・・」

 ロホが声を発したので、テオは口を閉じた。ロホは割り込んでしまったことを謝罪してから、考えを述べた。

「ネコ科部門は資金減額も森林部門への吸収も嫌だと思っている。だから、密猟を増やして危機感を社会に与え、資金減額を止めさせようとした・・・」

 テオは頷いた。少佐が不愉快そうな顔をした。

「では、あの嘘泣き女を調べるのですね?」
「嘘泣き女?」

 テオの怪訝な表情を見て、少佐は言った。

「オラシオ・サバンとイスマエル・コロンの葬式の時、ロバートソンは泣くふりをしていたではありませんか。」

2024/03/18

第10部  罪人        1

  ケツァル少佐のアパートのリビングで、大統領警護隊文化保護担当部の面々とテオは静かに時を過ごしていた。その日の夕食はカーラの手料理だった。とても美味しかったが、みんな口数が少なく、家政婦を心配させてしまった。

「いつもと同じで、とても美味しいですよ、カーラ。」

と少佐が珍しく気を遣った。

「ただ、仕事で今日はみんな疲れているのです。」

 そしていつもと同じように、アスルがカーラの帰宅準備を手伝い、バス停まで送って行った。
 少佐が酒類を出してきて、それぞれに配った。ロホは白ワイン、テオとアスルはビール、ギャラガは水で割ったブランデー、デネロスは赤ワイン、そして少佐はストレートのブランデー。

「”砂の民”は着実に仕事をしていますね。」

とロホが呟いた。テオは頷いた。

「きっとプンタ・マナから密猟者を追跡して来たんだ。俺はグラダ・シティの”砂の民”全部を知っている訳じゃないが、いくら大都会だからと言って、一つの都市にそう何人も”砂の民”がいる筈もないだろう?」

 ギャラガが同意した。

「ムリリョ博士は動いていらっしゃらないし、建設省のマスケゴは無関心でしょう? 私も他のピューマを知りませんが、3人もこの街に住んでいるとは思えません。」
「そもそもピューマはジャガーより数が少ないじゃない?」

とデネロスがワインを啜って囁いた。

「きっとプンタ・マナでも一人しかいませんよ。だから、南部で密猟者達を片づけたのは、一人の仕事で、その人が逃げた男を追いかけてグラダ・シティに来たんですよ。」

 少佐が不機嫌な顔をした。

「ママコナのお膝元で仕事をするのですから、それなりに首領に挨拶はあった筈です。勿論、博士が私達にそれを告知される義務はありませんし、決まりもありません。でも・・・」

 彼女は天井に視線を向けた。

「アブラーン・シメネス・デ・ムリリョの会社の近所で血を流したのですから、アブラーンやカサンドラは大いに不満でしょうね。」
「彼等があの交通事故を誰かの粛清だと考えればな・・・」

とテオは言った。もし、粛清だと気がついていたら、あの兄妹は父親に抗議するのだろうか?


2024/03/15

第10部  粛清       23

  アコスタと別れて、テオは路駐していた自分の車に戻った。乗り込もうとした時、一人の男が通りの反対側を走って来るのに気がついた。オフィス街にはそぐわない、薄汚れた感じの人物だった。決してボロを着ているのではないが、何日も同じ服を着たまま、そんな風に見える男が右奥から全速力で走って来て、テオがいる向かい側を走り抜けようとした。何かに追われているのか、背後を振り返り、その為に近くを歩いていた紳士にぶつかりそうになった。

「オイ!」

と怒鳴られ、走って来た男はビクリとしてそっちを振り返り、弾みでよろめいた。

「危ない!」

 思わずテオは叫んだ。同じ叫び声が通りの反対側にいた別の人からも発せられた、と思った。
 走って来た男はよろめいたまま、車道にはみ出した。歩道の段差で転びそうになり、そこへ車が走って来た。
 テオは目を瞑った。嫌なブレーキ音とドンっと何かがぶつかる鈍い音が響いた。

「事故だ!」

 誰かが叫んでいた。テオは目を開き、現場を見た。車は数10メートル向こう迄進んで停車していた。歩道に跳ね飛ばされた男が倒れていた。路面に赤黒い液体が広がり始めた。

「救急車を呼べ!」
「早く救助を!」

 通行人が集まり始め、テオも道を渡って現場へ駆け寄った。男は頭部を強打したのか、頭から血を流していた。目は開いていたが、光が消えていくのがわかった。
 男のそばにかがみ込んだ男性が首を振った。

「駄目だ、救急車は間に合わない。」

 テオは死んだ男が、ひどく田舎者っぽい服装であることに気がついた。それに車に衝突した衝撃で顔面が変形している様に思えたが、どこかで見た顔だとも思った。
 それにしても、酷い事故だ。
 テオは男が走って来た方角へ何気なく視線をやった。停車した車の運転手が真っ青な顔で下りて来るところだったが、その車の向こうに立っている人物が視界に入った。

 純血種の先住民!

 テオは根拠もなくゾッとした。”砂の民”だ。直感だった。慌てて視線を逸らし、犠牲者に目を向けた。

 そうだ、この顔は手配書にあった密猟者だ・・・


2024/03/13

第10部  粛清       22

 「セニョール・アコスタ、貴方はセルバ野生生物保護協会の人々と親しいのでしょうか?」

 テオの質問にアコスタは首を振った。

「親しいとは言えません。私は自然豊かな母国の森が好きですが、保護活動自体に参加しようと言う気持ちになれません。事務系の人間ですから。しかし、会社の金を寄付するのですから、先方の活動内容や経済状態は把握しておかなければなりません。だから時々代表の人達と食事などの付き合いはします。私の上司や同僚も同じでしょう。偶々私がセルバ野生生物保護協会の担当になっているだけです。そのうち誰かと担当を代わるかも知れません。」

 個人的な付き合いは希薄なのだとアコスタは言いたいのだ。だからテオは安心して、核心の質問をぶつけてみた。

「もし・・・あくまでも、もし、の話ですが・・・」

と彼は断った。

「セルバ野生生物保護協会の人間が寄付金を横領していたら、どうされますか?」
「横領ですか?」

 アコスタが笑った。そんな馬鹿な、と言う意味の笑ではなかった。

「もしそんなことをしたら、憲兵隊に通報します。当然ながら寄付は打ち切りですよ。」
「では、寄付金の減額を止めさせるために、彼等がでっち上げの密猟を行っていたら?」
「でっち上げの密猟? ああ、我々に危機感を与えて寄付金減額を止めるってことですか?」

 またアコスタは笑った。

「それは彼等の活動意義にとって、本末転倒でしょう。だが・・・」

 彼は真面目な顔になった。

「植物の保護活動部門は活動成果を上げていないが、必死で行動しています。アブラーン・ムリリョ社長に何度か交渉に来ています。社長も森林保護の重要性は全ての生命の保護の根幹であると考えて、植樹活動に寄付を惜しみません。しかし、ロバートソン博士のネコ科動物の保護活動部門は消極的です。あまり密猟者の摘発もなく、ジャガーなどの取引も昨今は耳にしません。社長は博士に森林部門との統合を提案しているのです。どうせ別々に切り離して考えられるものでもありませんし。」

 ネコ科動物部門と森林部門の統合・・・テオは考えてみた。確かに、どんなに動物を保護しても、その動物が生きる場所がなければ意味がない。森林が豊かなら、動物達はある意味安全だ。

「寄付金は部門毎に出しておられるのですか?」
「セルバ野生生物保護協会へ一括で出します。ただ、どの部門にどんな割合で使われるのか、協会の方から報告があります。」
「ネコ科部門は?」
「以前は50%を使用していましたが、この2、3年は30%に減りました。まぁ、その辺のことは、協会内の力関係によりますから、我が社がとやかく言う筋合いではないです。」
「そうですね・・・」

 テオはもう訊くべきことがないことに気がついた。この会見を持った理由を言っておいた方が良いだろう。

「実は、密猟者に殺害された協会員2名の骨のD N A鑑定をしたのが、俺の研究室でして・・・」

 テオは鑑定のための費用をまだ協会からもらっていないのだと言い訳した。実際そうだった。

「協会の財政状態が悪ければ、あまり高額を請求するのも悪いかな、と思ったのですが、御社を始め数社から寄付をもらっているようなので、一応正規の値段を支払ってくれるよう交渉します。」

 アコスタが微笑んだ。

「大丈夫でしょう、ロバートソン博士は個人的にかなり資産をお持ちだ。寄付金が足りないことはないでしょうが、値切ってくるようなら、彼女の高級車でも売れと言って上げなさい。」

 

2024/03/09

第10部  粛清       21

 「ウーゴ・アコスタです。ロカ・エテルナの財務担当部副主任をしています。」

 男はサングラスを外してテオに目を見せた。サングラスをかけていると、ちょっと映画に出て来る悪党に見えたが、実際の目元は穏やかそうだった。普通のメスティーソのセルバ人だった。
 テオは自己紹介をして、近づいて来たウェイターにコーヒーを注文した。そしてアコスタに向き直った。

「ケサダ教授からお聞きになったと思いますが、セルバ野生生物保護協会へ御社が出されている援助金の額が来年度減額されるとのことですが・・・」

 アコスタが目をぱちくりさせた。

「ケサダ教授からそんなことをお聞きになったのですか?」

 テオは言い方を間違えたことに気がついた。教授に迷惑をかけてはいけない。

「間違えました。ケサダ教授は俺からその話を聞いただけです。俺はセルバ野生生物保護協会の会員の家族から援助金の話を聞きました。」
「ああ・・・それなら納得しました。」

 アコスタが頷いた。

「我が社は道楽で慈善行為をしているのではありません。確実に寄付した金が活かされる事業を援助しているのです。例えば、森を伐採した後に次の木の苗を植える事業、これは将来の地球環境の保全に繋がります。そして我が社が建築する建物の資材確保になります。海岸の清掃、これは綺麗な浜辺を守れば観光客が増え、ホテルの建設などに繋がります。」
「野生生物の保護は繋がりませんか?」
「動物の食物連鎖を無視したり蔑ろにするつもりはありません。しかしセルバ野生生物保護協会はこの数年何の成果も挙げていません。成果と言うのは、動物の生息数を維持することや生息環境を守ることです。しかし彼等が活動していると称する地域では森林伐採の面積が増え、動物が減っている。それに対して彼等は抗議行動をしていないし、政府に働きかけたり、関連事業者に話し合いを持ちかけてもいない。我々の目から見ると、彼等はただ自分達の給料を援助金から捻り出して、働かずに稼いでいるとしか思えないのです。」
「援助金を有効に使っていない、と?」
「その通りです。」
「しかし・・・協会員2名が密猟を止めようとして殺害されたことはご存知ですね?」
「新聞に出ていましたから、知っています。しかし、何故今起きたのですかね?」

 アコスタの奇妙な言葉にテオは引っかかった。

「何故今起きたか・・・ですか?」
「密猟は以前から行われていました。しかし生活出来る様な金は稼げません。今はワシントン条約で厳しく取り締まっていますから、動物を簡単に輸出出来ません。組織的な密猟でもしなければ、割りに合いませんよ。だが、新聞に出ていた密猟者連中は、普通の農夫だったのでしょう? 5人か6人のグループだったそうですが、それならもっと大掛かりに狩りをして、密輸するルートを持っていた筈です。だがそんな話も出ていない。」


2024/03/07

第10部  粛清       20

  テオはセルバ野生生物保護協会の資金の流れを調べることをケツァル少佐にまだ言っていなかった。憲兵隊のコーエン少尉との話し合いで協会に密猟者との繋がりがあるかも知れないと疑いを抱くようになった、と言うことは告げていた。少佐は不愉快そうな顔をした。野生生物の保護に関係する省庁は、少佐が働いているオフィスが置かれている文化・教育省だ。もし協会の職員が不正をおこなっているとしたら、省内の人間にも飛び火するかも知れないと考えた訳だ。省内会議の時に関係部署の人間をそれとなく探ってみると、彼女は言ったが、多分相手の目を見て心を読むのだ、とテオは想像した。一瞬で終わってしまう作業だが、セルバ人は古代それを恐れて他人の目をみることを礼儀作法から外れる行為とした。”ヴェルデ・シエロ”が伝説の神様と言われる時代になっても、その習慣は残り、セルバ人は余程気を許した相手にしか目を見ることを許さない。だが、本物の”ヴェルデ・シエロ”は一瞬で相手の思考を読み取ってしまうのだ。
 ケサダ教授がロカ・エテルナ社の財務担当者に電話をかけてくれた。シエスタの時間に市街地のカフェで会いましょう、と相手は言ってくれた。大学と民間企業のシエスタの時間は微妙にズレがあるので、正確な時刻を確認した。セルバ人は時間にルーズだが、大企業の財務課ともなれば、きちっと時間を守る筈だ。そうでなければ大金を動かす事業を行えない。外国企業との取引もあるに違いないのだ。

「相手は”ティエラ”ですから。」

とケサダ教授がそれとなく教えてくれた。現世で最強の”ヴェルデ・シエロ”が断言するのだから、間違いない。テオは彼に感謝して、昼食後に早速出かけた。
 ロカ・エテルナ社はグラダ・シティで一番お高くとまっているオフィス街にある。通りを歩く人々は皆高そうなスーツを着ていたり、アタッシュケースを持っていたりする。そして忙しなく携帯電話で話をしながら歩いている。たまにラフな格好の人もいるが、多分渉外担当ではない人間だろう。データ管理室だとか、システムエンジニアだ、きっと。
 テオは教壇に立つ時は、それなりに整った身なりをすることにしていた。研究の時はラフで構わないが、「先生」と言う立場で授業を行う場合は、多少威厳を持たせないといけない、と先輩教官達に忠告されたからだ。だから、薄手のジャケットとプレスの効いたコットンパンツでなんとかオフィス街の空気に浮かないで済んだ。
 指定されたカフェはすぐ見つかった。オフィス街の住人達が待ち合わせなどに使うのだろう、ちょっと目立った緑色のテント庇を出していて、観葉植物の植木鉢が店前に出されてあった。歩道は公共の場の筈だが、その店は植木鉢の間にテーブルを置いて、路上を占有していた。
 テオが近くまで行くと、その路上席の一つに席を取っていた男性が彼に向かって手招きした。薄ベージュのスーツを着て、黒いサングラスをかけ、短い口髭を生やした色の浅黒い男だった。

第11部  紅い水晶     24

  ケツァル少佐は近づいて来た高齢の考古学者に敬礼した。ムリリョ博士は小さく頷いて彼女の目を見た。少佐はトーレス邸であった出来事を伝えた。博士が小さな声で呟いた。 「石か・・・」 「石の正体をご存知ですか?」  少佐が期待を込めて尋ねると、博士は首を振った。 「ノ。我々の先祖の物...