シオドア・ハーストは昔の自分の研究室にいた。助手達はお昼ご飯を食べに食堂へ行っている。彼はセルバ人のデータを消すために来たのだが、彼の目の前でコンピューターが狂いつつあった。理由は分からないがデータが崩れていく。ケツァル少佐が何かしたに違いない。しかし彼女はデータ消去をシオドアに任せてくれた筈だ。担当外のことを彼女がしたからと言って腹を立てたりしないが、データの崩れ方が尋常ではない。メインのディスクが壊れたとしか思えない。これは大騒ぎになるぞ、と思っていると、部屋の外が騒がしくなった。ガラス越しに通路を見ると、収容していた筈の男が1人警備兵から奪い取った銃で出くわした科学者を脅していた。
これはやり過ぎだぞ、少佐・・・
ステファン大尉1人を逃がす為の作戦が大ごとに発展していた。収容室から逃げた超能力者は今見えている男1人だけではあるまい。その証拠に建物の別の場所からも銃声が聞こえた。シオドアはもう一度研究室のパソコンを見た。画面がぐちゃぐちゃになっていた。隣のパソコンの画面は巨大な ? を映し出していた。
シオドアは銃を持った男が立ち去るのを待って部屋から出た。通路を走って来る音が聞こえた。警備兵かと思ったが、エルネスト・ゲイルだった。
「テオ!」
とエルネストがシオドアを見つけて怒鳴った。
「一体何をやらかしてくれたんだ?!」
「俺は何もしていないさ。」
シオドアは階段を目指して歩き始めた。エレベーターは逃げ出した超能力者が制圧した恐れがあった。エルネストが追ってきた。
「僕のデータが滅茶苦茶だ。助手達のも壊れている。そんなことが出来るのは君しかいない。」
「買い被るのは止してくれ。俺のデータも壊されたんだ。メインがどうかなったに違いない。これから所長に相談に行く。」
「逃げるつもりだろ!」
「何処へ? どうやって逃げるんだ? ここは基地の中だ。厳戒態勢を敷かれたら、俺は何処にも行けないぜ。」
2人で押し問答していると、横で咳払いが聞こえた。2人同時に振り返った。赤いフードのケツァル少佐が立っていた。エルネストはうっかり彼女と目を合わせてしまった。少佐が囁きかけた。
「所長室へ案内して下さい。」
エルネストはこっくり頷いた。そしてシオドアの胸ぐらを掴もうとしていた手を下ろし、歩き始めた。シオドアは少佐と目を交わした。
「ステファンは?」
「所長室にいます。」
それ以上の説明は不要だ。シオドアと少佐はエルネストの後ろについて歩いた。
「他の収容者も釈放したな。ややこしい事態になっているぞ。」
「私達の狙いが彼1人だと思われたくなかったからです。セルバ共和国とアメリカ合衆国がこれからも仲良く付き合って行くために必要なことです。」
つまりこの騒動は、ステファン大尉救出ではなく暴動だと認識させたいのだ。
「たった1人でテロかい? しかも武器はその目だけだ。」
少佐は何もコメントを返さなかった。
エルネスト・ゲイル、シオドア・ハースト、そしてケツァル少佐は階段を用心深く上り、地上階に出た。警報が鳴っても良さそうなのに、何も聞こえない。しかし警備兵達が走り回っていた。逃げた超能力者は複数だ。
ワイズマン所長の部屋の前にある秘書室では秘書がコンピューターを見つめて座っていた。画面には「?」が表示されているだけだ。だが秘書は何も感じないのか、スクリーンを見ているだけだった。エルネストが執務室のドアの前に立った。
「所長、ゲイルです。入ります。」
エルネストは返事を待たずにドアを開けた。そして中に足を踏み入れるなり、ステファン大尉に素手で頭をポカリとやられて昏倒した。
「お見事!」
とシオドアが呟いた。
「多少はスカッとしたかい?」
「もう2、3発お見舞いしたかったです。」
シオドアは室内を見た。ワイズマンが額に脂汗を浮かべながらコンピューターにコマンドを送り続けていた。既に彼が使っている端末も言うことを聞かなくなっていると言うのに。
少佐が2人の男達に声をかけた。
「外へ出ましょう。」
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