2023/02/20

第9部 セルバのアメリカ人      4

  亀の噛みつき騒ぎが収まると、アルスト准教授は学生達に撤収を命じた。学生達は全員男性で、半分はアルストの、残りの半分はスニガ准教授の教室の学生だと言うことだった。女性達はカエルの捕獲に参加しなかったので、アルストが自分の教室の学生を助っ人に連れて来ていたのだ。だから捕まえたカエルは全部スニガ准教授の学生達が大学へ持ち帰った。アルスト組は公園から出ると、近くの水場で泥を落とした。グラダ・シティには街角のあちらこちらに自由に水を使える水場が設けられていて、市民はそこで洗濯をしたり、物を洗浄するのに水を使っていた。飲料水ではないので、飲むことは出来ない。少なくとも、マイロは道端の水場で喉を潤す市民を見たことがなかった。衛生教育をしっかりしている街なのだ。
 アルストが大学のカフェに集合して昼食にしようと提案すると、学生達は大喜びで銘々好きな方角へ散って行った。衣服を着替えて長靴を片付けてくるのだ。
 マイロは大学の方向へ向かって歩き出したアルストを追いかけた。

「貴方はどこへ?」
「大学の駐車場。車の中に着替えを常備しているんです。」

 野外活動が好きらしいアルストと並んでマイロは歩いた。

「実は、シャーガス病の病原であるトリパノソーマ・クルージの遺伝子を分析して、あいつらを撲滅する薬剤とか開発出来ないかな、と思っているんですが・・・」

と話しかけると、アルストは肩をすくめた。

「遺伝子から弱点を見つけるのは、すぐに出来ることじゃないですね。」
「ええ、わかっています。」
「俺なら、原虫にやられた臓器を回復させる薬剤を作る方を選択しますよ。」
「それは・・・」

 まだ開発されていない。トリパノソーマ・クルージからダメージを受けた臓器は細胞が破壊され、修復不可能なのだ。しかしアルストは言った。

「細胞を蘇生させる、あるいは修復させる為の研究をされているんじゃないんですか?」
「僕は予防法を探っていて・・・」
「自然界の昆虫の体内から原虫を殺してしまうなんて不可能です。人間に出来ることは、せいぜい虫が我々の生活圏に入って来ないようにするだけですよ。」

 アルストはマイロを見た。

「貴方が所属される国立感染症センターは高度な技術と知識の塊の様な場所でしょう。俺達在野の研究者にとっては手の届かない高い所にある城みたいなもんです。どうかそこで病人が元の生活に戻れる様な治療法を早く見つけて下さい。待っています。」

 

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