2024/03/27

第10部  罪人        5

  テオが大学の講義を終えて研究室に戻ると、室内に無断で入っていた客が立ち上がって挨拶した。

「ブエノス・ディアス、ドクトル。勝手にお邪魔しています。」

 敬礼しながら言うので、テオは吹き出した。

「ブエノス・ディアス、アンドレ。君なら構わないけど、他の人だったら俺は大声を出した方が良いだろうな。」

 テオは自分の机の上に書籍や学生から集めた答案用紙などを置いた。テストではなくちょっとした授業内容に関するアンケートを取ったのだ。
 ギャラガ少尉が小瓶を二人の間にある細長いテーブルの上に置いた。このテーブルは学生達が助手を務めるときに使う「何でもテーブル」だ。お茶を飲むにも書類を書くにも使われるので、普段は何も置いていない。
 テオは小瓶の中の不気味な物体を見た。

「肉片に見えるが・・・」
「スィ。死体から切り取った皮膚です。」

 テオが顔を顰めるのも意に介せずに、ギャラガは港で男が密航を企てて船乗りに見つかり、私刑を受けて死んだことを話した。

「・・・それで、手配書の密猟者と同じ場所に痣があったので、ムンギア中尉が文化保護担当部に連絡をくれたのです。ただ、死体の顔が殴られて原型をとどめていると言い難かったので、鑑定して頂こうと持って来た次第で・・・」
「鑑定しようにも、比較する元の遺伝子がないと無理だよ。」

 個体の遺伝子鑑定の原則が未だに周知されていないことをテオは忌々しく感じた。毎日付き合っているギャラガでさえこうなのだ。ギャラガはちょっとがっかりした様な顔をした。

「こいつが宿泊していた場所がわかれば良いんですがね・・・」
「過去を見られる人間がいればな・・・」

 テオはふと思いつき、ギャラガを見た。ギャラガも彼を見た。二人とも同じ人物を思い出したのだ。


0 件のコメント:

第11部  紅い水晶     10

  ケツァル少佐がロカ・エテルナ社の駐車場に車を停めたのは午後1時を少し回った頃だった。セルバ人なら昼食を楽しみ、昼寝を考える時間だ。少佐は指示された階の指示された場所に車を置いて、すぐ背後にあった扉の中に入った。ガラス張りの渡り廊下を通り、次の扉を開くと、そこはロカ・エテルナ社...