2024/06/08

第11部  石の名は     7

  大統領警護隊警備班車両部のホセ・ガルソン中尉と出会うのは、案外簡単だった。車両部は警備班だけでなく大統領警護隊全部の車両を管理・整備している部署なのだが、隊員は僅か5名で、毎日誰かが修理が必要な車両をグラダ・シティの下町にある契約工場に持ち込んで、工場が作業している間監視しているのだ。5人だから単純にシフトを考えると5日に1回はガルソンが工場にやって来る。軍隊だから週末に休む訳ではないので、家庭持ちのガルソンが2週間に1日休日をもらうことを考慮に入れても、適当に工場に出かければ彼と出会うことが出来たし、彼の同僚に託けすることも出来た。また、大統領警護隊と契約している車両工場は、当番の隊員がいつ来るか教えてくれなかったが、こちらも伝言はしてくれた。
 会議があったその昼過ぎに、テオの電話にガルソン中尉その人からかかってきたので、ちょっと質問したいことがあるので会えないかと訊くと、丁度工場に着いたところだと返事があった。それでテオが、持ち場を離れられない中尉の為に昼食を買って持って行く、と告げると、中尉は喜んで待っていると答えた。
 ロホに伝えると、彼もすぐに行くと答えたので、結局テオは大学のカフェで3人分のサンドウィッチを買って出かけた。
 車両工場へ入っていく路地の入り口でテオとロホは出会った。

「大学のカフェの食い物だけど、かまわないよな?」

とテオが言うと、ロホが笑った。

「私は母校の食事を気に入っていました。ガルソン中尉が本部から持って来る弁当はどうせ固いパンだけですから、喜びますよ。」

 ガルソン中尉は工場長と車の前で打ち合わせをしていた。工場はシエスタに入っていたので、工場が再稼働する迄時間があり、中尉にも時間があった。監視は、工場の人間が悪さをしなければ閑職なのだ。
 大尉まで昇進したのに、不祥事を起こして中尉に降格になったガルソンは、10歳以上も年下の大尉であるロホに敬礼して挨拶した。ロホも相手に気を遣わせたくなかったので、素直に受け入れて、上官として振る舞った。

「まず、複数の人間を通して私に伝わった情報を知ってもらいたい。」

とロホは”心話”でガルソン中尉にことの経緯を伝えた。上手に情報をセイブして、個人名が伝わらないように注意を払った。だからガルソンが受け取った情報は、「一族の人間がラス・ラスラグナス遺跡に出かけ、連れの”ティエラ”の男性が山で石を拾った。その男性は数日後自宅でミイラ同然の姿になって大統領警護隊文化保護担当部に保護された。彼は水晶に似た真っ赤な石を握っていたが、その石は現在行方不明である。石は呪いの道具であると思われるので、早く回収されることが望まれる。」 だった。ガルソンは、カサンドラ・シメネスが見たディエゴ・トーレスが石を拾ったと思われる動作を見て、ミイラ同然のトーレスを見て、トーレスの手から転げ落ちた石を見た。
 ”心話”は一瞬のものだが、終わるとガルソン中尉は不思議そうにテオとロホを見た。

「あの石が”ティエラ”の男の生気を奪った?」
「俺は見ていないので、なんとも言えない。」

とテオが言うと、ロホも肩をすくめた。

「正直に言うと、まだあの石の正体がわからない。だが、男が死にかけた理由があの石だと思えるだけなのだ。」

 黙り込んだガルソンにロホが尋ねた。

「貴方は知らなくても、何かそんな伝説を耳にしたことはなかっただろうか? 一族の伝説でなくても良い。ラス・ラグナスは”ティエラ”の遺跡だから、オルガ族やアカチャ族の言い伝えでも構わない。」
「私は20年近くアカチャ族と暮らしましたが・・・」

 ガルソン中尉は首を傾げた。それからロホを見た。

「その”ティエラ”の男が死にかけた以外に、何か変わったことは起きませんでしたか?」
「ノ、特には・・・」

 ロホもトーレスを保護した時のことを思い出そうと試みた。

「石を救急隊員が盗んだことしか・・・あ、変わったことではないが、その時、いきなりスコールが来て、それで救急隊員が患者を雨から守るものを、と2階へ上がったのだ。」
「スコール?」

 ガルソン中尉が反応した。

「何時のことです?」
「だから、昨日の午後、トーレスの家で彼を見つけた後・・・」

 ガルソンがテオを振り返った。

「昨日、スコールがありましたか?」

 テオも首を傾げた。

「俺は大学の研究室にいたが、雨は降らなかったぞ。」
「私も本部にいましたが、雨は降っていません。」

 ロホが驚いた。

「いや、しかし、急に土砂降りになって、家から救急車へ患者を運ぶのもままならない程で・・・」

 ガルソン中尉が言った。

「その石が降らせたのです。」

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