2025/04/25

第11部  神殿        16

  夜が明けたが、誰も帰って来なかった。テオは一人で朝食を取り、ケツァル少佐の携帯に電話をかけてみたが、繋がらなかった。電源を切っているらしい。それとも神殿は外から繋がらないのか?
 もやもやした気分だったが、仕事に行かなければならない。身支度していると、ドアチャイムが鳴った。防犯カメラを見ると、アンドレ・ギャラガ少尉が一人だけ立っていて、カメラに向かって、階段方向を指差した。これからここへ上がって来るのだ。テオはマイクに向かって「O K」と呟いた。
 ギャラガはエレベーターを使わず駆け足で階段を登ってきた。かなりの健脚だ。テオが玄関のドアを開けた時、彼は普通の呼吸だった。

「ブエノス・ディアス、ドクトル。これからお仕事ですか?」
「スィ。君は・・・」
「私も出勤します。」

 まるで何事もなかったかのような言い方だったが、すぐに彼は言い添えた。

「他の上官達は全員本部に足止めです。」
「君だけが解放されたのか?」
「そんなところです。」

 テオは時計を見た。まだ半時間余裕がある。

「君の出勤時間の方が早いから、俺の車で送って行こう。それとも車で官舎から来たのか?」
「ノ、バスで来ました。」
「それじゃ、コーヒーを飲む時間はあるだろう。」

 テオは返事を待たずにキッチンへ行き、ポットからコーヒーをカップに注いだ。ギャラガは遠慮なくそれを受け取った。そしてテオが尋ねる前に、彼が知りたいことを喋ってくれた。

「ケツァル少佐とデネロス少尉はエダの神殿で起きたことを神殿近衛兵達と共に証言するために本部に足止めです。長老会と神官の弾劾裁判が終わる迄本部から出られません。
 ロホ先輩は大神官代理が呪いをかけられた件でやはり証言を求められていますが、現在は大神官代理の治療を優先させるとのことで、治療出来る能力を持っている叔父さんを呼びに行っています。それで、裁判にはアスル先輩が代理で出廷します。」
「君は証言を求められないのか?」
「私はどの件にも直接関わっていないので、少佐から業務遂行を命じられ、本部も認めました。」
「それじゃ、君は一人で文化保護担当部の業務を死守しなきゃならないんだ・・・」

 ちょっとだけ揶揄った。ギャラガを励ましたかった。ギャラガもそれに気がついて、苦笑した。

「スィ、責任重大です。こんな場合はステファン大尉が助っ人に来てくれる筈なんですが、神官数人を拘束しているので遊撃班が神殿に『出動』しているんです。神殿近衛兵では神官との馴れ合いの心配があるとかで・・・まぁ、あり得ませんがね。」
「せめてマハルダだけでも返して欲しいよな。」
「全くです。」

 2人は仕事に行くためにアパートを出た。階段を降りながら、テオはギャラガに質問した。

「アンドレ、君は官舎をいつ出るんだい? アスルとマカレオ通りの家に住んでみるつもりはないのかい?」
「あー、その件ですか・・・」

 ギャラガが悩ましげな表情になった。

「アスル先輩との同居は構わないんですが、近所から恋人同士だと思われないかと心配で・・・」

 テオは思わず笑ってしまった。

「俺と同居している時にそんな噂は一度も出なかった。あのご近所さん達は男同士、女同士で住んでいても気にしないし、噂も立てない。君達は同じ職場だが、勤務内容で片方が長期間留守にしたり、毎日帰って来たり、バラバラだろう。ただのルームシェアさ。」

 ギャラガは地下の駐車場でテオの車の前まで来て、やっと言った。

「積極的に同居の件、考えます。」

0 件のコメント:

第11部  神殿        23

  一般のセルバ共和国国民は神殿の中で起きた事件について、何も知らない。そんな事件があったことすら知らない。彼等の多くは”ヴェルデ・シエロ”はまだどこかに生きていると思っているが、自分達のすぐ近くで世俗的な欲望で争っているなんて、想像すらしないのだった。  テオは、大神官代理ロア...