その夜、ケツァル少佐のアパートで大統領警護隊文化保護担当部とテオドール・アルスト、そしてカルロ・ステファン大尉が揃って夕食を取った。
最初にロホが通常業務の進行状況を報告した。勿論、これが一番の優先事項で大事なことだ。少佐は部下達の仕事ぶりを聞き、2、3注意事項を告げ、アドバイスを一つしてから、今度は自分達の調査報告を行った。
「正直に言えば、特に報告すべきことはありません。アスルの電話を受けて、ダム工事を行ったアゴースト兄弟社の会社と経営者の自宅、それぞれを探ってみましたが、ダム工事を請け負ってから特におかしな出来事はなかった様です。それにサスコシ族にチクチャンと言うマヤ名を名乗る家族はいないと言うことです。」
簡単に述べてから、彼女は付け加えた。
「タムード叔父から、マヤ系の住民と婚姻した一族の人間がいたかも知れないと言う考えを頂きました。」
ステファン大尉がすかさず追加した。
「アスクラカンの市民でチクチャンと言う名の住民は現在いない様です。」
尤も森の隅々まで住民調査した訳ではない。テオはオクタカスの村や遺跡を思い出した。昔、あの密林の奥に、”ヴェルデ・シエロ”の秘密の村があったのだ。しかし、最近ケツァル少佐とステファン大尉は長老会の人々と一緒にその村跡を訪れている。人間が住んでいる気配があれば彼等は気がついただろう。チクチャンの家族が潜んでいると思えなかった。
「グラダ・シティにチクチャンが潜んでいる様な気がして戻って来ました。」
と少佐が言うと、ロホが頷いた。
「建設省での守備を何処かで見張っていると言うお考えですね?」
「スィ。大臣が元気なので、失敗したと気がついているでしょうけど・・・」
「大臣に仮病を使って貰えば?」
とギャラガが呑気な意見を述べた。アスルがニヤリとした。
「それなら、俺が呪術で病気にしてやるさ。」
テーブルが笑い声に包まれた。テオは彼等がそんな邪道な手で他人を攻撃したりしないことを知っていたが、想像するとちょっと恐ろしかった。この人達は本気になれば神像の祟りなど使わずに相手を病気にさせられるのだ。
「明日からどうします?」
とデネロスが尋ねた。少佐は肩をすくめた。
「何も打つ手がありません。取り敢えず通常業務に戻ります。」
彼女は弟を振り返った。
「ご苦労様でした、ステファン大尉。明日は遊撃班に戻って頂いて結構ですよ。」
あっさりクビだ。ステファンも肩をすくめた。
「明日と言わず、今夜でクビにして下さい。その方が朝練に遅れずに済みます。」
もう官舎に帰るつもりなのだ。テオはちょっとがっかりした。一晩彼と飲めるかと期待したのだが。デネロスも寂しそうだ。彼女にはメスティーソの先輩が特別の存在なのだ。しかしギャラガはあっけらかんとしていた。
「それじゃ、大尉、デネロス少尉と3人で一緒に官舎へ帰還しますか?」
ステファンがケツァル少佐を見た。今夜でクビにしてくれるのか?と目で問うた。少佐が笑った。
「官舎の固いベッドが恋しいのですね。どうぞ、帰りなさい。セプルベダ少佐によろしく。」