2023/12/20

第10部  依頼人     18

  テオが初めてキロス中尉と出会ったのは、もう5年も前になる。カルロ・ステファン大尉の暗殺計画を阻止するためにオルガ・グランデの地下へ行き、そこでイェンテ・グラダ村の生き残りの老人の悪事を止めた。帰りはテオもステファンもケツァル少佐も満身創痍の状態でふらふらになりながら坑道を上がって行った。そして一足先に救援要請で本部に戻ったロホから事情を知った司令部が、救援に差し向けたのが、キロス中尉と僚友達だった。
 あの頃のキロス中尉はまだ都会育ちのおぼっちゃまから抜け切れないで、能力の使い方も基本しか出来なかった。それでいて白人や多種族の人間からは上位に見られようと、気を張っていた。ちょっと鼻持ちならない若造だった。
 しかし、テオは彼と出会う度に、このブーカ族の軍人の家系出身の若者が少しずつ軟化していることを感じていた。恐らく、指導者であるセプルベダ少佐の人柄の影響が大きいのだ。セプルベダ少佐と個人的に話をした経験はなかったが、話を聞く限り、彼は大きな器の軍人の様だ。己の足りない点を素直に認め、部下にそれを伝えることを恥としない。部下達の個別の能力を尊重し、彼等の失敗を咎めずに、原因を考えさせ、改良させるのだ。ファビオ・キロス中尉は能力的には優秀に違いない。きっと少佐は彼に人間としての考え方、行いを指導しているのだ、とテオは感じていた。
 キロス中尉は2人1組で行動する場合、ミックスのステファン大尉か、力が弱いグワマナ族のエミリオ・デルガド少尉と組むことが多い。ステファンはグラダ族で、白人のミックスだが力は純血ブーカ族より大きい。だが時々己の能力を制御し切れなくて問題に直面することがある。キロスはそれをカバーする。デルガドは威力が弱くても正確に能力を使用出来る。キロスはそれを補助する。助け合ってこそ強い敵と戦える、それをセプルベダ少佐は彼に学ばせているのだろう。
 
「白人の護衛は不本意かも知れないが、よろしく頼む。」

 テオが声をかけると、キロス中尉は真面目な顔で返した。

「セルバ国民を守るのが私の仕事です。肌の色は関係ありません。」

 アスルが揶揄った。

「教科書通りの返事だな。」

 ケツァル少佐がビールのジョッキを手に取った。

「料理が来ました。乾杯して始めましょう!」


2023/12/19

第10部  依頼人     17

  テオが”ヴェルデ・シエロ”と自分達”ティエラ”、即ち普通の人間の違いを感じるのは、こんな場合だ。
 「死体を探す」と聞いて、彼とテーブルを同じくする友人達が目を輝かせた。女性のデネロスもその一人で、期待を込めた目でケツァル少佐を見た。テオは彼女の交際相手のキロス中尉をそっと覗いてみた。客人の中尉は退くかと思ったが、やはり彼も”ヴェルデ・シエロ”だった。興味津々と言った顔で部署違いの上官を見たのだ。

「死体を捜索するのですか?」

 少佐がキロス中尉の目を見た。”心話”だ。一瞬にして情報伝達が行われる、”ヴェルデ・シエロ”が”ヴェルデ・シエロ”である最低必要条件だ。「おう・・・」とキロスが呟いた。

「それは確かに犯罪の匂いがしますね。」
「犯罪捜査は遊撃班の十八番だな。」

とアスル。誘うのかと思いきや、

「だが、セプルベダ少佐から指示がなければ君は動けまい。」
「休暇中です。」

とデネロスが言った。

「働く必要はないわ。」
「しかし・・・」

 キロス中尉はジャングルへ行きたいのだ。ジャガー神である”ヴェルデ・シエロ”の血が騒ぐのだろう。
 テオは少佐に声を掛けた。

「俺も行って良いかな? 何か鑑定が必要なものを見つけたら、ラボに持ち帰らないと・・・」

 少佐がちょっと考え込んだ。死体が必ずあるとは限らない。もしかすると行方不明のセルバ野生生物保護協会員は、どこか別の場所に生きているのかも知れない。しかし、死体があれば・・・。彼女はテオを見た。

「一緒に来て下さい。」
「グラシャス。」

 テオはキロス中尉を見た。

「君達は軍事訓練で捜索活動をするだろうけど、俺はジャングルに不慣れだから、護衛が必要だ。キロス中尉をバイトで雇っても良いかな?」

 真面目なキロス中尉がムッとした。

「副業は認められない。」

 ロホが笑った。

「それならボランティアでドクトルの護衛を頼めるかな、中尉。」

 キロス中尉がロホを見た。そしてケツァル少佐を見た。少佐が面白そうに微笑んでいた。キロス中尉は座ったままで敬礼して、承諾を表した。


第10部  依頼人     16

  アマール・デ・ペスカード、「魚肉の恋」とは変な名前だが、最近文化保護担当部の隊員達はこの店を気に入っている。南部のプンタ・マナ出身でグワマナ族系のメスティーソの夫婦が営む小さな食堂だ。つまり漁業が盛んな南部出身の、”ヴェルデ・シエロ”の血を引く夫婦が経営しているってことだ。大統領警護隊の任務の話は出来なくても、一族に関係した話なら出来る。テオは、夜間限定営業の小さな食堂の常連客が殆どメスティーソであることを、知っていた。互いに名乗らないが、恐らく彼等は”ヴェルデ・シエロ”の末裔だ。だから時々目で会話して、静かに食事や酒を楽しんでいた。
 料理を注文してから、テオはマハルダ・デネロスに尋ねた。

「映画に行かないのか? チケットを持っていたって、アンドレから聞いたけど?」

 デネロスが肩をすくめた。

「メルカドのくじ引きで当たったんですよ。行くとしたら週末ですけど、キロス中尉がお嫌いなら誰かに譲ります。」
「どんな映画?」

とキロス中尉。デネロスを挟んでテオとキロス中尉は並んで座っていた。テオの向かいはケツァル少佐で、その隣がロホ、アスルの順だ。ギャラガは端っこでまるで一番偉い人みたいな位置にいたが、末席だ。左側にキロス中尉、右にアスルがいた。

「ホラー映画です。」

とデネロスが説明した。

「夫の浮気に嫉妬した女が自分の子供を川で溺死させちゃって、それが現代の女性に呪いとして降り掛かるの・・・」

 けっとアスルが声を立てた。彼は好きでないのだろう。キロス中尉は彼を無視した。

「君は見たことあるの?」
「ノ、雑誌の映画の批評を読んだだけです。」

 デネロスは少佐を見た。

「今週末の軍事訓練はどうされますか?」

 ケツァル少佐はちょっと視線を天井に向けた。

「そうですね・・・アンティオワカに行ってみようかな、と考えていますが・・・」
「土曜日の軍事訓練は自由参加だよな?」

とテオが確認した。デネロスのデートを邪魔したくないじゃないか。ギャラガが尋ねた。

「遺跡の調査ですか?」
「宝探しだ。」

とロホが言った。 彼は声のトーンを落とした。

「死体を探す。」


2023/12/18

第10部  依頼人     15

  次の店に行こうと、バルを出たら、そこにマハルダ・デネロス少尉とファビオ・キロス中尉が立っていたので、一同は驚いた。テオはキロス中尉に数回会ったことがあったが、いずれも中尉は軍務中で軍服姿しか見たことがなかった。だから普通に明るいチェック柄のシャツを着てコットンパンツと上等のスニーカーを履いているキロスを見て、びっくりした。
  こいつ、結構女にモテるんじゃないか?
 そんな感想を抱いてしまう程、ファビオ・キロスは溌剌とした良い若者ぶりだった。
 文化保護担当部とテオの驚きを他に、中尉は上官であるケツァル少佐と大尉のロホに敬礼した。そして同じ中尉であるアスルと下位のギャラガ少尉には頷いて見せた。
 テオは素早く視線を走らせ、デネロスと彼が手を繋いでいなければ腕も組んでいないことを確認した。デネロス少尉は仕事の時の服装をちょっとお洒落に着崩しているだけだ。それにアクセサリーを少しだけ加えて。

「こんな所で何をしているのです?」

と少佐が尋ねた。キロス中尉が微かに頬を赤くして答えた。

「デネロス少尉と交際することをお許し願います。」

 少佐がぷっと噴き出した。

「私の許可なぞ要りませんよ。本部も私生活まで口出ししません。」
「しかし、けじめをつけておかないと・・・」

 堅物は外務省のシーロ・ロペス少佐だけではないようだ、とテオは心の中で思った。少佐が優しく言い聞かせた。

「貴方が許可を得るのは、デネロス家の人々からでしょう。私は少尉の上官ですが、少尉の個人的生活に口を出しません。」

 すると、マハルダ・デネロスが笑って言った。

「私も必要ないと言ったのですが、中尉は礼儀を守りたいと・・・つまり、私の親に会う前の練習です。」

 アスルがちょっと冷ややかな目でキロス中尉を見た。

「女性の親に会うってことは、その先のことも考えているってことだぞ、キロス中尉。」
「勿論・・・」

 キロス中尉はすっかり赤くなっていた。
 テオは堅苦しい男の緊張をほぐしてやりたくなった。それに店前で大統領警護隊が集団で立ち話をしていると、店に迷惑だ。彼は提案した。

「キロス中尉が俺達の仲間に入りたいって言うんだから、これから一緒に次の店に行こうぜ!」

 えっ!? とキロス中尉が振り返った。しかしロホが既に彼の肩に手を置いていた。

「一緒に行こう、ファビオ。休暇の間に何度か私達と出会うことになる。今夜はその始まりの儀式だ。」

 テオはデネロスが喜んで少佐とハグしあうのを見た。

2023/12/17

第10部  依頼人     14

  ファビオ・キロス中尉の名前がアンドレ・ギャラガ少尉の口から出ると、テオとロホは思わず口笛を吹いてしまった。アスルはムッとした表情だ。文化保護担当部の大事な「妹」に手を出そうとしている男が、エリート集団遊撃班の精鋭だと知って、面白くないのだろう。だって、階級が上で遊撃班の精鋭なんて、揶揄えないじゃないか!

「あの野郎、いつマハルダに手を出したんだ?」
「いや、手を出したとかじゃなくて・・・」

 ギャラガは冷や汗をかき出した。

「食堂とか通路で出会うと声を掛け合う程度で・・・」
「そうだろ、本部で男女交際なんて不可能だ。」

とロホ。

「上官にバレたら、キロスは営倉行きだぞ。」
「ですから・・・」

 ギャラガはチラリとケツァル少佐を見た。しかし少佐が助け舟を出せる状況ではなかった。

「今日、あの2人にとって初めてのデートなんです。中尉がやっと休暇を取れたので・・・」
「するとこれから2ヶ月、2人はデートを続けるのか?」

 テオも思わず口を挟んでしまった。デネロスは彼にとっても可愛い女性友達だ。大学の休憩時間に顔を合わせれば一緒にお茶をするし、世間話は彼女がいつも話題を提供してくれる。彼女のお陰でテオは自分の学生達の話題に遅れずについて行けるのだ。

「毎日ってことじゃないでしょう。」

 ギャラガがムッとした。彼も勉強を教えてくれるデネロス少尉が、相手にしてくれなくなったら困る。彼女の方が1つ年下だが、大学生としては向こうが先輩だ。

「今夜はどこにいるのです?」

 少佐までが首を突っ込んで来た。ギャラガはデネロスが勤務中にチラリと見せた映画のチケットを思い出した。

「映画館だと思います。『ラ・ヨローナ 』(アメリカ映画)だったか、『ラ・ジョローナ』(コスタリカ映画)だったか、わかりませんが・・・」

 どちらも中南米の怪談を素材にしたホラー映画だ。テオもロホもアスルもケツァル少佐も、「きゃー!」と叫んで男性に抱きつくマハルダ・デネロスを一瞬想像し、すぐに「それはない、ない!」と頭の中で否定した。マハルダ・デネロスは幽霊が出たら、張り倒すほどの元気者だ。
 テオは携帯で上映中の映画館情報を検索した。

「コスタリカ映画は今やっていない。アメリカ映画の方だな。」
「多分、2人共、コメディを見る気分で座っているでしょうね。」

と少佐が言って、一同は笑った。

2023/12/16

第10部  依頼人     13

 「憲兵隊が南部のジャングルにどれだけ捜査人員を割くのか、期待しない方が良いな。」

とアスルは言った。
 その日の夕刻だった。テオは大統領警護隊文化保護担当部の隊員達といつものバルで夕食前の一杯をやっていた。彼は簡単に「骨の鑑定結果を依頼人に伝えたら、憲兵隊に通報すると言う返答だった」と言っただけだ。仕事内容も依頼人の名前も事件現場の場所も話していない。しかしアスルはロホから目と目を見合わせるだけで出来る”心話”で状況を把握していた。

「あの人達は・・・」

とケツァル少佐がぼかした言い方をした。「あの人達」とは、”砂の民”のことだ、とすぐテオと彼女の部下達はわかった。

「サバン氏を探すことはしないでしょう。サバン氏の身内があの長老に依頼したのは、もうオラシオ・サバンがこの世にいないと確信したからです。あの人達が探すのは、罰を受けるべき人間です。」
「勿論、犯罪者に違いないだろうけど・・・」

 テオはスッキリしないものを感じた。

「俺はサバン氏を探してやりたいな。一人で森の中で眠っていると想像したら、気の毒だ。きちんと家族にお別れを言いたいだろうし。」
「家族も別れの儀式をしないと心が休まらないでしょう。」

とロホが宗教関連の家系の出らしく意見を言った。
 そこへ、遅れてやって来たアンドレ・ギャラガ少尉が合流した。

「遅くなりました。まだビールを注文する時間はありますか?」
「好きに飲みなさい。」

 ケツァル少佐は優しく答えてから、入り口へ視線を向けた。

「マハルダは来ないのですか?」
「デネロス少尉は、今夜はデートです。」

 全員がギャラガを見た。ギャラガの顔に、「しくじった」と言う後悔の表情が浮かんだ。アスルがニヤリとして、後輩を突いた。

「マハルダに彼氏が出来たのか? 最近妙に化粧に凝っていると思ったが、そう言う訳だったのか。」
「相手は誰だ?」

とロホも乗ってきた。マハルダ・デネロス少尉は美女と言うより可愛らしい娘だ。大統領警護隊の男達は彼女に関心があるし、女性隊員の中にも彼女を気に入っている人がいる。ギャラガは困ってテオを見たが、テオが助ける理由はなかった。

「彼女の相手に選ばれた幸運な男は誰だ? 俺達が知っている人間か?」
「ええっと・・・」

 ギャラガはそっと指揮官を見た。指揮官に内緒で異性と交際していることを、後輩の彼にバラされたら、デネロスは怒るだろうな、と心配したのだ。
 ケツァル少佐は優しく微笑んで見せた。

「相手次第です。」


2023/12/15

第10部  依頼人     12

  ロバートソン博士に骨の鑑定結果を告げるのは、ちょっと辛かった。事故や自然災害の犠牲者の鑑定ではなく、殺人事件と思われるものだ。テオはそれをセルバ野生生物保護協会の本部ビルまで出向いて報告した。遺伝子を抽出した学生を連れて行ったが、ことが重大なので、学生ではなく彼が自分で分析結果を説明した。学生がそれを一言も聞き逃すまいと耳を傾けていた。彼も将来警察関係の機関でそう言う職に就きたいと希望しているのだ。警察なら分析結果を遺族に伝えるのは警察官の仕事だろうと思えたが、セルバ共和国の警察は難しい科学的な話が必要な時は学者に丸投げしてくる。だからテオは学生にも報告を聞かせて勉強させた。
 ロバートソン博士と他の協会員達は沈痛な面持ちで話を聞いていた。寄付金と政府からの僅かな補助で運営されている団体の本部は煩雑で、それでありながら質素だった。飾り気がない。動物や植物の資料が所狭しと置かれていて、その中に机がある感じだ。

「イスマエルは亡くなっているのですね。」

とロバートソン博士の秘書が最初に口を開いた。彼の横にいた女性協会員がワッと泣き出した。博士は唇をグッと噛み締めて耐えていた。

「死因は・・・ああ、骨片だけではわかりませんね。」

 秘書は別の協会員の方を見た。

「骨を全部お見せした方が良いでしょうか?」
「ノ、それは意味がありません。」

 テオは急いで断った。

「私どもの研究室は遺伝子工学を専攻している学生の場所です。骨の傷などの分析は医学の方の仕事です。私達には、死因を解明することは出来ません。」
「生物学部ですから・・・」

 と学生が口を挟んだ。

「何の動物に食われたか、とかは骨に残った歯型でわかりますが・・・」
「余計なことを言うな。」

 テオは学生を嗜めた。

「ここの人達はそっちのプロだ。俺達以上に動物のことには詳しいさ。」

 ロバートソン博士がハンカチで鼻をかんでから、口を開いた。

「わかりました、イスマエル・コロンが亡くなり、それが尋常な亡くなり方でないことがわかりました。きっと彼が探していた友人の、私達全員の友人でもある、オラシオ・サバンも無事ではないと推測されます。」
「どうされますか?」
「憲兵隊に連絡を入れます。」

 博士はキッと空中を見つめた。

「コロンとサバンを殺害した人間を突き止めてもらいます。」


第11部  神殿        23

  一般のセルバ共和国国民は神殿の中で起きた事件について、何も知らない。そんな事件があったことすら知らない。彼等の多くは”ヴェルデ・シエロ”はまだどこかに生きていると思っているが、自分達のすぐ近くで世俗的な欲望で争っているなんて、想像すらしないのだった。  テオは、大神官代理ロア...