「良い石ですか?」
テオは驚いて、ケサダ教授を振り返った。教授も肩をすくめて見せた。テオは再び質問した。
「人の血を吸う石が、どうして良い石なのですか?」
するとマレシュ・ケツァルはブツブツと彼女の言語で呟いた。息子が通訳した。
「母は言いました、『膝が痛いので、サンキフエラに悪い血を吸わせたい』と。」
マレシュは皺だらけの手で、車椅子の上の己の膝をポンポンと叩いて見せた。テオはそれを見て、考えた。
「それは、もしかして、瀉血療法なのかな?」
瀉血は、澱んだ悪い血液が病気の原因と考えられた時代の治療法だ。患者の体に傷をつけて血液を体外に出す。昔は西洋でも本気で治ると信じられ、19世紀ごろ迄行われていた。しかし、これは科学的根拠がなく、現代医学では否定されている。ジョージ・ワシントンは過度の瀉血で死期を早めたとさえ言われているのだ。
「瀉血療法で血を抜くと言う考え方があったことは、わかりました。しかし、何故石にそんな力があるのでしょう?」
教授が再び通訳したが、もうマレシュ・ケツァルは喋る気力を失ったのか、ぼんやりとした目になっていた。教授が苦笑して、テオに言い訳した。
「母は、答えるのが面倒になると、いつも内に心を引っ込めてしまうのです。」
「了承しました。」
とテオも苦笑した。きっとマレシュ・ケツァルは実際にサンキフエラと呼ばれる石を見たことがないのだ。そして効能だけを噂で知っていた。だから、石が血を吸う仕組みも理由もわからない。わからないことは答えない。
テオは教授に感謝の身振りをして見せた。
「グラシャス、教授、少しわかった気がします。 ”名を秘めた女性”もあの石を邪悪な物として認識していないのでしょう。だが使い方を間違えると害になる。だから、貴方のお嬢さんやムリリョ博士に回収するよう声を掛けたのだと思います。」
教授は頷いた。
「貴方は石を掴んだ時、少し気持ちが良くなった、と感じられた。多分、石は貴方の疲れを取る程度に働いたのでしょう。カサンドラの会社の技師は、もう少し体調の良くない箇所があった。だから石は大いに働き、気持ち良さに技師は石を手放せなくなった。そして石は無制限に彼の血を吸い続けた・・・」
「そうに違いありません。俺はこれからケツァル少佐に連絡を取ってみます。」
テオは車椅子の女性にも声をかけた。
「グラシャス、マルシオ・ケサダさん。」
彼女が微笑んだ。