2025/04/20

第11部  神殿        14

 都会の墓地は周囲を柵で囲まれている。門番がいて、夜間は門扉が閉じられ開門時間にならなければ開かれない。 テオは迷ったが、その墓地の柵が壊れていないか静かに歩いて探し、なんとか外へ抜け出すことが出来た。

 それにしても、ここはどこだ?

 普段は尻ポケットに携帯を入れているが、夜寝る準備をしていた時に来客があって、寝そびれた。携帯もリビングのテーブルの上に置いて来てしまった。現在地もわからない。兎に角大きな通りに出よう。
 テオは夜の闇を歩き出した。月が天空に浮かんでいる。高さから考えると、現在は午前3時か4時だろうか。夜明けが近い。
 みんなどうしているのだろう。ケツァル少佐と大統領警護隊文化保護担当部の仲間は、本部で足止めを食っていると思って良いだろう。神官達のゴタゴタは片付いたのだろうか。
 住宅地を抜けて、車が通る広い道に出た。そこまで来ると建物の様子から、グラダ・シティの南部だと見当がついた。ここから西サン・ペドロ通りまで歩くのはしんどいなぁ、と思うと急に疲れを感じた。
 後ろから1台の乗用車が走って来て、彼を追い越して行った。ぼんやり眺めながら歩いて行くと、その車が路肩で停車していた。かなり高級なセダンだ。金持ちの車だな、と思っていると、運転席のドアが開いて男が降りて、こちらを向いて立った。

「ドクトル・アルスト?」

声をかけられて、テオはびっくりした。暗いので相手の顔を判別出来ない。歩き続けながら答えた。

「スィ。貴方は・・・」
「アブラーン・シメネス・デ・ムリリョです。」

 あ、っと思った。ムリリョ博士の長子で大企業ロカ・エテルナ社の社長だ。 テオが「こんばんは」と言うと、相手は不思議そうに訊いてきた。

「こんな時刻にこんな場所で、どうして一人で歩いておられるのです?」
「ちょっと訳がありまして・・・」

 アブラーンに事情を説明出来ない。彼は「一般の”ヴェルデ・シエロ”」で、神殿の内乱には無関係だ。きっとアブラーンの父親ムリリョ博士だって息子に今回の騒動を教えていない筈だ。無関係の人間を巻き込んではならない。
 テオは相手に詮索されぬうちに言った。

「訳ありで、事情を語れませんが、困っています。西サン・ペドロ通りの入り口まで送っていただけませんか?」

 アブラーンはどうやら一人だった様で、誰に相談するともなく、頷いた。

「構いません、通り道ですから。」

 彼は助手席のドアを手で指した。テオは「グラシャス」と言うと、素早く車に乗り込んだ。革張りのゆったりした座席に腰を下ろすと、睡魔が襲って来た。

「申し訳ありませんが、眠らせてください。着いたら起こしてください。」

 厚かましい要請に、アブラーンは苦笑した様子だったが、何も言わずに車を発進させた。

2025/04/18

第11部  神殿        13

 目の前にいる最長老は、ケサダ教授を知っているのだろうか。 テオは出来るだけ彼を特定されない程度に情報を出してみた。

「俺の友人は既婚者で子供もいるのです。」

すると意外なことに、最長老はこう答えた。

「では、彼の妻に相談しましょう。勿論、その時が来た場合です。」

 そして彼女は小部屋の出入り口を手で差した。

「さぁ、貴方をここから外に出しましょう。これから少し急ぎます。長老会の招集がある様子ですから。しっかりついてきてください。」

 そしてテオの返答も待たずに部屋から出た。テオも急いで立ち上がり、彼女の後ろをついて行った。
 最長老は高齢者だと思えたが、歩く速さはテオと殆ど変わらなかった。 テオの方が遅れまいとついて行くのが大変だった。ジャガーの足で歩いているな、と彼は思った。
 長い通路、たくさんの曲がり角、階段を登ったり降りたり・・・照明がなくなった時は流石に彼は動けなくなり、最長老が彼の腕を取った。

「神殿内は儀式的意味もあって、我々には必要がない照明を設置していますが、ここにはありません。段差があれば教えますが、平坦な道は障害物がない限り、私は何も言わずに貴方を誘導します。」
「宜しくお願いします。」

 空気に流れがあった。地下道だろうと思えたが、どこかに通風口があるのだろう。やがて、「階段を登ります」と言われて、テオは足探りで段差を見つけ、慎重に登って行った。10段ばかり登って、最長老が不意に彼を前へ押し出した。
 急に明るくなった。実際はまだ夜中だったが、月明かりで照らされた風景が見えた。

 墓地だ・・・

 石造りの四角い小さな小屋の様な墓所の一つから彼は外に出たのだ。それを悟ってから後ろを振り返ると、そこにはもう誰もおらず、闇の中は何も見えなかった。

 今通って来た通路は、もしかすると”アタ”だけが知っている秘密の通路なのかも知れない。

 テオは墓地の中を見回し、出口の方角に見当をつけると歩き出した。今出て来た墓が誰の墓なのか、プレートを見ようと振り返ると鉄の扉が音も無く閉じられるのが見えた。最長老は心のリモートで閉じたのだろう。月明かりで見える墓碑銘は”クレスセンシア・エステベス”だった。

 エステベス・・・? エステベス大佐?


2025/04/17

第11部  神殿        12

 テオは用心深く尋ねた。

「白人の俺が、貴方方の秘密を知り過ぎると、生きてここから出られないような気がするのですが、俺は今どんな立場にいるのでしょう?」

 最長老が近くの棚に心なしかもたれかかった様に見えた。

「貴方の立場は、ピラミッドの中に現れた時から危険な位置にあります。神殿近衛兵に見つかれば、有無を言わさず連行され、ワニの池に投棄されるでしょう。」

 恐ろしいことをサラリと言ってのけた。テオは言った。

「それは愉快じゃないですね。」
「私もそう思います。」

 最長老は面白がっている様な声音だ。テオを痛ぶっているのかも知れない。

「でも」

と彼女は言った。

「貴方が我々を危うくするような人でないことを、私は承知しているつもりです。」
「グラシャス。」
「現在神殿内部では、貴方がご存知の内乱でゴタゴタが起きています。 ”名を秘めた女性”は現在の神官達を以前からあまり信用していません。現在の状態を予感していたのでしょう。ですから女性の近衛兵のみに話かけられ、男達の不審をさらに買う羽目になってしまいました。」
「悪循環ですね。」
「スィ。神官の半数を入れ替えなければならないでしょう。」
「でも、神官は子供の時から修行を始めなければならないのですよね?」
「そう言われていますが、近衛兵も十分その修行をしているのですよ。神託なんて、”名を秘めた女性”にしか降りてこないのですから、大神官も大神官代理も必要ないのです。」

 大胆なことを言って、最長老は仮面の奥で笑った。

「最長老達を招集して、これから神官の弾劾裁判を始めます。」
「俺の友人達は?」
「彼等は証人として暫く神殿内に留め置かれますが、言うべきことを言って仕舞えば、帰されます。」

 テオには、神官達がこの後どうなるか知らされないだろう。そして友人達も一族の最高幹部達の決定を全て知る訳でもないのだ。テオはこれ以上求めても、目の前の最長老が何も教えてくれないことを知っていた。

「後一つだけ・・・俺の友人の白いジャガーは、どうなりますか?」

 最長老が少し間を置いてから答えた。

「”名を秘めた女性”が”アタ”を必要と感じた時に召喚します。」
「彼の意志に反しても?」
「申し訳ありませんが・・・誘拐するかも知れません。誘拐出来れば、ですが。彼は純血のグラダでしょう?」

 ケサダ教授が抵抗すれば、神殿など破壊されるかも知れない。テオは譲歩策を考えた。

「俺から彼に白いジャガーの役目を伝えては駄目でしょうか? 神殿から要請が来た時に、彼が素直に応じてくれるように・・・」
「出来れば、そうしていただきたいです。」

 最長老が溜め息をついた。

「でも、女の子供が出来る迄、帰れないのですよ?」

 教授は子沢山だから・・・とテオは思った。後は女性側の体調だろうな、と。 

2025/04/16

第11部  神殿        11

  テオは恩人でもあるこの最長老に嘘をつきたくなかった。しかし友人を裏切ることも出来ない。

「もし、純血種のグラダの男性がいるとしたら、どうなさいますか?」

 質問で相手の質問に返した。最長老がどんな表情をしたのか、仮面が邪魔でわからなかった。彼女は少し間を置いてから答えた。

「現在神殿内を騒がせている人達と同じ考えを持つ連中が、その人の存在を知れば、ややこしいことになるでしょう。」
「だから、俺は沈黙を保っています。」

 最長老は仮面を被った顔をテオから横の棚で占められた壁に向けた。何か考え込んでいる。テオは小部屋の外が気になった。
 ケツァル少佐は女性の神殿近衛兵達が”空間通路”で神官達と共に神殿に戻ったと言っていた。少佐も大統領警護隊の仲間もこちらへ向かっている筈だ。しかし、この神殿の静けさはなんだろう。ここは広大で一部の騒ぎは全く聞こえない程なのだろうか。
 最長老がテオに向き直った。

「その人が純血種のグラダだとして、どうして成年式で立ち会った長老達は沈黙したのでしょう?」

と訊いてきた。テオは肩をすくめて見せただけだった。そんな成年式のことなんて知るものか、と態度で見せた。

「黒いジャガーなら、直ぐに神殿にグラダの出現が報告されたでしょうね。」

と最長老が言った。少し声の調子が以前と変わっていた。テオはその微かな変調に気がついた。この人は面白がっている? テオの”友人”の正体を推理して楽しんでいるのだ。

「毛色はグラダの男なら黒です。金色に斑はあり得ません。長老達が沈黙してしまったのは、その人の毛色がとても珍しい色だったからでしょう・・・」

 最長老が仮面の向こうで大きな溜め息をついた。

「困りましたね、エル・ジャガー・ブランコですか・・・」

 だがその声音に困ったと言う響きはなかった。テオは思い切って尋ねた。

「白いジャガーは生贄になるのですか?」

 最長老が彼を見つめた。

「そんなことも、貴方はご存知なのですね?」
「あ・・・考古学者や文化保護担当部と付き合っていると、そう言う伝統的な話も耳に入りますから・・・」
「生贄の内容も聞きましたか?」
「生贄の内容?」

 きっと儀式の話だ。テオはずっと以前に聞いた話を思い出そうとした。

「えっと・・・聖なる白いジャガーの能力を取り入れるために大神官が生贄を殺して、その心臓を食う・・・?」
「それは、他所の民族の儀式の話が混ざった間違った言い伝えです。」
「え?!」

 最長老はテオにグッと顔を近づけてきた。テオは松明の灯りの中で暗い空洞に見えた仮面の目の穴の奥に、光る瞳を見つけた。

「正い知識を考古学者に教えなさい。」

と最長老が囁いた。

「白いジャガーは、必ず男性です。そして、彼は”名を秘めた女”と交わって、彼女の子供を作るのです。」

 テオはあんぐりと口を開けた。今、最長老はなんて言った? 

「白いジャガーとママコナは・・・子供を作るのですか?」
「スィ。」

 最長老は姿勢をもとに戻した。

「”名を秘めた女”は、次の世代に知識を伝えなければなりません。でも世継ぎは彼女が死んだ後に生まれます。だから、彼女は自身の子供を産み、その子に引き継ぐべき知識を与えておくのです。 その子は必ず娘で、"アタ”、繋ぎ と言います。 ”アタ”は母親である”名を秘めた女”から全てを受け継ぎ、母親の死後に迎えられる次の”名を秘めた女”に受け継いだ全てを伝え、教育に当たります。養育係であり、教師であり、導師です。」
「では、父親の白いジャガーは、子供が出来たら・・・」
「お役御免ですから、神殿から出されます。」
「殺されるのでは?」
「神殿を汚すことになりますから、そんなことはしません。彼は2度と聖なる妻にも娘にも会えませんが、その命を奪われることはないのです。」

 最長老は仮面の下で笑った。

「”名を秘めた女性”は、そろそろ”アタ”を産まなければなりません。貴方のお友達をここへ迎えなければ・・・」
「ちょっと待ってください。」

 テオは考えた。

「すると、今の”名を秘めた女性”を養育した”アタ”の父親も白いジャガーだったのですか?」

 最長老が「フッ」と声を出した。

「白くはありましたが、斑がありました。純白ではなかったのです。グラダではありませんでしたから。遠い祖先にグラダがいるブーカの男だったそうです。」

 テオは、突然相手が何者か理解した。

 この人は、先代のママコナの娘だ!



2025/04/14

第11部  神殿        10

  最長老と呼ばれるからには、彼女は高齢の筈だ。しかし長身のその仮面の女性は大股で素早く歩き、テオは遅れないようについて行く努力をしなければならなかった。石造の廊下は松明が灯っていたが、足元は滑らかで、滑らずに歩けるよう、微かな波状の処置がされている石畳だった。5分ほど歩き、彼らは右に一回、左に2回曲がって、やがて小部屋に入った。何かの祭祀に用いられるのか、壺が棚に並び、良い香りが室内に充満していた。香油の様だ。
 最長老は部屋の中央で立ち止まり、振り返ると、テオに背もたれのない椅子らしき台を指差して、座るよう促した。テオは素直にそこに腰を降ろした。

「”空間通路”に巻き込まれたと言いましたね?」

と彼女が穏やかな声で尋ねた。テオは「スィ」と答えた。

「友人が帰るために”入り口”に入った直後に用事を思い出して、引き留めようと近づいてしまったのです。」

 それは本当だ。あの瞬間、まだケサダ教授の姿が見えていた。服を掴めば引き留められると思った。

「”入り口”に入ってしまった者を引き留めることは出来ません。」

と最長老が言った。テオは認めた。

「スィ、事故だったのです。でも、ここへ飛ばされた理由がわかりません。」
「貴方はお友達と直前に神殿の話をしていたのではないですか?」

 最長老は鋭い。テオは素直に認めた。

「ケツァル少佐が神殿だか大統領警護隊本部司令部へ行ってしまったので、彼女と連絡をつけたいと思ったのです。 友人にそれを言おうとして・・・」
「お友達も大統領警護隊ですか?」
「ノ、民間人です。」

 仮面の奥から最長老がじっと見つめているのをテオは感じていた。この人は信頼出来る。だが、どこまで話して良いのだろう。ムリリョ博士を呼んでもらう方が良いのだろうか? しかし、博士が白人の神殿侵入を許すと思えない。

「貴方はとても重要なことを語っていますが、意識されていますか?」

と最長老が尋ねた。テオはキョトンとした。

「重要なことですか? 俺が話していると?」

 恐らく、仮面の向こうで彼女は微笑んだのだろう、とテオは思った。彼女が穏やかに説明した。

「貴方のお友達は貴方の家から”空間通路”の”入り口”を使って帰った、と貴方は言いました。”入り口”があると言うことは、近くに”出口”もあった筈です。お友達は”空間通路”を使って貴方の家にやって来て、”空間通路”を使って帰った。まるで車か自転車でも使うように。」

 テオは黙り込んだ。そう言えば、以前もケサダ教授はコンドミニアムの駐車場に突然現れ、すぐに去った。あの時も”空間通路”を使ったのだろう。だが”空間通路”は空間の流れで生じる歪みで容易く使えるものではない、と”ヴェルデ・シエロ”達は言っている。ケツァル少佐でさえ、使いたい時は”入り口”がどこかに生じていないか探している。”入り口”を見つけるが上手だと言われるブーカ族も、探すだけで、”通路”を創りはしない。
 仮面の最長老が言った。

「民間人のグラダ族がいるのですね? それも純血種の男性が・・・」

2025/04/10

第11部  神殿        9

  暫くテオはママコナが去った方向を見つめて立っていた。伝説の大巫女様と言葉を交わしたことが、まだ信じられなかった。彼女はスペイン語を話したのだ! しかもインターネットで世間のことを知っていると言った! 彼女がテレパシーで”ヴェルデ・シエロ”に話しかける言葉は、人語ではなくジャガーの言葉だった! ”ヴェルデ・シエロ”達に与えられる”真の名”はジャガーの言葉だったのだ! 
 どこか暗がりの遠くでドアが閉じられる微かな音が聞こえ、彼は我に帰った。ママコナは完全に神秘の場所へ戻って行った。2度と彼の前に現れることはないだろう。
 テオはこれから行くべき方向へ向き直った。彼を導いてくれる人がいると言う通路を目指して歩き始めた。彼の足音だけが暗がりの中で響いた。そう言えば自宅のリビングから”空間通路”を超えてやって来たのだ。靴は部屋履きのサンダルだった。服装も部屋着のままだった。こんなラフな格好で大巫女様と対面していたのだ。今更ながら恥ずかしくなった。本当は正装して面会する相手だった筈だ。
  テオが新たな通路の入り口を認めた時、そこに人影が現れた。彼はドキリとして立ち止まった。まばらに壁に取り付けられた松明の灯りで、その人物が白っぽい服装であることがわかった。ローブのように肩から足首まですっぽり隠している。身長があって、しかしその体格は女性だった。頭部には仮面が装着されていた。

 最長老だ・・・

 背が高くて女性の最長老を、テオは一人だけ知っていた。相手の部族も名前も教えられていないが、以前地下の聖地で絶体絶命の危機を助けてもらった。
 テオはママコナが言った「貴方がご存じの人」はこの最長老のことだろうと悟った。ここは神殿内部で、普通の大統領警護隊の隊員は入って来られないのだ。
 もし、無断でピラミッドに入り込んだことを咎められたら、それはそれで罰を受けよう、とテオは覚悟した。ここで逃げ出して騒ぎを起こしても逃げ切れるものではない。母国から亡命して受け入れてくれたセルバ共和国に迷惑をかけられない。
 彼は意を決して声を出した。

「ブエナス・ノチェス、”空間通路”に巻き込まれて、ここへ出てしまいました。」

 最長老は彼を眺めた。

「テオドール・アルスト・・・でしたね?」
「スィ。貴女の一族の人と俺の自宅で話をして、彼が”空間通路”を使って帰ってしまった直後に彼を追いかけようとして、”入り口”に入ってしまい、次の瞬間にこの空間に出てしまいました。ここは・・・まさか、神殿じゃないでしょうね?」

 最後はちょっと惚けて言ってみた。

「神殿です。」

と最長老があっさりと答えた。

「貴方は入ってはいけない場所に出てしまったようですね。」

 テオは恐る恐る尋ねた。

「俺を逮捕しますか?」
「さて、どうしたものでしょう。」

 最長老の表情は仮面で全く察することが出来なかった。だが、その声は確かにテオが”暗がりの神殿”の奥にあった聖域で出会った人だ。彼女は彼に手招きした。

「場所を移動しましょう。もう少し安全な場所へ移ってから、貴方の処遇を考えます。」

 そして、多分、仮面の下で笑ったのだろう、こう付け加えた。

「急に走り出したり消えたりしないでください。」

2025/04/05

第11部  神殿        8

 ママコナは、大神官代理を救えるのは大統領警護隊文化保護担当部とテオだ、と断言した。テオは驚きのあまり口をあんぐり開けて、馬鹿みたいに立ち尽くした。ママコナが続けた。

「貴方と貴方のお友達は旧態のしきたりにあまり捉われません。それは古い体質から抜け出せない神官達には脅威なのです。しかし彼等はその脅威に気づいていませんでした。普段貴方達と接する機会がなかったからです。そして貴方達と親交を持つ長老は、わざわざ彼等に貴方方の能力を教えたりしない。」

 ママコナはファルゴ・デ・ムリリョのことを言っているのだろう。沈黙を守ることは仲間を守ることだ。ムリリョは”砂の民”の部下達の話も家族の詳細も他人に明かしたりしない。彼の寡黙さは身内を守るためだ。
 ママコナが前方の暗い通路の入り口を指差した。

「あちらに、貴方がご存知の人がいらっしゃいます。私は行動の範囲を制限されているので、この先へ行けません。あの人が貴方を安全に外へ出してくださるでしょう。貴方がここへこられた目的も聞いてくださると思います。」

 彼女は壁に背をつける形でテオに道を譲った。テオは彼女の前を静かに通り抜けた。微かに甘い花の香りを嗅いだ気がした。

「俺が貴女とここで出会ったことは、口外しない方が良いでしょうね?」
「そうですね・・・」

 ママコナは少し考える表情になった。

「貴方が弾みで神殿に入ってしまったことは、大統領警護隊に教えても良いですが、私と先ほどの会話をしたことは言わないでください。私の地位に関わる問題ですから。」

 最後はちょっと笑っていた。気安く初対面の白人男性と言葉を交わす大巫女様、それは全セルバ国民から神聖な存在として敬われている彼女の沽券に関わるのだろう。
 それでもテオは言いたかった。

「貴女とお話出来て楽しかったです。そして貴重な体験でした。貴女とまたお会いしたいですが、それは無理でしょうね?」
「無理ですね。」

 あっさりママコナは答えた。

「貴方がジャガーなら、お話出来ますのに。」

 テオには彼女の心の声が聞こえないのだ。彼は握手も許されない相手に、軽く頭を下げた。

「今回の騒動が早く収束して、出来るだけ平和に解決することを望みます。」

 彼が言うと、彼女は頷いた。

「大丈夫です、貴方達がいますから。」

 そして、彼女は「ご機嫌よう」と囁いて、彼に背を向け、大広間の来た道を歩いて去って行った。

 

第11部  神殿        23

  一般のセルバ共和国国民は神殿の中で起きた事件について、何も知らない。そんな事件があったことすら知らない。彼等の多くは”ヴェルデ・シエロ”はまだどこかに生きていると思っているが、自分達のすぐ近くで世俗的な欲望で争っているなんて、想像すらしないのだった。  テオは、大神官代理ロア...