泣く子も黙るファルゴ・デ・ムリリョ博士をパシリに使うのか? ギャラガは呆れてアンヘレス・シメネスを見つめた。しかし高校生の少女は臆することなく祖父を見ていた。ムリリョ博士は溜め息をつき、彼女に向かって手を差し出した。アンヘレスは右肩から斜に下げていたポシェットから薬袋を取り出し、祖父に手渡した。
「お薬はこれまでと同じ内容で、同じ服用で良いんですって。」
ムリリョ博士は小さく頷いた。そしてギャラガを振り返った。ギャラガは一瞬焦った。アンヘレスと待ち合わせしていたなんて誤解されたくない。彼女は魅力的だが、まだ1回しか会ったことがないのだ。それも1対1ではなく、仲間と一緒に道端にいた彼のそばを彼女が偶然通りかかったのだ。彼女が話しかけたのは、テオドール・アルスト遺伝子工学准教授だ。あれから一度も会ったことも電話で話したこともない。
いや、文化保護担当部の窓口に彼女が来たっけ?
内心焦りっぱなしのギャラガに博士がじっと視線を向けていた。ギャラガは慌てて言った。
「レポートの提出期限ですが、2日程延期していただけませんか? 大統領警護隊の本部研修日がレポート期日と重なるので・・・」
「その前にレポートを書いてしまえば問題無かろう。」
ムリリョ博士は冷酷に言い放ち、それ以上は何も言わずにさっさと歩き去った。
遠ざかって行く祖父の後ろ姿を見送ってから、アンヘレスがギャラガに向き直った。
「いつもあんなの?」
「スィ。貴女のお祖父様は学生に厳しいですよ。」
ギャラガは溜め息をついた。今夜から大急ぎで資料を集めて文章を作成しなければならない。3日後には研修が始まる。
アンヘレスが窓の外を指差した。
「数分だけお時間を下さらない? あちらでお話ししましょう。」
何の用事だろう、と思いつつ、ギャラガは承知して、2人で建物から出た。人文学学舎と自然科学学舎の間の庭には、ベンチとテーブルが点在していた。学生達がそこで勉強したり休憩しているのだ。
彼等は空いたテーブルと椅子を見つけ、向かい合って座った。