朝ごはんは前夜の晩餐の残り物だったが、昼ごはんは朝ごはんの残り物だった。肉や野菜をトルティーヤで巻いた物を食べて、水で流し込んだ。捕虜もシエスタの間は縛を解かれて目隠しも外してもらえた。
「”ティエラ”で大統領警護隊の軍事訓練に参加した人は、貴方が初めてですよ。」
とロホが言った。テオは精神的に疲れていた。実弾が撃ち込まれてくるのだから、無理ないことだ。
「無事に今日の夜を迎えられたら、体験談を本にでも書くよ。」
と彼は言い、埃だらけの床に横になった。”ヴェルデ・シエロ”としての実戦経験がないアンドレ・ギャラガに、アスルが白兵戦になった場合の気の使い方を教えていた。格闘技の練習の様に見えたが、アスルは動きの一つ一つに、どのタイミングで気を発して相手の動きを鈍らせるか、教えているのだ、とデネロスが説明してくれた。
「”ヴェルデ・シエロ”は気を使って相手を倒せても、死なせてはいけない、それが掟だったな?」
「スィ。だから、格闘している時に気を出すタイミングや大きさの調節を学ばないといけないんです。下手をして相手を死なせては大変ですから。ですから、この訓練の時は、必ず少佐以上の階級の立ち合いが必要です。」
でも、とデネロスはウィンクした。
「ロホとアスルはこの分野に関しては少佐級の実力を持ってますから。」
「純血種ですからね。」
とステファンが囁いた。
「それに相手を思い遣ることが出来る。心が安定していないと出来ません。」
血気盛んな若者達は力を出し過ぎるのだろう。デネロスがステファンを見て微笑んだ。
「大尉は気を使わなくても実力で敵を倒せますものね。」
「だから、今それを修行しているんだよ。」
ステファンはテオに愚痴った。
「司令部は、私が気の抑制を完璧に出来る様になったらメスティーソの隊員達の指導師にする腹積りの様です。」
「君はきっと良い先生になれるだろうな。」
テオは慰めた。
「指導師になったら、自由に外出出来るんじゃないのか?」
「でも遺跡とは縁がなくなります。」
「遺跡で訓練したら?」
とデネロスが暢気に言った。
「遺跡を壊さないように気を出す訓練したら良いんですよ。」
テオとステファンは顔を見合わせた。どんな戦闘訓練なんだ?
ケツァル少佐とロホは床の上の埃に線を引いて工場の間取りを描いていた。
「セプルベダは何処から攻撃してくると思います?」
「この西側にある原料搬入口辺りでしょうか。建物の開口部が広いですから。しかし、2階も、この屋根が低い部分から侵入される可能性があります。」
「2階はマハルダの結界で守りなさい。彼女の結界が破られたら、貴方に任せます。人質はテオに一任します。人質が逃げたら、テオに追わせてはいけません。彼は事務所に留めおくこと。」
「承知しました。」
ロホは天井を見上げた。
「床板が腐っている箇所がいくつかありますからね・・・」