2022/03/14

第6部 訪問者    3

  夕刻。テオは早めに大学を出て文化・教育省の駐車場に車を置いた。定時に省庁が閉まり、職員達がゾロゾロビルから出て来た。ケツァル少佐は珍しくデネロス少尉と共に階段を下りて来て、彼女も同伴して良いかと訊いた。悪い訳がない。少佐がベンツを使うと言ったので、テオは後から出て来たアスルに己の車のキーを預けた。今日は男の部下は連れて行かないつもりの少佐が、アスルに微笑んで見せた。アスルはギャラガに声をかけ、2人でテオの車に乗り込んだ。最後に出て来たロホがアスルと視線を交わしたので、テオは男の部下3人で何処かへ行くのだろうと予想した。
 ベンツの助手席にテオが座ると、デネロスが後部席に乗り込んだ。

「小間物屋で研究用サンプルを購入って、何の研究なんです?」

とデネロスが車が動き出してすぐに質問した。テオは隠す必要がなかったので、正直に答えた。

「今朝大学に客が来たんだが、その人が強烈な匂いの香水を身に付けていたんだ。俺は匂いがきついと思った程度だったが、以前同じ人がケサダ教授を訪問したことがあって、その時教授と学生数人がクシャミが止まらなくなって困ったことがあった。」

 少佐が運転しながら、ああ、と呟いた。ロホがケサダ教授のクシャミから強大な気の衝撃波を感じ取った話を思い出したのだ。デネロスがまた尋ねた。

「クシャミって、その香水が原因なんですか?」
「それしか原因を思いつかないって教授が言っていたからね。」
「その香水をこれから買いに行くんですね?」
「スィ。」
「それだけなら少佐を誘わなくても・・・」

とデネロスが言いかけた。テオは素早く彼女を遮った。

「その客が大統領警護隊文化保護担当部の隊員と会いたがっているんだ。それに昼に現れた別の人物もやはり君達に繋ぎをつけて欲しいと言ってきた。」
「2組の客ですか?」

 と少佐。テオは「スィ」と答えた。

「どちらもクエバ・ネグラ沖の海中遺跡発掘の現場を取材したいと言うんだ。モンタルボ教授に話を持って行ったら、大統領警護隊の許可をもらえと言われたそうだ。」
「モンタルボ教授は念願の発掘許可を部外者に台無しにされたくないのでしょう。」
「誰なんです、その人達? 香水をつけていたのは女の人ですよね?」

 それでテオはシエンシア・ディアリア誌のベアトリス・レンドイロ記者とアンビシャス・カンパニーと言うPR動画制作会社のチャールズ・アンダーソンと名乗るアメリカ人の話を語った。

「シエンシア・ディアリア? どんな雑誌なんですか?」
「俺も知らない。ショッピングモールに書店があるだろうから、探してみよう。 それに、もう一つ気になることがあるんだ。」

 テオはチャールズ・アンダーソンがテオの元に先客があったことを知った時に警戒した様子だったことも語った。アイヴァン・ロイドと言う名前をアンダーソンが出したと言うと、少佐が首を傾げた。

「モンタルボ教授の元に電話を掛けて来て、クエバ・ネグラ沖に宝物が沈んでいると言う話はないかと訊いた人物かも知れませんね。」
「俺もそう思う。だけど、何故カラコルの遺跡にそんなに注目が集まるんだ? 沈没船や財宝の伝説でもあるのかい?」
「そんなものはありません。」

 少佐が速攻で否定した。

「カラコルは外国との貿易で栄え、地震で突然海に沈んだ街、と言う伝説が残っているだけです。実在した街だと言う物証はまだ見つかっていないのです。ですからモンタルボ教授はカラコルの実在を証明しようと躍起になっている訳です。」
「カラコルは実在したのかい?」

 テオの質問に少佐はすぐに答えず、デネロスも戸惑った。

「実在が証明されていない場所としか言いようがありません。」

と少尉は言った。

「モンタルボ教授は海の底が平らなので、人工的な道路か建築物の一部だと考えているのです。彼が考えている通りの物であれば、比定地としてカラコルであろうと言うことになります。出土物があって、それがカラコルの物と決定されれば、その場所がカラコルと特定されるでしょう。」
「何がカラコルの物だって印になるんだい? カタツムリ(カラコル)の絵でも描いてあるのかな?」
「それはスペイン語でしょう。セルバのティエラの古い言葉でカラコルは『筒の上』と言う意味です。」

 デネロスの説明にテオは「変なの」と呟いた。

「筒の上なんて名前の街だったのか? 地下が空洞にでもなっていたのか?」

 すると少佐が呟いた。

「そうだったのかも知れませんね。」


第6部 訪問者    2

  レンドイロ記者が帰った後、テオは彼女が教えてくれた香水の銘柄を検索してみた。すると扱っている店は1店舗だけで、グラダ・シティ最大のショッピングモールにある小間物屋だとわかった。所謂香水専門店とか、高級化粧品店ではないのだ。恐らく個人で製造して販売しているのだろう。口コミは両極に分かれており、薔薇に似た香りが素晴らしいと言う評価と、匂いがドギツイので希釈した方が良いと言う意見が2件だけ入っていた。
 テオはケツァル少佐にメールを送った。

ーーグラダ・ショッピングセンターで研究用サンプルを購入したい。もし今夜時間があれば一緒に行ってくれないか? 女性用小間物店で扱っている品物だ。

 少佐の返答は、

ーーいいけど・・・?????

 恐らく、「研究用サンプル」とは何か、と言う意味だろう。テオは説明は省いて「いつもの時間に」とだけ返信した。
 昼休みに、カフェで昼食を取っていると、またもや来客があった。

「失礼ですが、テオドール・アルスト准教授でしょうか?」

 男性が声を掛けてきた。白いソフト帽を被った白人の中年男性で、薄い生地のジャケットに同じ生地のボトムを履いていた。髭は綺麗に剃ってあり、丈夫そうな帆布の鞄を持っていた。テオが「そうです」と答えると、男は帽子を脱いだ。

「アンビシャス・カンパニーのチャールズ・アンダーソンと申します。」

 彼は英語で喋った。テオが元アメリカ人だと承知しているらしい。テオが黙っていると、彼は名刺を出した。

「私どもの会社はP R動画を制作してネットで配信し、広告料を頂いています。今回、セルバ共和国北部のクエバ・ネグラ沖で伝説の古代都市が発見され、発掘調査が開始されると聞きました。私どもは以前にもその調査を指揮されるサン・レオカディオ大学のモンタルボ教授に水中での発掘調査の様子を映画に撮らせて頂きたいと申し出たのですが、その時点では発掘許可が降りていないと言う理由で教授に断られました。ですが、我が社は既に潜水用具や船をチャーターする会社と契約を結んでおりまして、どうしてもこの度の調査に同行させていただいて撮影したいのです。」
「それではモンタルボ教授にもう一度頼んでみては?」
「教授には連絡しました。すると大統領警護隊文化保護担当部の許可がなければ同行取材は許されないと言う返答でした。ですから・・・」

 テオは相手の言いたいことがわかった。

「俺がミゲール少佐やマルティネス大尉と親しいので、顔つなぎして欲しいと?」
「その通りです。」

 アンダーソンが嬉しそうな顔をした。

「大統領警護隊はいきなり訪問しても門前払いを食らわせると評判でして・・・特に我々の様な外国人には面会すらしてくれないと聞いています。どうか、先生から口を利いて頂けないでしょうか? 勿論、お礼は弾みます。」

 テオは眉を顰めた。お金で動く人間と見られたのか? 彼は言った。

「謝礼など要りません。話すだけなら引き受けましょう。この手の要請をもらったのは、今日貴方で2人目です。」

 え? と言う顔をアンダーソンがして見せた。目が鋭く光った、とテオは思った。アンダーソンが尋ねた。

「それは、アイヴァン・ロイドですか?」

 今度はテオが、え? と言う顔をした。

「違いますよ。地元の雑誌記者です。」
「そうですか・・・」

 アンダーソンが心なしか安堵した様子だった。テオは彼から名刺を預かり、アンダーソンはすぐに大学から去って行った。


第6部 訪問者    1

  テオドール・アルストが授業を終えてホワイトボードの文字を消していると、事務員が教室に入って来た。来客があるがこの場所に通しても良いか、と訊くので、テオは教室を次の科目の講師の為に空けなければならないのでカフェで会う、と告げた。事務員は客にカフェへ行くよう伝えると言った。

「ベアトリス・レンドイロと言うジャーナリストです。黄色のスカーフを首に巻いていますよ。」

 テオはその客の名前に聞き覚えがあるような気がしたが、どこでその名を見たのか聞いたのか思い出せなかった。事務員は大きなクシャミをして、教室を出て行った。
 教室を片付けてから、テオはカフェへ行った。昼食にはまだ時間が早く、カフェにいるのは授業の予習をしている学生達ばかりだった。
 鮮やかな黄色のスカーフを首に巻いた白人と思われる女性が座っていた。薄い緑色のサングラスをかけていたが、テオが声をかけると眼鏡を外して立ち上がった。

「シエンシア・ディアリア誌のレンドイロです。有名な遺伝子学者のアルスト准教授にお目に書かれて光栄です。」

 テオはその雑誌を読んだことがなかったが、名前は知っていた。そしてレンドイロの全身から漂う香水の香りが強いことにちょっと退いた。握手をして、着席を促し、2人は向かい合って座った。

「今日はどの様な御用件でしょう?」
「アルスト先生のご専門ではないので、お気を悪くなさらないよう願いますが、」

とレンドイロが切り出した。

「サン・レオカディオ大学考古学部がクエバ・ネグラ沖の海中遺跡発掘の許可を取ったことはご存知ですね? 先生は大統領警護隊文化保護担当部の隊員達と親交がおありだと伺っております。」
「彼等とは親しい友人です。サン・レオカディオ大学のモンタルボ教授とも顔見知りです。それが何か?」
「発掘作業の取材をしたいのですが、モンタルボ教授は大統領警護隊の許可がなければ取材の為の同行を認めないと仰るのです。」

 つまり、テオからケツァル少佐に顔つなぎして欲しいと言うことか。それにしても・・・

「発掘作業に同行すると言うことは、貴女も海に潜られるのですか?」
「スィ。ダイビングは得意です。素潜り漁の漁師の密着取材の経験があります。取材の協力金も微々ながら支払います。どうかミゲール少佐に許可を頂けるよう、先生からお願いして頂けませんか?」

 媚びるような目つきでレンドイロが見つめてきた。多分、彼女は美人なのだろう。魅力的と見る男性も多いのだろう。しかしテオは先住民やメスティーソの女性の方が好みで、彼女には魅力を感じなかった。少なくとも、彼女の色気で心が揺らぐことはなかった。
 彼女が名刺を出した。出版社名と彼女の名前が書かれていた。肩書きは編集長だ。テオはその名刺と同じものを見た記憶があった。

「もしかして、貴女は以前ここの考古学部を訪問されたことがありましたか?」
「スィ!」

 レンドイロが元気良く答えた。

「ケサダ教授に面会しました。あの時は、遺跡取材の許可を頂けましたが、教授とお会いしたのはあの面会の時だけで、その後の相手をしてくれたのは学生や助手だけでしたわ。」

 彼女が笑った。テオも笑った。ケサダ教授はあの時、クシャミに悩まされた。客の香水にアレルギー反応が出たのだ。テオは彼女に尋ねた。

「素敵な香りの香水ですが、なんという銘柄ですか?」

 するとレンドイロは聞いたことのないマイナーなブランド名を教えてくれた。テオはそれを記憶した。後で分析して教授のアレルギーの原因を突き止めてやろう。

「少佐には話しておきましょう。しかし、許可が出る保障はありませんよ。」


第6部 水中遺跡   25

   ヴェルデ・シエロの一部族マスケゴは人口が少なく、純血種を保っている家系はほんの5家族しかいない。他は別の部族との婚姻で部族間ミックスが進んでおり、ヴェルデ・ティエラとの間に生まれた子孫の数の方が彼等より遥かに多いのが現状だ。それ故、マスケゴ族の純血至上主義者は部族間ミックスの存在に関しては煩く言わない。現実主義者なのだ。
 マスケゴ族は昔から建築関係を主に司どって来た。技術者集団だったのだ。だからセルバがスペインの統治下に入った時も、スペイン人に使われて都市の建設に従事した。時代が進み、ヨーロッパの植民地支配が揺るぎ始めた頃になると、マスケゴ族は得意の”操心”を用いて雇い主である企業の経営陣に少しずつ食い込んでいった。そしてセルバ共和国独立と共に会社を乗っ取ってしまった。現在セルバ共和国に基盤を置く大手建設会社3社はそれぞれ経営者がマスケゴ系のセルバ人であり、そのうちのロカ・エテルナ社は純血種のマスケゴ族が経営していた。
 スペイン人の創業者から経営権を奪い取ったその名もロカ・デ・ムリリョは会社をより大きく成長させた。彼は子がなかったので、甥に跡を継がせようとした。ところが彼の実妹の息子で彼の唯一人の甥ファルゴは古代建築を学ぶうちに考古学にのめり込んでしまい、結局ロカはファルゴの長男アブラーンを教育して経営権を渡し、この世を去った。
 アブラーン・シメネス・デ・ムリリョは若いうちから経営者としての才能を発揮させ、父ファルゴが考古学にのめり込んで費やしてしまった財産を立て直し、一家をマスケゴ族の有力者の座に戻した。だから彼の兄弟姉妹、一人の実弟と3人の姉妹達は彼に逆らわないし、末の妹の夫で父親が故郷のオルガ・グランデから拾って来て育てた義理の弟も彼に忠実だ。
 アブラーン・シメネス・デ・ムリリョは義理の弟が己よりも強い能力を持っていることを少年時代に既に察していた。実弟や姉妹達はわからない様だったが、フィデルは幼いながらに上手に己の能力を隠していた。それはつまり、ママコナと赤ん坊の頃から自在に意思疎通が出来たことを意味しており、そんなことが出来るヴェルデ・シエロは純血種でも限られた能力者だけだった。
 フィデルがムリリョ家に来て間もなく”オルガ・グランデの戦い”が始まった。逃亡した純血のグラダ族シュカワラスキ・マナと一族の戦いだった。その時、アブラーンは父親が母親と話しているのを偶然立ち聞きしてしまった。父親はある疑問を抱いたことを母親に打ち明けたのだ。
ーー何故ママコナはあれが純血種であることを一族に打ち明けないのか?
 アブラーンはシュカワラスキ・マナのことかと思ったが、そうでもないらしい。母親がこう答えたのだ。
ーーママコナはあの子の母親の希望を受け入れ、あの子がマスケゴとして生きることを承諾なさったのでしょう。
 アブラーンは悟った。彼等の家で育てられている男の子は純血のグラダなのだ、と。何故ママコナが彼の母親が言った言葉通りに考えたのか、その当時少年だったアブラーンは理解出来なかった。しかし彼を兄と慕ってくるフィデルを守らなければと言う思いは確かなものだった。ママコナの希望の真意を悟ったのは、父親に家督を譲られた際に”心話”で伝えられた一族の”汚点”からだった。皆殺しにされたミックスのグラダ系の村の生き残りが産んだ子供。村を殲滅させたのは、”砂の民”だ。そして父もその一員だった。決して口外してはならない父の秘密だった。父親は自ら爆弾を懐に抱えて生きていた。もしフィデルが全てを知って激昂すれば、家族全員、悪くすれば都市一つ滅ぼされてしまう。アブラーンはそれを想像した時戦慄を覚えた。
 しかし、成年式で全てを知ったフィデルは一族の決定を許した。それよりも彼自身にもっと深刻な悩みが生じたからだ。アブラーンは彼に約束した。
ーー一生お前を守ってやる。だからお前も我ら家族を守れ。
 フィデルは義理の兄に約束を守ると誓った。そして力の強さを奢ることなく、養ってくれた家族に忠実に仕えている。
 サン・レオカディオ大学考古学部がクエバ・ネグラ沖の海中遺跡発掘の許可を取ったとフィデル・ケサダが報告した時、アブラーン・シメネス・デ・ムリリョは心穏やかでなかった。フィデルも大統領警護隊も知らないことだが、あの海に沈んだヴェルデ・ティエラの街には構造上ある秘密があった。それは建築技術者集団マスケゴ族の旧家家長にのみ伝えられている秘密だ。ファルゴはフィデルにも次男にもそれを教えず、掟を守ってアブラーンにのみ伝えていた。カラコルの街が沈んだ時、その秘密も崩壊した筈だ。しかしそれを証明するものがなかった。もしその秘密がまだ生きていて、モンタルボがそれを見つけてしまうとどうなるのだろう。ヴェルデ・シエロの秘密を守る為に”砂の民”の活動を長老会に依頼しなければならないのか。それとも一族にとって無害なのか。
 アブラーンはさりげない風を装って義弟に尋ねてみた。

「お前の研究室ではその遺跡を調べないのか?」

 フィデルは「ノ」と答えた。

「海中遺跡は私の研究室の専門外です。それにカラコルは私の研究テーマの陸路の交易ルートから外れています。」

 父親の専門はミイラで水に入らない。融通の利かぬ考古学者どもめ、と心の中で悪態をつきながら、アブラーンはモンタルボ教授の発掘隊に潜入させる人員を探し始めた。


2022/03/13

第6部 水中遺跡   24

  サン・レオカディオ大学考古学部が2度目の発掘許可申請を文化・教育省文化財遺跡担当課に提出したのはそれから1ヶ月後だった。予想以上に早い展開でスポンサーを見つけたのだ。相手は隣国でも海洋レジャー施設を建設しているアメリカ資本の観光業者ビエントデルスール社で、サン・レオカディオ大学の発掘作業を海上で見学出来るクルーズを許可することが条件だった。そして発掘が休止するシーズンには、遺跡そのものを潜水して見学するツアーも認めて欲しいと要求を出していた。モンタルボ教授はクルーズやツアーのコースが国境を越えるものであることを心配したが、観光業者はそちらの件は自分達の方で両国政府関係省庁に許可申請すると言った。既に国境を跨いだクルーズコースを持っている業者であったし、国境警備隊とも良好な関係を築いてきた実績がある会社だったので、モンタルボ教授は腹を括り、スポンサー契約を結び、セルバ共和国文化・教育省に発掘許可申請を出したのだ。
 南国と雖もクリスマス休暇は大事だ。その長い連休前に出された申請に、文化・教育省文化財遺跡担当課のお役人達はちょっと焦った。休暇を跨いで持ち越すと、文化・教育大臣は機嫌が悪くなる。決裁に時間を掛けることを嫌う人だった。文教大臣に合否の署名をもらう前に、大統領警護隊文化保護担当部の承認を取るところまで持って行かねばならない。ビエントデルスール社の信用を根拠に早々と申請を受理し、助成金給付の検討に入った。同時に遺跡発掘許可申請を大統領警護隊に回した。
 海で休日を過ごすのが好きな窓口担当のアンドレ・ギャラガ少尉は、水中発掘作業の装備品の目録を見て、知り合いの海中作業士に電話で問い合わせた。海中作業士は海に潜って工事や建築用調査を行う仕事をしているので、モンタルボ教授の申請書に書かれた装備品目録を検討して、ほぼ合格と判定した。モンタルボ教授が事前にビエントデルスール社と相談して立てた計画書だったから、当然だった。それでギャラガはデネロス少尉に発掘調査隊の警護について相談した。デネロスは海での発掘を監視した経験がなかった。それで大学の恩師であるケサダ教授に連絡を取り、海外の海中遺跡調査を経験している団体を紹介してもらった。デネロスはスペインの考古学者に電話をかけて、出土品の管理や作業員の安全管理はどうだったかと質問した。スペイン人は海の上での監視はなかったが、陸上で出土品の検査を受けたと答えた。遺跡から引き揚げた出土品は遺跡がある国のものなので、考古学者と言えど無断で国外に持ち出せない。出土品は当該国の政府が管轄する文化機関に預けられたと言うことだった。
 デネロス少尉が付けた監視案と共に申請書はロホに回された。ロホは海上警備の立案経験がまだなかったので、北部国境警備隊に電話をかけた。勿論大統領警護隊のオフィスだ。クエバ・ネグラのオフィスからの回答は、海賊対策は沿岸警備隊の担当だと言うことだった。ただ発掘隊に密入国者が混ざる可能性もあるので、海から戻って来る調査隊の監視は行うと国境警備隊は言った。出土品の盗難チェックは文化保護担当部に任せるとも言った。密入国者への警戒は国境警備隊本来の職務なので、文化保護担当部が立てる予算に費用は入らない。海賊対策も沿岸警備隊が常時行なっている仕事なので、これも省略出来る。ロホはこの発掘調査に関する予算として、港で待機して出土品の監視をする文化保護担当部の日当を計算して、ケツァル少佐に申請書を回した。
 ケツァル少佐は、夕方帰港する調査隊を待つだけの仕事に貴重な部下の時間を使うのは無駄だと考えた。彼女はセルバ国立民族博物館に電話をかけ、事務長に博物館の学芸員を監視業務に回してもらえないかと尋ねた。普通大統領警護隊の依頼を断る機関は滅多にない。しかしセルバ国立民族博物館は、館長が大統領警護隊文化保護担当部全員の師匠だから、いつも強気で応対する。どの学芸員も多忙で、港で一日何もせずに待たされる仕事をする暇はないと博物館事務長は答えた。少佐は一旦電話を切り、モンタルボ教授に連絡をとった。出土品の所有権を全てセルバ国立民族博物館に譲り、サン・レオカディオ大学は管理権を持つと言うのはいかがだろうかと提案した。管理権とは、出土品を好きな時に大学に持ち帰り研究する権利と、外国へ貸し出したり展示する権利、発見者の名前を出土品の名前に使用する権利等だ。モンタルボ教授は検討期間を3日要求し、3日目の夕刻に提案の承諾を伝えた。ケツァル少佐は博物館に再び電話を入れた。電話に出たのは事務長ではなく、館長だった。

「どうしてもカラコルをいじると言うのだな?」

 不機嫌な声だったが、怒っていない、と少佐は判断した。

「スィ。サン・レオカディオ大学は出土品の所有権を放棄する代わりに、自由に研究したいと言っています。」
「海の底で腐りかけている物など、欲しいだけくれてやるわ・・・と言いたいが、貴重な我が国の歴史の一部だ、粗末に扱えぬ。モンタルボに伝えておけ。調査する以上は徹底して調べろと。そして作業者を決して危険に曝すな、とな。派遣する学芸員はこちらで選考する。」
「グラシャス。」

 少佐は電話を終え、申請書の最後の署名欄に彼女の名前を書き込んだ。

第6部 水中遺跡   23

  テオは日曜日にゴンザレスを市内観光に連れ出すつもりでいた。しかしゴンザレスは研修会で出会った警察学校時代の同級生がアスクラカン南部で署長をしていると知り、彼と一緒に車で帰ると言って、昼前にグラダ・シティを去って行った。朝ご飯にアスルが作った焼きそばを大量に食べて行ったので、アスルは上機嫌だった。

「あんたの親父さんは良い人だな。だけど、俺に嫁を世話しようとするのだけは止めさせてくれ。」

と言ったので、テオは笑ってしまった。エル・ティティにはゴンザレスの親戚がいて、年頃の娘達の結婚相手を探しているのだ。大統領警護隊の中尉となれば嫁の来てがいくらでもいるだろうが、姪っ子をもらってくれないか、と朝食の時にアスルはゴンザレスに声をかけられ、危うく喉を詰まらせるところだった。
 日曜日は自由時間だ。テオは自宅前に迎えに来た友人の車に乗ったゴンザレスを見送り、それから散歩がてら西サン・ペドロ通りに向かって歩いた。歩きながら電話をかけると、ケツァル少佐はアパートで退屈していたので、すぐに外に出て来てくれた。
 商店街まで歩いて、どこかで昼ごはんを食べようと言うことになり、2人は話しながら暢んびり街中を歩いた。少佐はデネロスのオクタカス遺跡発掘監視報告の概要を語り、最後にムリリョ博士がモンタルボ教授の資金集めを知って不機嫌だったと告げた。

「ですから、大学で彼に出会ったら、用心して下さいね。不機嫌な博士は学長も避けて通りますから。」

 テオは思わず笑った。そして彼も公園でケサダ教授と娘のアンヘリタと出会ったことを語った。教授が海中の遺跡に全く興味を示さないことへ疑問を感じたと言うと、少佐はアスルが言った3つの理由を教えてくれた。3番目の理由は、テオの興味を大いに引いた。

「カラコルの町はヴェルデ・シエロの呪いで海に沈んだのか・・・」
「伝説がどこまで真実なのかわかりませんが、全国の全てのヴェルデ・シエロが呪えば、地震も起こせたのでしょう。」
「それでグラダ大学の教授達はモンタルボ教授の研究に知らんぷりをしている・・・ンゲマ准教授はヴェルデ・ティエラだったと思うが・・・?」
「ンゲマ准教授はジャングルの遺跡が専門ですから。」
「そうだった。俺の乏しい考古学の知識によれば、オクタカス辺りの遺跡はカラコルより後の時代のものだったなぁ。」

 モンタルボ教授は可能な限りの資金集めをして、集まる金額から発掘調査隊の規模と装備を算定し、それから再び発掘申請を出すのだろう。
 教授に奇妙な資金援助を持ちかけて来た会社や奇妙な問い合わせ電話の主は、カラコルの町にあったと考えられる財宝を狙っているのかも知れない。モンタルボ教授が発掘許可を得た時に、そんな連中が集まって来るのだろうか。


第6部 水中遺跡   22

 テオは夕日が沈み切る前にアントニオ・ゴンザレスから連絡をもらい、シティ・ホールに迎えに行った。ゴンザレスは昔馴染みの警察官と研修会場で出会って、彼等にテオを紹介した。地元グラダ・シティの警察官が案内して、彼等は彼の行きつけの店を数軒梯子した。テオもオヤジ達に引っ張られ、あちらこちら飲み歩いた。

「何の研修をしたの?」
「決まってるだろう、麻薬取締関連さ。」

 研修は土曜日だけで終わったので、年を取った警察官達はすっかりご機嫌だった。難しいことは憲兵隊に任せて、自分達は街中で不審人物を取り締まるだけだ。彼等は研修内容については口が固かったが、研修会を主催した内務省のお役人達の悪口には大いに盛り上がった。テオは苦笑しながら彼等の愚痴を聞かされた。
 4軒目の店を出て、やっとゴンザレスが「家に帰ろう」と言ってくれたので、テオは車を運転するには飲み過ぎたと気がつき、タクシーを拾った。彼の車は路駐のままだが、車上狙いに遭わないための秘策を施しておいた。フロントガラスの内側に、緑色の鳥のシールを貼ったプレートを置いたのだ。これは大統領警護隊御用達の業者が使用を許されている「駐車違反御免」のプレートだ。交通警察のお目溢しに預かれるし、車上狙いも寄り付かない。大統領警護隊は出入り業者に損害を与える者に対して容赦しないからだ。何の業者だと訊かれれば、テオはこう答えただろう。「遺跡の出土品の年代特定検査業者だ」と。ミイラの遺伝子鑑定は年代特定に入るのだ。
 自宅に帰り着くと、アスルはまだ戻っていなかった。ゴンザレスはシャワーを浴び、客間に入るとすぐ寝てしまった。長距離バスと研修と酒で疲れたのだ。一日暢んびり過ごしたテオはまだ眠る気にならず、自室に入ってパソコンでニュースを見た。
 大統領警護隊本部官舎の門限の頃になって、アスルが帰って来た。テオは物音で彼がシャワーを使う気配を知り、床にマットレスを広げて置いた。
 ドアをノックしてアスルがテオの寝室に入って来た。テオがパソコンの電源を落とそうとすると、「気を遣うな」と言った。彼はマットレスの上にゴロリと寝転がった。テオは声を低くして話しかけた。

「マハルダの報告会は上手く行ったかい?」
「スィ、彼女は大学でも優秀だからな、合格点をもらえた。」

 未許可場所での喫煙者の発見をしくじった点を指摘したことをアスルは黙っていた。大した問題ではないからだ。デネロスは次回から用心する筈だ。そう言えば、とテオは昼間出会った人物との会話を思い出した。

「俺は公園で散歩していてケサダ教授と出会ったんだ。教授はお嬢さんと散歩中だったので、一緒にハンバーガー屋に行って昼飯を食った。」

 アスルは彼の報告を気のない顔で聞いていた。眠たいのかも知れない。テオは急いで本題に入った。

「グラダ大学の考古学者達はクエバ・ネグラの海中遺跡に全く興味がない様だが、どうしてだろう。ヴェルデ・ティエラの遺跡でも地上のものはちゃんと発掘調査をしているのに。」

 アスルは簡単に答えた。

「本当に興味がないからだ。水中調査に使う金がないからだ。そしてカラコルはヴェルデ・シエロにとって禁忌の場所だからだ。」

 え?とテオは彼を見つめたが、アスルは毛布を体にかけて、彼に背を向けた。そしてモゴモゴと呟いた。

「詳しく知りたければ、彼女に聞け。」

 

第11部  紅い水晶     24

  ケツァル少佐は近づいて来た高齢の考古学者に敬礼した。ムリリョ博士は小さく頷いて彼女の目を見た。少佐はトーレス邸であった出来事を伝えた。博士が小さな声で呟いた。 「石か・・・」 「石の正体をご存知ですか?」  少佐が期待を込めて尋ねると、博士は首を振った。 「ノ。我々の先祖の物...