車内で待つ間、テオはチコにラス・ラグナスに一緒に行ったもう一人の運転手パブロの近況を尋ねたい衝動に駆られた。しかし、チコと初対面と言う状況を保たなければならない。テオがパブロを知っていることは、チコにとってもパブロにとっても奇妙に思えるだろう。それで間を保つために、テオは行方不明の記者の話を知っているか、と運転手に尋ねた。チコは知っていた。ベアトリス・レンドイロの失踪は今やセルバ共和国中の話題になっていたのだ。オルガ・グランデ陸軍基地の中では、彼女は強盗に遭って何処かで殺害されたのだろうと言う考え方が一般的だとわかった。ゲリラに誘拐されたなら、とっくに身代金の要求が来ているだろうと言うのだ。テオも身代金目当ての反政府ゲリラに誘拐された経験があるので、その考えは理解出来た。ゲリラは人質を連れてジャングルの中を移動するが、身代金要求を必ずする。町に連絡用の窓口を持っているのだ。
「犯罪に巻き込まれたのでなければ、誰かと駆け落ちでもしたんでしょう。」
とチコは他人事なので暢気なことを言った。
ロホが足速に戻って来た。
「なんだか拙いことになっています。」
彼は車内に戻るなり、不吉な知らせを伝えた。
「ベンハミン・カージョのルームメイトが殺害され、カージョが行方不明です。」
テオは暫く何も言えなかった。ショックだったが、カージョと言う人物と会ったことがなかったし、顔も知らない。SNS上でも話したことがなかった。
「カージョがルームメイトを殺したのか?」
「私が見たところ、殺害された男性は拷問された様に見えました。憲兵隊も同じ見解です。」
「つまり・・・」
テオが考えを言いかけると、思いがけずチコが先に言った。
「殺害犯は、そのカージョと言う男の居場所を聞き出そうとしたんですかね?」
ロホが眉を上げた。彼は大統領警護隊の大尉だ。陸軍兵から見れば大佐クラスの身分だから、二等兵が会話に割り込んだので驚いたのだ。彼はまだ23歳だが、今迄何度も陸軍の護衛部隊を率いて遺跡発掘隊の警護を指揮してきた。大統領警護隊文化保護担当部の部下以外に、会話に割り込まれた経験がなかった。チコの方も、相手が何者か思い出した。思わず、「申し訳ありませんでした!」と敬礼した。テオは2つの軍人のグループの間で、どう言うべきか躊躇した。しかし心配は無用だった。ロホは大人だ。彼は穏やかに言った。
「きっとそう言うことだろう、二等兵。」
チコはもう一度敬礼した。テオはルームミラーに映った彼の額にうっすらと汗が浮かんでいるのを見た。大統領警護隊を怒らせたかと肝を冷やしたに違いない。
テオは急いで話題を現状に向けた。
「カージョは逃げたのだろうか? それとも犯人に捕まったか?」
「逃げたと思いたいですね。もしかすると彼はレンドイロがどうなったのか知っているのかも知れません。」
ロホはチコにオルガ・グランデ陸軍基地へ戻れと命令した。
「基地で少し考えましょう。」
チコはエル・パハロ・ヴェルデの気が変わらぬうちにと思ったのか、複雑なオルガ・グランデの道路をすっ飛ばし、市街地を横切って、北部の丘陵地帯に広大な敷地を占領している陸軍基地へ向かった。
走行中にテオの携帯に電話がかかってきた。画面を見ると、アントニオ・バルデスからだった。大企業の経営者は、テオが電話に出るなり、画面いっぱいに顔を寄せて囁くように質問した。
ーードクトル、ベンハミン・カージョの家で殺人事件があったと聞いたが、あんたが関係しているんじゃないでしょうな?
テオはムッとした。
「失礼だな、俺はさっきやっとカージョの家のそばへたどり着いたばかりだ。既に警察と憲兵隊が来ていた。誰が死んでいたのか、俺は名前さえ知らないんだ。」
バルデスが電話から顔を遠ざけてくれた。
ーーあんたもエル・パハロ・ヴェルデも関係ないのであれば、私にも関係ありませんな?
「そう願っている。」
テオはちょっと意地悪く言ってみた。
「俺とエル・パハロ・ヴェルデがカージョを訪ねる予定だと知っていたのは、貴方だけだから。」
フン、とバルデスが鼻を鳴らした。
ーーただの強盗の仕業であれば良いですがね。カージョも、雑誌記者も、誰かの機嫌を損ねたみたいだから。
そして彼は「ご機嫌よう」と言って電話の画面から消えた。テオはロホを振り返って言った。
「犯人はバルデスの旦那でもなさそうだな。」
「あの男は生粋のセルバ人です。何を恐れているのか、実に分かりやすい人だ。」
とロホが苦笑した。