2022/07/29

第8部 贈り物     8

 「だが、それにしてもどうしてネズミの神様が雨の神様なんだろ?」

 テオが素朴に疑問に感じたことを口に出すと、デネロスはニヤリと笑った。

「ネズミと言うのは便宜上の表現です。本当はアーバル・スァット様はジャガーなんですよ。」
「やっぱりそうか!」

 中南米では、ジャガーは雨を降らせる霊的な動物と考える部族が多い。ゴロゴロと喉を鳴らす音が雷を連想させるのだろうとヨーロッパの学者達は考えている。

「昔の彫刻はデフォルメされているし、長い歳月の間に摩耗して原型が分かりにくくなっていますからね。」

 デネロスはタコの唐揚げをモリモリと食べた。純血種の”ヴェルデ・シエロ”は頭足類を食すことを好まないが、メスティーソ達は好きだ。

「元々あの神像を作ったのは”シエロ”だと言われています。オスタカン族に授けられて、神殿に祀られていたんです。だから、あの神様は”シエロ”の言うことは聞くのです。粗末に扱われて怒り狂わない限りはね。」
「”ティエラ”では制御出来ないのか?」
「無理です。丁寧にお祀りして願い事をすれば叶えて下さいますが、雨のことだけです。お金儲けや恋愛成就はありません。そして一旦怒らせると、もう”ティエラ”では手がつけられません。これは、過去のオスタカン族に伝わる昔話にも数回あります。その都度彼等は”シエロ”を探してきては、神様のお怒りを鎮めてもらったのです。」

 その説明には重要な要素が含まれていることにテオは気がついた。”ヴェルデ・シエロ”は古代に滅びたと言うのが定説、とセルバ人は公言しているが、本当はまだ生き残っていることを知っているんだ、と彼は気がついた。言い伝えとして知っているのではなく、今も生きていると確信している。

 バルデスも大統領警護隊が”シエロ”と話が出来る人々ではなく”シエロ”そのものだと知っているんじゃないのか?

 だからバルデスはケツァル少佐やロホ達に逆らわない。大統領警護隊だから逆らわないのではなく、”ヴェルデ・シエロ”だから逆らわないのだ。

 ってことは、バルデスは、伝説の神様が霊的存在ではなく、生身の人間だってことも知っているんだ・・・

 それが良いことなのかこちらにとって都合の悪いことなのか、テオは判断しかねた。

 だが少佐達は、そんなことなどお見通しなんだろうな・・・

 無条件に神様扱いされて平伏されるより、こちらの弱点を知られている方が却って利用しやすいこともあるに違いない。例えば洞窟探検の装備を準備してもらうとか、インターネットを使った調査をしてもらうとか。バルデスは善人と呼べないが、セルバと言う国を裏切ることはしない人間だ。”ヴェルデ・シエロ”を裏切るとどうなるか、彼は知っている。
 その彼が、ネズミの神様を盗まれて困っているのだ。神罰を恐れているに違いない。

2022/07/28

第8部 贈り物     7

 「急に慌ただしく先輩達が出動になってしまったので、言いそびれたんですけどぉ・・・」

とマハルダ・デネロスが言った。翌日の夕方、テオが彼女を夕食に誘った時のことだった。ケツァル少佐、ロホ、アスル、それにギャラガがオフィスから出て行ってしまったのがお昼だった。デネロスは日曜日の官庁で1人で書類仕事をして、隣の文化・教育省、文化財・遺跡担当課の職員の応援も受けずになんとか週明けの分を先に片付けてしまった後だった。
 テオは彼女といつものバルで2人で夕食前のツマミとワインを楽しんでいた。

「もうドクトルはご存知ですよね? アリアナに赤ちゃんが出来たこと・・・」
「スィ。少佐も知っている。2人で一緒に伝えられた。」
「それじゃ、名付け親も頼まれました?」
「少佐がね、女の子の場合に・・・」
「ドクトルは?」
「男の子はパパ・ロペスだよ。」

 ああ・・・とデネロスは頷いた。

「そうなるでしょうね・・・」
「不満かい?」

 テオが顔を覗き込むと、デネロスが苦笑した。

「私、名付け親になりたかったんです。」
「名前を考えているのか?」
「スィ。」
「それじゃ、少佐にその名前を言ってみたらどうだ?」
「駄目ですよ。それじゃ少佐が名付け親になれません。」

 それなら、とテオはワインをごくりと飲んでから提案した。

「2人目はどうだい? 次の子供の時の名付け親の権利を予約しておくとか?」

 デネロスが笑った。

「予約? 良いですね!」

 彼女はワインを一気に飲み干した。

「ロペス少佐にもっと頑張って頂かないと。」

 いつもの彼女らしくない物言いだ。恐らくネズミの捜索から仲間外れにされて、内心くさっているのだろう。テオは助っ人が来れば少しは気が紛れるだろうと思った。

「助っ人はいつから来るんだい?」
「月曜日の予定です。」

 デネロスは余り期待していない。カルロ・ステファン大尉以外は誰が来ても考古学に関して素人だ。遺跡に関する知識を一から教えなければならない。その労力を想像して、今から疲れを感じているのだろう。

「飲み込みの早い人だと良いな。」
「遊撃班ですから、頭は良いと思いますよ。」

 デネロスはワインのお代わりを注文した。

「ただ、偉そうにされると、こっちは嫌なんですよ。」

 遊撃班は大統領警護隊のエリート集団だ。警備班などは見下されている感じがある。

「文化保護担当部もエリートだ。気負い負けするなよ。」

 

第8部 贈り物     6

  テオは事件の捜査に加わりたいと思った。しかし、彼には彼の仕事があった。半年後にヨーロッパで開かれる遺伝子学会に出席しないかと生物学部長から打診を受けていた。プロの遺伝子学者として世界に出るチャンスだ。テオは昔から出てみたかった。アメリカ時代は軍の施設にいたので、表だった研究活動の発表が出来なかった。彼が携わった研究はどれも「国家機密」だったからだ。セルバ共和国に亡命してからは、身の安全の為に国外に出ることを許されなかった。だが・・・

「もう世界に出ても良い頃じゃないかね?」

と学部長が言ってくれた。テオが研究しているアメリカ先住民と肉体労働の遺伝子レベルにおける関係、つまり植民地時代に鉱山などの労働に駆り出された先住民が肉体労働に不向きで絶滅に追い込まれた歴史を、遺伝子による筋力の強さで解明しようと言う試みを、発表してみないか、と言うことだ。テオはオルガ・グランデの鉱山会社で働く労働者の中で先住民系の人々が健康被害を受け易いことを心配し、同じ労働条件の他の人種の労働者とどう異なるのか、調べていた。つまり、遺伝子レベルで労働者の体質改善と健康維持を探求しているのだ。
 学会に出てみないかと言う誘いは大変有り難かった。しかし、まだ世界に発表出来る段階迄遺伝子レベルでの解明が出来ていない。テオは返事を1週間待って下さいと学部長に告げたばかりだった。
 彼が話し合いに乗ってこないので、ケツァル少佐は仕事との両立で悩んでいるなと察した。

「ネズミの行方が全く掴めていない段階で、ドクトルが参加されても意味はありません。」

と彼女は言った。テオは黙っていた。デネロスが彼の手に己の手を重ねた。

「2人で留守番しましょう、ドクトル。」
「・・・そうだな・・・」

 テオは仕方なく頷いた。

「俺は白人だし、マハルダより遥かに弱いからな。」

 アスルが立ち上がった。

「それじゃ、私はマハルダに引き継ぐ書類の整理をします。明日の昼迄に渡せるよう努力します。」

 ロホとギャラガも同様に席を立った。

「助っ人がオフィス仕事に向いている人だと良いですね。」

とギャラガが先輩を慰めた。 デネロスは肩をすくめた。

「カルロだったら良いけど、期待はしないわ。遊撃班の副指揮官が来てくれる筈ないもの。」

 だが遊撃班は人員不足の部署に助っ人を出す部署だ。文化保護担当部が応援を求めれば、セプルベダ少佐は適材適所で誰かを寄越すだろう。
 ケツァル少佐が考えた。

「申請書類は多いですか?」
「例年通りです。一月ぐらい溜めても大丈夫でしょう。」

とロホ。テオは突然各国の遺跡発掘許可申請がなかなか通らない本当の理由を悟った。大統領警護隊文化保護担当部は審査が厳し過ぎるのではない。申請書類の審査以外の仕事が生じると、そちらを優先するので、書類は後回しにされるのだ。”ヴェルデ・シエロ”にとって、遺跡調査より遺跡を守る方が先決だ。遺跡から持ち出された物を探し、回収して、元の場所に戻すことが最優先される。
 少佐が呟いた。

「助っ人は1人で十分ですね。」


2022/07/27

第8部 贈り物     5

 「ネズミの神様は盗まれる時に抵抗しないんですか?」

とマハルダ・デネロス少尉が素朴な疑問を投げかけた。ロホが肩をすくめた。

「丁寧に運べば、神様は怒らない。元々アーバル・スァット様は雨が降らなくて困っている村を巡って祀られた神様だから、移動すること自体は問題ないんだ。それが輿ではなくダンボール箱に詰められたり、乱暴に扱われるとお怒りになる。」
「それじゃ、今回の泥棒は静かに神像を運び出したけど、警備員には負傷させたんだな。」

テオが言葉を挟んだ。大統領警護隊ではないが、文化保護担当部には準隊員みたいに参加を許されていた。

「警備員の証言はどうなんだ?」

とアスル。ケツァル少佐が携帯の画面を眺めた。

「バルデスはその件に関して報告していません。彼も現場から遠い場所にいますからね。」
「オスタカン族が住んでいた地域は、オクタカス遺跡に近いです。」

とギャラガが地図を見ながら呟いた。

「警備員はデランテロ・オクタカスの病院にいる筈です。バルデスより先に事情聴取したいです。」

 少佐は黙ってまだ携帯の画面を見ていた。テオが覗き込むと、遺跡の写真だった。小さいのでよくわからないが、アーバル・スァット様が写っているのだろう。テオはアンゲルス邸でネズミの神様の負の力を感じたことがあった。遠く離れていても気分が悪くなる、強力な怒りの力だった。
 少佐が顔を上げた。

「まず、事件発生の経緯を調べましょう。アンドレは警備員に事情聴取して下さい。ロホは各地の空港でネズミの気配を探すこと。アスルは故買業者の動きを探りなさい。」
「私は?」

とデネロス。少佐が冷たく言った。

「貴女はオフィスの留守番です。」
「ええ! どうしてですかぁ?」

 物凄く不満な表情を遠慮なく顔に出してデネロスが抗議した。

「アンドレが事情聴取で私が留守番だなんて・・・」
「全くオフィスを無人にする訳に行かないだろ。」

とアスル。

「必ず誰かが留守番をするんだ。」
「それなら、アンドレが・・・」
「アンドレはグラダ族です。」

 少佐がピシャリと言い放った。デネロスが頬を膨らませたまま黙り込んだ。ロホが説明を加えた。

「アーバル・スァット様はそんじょそこらの悪霊とは威力が違う。君は白人の血の割合が多いし、若い女性は悪霊が好む贄だ。頼むから、オフィスで後方支援に励んでくれ。」

 するとアスルも言い添えた。

「前回アーバル・スァット様がロザナ・ロハスに盗まれた時は、カルロが留守番したんだ。彼はあの時能力を自在に使えなかったから。それにミックスは神様と対峙するとどうしても弱さが出る。」

 少佐がニヤリと笑って提案した。

「留守番1人では荷が重いでしょうから、遊撃班から1人寄越してもらいましょう。マハルダ、その人の指導をお願いします。」

 テオはその助っ人がカルロなのだろうか、デルガド少尉だろうか、と想像した。


2022/07/26

第8部 贈り物     4

  アーバル・スァット・・・セルバ先住民オスタカン族の言葉で「雨を呼ぶ者」と呼ばれる石像がある。オスタカン族はもう殆ど絶滅しかけており、メスティーソが大半を占めるアケチャ族(東海岸地方一帯に住む民族)に同化されつつあった。彼等には先祖の文化を守ろうと言う気概が殆どなく、オスタカン族の遺跡を調査・研究しているのはアケチャ族のセルバ人と言う為体だ。だからネズミによく似た形状の神像アーバル・スァットが盗掘された時も、オスタカン族ではなくアケチャ族の地元民、詳しく言えば現地の官営学校で歴史を子供達に教えている教師が盗難に気がついた。オスタカン文化の遺跡は少なく、殆どは農民の集落のものだったので、宝物と呼べる様な物はないのだが、神像は別だ。中南米の彫刻や彫像、土器等をコレクションして喜ぶ外国人が多い。特に滅多に外国の学術調査が入ることを許さないセルバ共和国の遺跡から出土した物は希少価値が高く、コレクターの間で高値で取引される。郷土史家の教師は直ちに大統領警護隊文化保護担当部に神像の盗難を通報した。
 大統領警護隊文化保護担当部の指揮官ケツァル少佐は、アーバル・スァットが唯の石の神像でないことを知っていた。元は古代の”ヴェルデ・シエロ”が神と崇めた水の精霊が住まう聖なる川、オルガ・グランデの地下、最も深い位置に流れる地底の川の石から彫り出した、本当に神様が宿る石像だったのだ。古代の”ヴェルデ・シエロ”が、支配する”ヴェルデ・ティエラ”に下賜した水のお守りだ。守られるべきオスタカン族がいなくなり、石像は静かにジャングルの中で余生を送っていた。しかし欲深い盗掘者が、珍しい奇妙なネズミの形の石像を遺跡から持ち出してしまったのだ。
 アーバル・スァットは眠りを妨げられ、悪霊となった。正しい祀り方をしない人々にその霊力を発揮して、思いっきり祟ったのだ。石像に触れた者、近づいた者は次々と原因不明の病気になり、生気を奪われ、最悪は死に至った。
 「ネズミ」の暗号名の石像を追跡したケツァル少佐と大統領警護隊文化保護担当部の部下達は、オルガ・グランデのミカエル・アンゲルスの屋敷で遂に神像を奪還することに成功した。己のボスだったミカエル・アンゲルスを神像を用いて呪殺することに成功したアントニオ・バルデスは、神像の後始末が出来ずに途方に暮れていた。だから大統領警護隊の介入を、さも迷惑そうにしながら、内心は大歓迎、大感謝した。
 神像を回収し、神様の荒御魂を鎮めてお怒りを収めて頂くことに成功した大統領警護隊文化保護担当部は、アーバル・スァットを元の遺跡に戻した。そしてバルデスに神様を利用した罰として、遺跡に警備を付けることを約束させたのだ。バルデスも己が神様に祟られるのは御免だったから、真面目に役目を果たしていた。正規の警備を雇って、遺跡の管理をさせていたのだ。しかし・・・

「その警備員が何者かに襲われ、重傷を負わされ、ネズミの神様が盗まれたそうです。」

 電話で事件を知らされたケツァル少佐は、テオにそう伝えた。テオはことの重大さにすぐ気がついた。アーバル・スァットは小さな石像だが、呪いの威力は半端ない。

「すぐに探さなきゃ・・・」
「当然です。」

 少佐は携帯のメッセージを部下達に一斉送信した。

ーー1800に私の部屋に集まれ!


2022/07/25

第8部 贈り物     3

  帰りの車の中で、テオはケツァル少佐にパパ・ロペスが彼女に何と囁いたのかと訊いてみた。少佐はらしくもなく照れて見せてから答えた。

「もしロペス家に女の子が生まれたら、私に名付け親になって欲しいと仰ったのです。」
「名誉なことだな!」
「スィ。私は両親が罪人でした。ですから、礼儀として一旦お断りしたのですが、それでも構わないからと仰って。」
「男の子の場合の名付け親は・・・パパ・ロペスなんだろうな?」
「一族の風習に従えば、そうなります。シーロのお母様は早くに亡くなっていますから、本来は母系の伯母が女の子の名付け親になるのですが、親戚筋に女性がいないそうです。」
「そう言えば結婚式にロペス家の親戚ってあまり来ていなかったな。白人との結婚に反対なのかと思ったが・・・」
「私達一族は実際のところ出生率が低いのです。幼児の生存率も低く、子供が成人する迄育つ様になったのは、最近のことです。兄弟が大勢いるロホは例外なのですよ。パパ・ロペスのご兄弟も子供時代に亡くなってしまったのです。」
「マハルダも兄姉が多いけど・・・」
「あの家はメスティーソですから。」

 名誉な依頼の話はともかく、もう一つテオには疑問があった。

「セルバでは母親の姓が子供に受け継がれるだろ? ロペス家の子供はオスボーネ(オズボーン)になるのかい?」
「名乗る時はオスボーネ・ロペスになるでしょう。でも子供達が将来どちらの姓を選択するかは、その時にならないとわかりません。現在の法律では好きな方を選べます。」
「それじゃ・・・」

 テオはちょっと緊張した。

「君と俺の間に子供が出来たら、その子は、ケツァル・ゴンザレス? それともミゲール・ゴンザレス?」

 少佐が笑った。

「ケツァル・アルストもありますよ。」
「うーん・・・」

 テオは運転しながら頭を悩ませた。

「やっぱり子供に選ばせた方が良いなぁ・・・」
「その前に結婚しなければ。」

 少佐がウィンクした。テオはドキドキした。ケツァル少佐の養父母は富豪だが、愛娘が大袈裟な挙式を行うことを好まないと承知している。このまま役場へ行って婚姻届を出してしまっても、文句を言わないだろう。しかしテオはまだ薄給の准教授だ。少佐の収入の方が遥かに高く、つまらぬプライドだと承知していても、やはり彼女より稼げる様になる迄結婚を我慢したかった。
 それとも独身と言う身分に未練があるのか?
 その時、少佐がハンドバッグから携帯電話を取り出した。画面を見て、首を傾げた。

「アンゲルス鉱石のバルデス社長からです。」
「え?」

 思いがけない人物からの電話だ。テオもびっくりした。バルデスは善人とは言えないが、セルバ共和国への愛国心は持っている。大企業の社長だが、見方によってはマフィアの首領とも言える。テオと大統領警護隊の友人達にとって、敵ではないが、味方でもない、場合によって協力してくれるが見返りが必要と言う相手だった。お気軽に電話で話をする相手でないことは確かだ。
 ケツァル少佐が電話に出た。

「オーラ・・・」
ーーケツァル少佐!

と挨拶抜きでバルデスが話しかけてきた。

ーー一大変です、ネズミが姿を消しました!!



第8部 贈り物     2

  最初はシャンペンで乾杯した。シーロ・ロペス少佐が招待に応じてくれたテオとケツァル少佐に感謝を述べ、それから客を招くことを許可してくれた父親に敬意を表した。それでテオもお招きに対する感謝を述べた。

「ところで、今日は何かのお祝いなのかな? 今ここで訊いても良いのかどうか知らないけど。」

 彼がそう言うと、驚いたことに、パパ・ロペスも言った。

「儂も知りたい。お前達は何を企んでいるのだ?」

 シーロ・ロペスが珍しく頬を赤らめた。彼が助けを求めるように妻を振り返ったので、アリアナが苦笑して、そして答えた。

「私達、子供を授かりました。今、3ヶ月です。」

 ほほーっとパパ・ロペスが声を上げ、ケツァル少佐が立ち上がってアリアナの席に駆け寄った。

「おめでとう!」
「グラシャス!」

 テオも思わずロペス少佐の手を掴んで激しく揺さぶった。

「おめでとう! 遂に父親になるんだな!」

 ロペス少佐は照れてしまい、小さな声で「まだ生まれていません」と呟いた。テオはパパ・ロペスにも祝辞を告げ、握手した。アリアナがテオに囁いた。

「素直に喜んでくれるのね?」
「当たり前じゃないか!」

 テオは彼女の前に立った。ケツァル少佐から彼女の前の位置を譲ってもらい、義妹を抱きしめた。

「血は繋がっていなくても、君は俺の可愛い妹なんだ。君に子供が出来たら、俺の甥や姪になるんだよ。俺は伯父さんになれるんだ!」
「シーロと私の子供・・・」
「どんな子供だろうと、素晴らしい子供に決まってるさ!」

 彼は改めてロペス少佐を振り返った。

「守るべき者が増えますが、貴方も体を大切にして下さい、少佐。」

 するとロペス少佐が言った。

「今日からシーロと呼んで下さい。私も貴方をテオと呼びたい。」

 テオは思わず堅物の少佐を抱きしめた。

「俺の弟だ!」

 ケツァル少佐はそれを微笑みながら見ていたが、彼女の耳にパパ・ロペスが何やら囁くと、頬を赤らめた。

第11部  紅い水晶     19

  2台目の大統領警護隊のロゴ入りジープがトーレス邸の前に到着した時、既に救急車が1台門前に停まっていた。クレト・リベロ少尉とアブリル・サフラ少尉がジープから降り立った。2人は遊撃班の隊員で、勿論大統領警護隊のエリートだ。サフラ少尉が一般にガイガーカウンターと呼ばれる放射線計測器...