翌日、テオは大学に早めに出勤して、考古学部へ足を向けた。教授連中が何時出て来るのか知らなかったが、彼等は発掘に取り掛かるとなかなか大学に戻って来ない。だから大学に居る時に捕まえたかった。
ンゲマ准教授は留守だった。学会の発表があるとかで、早い時間に市民ホールの会場へ出かけていた。恐らく南部ジャングルの遺跡群に関する話なのだろう。フランス隊や日本隊も来ていると言う噂だ。日本隊はアンティオワカ遺跡を掘りたがっているが、フランス隊が先に手をつけている。現在は不祥事を起こしたフランス隊が数歩譲って共同発掘しているところだ。ンゲマ准教授はその仲介者で、同時に彼独自に発掘しているカブラロカ遺跡研究の進展報告も兼ねるのだ。カブラロカの監視を担当している大統領警護隊文化保護担当部のアスルも出席する筈だ。
セルバ国内の古代交易ルートを研究しているケサダ教授は現在本を執筆中なので、あまり外に出ない。だから大学にいる確率が高かった。考古学部の主任教授であるムリリョ博士より、在席している確率は高い。
テオは学舎の入り口でケサダ教授の携帯に電話を掛けてみた。果たして教授は研究室にいた。訪問しても良いですか、と訊くと、大丈夫だと言ってもらえた。
ドアをノックして「どうぞ」と声を聞き、テオはドアを開いた。コーヒーの香りが鼻をくすぐった。教授は珍しくインスタントのコーヒーを淹れていた。勧められて、テオももらうことにした。
「仕事に取り掛かる前の、ぼーっとする時間です。」
と教授が微笑んで言った。自宅では4人の娘と生まれて1年も経たない息子の5人の子供のお守りをしているパパだ。のんびり出来るのが職場だと言うのは皮肉な事実だった。
「お仕事に関係ないことでの訪問で恐縮ですが・・・」
テオはカップのコーヒーを喉に流し、一息ついた。
「アブラーンと連絡を取りたいのです。俺が電話しても秘書が取り次ぐので、本当の要件を話せなくて・・・」
なんだ、そんなことか、と言いたげに教授が彼を見た。
「最近ブームになっている粛清の件かと思いました。」
ドキッとするようなことを平然と冗談にして言ってみせた。テオは苦笑した。
「そっちの方も無関係ではありませんが、それがメインなら俺は直接ムリリョ博士に当たっていますよ。」
「確かに・・・」
教授がニヤッと笑った。テオは簡単に説明した。詳細に語っても、ケサダ教授には関係ない案件だから、意味がない。
「ちょっと遠回りかも知れませんが、お金の流通経路に関して、ロカ・エテルナ社の意見を聞きたいと思っています。だから、アブラーンが忙しければ、カサンドラでも良いのです。」
カサンドラ・シメネスはムリリョ博士の長女でロカ・エテルナ社の副社長だ。案外金銭的な面で会社を支配しているのは彼女かも知れない。教授は義理の兄と姉のスケジュールを思い出そうとして空中を眺めた。それから、携帯電話を出して、メモを見た。
「カサンドラは昨日からスペインに出張です。お金に関係することで、一族に関係しない内容でしたら、会社の財務担当者を紹介しますが?」
テオはちょっと考えた。セルバ野生生物保護協会に寄付をするのは会社の事業だ。”ヴェルデ・シエロ”の秘密の事案ではないのだろう。彼は安堵して、教授に頼んだ。
「お願いします。教授が会社の人事にお詳しいとは思いませんでした。」
するとケサダ教授は可笑しそうに言った。
「ロカ・エテルナ社は考古学や医療研究にもいろいろ援助をしていますから、私もお世話になることがあるのですよ。貴方も遺伝子工学の研究で資金を出してもらったらどうです?」