2024/03/06

第10部  粛清       19

  翌日、テオは大学に早めに出勤して、考古学部へ足を向けた。教授連中が何時出て来るのか知らなかったが、彼等は発掘に取り掛かるとなかなか大学に戻って来ない。だから大学に居る時に捕まえたかった。
 ンゲマ准教授は留守だった。学会の発表があるとかで、早い時間に市民ホールの会場へ出かけていた。恐らく南部ジャングルの遺跡群に関する話なのだろう。フランス隊や日本隊も来ていると言う噂だ。日本隊はアンティオワカ遺跡を掘りたがっているが、フランス隊が先に手をつけている。現在は不祥事を起こしたフランス隊が数歩譲って共同発掘しているところだ。ンゲマ准教授はその仲介者で、同時に彼独自に発掘しているカブラロカ遺跡研究の進展報告も兼ねるのだ。カブラロカの監視を担当している大統領警護隊文化保護担当部のアスルも出席する筈だ。
 セルバ国内の古代交易ルートを研究しているケサダ教授は現在本を執筆中なので、あまり外に出ない。だから大学にいる確率が高かった。考古学部の主任教授であるムリリョ博士より、在席している確率は高い。
 テオは学舎の入り口でケサダ教授の携帯に電話を掛けてみた。果たして教授は研究室にいた。訪問しても良いですか、と訊くと、大丈夫だと言ってもらえた。
 ドアをノックして「どうぞ」と声を聞き、テオはドアを開いた。コーヒーの香りが鼻をくすぐった。教授は珍しくインスタントのコーヒーを淹れていた。勧められて、テオももらうことにした。

「仕事に取り掛かる前の、ぼーっとする時間です。」

と教授が微笑んで言った。自宅では4人の娘と生まれて1年も経たない息子の5人の子供のお守りをしているパパだ。のんびり出来るのが職場だと言うのは皮肉な事実だった。

「お仕事に関係ないことでの訪問で恐縮ですが・・・」

 テオはカップのコーヒーを喉に流し、一息ついた。

「アブラーンと連絡を取りたいのです。俺が電話しても秘書が取り次ぐので、本当の要件を話せなくて・・・」

 なんだ、そんなことか、と言いたげに教授が彼を見た。

「最近ブームになっている粛清の件かと思いました。」

 ドキッとするようなことを平然と冗談にして言ってみせた。テオは苦笑した。

「そっちの方も無関係ではありませんが、それがメインなら俺は直接ムリリョ博士に当たっていますよ。」
「確かに・・・」

 教授がニヤッと笑った。テオは簡単に説明した。詳細に語っても、ケサダ教授には関係ない案件だから、意味がない。

「ちょっと遠回りかも知れませんが、お金の流通経路に関して、ロカ・エテルナ社の意見を聞きたいと思っています。だから、アブラーンが忙しければ、カサンドラでも良いのです。」

 カサンドラ・シメネスはムリリョ博士の長女でロカ・エテルナ社の副社長だ。案外金銭的な面で会社を支配しているのは彼女かも知れない。教授は義理の兄と姉のスケジュールを思い出そうとして空中を眺めた。それから、携帯電話を出して、メモを見た。

「カサンドラは昨日からスペインに出張です。お金に関係することで、一族に関係しない内容でしたら、会社の財務担当者を紹介しますが?」

 テオはちょっと考えた。セルバ野生生物保護協会に寄付をするのは会社の事業だ。”ヴェルデ・シエロ”の秘密の事案ではないのだろう。彼は安堵して、教授に頼んだ。

「お願いします。教授が会社の人事にお詳しいとは思いませんでした。」

 するとケサダ教授は可笑しそうに言った。

「ロカ・エテルナ社は考古学や医療研究にもいろいろ援助をしていますから、私もお世話になることがあるのですよ。貴方も遺伝子工学の研究で資金を出してもらったらどうです?」


2024/03/05

第10部  粛清       18

  サバン家を辞して、テオはコーエン少尉を車に乗せて憲兵隊官舎に向かって走った。コーエン少尉は半日だけの休暇を取っていたのだ。明日になればまた通常の勤務に戻る。

「セルバ野生生物保護協会の財政状況を調査します。」

と彼が呟いた。テオは頷いた。彼も気になったが、大学の遺伝子工学の准教授が首を突っ込める分野ではない。彼が出来ることは・・・

「俺はロバートソン博士にもう一度会ってみよう。」
「まだ本題をぶつけないで下さい。」

と少尉が予防線を張った。

「彼等に憲兵隊が探っていると知られたくありません。」
「わかっている。サバンとコロンのD N A鑑定をした人間として、事件のその後の展開が気になっている、と言う理由で近づいてみるだけさ。彼女が犯人とは限らないし、また完全に無実とも決まった訳でもないから。」

 憲兵隊本部には行ったことがあったが、官舎は初めてだった。本部のそばにあるのかと思ったら、車でも5分ばかり離れた場所にあった。隊員達は自転車やバスで通勤していると聞いて、テオは驚いた。

「制服のままで?」
「それが当たり前ですが、何か?」
「あ・・・いや、あまり通勤途中の憲兵を見たことがなかったので・・・」
「各自登庁する時刻は違いますから、点呼の時に揃っていれば問題ないのです。通勤途中に見かけた人は、我々が任務に就いていると思うだけです。」

 ふーん、とテオはなんとなく納得した。2人1組で行動する憲兵や警察官が一人で歩いている時は、正規の勤務外と言うことなのだろうか。だが一旦制服を着たら、彼等の心は任務に就いているのだろう。
 官舎の前に停車すると、少尉がドアに手を掛けた。テオが尋ねた。

「少尉、君の個人名を聞いても良いかな? 俺はテオドール・アルスト・ゴンザレスだ。」

 彼に名乗られて、コーエン少尉も躊躇わずに答えた。

「マルク・コーエンです。」
「ブーカだね?」
「スィ。ですが、少し”ティエラ”の血が混ざっています。」
「だけど、一族の人間だ。」
「スィ。」

 コーエン少尉は真面目な顔に少しだけ微笑みを浮かべ、「ブエナス・ノチェス」と言って車から降りた。

2024/03/04

第10部  粛清       17

 「手がかり?!」

 前のめりになって質問したのはコーエン少尉だった。密猟者グループのボスを特定する手がかりだと言うのか? 
 ティコ・サバンは急がなかった。彼は若い憲兵と遺伝子学者を見た。

「息子は、セルバ野生生物保護協会の中に、密猟者に取り締まり情報を流している人間がいると推測していました。」
「なんだって?!」

と叫んだのはテオだった。セルバ野生生物保護協会は、会員を殺害された被害者ではないのか? オラシオ・サバンとイスマエル・コロンの合同葬儀に集まった会員達は本当に悲しんでいたし、憤っていた。テオの目にはそう見えた。あの中に、悲しんでいる芝居をしていた人間がいたと言うのか?
 コーエン少尉は冷静に尋ねた。

「内部犯行と言うことですか? 保護協会が密猟者に情報を流して、何か得るものがあったのでしょうか?」

 すると長年地区の役場で勤めたと言うティコ・サバンは、元役人の顔で答えた。

「あの手の組織は基本的にボランティア団体です。どこか大企業などと手を結んで募金や寄付金で活動費を賄っています。セルバ野生生物保護協会も例外ではありません。息子は協会に寄付金を出していたのは、ロカ・エテルナ社だと言っていました。」

 え?とテオは内心かすかに動揺してしまった。ロカ・エテルナ社はセルバ共和国の建設業界の中で最大手だ。それに経営者はアブラーン・シメネス・デ・ムリリョ、考古学者ムリリョ博士の実の長男だ。
 ティコ・サバンは真面目な顔で続けた。

「ロカ・エテルナにすれば、企業イメージを良い方向にアップする為のパフォーマンスでしょう。しかし、企業の利益を生み出さなければ、寄付金を増額することはありません。逆に経営陣の中で自然保護対策に金を使うのは浪費に過ぎないと言う意見を持つ者もいるでしょう。そして実際にロカ・エテルナ社はセルバ野生生物保護協会に、来年度の寄付金を減額すると言う通知を出して来たのです。息子がアブラーンに失望したと腹を立てていたので、私も覚えています。」
「すると・・・」

 テオは頭を働かせた。

「寄付金を減らされると困る協会は密猟で資金繰りを・・・?」
「それは本末転倒だ。」

とコーエン少尉。

「第一、密猟で得る利益など、協会運営の資金全体から見れば微々たるものでしょう、ドクトル。」
「そうだなぁ・・・」

 テオはふと嫌な考えが頭に浮かんだ。

「まさか、密猟を増やして、危機感を世間に与え、ロカ・エテルナ社に考え直すよう促すつもりだった?」

2024/03/03

第10部  粛清       16

  コーエン少尉がテオを見たので、テオは簡単に名乗ってから、本題に入った。

「セニョール・サバン、貴方はオラシオが行方不明になった後、グラダ大学の考古学教授ムリリョ博士と電話で話をされましたね。」

 サバンがピクリと体を動かした様に見えた。ムリリョ博士との通話は仲介を頼んだ”ティエラ”のンゲマ准教授しか知らないと思ったのだろう。テオはサバンの反応に気がつかなかったふりをして続けた。

「ムリリョ博士はマスケゴ族の族長です。そして大長老の一人でもある。」

 普通のセルバ人が知らない”ヴェルデ・シエロ”の内部事情を言ったので、サバンは勿論のことコーエン少尉もちょっと驚いてテオをまじまじと見た。テオはそれも気づかないふりをした。

「彼はある特殊な技能職を持つ人々とも深いつながりがあります。セニョール・サバン、貴方は息子さんを殺害した犯人グループのことを博士に伝えましたか?」

 コーエン少尉がサバンに向き直った。大統領警護隊ではないが、憲兵も国民から畏怖と尊敬の目で見られている。サバンは先ほどの気を放った人物が目の前の若い憲兵だとわかっていたので、嘘や誤魔化しは効かないと観念したのだろう、渋々ながら頷いた。

「スィ。”アキレスの一味”が息子をどうにかしてしまったらしいと博士に伝えました。」

 何故考古学の博士にそんなことを伝えたのか、サバンは説明しなかった。どうしてムリリョ博士の裏の顔を知っているのかも言わなかった。そしてコーエン少尉の方は、博士の裏の顔に思い当たって一瞬動揺した。しかし憲兵はどうにかその動揺を抑えて、年長者のサバンに気づかれずに済ませた。ここで相手に弱みを見せてはならない。それにケツァル少佐のパートナーである白人のテオは何もかもお見通しの様だ。馬鹿にされたくなかった。
 テオはさらに尋ねた。

「”アキレスの一味”のことをどうしてご存知だったのですか?」

 するとティコ・サバンは部屋の隅へ歩いて行き、そこに置かれていた棚の引き出しから一冊のノートを出した。最近購入したらしいノートで、表紙もまだ綺麗だったが、テオはサバンがそれをめくっている紙面にびっしりと書き込みされているのを見た。

「息子は密猟から野生動物を守る仕事をしていました。プンタ・マナ周辺の森で暗躍する密猟者グループの調査をしていたのです。」
「これがその記録なのですね?」
「ここに犯人と思しき人間数名の名前が書かれています。グループの名前も書いてありました。」

 サバンはノートを憲兵に手渡した。

「密猟者が警察と繋がっているかも知れないと思い、今までこのノートのことは黙っていました。けれど、一族の人間が憲兵にいるのだから、私はこれを貴方に託します。」

 コーエン少尉はパラパラとノートをめくり、大きく頷いた。

「グラシャス、セニョール、捜査に役立てます。読み解いていくとボスの正体もわかるかも知れません。もしや、ボスのことも書かれていませんでしたか?」

 サバンは首を振った。

「ノ、ボスがいるのは確かだ、と書いていますが、名前はわからない様でした。でも手がかりはあると、最後に書いてあったのです。」


第10部  粛清       15

 「エンリケ・テナンはジャガーを撃ち殺した時に、ジャガーが人間になるところを目撃してしまったでしょう? ”砂の民”はそれを言い広められるのを阻止しようとしている・・・」

 テオが言いかけると、コーエン少尉は「違います」と遮った。

「今の時代、誰もそんなことを信じたりしません。セルバの国民ですら信じませんよ。」
「では、”砂の民”が密猟者を粛清しているのは・・・」
「1番の理由は、神聖なジャガーを撃ったことへの天罰だと国民に見せつけているのです。森を荒らすと後悔するぞと警告しているのです。そして2番目は・・・」
「一族から密猟者への報復?」
「そう言うことでしょう。」
「だがどこから”砂の民”は密猟者の情報を得たのか・・・」

 コーエン少尉がクスッと笑った。

「それを訊く為にこれからサバンの父親に会うのでしょう?」
「ああ・・・そうだった・・・」

 テオも苦笑した。
 やがてサバン親子が住んでいた古いアパート群が見えてきた。テオは記憶にある建物の前に駐車した。アパート群はまだ照明が付いている部屋が多かった。そんなに夜遅い訳ではない。
 サバンの家のドアをノックする直前にコーエン少尉が囁いた。

「居留守を使われる前に、一族の人間が来たことを知らせておきます。」

 彼は何も目立った動きをしなかった。恐らく、気を発して、存在を伝えたのだろう。テオがサバン家のドアをノックすると、すぐにドアが開いた。そしてティコ・サバンが現れた。

「こんばんは」

とテオは右手を左胸に当てて挨拶した。コーエン少尉は憲兵らしく敬礼した。ティコ・サバンは軽く頷いて、彼等を中へ案内した。
 誰もいない家だ。オラシオ・サバンの葬儀に出席していた母親と兄弟は別居していると聞いていた。父親は息子が死んだ後、一人でこの部屋に住んでいるのだ。テオはふと養父を思い出した。アントニオ・ゴンザレス署長もテオを拾う前はこんな侘しい寂しい生活だったのだろう。
 狭い居間の椅子を勧め、サバンは立ったまま質問した。

「ご用件は?」


2024/03/02

第10部  粛清       14

  密猟者のグループは「アキレスの一味」と呼ばれているのだ、とコーエン少尉は教えてくれた。2人はティコ・サバンのアパートに向かう車内にいた。テオは他人の家を訪ねるには遅い時刻ではないかと心配したが、憲兵のコーエン少尉には自由時間が余り残されていなかった。

「ドクトル・アルスト」

とコーエン少尉が助手席で話しかけて来た。

「貴方は我々の一族のことを理解してくださっている稀な白人だとお聞きしています。」
「どこまで真の意味で理解出来ているかわからないが・・・」

 テオは苦笑した。

「俺のことを大統領警護隊文化保護担当部の皆が理解してくれているから、俺も努力しているんです。」

 すると、少尉はテオにとって懐かしい名前を出した。

「貴方はビト・バスコ曹長の事件の解決に協力して下さったと聞きました。」
「ああ・・・」

 ビト・バスコ少尉は”ヴェルデ・シエロ”の憲兵だった。一卵性双生児の兄ビダル・バスコ少尉は大統領警護隊で、兄にコンプレックスを抱いていた。その細やかなコンプレックスの為に命を落としてしまった。だがその辺の事情は文化保護担当部と大統領警護隊司令部のごく一部の上官だけの秘密だった筈だ。コーエン少尉はバスコ曹長と親しかったのだろうか。

「少尉、貴方はビト・バスコ曹長と親しかったのですか?」
「ノ、所属していた部隊が違っていたので、顔は互いに知っていましたが、彼が一族の者であったと知ったのは、彼が亡くなった後です。彼と親しかった隊員が、彼と瓜二つの男が大統領警護隊の制服を着て街を歩いていたと噂を広めたのです。皆驚きましたが、それは彼が双子だったと知ったからで、私が驚いた理由とは違いました。」
「貴方はバスコが一族の一人だったと知ったから驚いたのですね。」
「スィ、肌が黒い一族の人間がいると聞いていましたが、身近にいたなんてね・・・残念です、彼の生前にそれを知っていれば、友達になれたかも知れません。」

 もしそうなっていれば、ビト・バスコ曹長は兄に劣等感を抱かずに、今も生きていたかも知れない。兄の制服を無断で持ち出すことなく、”砂の民”シショカから粛清を受けずに済んだかも知れないのだ。

「コーエン少尉、貴方は”砂の民”が密猟者達を闇に葬っていくことをどう思われますか?」

 テオの質問に、憲兵ははっきりと答えた。

「法律で裁ける犯罪者は、あんな殺し方をせずに捕まえて法の下で処罰するべきです。その為に憲兵隊や司法警察があるのですから。」


2024/03/01

第10部  粛清       13

  コーエン少尉の報告は続いた。

「エンリケ・テナンは誰が死体を焼くことを提案したか、誰が穴を掘ったか、誰が火をつけたか、そう言う細かなことは言いませんでした。恐らく連中は計画的に行動したのではなく、目の前で起きた殺人、或いは神殺しに恐怖して恐慌状態に陥っていたに違いありません。」

 テオはぼんやり思った。エンリケ・テナンがそんなにペラペラ喋ったのだろうか。コーエン少尉が”操心”で喋らせたのではないのか。兎に角、報告の内容に嘘はないのだろう。ケツァル少佐は何も質問せずに聞いていた。

「サバンを殺害して埋めた後、彼等は素知らぬ顔で生活を続けました。ボスには神殺しの報告をしなかった、とテナンは言っています。言っても信じてもらえないだろうし、神を殺したと言えば、ボスから処罰を受ける心配もあったのです。だが、恐怖心が消えた訳ではありませんでした。だから、次にイスマエル・コロンがサバンの行方を探して現れた時、先に述べたキントーと言う男がコロンを案内して森に誘導しました。テナン達は森で待ち伏せ、コロンを殺害しました。コロンはサバン殺害の手がかりを何も得ないまま、いきなり殺されてしまったのです。」
「酷い・・・」

と少佐が初めて呟いた。イスマエル・コロンが何か犯罪の形跡を見つけて、それが理由で殺されたと言うなら、まだ話はわかる。しかし、コロンは何も見付けなかった。森に連れて行かれ、そこでいきなり殺されたのだ。
 
「誰も反対しなかったんだな?」

とテオも確認のために尋ねた。コーエン少尉は首を振った。

「テナンはその点について何も言いませんでした。もう暗黙の了解でグラダ・シティから来るセルバ野生生物保護協会の人間を殺すと決めていたようです。」
「それはボスの指図だったのですか?」
「私も念を押して訊きましたが、ボスの指示を仰いだ感じはありませんでした。」
「コロンの遺体をあんな無残な姿にしたのは・・・」
「密猟した動物の解体と同じで、出来るだけ犯罪の痕跡を消そうとした様ですね。動物や虫に食わせて消してしまおうと・・・」

 少尉は、ハッと吐き捨てるような息を出した。

「だから連中をいち早く発見した”砂”の連中が、幻影を見せつけたに違いありません。サバンとコロンの幽霊を・・・」
「それにしても、彼等が密猟者を見つけ出したのは、早過ぎると思いませんでしたか?」

とケツァル少佐。コーエン少尉とテオは彼女を見た。

「・・・と言うと?」
「誰かが密告したと?」
「まだ推測を話す段階でもありません。しかし・・・」

 ケツァル少佐は視線を天井に向けた。

「ある方面から、サバンの父親が”砂の民”に粛清を依頼したらしいと言う情報を頂いています。」

 ンゲマ准教授やケサダ教授達からの情報だ。テオも思い出した。サバンの父親が犯人を知っていたのだろうか? しかし彼がどうして・・・?
 テオは少佐に言った。

「サバンの父親にもう一度会ってみたい。白人の俺一人では何も語ってくれないだろう。誰か同行してくれないか?」

 少佐が名乗り出てくれるかと思ったが、彼女は憲兵の方を見た。

「少尉、貴方にお願い出来ますか?」


第11部  紅い水晶     19

  2台目の大統領警護隊のロゴ入りジープがトーレス邸の前に到着した時、既に救急車が1台門前に停まっていた。クレト・リベロ少尉とアブリル・サフラ少尉がジープから降り立った。2人は遊撃班の隊員で、勿論大統領警護隊のエリートだ。サフラ少尉が一般にガイガーカウンターと呼ばれる放射線計測器...