2021/08/26

第2部 バナナ畑  6

  カルロ・ステファン大尉は本部に召喚される少し前に、故郷オルガ・グランデから母親と妹を呼び寄せた。小さな家を買って3人で住むつもりだったのだが、実際に親子3人水入らずで住んだのはほんの一月程で、今は警護隊の官舎に入っている。母親と妹はがっかりしただろうが、慣れない都会暮らしをケツァル少佐と文化保護担当部の仲間達が助けているので、大尉が出向の任務が明けて戻って来る迄我慢しているのだ。カルロが入隊して彼女達をグラダ・シティに呼び寄せる迄一度も帰郷したことがなかったことを思えば、ほんの1年や2年我慢出来ると母親のカタリナは言った。
 カルロが戸建ての家に引っ越す迄住んでいたアパートと中古のビートルはロホが受け継いだ。官舎に住んでいた彼はカルロと交替で外に出たのだ。カルロの分も仕事が増えて残業する日が増えたこともあったが、相変わらず根無草の様に友人宅を泊まり歩く部下のアスルを引き留める目的もあった。アスルは少尉のままが良いのか、安定した住所を持って中尉になろうと言う気配がない。普段の態度を見ていると彼はテオを嫌っている風にも見えるのだが、時々テオの家にも泊まりにやって来る。テオが、アリアナが戻ってきた時の為に空けてある寝室の一つに半分住み着いているのだ。汚さないし、住み着いている痕跡もないので、テオは好きにさせている。もしかすると、アスルは「通い猫」の気があるジャガーなのかも知れない。
 マハルダ・デネロス少尉は文化保護担当部の「兄貴」が一人減ってしまったので、当初沈んでいた。しかしカルロの妹グラシエラがグラダ大学の入試を受けると聞くと張り切って家庭教師を買って出た。デネロスの方が1歳年下だが、大学生としては立派な先輩だ。但し彼女は通信制だったので、考古学部以外の教授のことはそれほど知らなかった。だからセルバ流にコネを使って情報収集を行い、試験の傾向と対策を練ってグラシエラを無事に合格させた。
 多分、カルロがいなくなって一番寂しい思いをしているのはケツァル少佐だ、とテオは確信していた。少佐はカルロとロホと3人で文化保護担当部を創り上げたのだ。少佐の左右にいつもいた2人のうちの一人がいなくなってしまった。カルロが使っていた机はまだそのままで、書類や備品の物置になっている。つまり、少佐は誰にもその机を使わせたくない訳だ。カルロは彼女の頼れる副官で、大事な部下で、(彼女は否定するだろうが)可愛い弟なのだ。そして、遺伝子学者としてテオはどうしても許せないが、彼女はカルロを男性として愛している。口に出して言わないが、態度で出ている。やはり男性として、テオはそれも許せない。
 テオに対する少佐の態度が変化したことを彼は気づいていたが、言葉に出して言わなかった。以前の少佐は彼に愚痴をこぼしたり不要な世間話をしなかった。しかしこの日は違った。前夜の電話では渋々承諾したかの様なランチデイトだったのに、当日になると彼女が一方的に喋って彼は聞き役に回っていた。ストレス解消の相手だったカルロの代わりだとわかっていたが、それでも彼女が胸の内を明かしてくれるのが嬉しかった。
 やがて一通り喋り尽くすと、ケツァル少佐は突然いつもの彼女に戻った。文字通り「豹変」した。

「で? 用件とは? 用があるから私を呼んだのでしょう?」

 テオは笑いが込み上げてきて我慢した。人間の膝の上でゴロゴロ喉を鳴らして甘えていた猫が突然不機嫌になって噛みつく、そんな感じだ。仕方がない、彼女達”ヴェルデ・シエロ”はジャガーなのだから。
 彼は空になった皿を脇に押しやって、ビニルバッグを取り出した。

「君に見てもらいたい物がある。」


 

1 件のコメント:

Jun Tacci aka ねこまんま さんのコメント...

このページは文化保護担当部の連中の近況報告だな。

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