文化・教育省が入居している雑居ビルの4階に、文化財・遺跡担当課があり、その片隅に大統領警護隊文化保護担当部のオフィススペースがある。他の部署と特に隔てられている訳でなく、パーテーションで分けられていることもない。だから時々物品の貸し借りで机から机へ何かが飛ばされている。シオドアが通路スペースとオフィススペースを分けるカウンターの内側に入ると、目の前を布で包まれた何かが横切った。顔に当たりそうになって危うく難を逃れた彼の横でロホが怒鳴った。
「出土品を投げるのは止めろ!」
シオドアの右の方で若い男性職員が首をすくめた。左側でデネロス少尉がペロッと舌を出した。
「・・・たく、小さいからと言って、すぐ粗略に扱う・・・」
文化保護担当部のスペースではそんな小さな騒動などなかったかの如く、ケツァル少佐が電話で忙しげに喋っていた。彼女の前の机ではステファン大尉が書類と電卓を相手に格闘中だ。ロホは自分の机にヘルメットを置き、シオドアにまだ入院中のアスルの椅子を勧めた。
「取り敢えずシャベス軍曹の直属の上官を探してみましょう。」
ロホがパソコンを起動させた。シオドアは昨晩検索したのだが、軍部の名簿が出てくる筈もなく、断念したのだ。ロホは大統領警護隊だからこそ知っているパスワードで陸軍兵士の名簿を開いた。
「エウセビーオ・シャベス軍曹・・・陸軍特殊部隊・・・第17分隊所属、分隊長は・・・」
「アデリナ・キルマ中尉。」
とケツァル少佐が呟いた。あっ本当だ! とロホ。ステファン大尉が独り言の様に、「あの巨乳ちゃん」と囁いて、側頭部に少佐から消しゴムの投擲を受けた。それを見てデネロスが嬉しそうな顔をしたのをシオドアは見逃さなかった。どうやら以前の雰囲気が戻って来た様だ。
「シャベスの上官は女性なのか。」
「女性では都合が悪いですか?」
「軍曹の女性問題を相談したいからなぁ・・・」
少佐が、ステファンが、そしてデネロスがシオドアを見た。皆んなアリアナのゴシップを知っているんだ。否、俺が自分で拡めたんだ・・・。大統領警護隊だけの部屋ならここで話が出来るが、他の部署が隣に並んでいる。シオドアは慎むことにした。携帯にキルマ中尉の電話番号を記録した。
「面会なさるのですか?」
とロホがちょっと興味を持って尋ねた。キルマ中尉は”ヴェルデ・シエロ”なのだろうか? シオドアは訊きたかったが、やっぱり隣の部署が気になった。職員達は気にしていないフリをしてしっかり聞いているのだ。シオドアは携帯をポケットに仕舞いながら、「ノ」と答えた。
「電話で話すだけだよ。面会したら、シャベスにバレるだろうし。」
ロホがちょっぴり残念そうな顔をした。きっとシオドアのバックアップを兼ねて「巨乳ちゃん」に会ってみたかったのだろう。真面目なロホでも若い男性らしく女性に興味があるのだ。
シオドアは椅子から立ち上がった。ロホは既に仕事の準備を始めていた。
シオドアは少佐の机の側に行った。少佐は電話を終えて次の書類に取り掛かっていた。何処かの国の発掘調査申請書だ。隣のセクションを散々たらい回しされたらしく、書類のあちらこちらに赤ペンで書き込みがあり、紙面に皺が寄っていた。役人達が申請書を受理して、読んで、申請者の人数や日程、場所、調査目的、予算などを検討し、最後に大統領警護隊文化保護担当部に護衛が可能か否か判断を任されるのだ。文化保護担当部が陸軍の護衛部隊に日程と人数の打診をして了承を取れたら、ケツァル少佐が調査隊に「保護協力金」名目で遺跡に入るための入場料を請求する。料金は調査隊の規模によって異なるので、その計算をしているのが、ステファン大尉だ。
シオドアは少佐に声をかけてみた。
「またジャングルへ出張かい?」
「これは砂漠の遺跡です。」
するとマハルダ・デネロス少尉が顔を上げてこちらを向いた。目が「私に行かせて」と言っている。まだ護衛の現場に出た経験がないのだ。しかし少佐は彼女にではなくシオドアに言った。
「これは小さな遺跡で宝物はありません。調査隊の規模も小さいので護衛部隊をグラダ・シティから送ることはしません。現地の陸軍駐屯地から数名出してもらいます。」
デネロスががっかりしてデスクワークに戻った。
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