2024/05/23

第11部  紅い水晶     26

 宗教学部に向かって歩き出したケツァル少佐は、背後でファルゴ・デ・ムリリョ博士とフィデル・ケサダ教授がなにやら静かに、しかし明らかに口論を始めたことを背中で感じ取ったが、介入せずに足を進めた。恐らく教授は博士がアンヘレスの近くに危険な禍々しい石があったことを見逃したと抗議しているのだ。博士は何も感じ取れなかったと言い訳しているのだ。ケツァル少佐でさえ実物を目の当たりにするまで、そんな石をトーレス技師が握っていたなんて知らなかった。

 あの石は何なのだ?

 セルバの歴史に名を残すことなく消え去ったラス・ラグナス遺跡に関する物であれば、どこで手がかりを求めれば良いのだろう。ノエミ・トロ・ウリベ教授が石に関する知識を持っているとも思えなかった。それに彼女になんと説明すれば良いのだろう。トーレスの身に実際に何が起こったのかさえまだわからないのに。
 ウリベ教授は研究室の中で学生2人と人形の整理をしていた。呪術に使用される人形で、実際に使われた物ではなく、未使用の物だ。殆どが木製か布製で、顔、手足、胴体だけの簡単な物だ。人形に呪う相手の持ち物や身体の一部、髪の毛や血がついた布などを取り付けて、針を刺したり、斧で叩き割ったり、火に焚べたりして、相手の不幸を願う。そんな類の不吉な人形ばかりだ。尤も一般人が使っても効果がない。然るべき修行をした呪術師が使ってこそ効果が顕れるのだ・・・と教授は学生達に常日頃説明していた。 

「オラ!」

とドアを半開きのドアをノックして、ケツァル少佐は声をかけてみた。ウリベ教授は開けっ広げな性格で、研究室のドアも開けっ広げが多い。誰でも興味があれば入って来いと言う訳だ。「呪いの先生」は部屋に篭って誰かを呪っているのではないよ、と言いたいのだろう。

「オラ! シータ!」

 教授が床から立ち上がったので、少佐は身構えた。そして予想した通りに、ふくよかな体格の教授に満身の力を込めてハグされた。息苦しさに耐えて、解放されると、彼女は突然の訪問を詫びた。

「授業のお邪魔をしてしまいました。」
「構わないわ。そろそろ休憩してお茶に行くつもりだったのよ。」

 教授が合図すると、学生達が人形を部屋の真ん中に置かれた段ボール箱の中に放り込んだ。呪い人形の割に扱いがぞんざいだ。教授が少佐を見た。

「貴女も一緒にどう?」
「では、ご一緒します。」

 どうせ真実は話せないのだ。少佐は教授と学生達と一緒に遅いお茶を飲むためにカフェに向かった。

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第11部  太古の血族       2

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