2022/02/24

空の緑 用語集 3

 ”ヴェルデ・シエロ”の超能力


10. ナワル

ジャガーやオセロット、マーゲイなどのネコ科の動物に変身する能力、または変身した姿を表す言葉。
ナワルを使えない”ヴェルデ・シエロ”は”ヴェルデ・シエロ”にあらず、と言われる神聖な能力。
ナワルを使える”ヴェルデ・シエロ”は”ツィンル”(人)と呼ばれる。使えない者を人扱いしない思想が窺え、若者達は”ツィンル”と言う単語を使いたがらない。
ナワルは純血種なら成年に達する頃に自然に変身出来るようになるが、異人種の血が入ると精神的に大きなプレッシャーを与えられなければ変身のきっかけが掴めない。また、超能力の強さによってナワルの大きさも変わる。強い力を持つグラダ、ブーカ、オクターリャ、サスコシ、マスケゴ族はジャガー、カイナ族はオセロット、グワマナ族はマーゲイと認識されているが、個人差があるので必ずしもそうなるとは限らない。また、部族に関係なく稀にピューマに変身する者が生まれる。
男性のグラダ族のナワルは黒いジャガーである。
滅多に生まれないが、白い体毛のナワルを持つ者もいる。古代、白い動物は「聖なる生贄」として神に捧げられていたので、現代でも白いナワルを持つ者は決して他人に己のナワルを見せない。
”ヴェルデ・シエロ”は成年になったことを証明する成年式で親、部族の長老、族長の前でナワルを披露する。その為に、長老会は全国の”ツィンル”を把握している。もし長老会に存在を知られていない”ツィンル”がいれば、異端と見なされ、”砂の民”の狩りの対象とされるので、親は必ず子に成年式を受けさせる。
ナワルは全身の細胞を変化させるので、変身を解いて人間に戻ると酷い疲労感に襲われ、丸一日眠りこけてしまう。





11. 念力

特に名前がついていない能力で、物体を手を触れずに動かす力。幻視と同様に誰でも使えるが、親に教えられて使えるようになる能力。動かせる物体の大きさは能力の強さに比例する。時に爆裂波と共に使用されることもある。


12. 読心

相手の目を見て思考を読み取る一種のテレパシー能力。
心話が思考のやり取りが出来る能力であるのに対し、読心は一方通行である。従って、相手を尋問する場合に使用する。或いは相手が普通の人間である場合に用いる。セルバ人は”ヴェルデ・シエロ”に心を読まれることを恐れて、昔から会話相手の目を見ないマナーを作り上げた。
相手に不意打ちで名前を呼んで返事をさせ、目を合わせて強引に読心を行うことを「心を盗む」と言う。この場合は相手の思考全てを読み取ってしまうので、読まれた側は急激な負担を脳に与えられ、気絶する。


13. 感応

”ヴェルデ・シエロ”は遠くにいる仲間とテレパシーで対話する能力を持たないが、危機に陥った時や仲間に呼びかける時に精神波を出す。呼ばれた側はそれを感じ取るが、返事は出来ない。


14. 霊視

”ヴェルデ・シエロ”は死者の霊を見ることが出来る。但し、霊と対話する能力はない。この能力は主に女性に多く発現する。
 悪霊や神霊を見たり、捕まえたりする能力は、修行を積まなければ身につかない。


15. 守護

”ヴェルデ・シエロ”が自分達の存在意義として最も重視する能力。
文字通り、災害から人や町を守る。具体的に何をすると言うものではなく、漠然と悪いことが起こらないように守る、と言う曖昧なものだが、一般のセルバ人が”ヴェルデ・シエロ”に祈るのは正にこの力を求めているからである。

空の緑 用語集 2

  ”ヴェルデ・シエロ”の超能力

7. 爆裂

”ヴェルデ・シエロ”版かめはめ波。
物体を破壊する恐ろしい衝撃波。人種、物質の種類に関係なく有効な攻撃方法。
人間を含む生物がこの攻撃に直撃されると細胞が破壊され、死に至る。それ故に、掟によって人間に対して用いることを厳しく禁じられており、例え殺害に至らなくても意図的に使用すると極刑に処せられる。
大統領警護隊は爆裂の攻撃を受けた時の防御の仕方を隊員に教えているが、実際に攻撃を受けなければ習得したか否か判断出来ないので、大変難しい修行である。軍事訓練の際にも使用するが、油断すると大怪我を負うので、負傷した場合の対処法を習得している指導師と呼ばれる資格を持つ隊員が必ず立ち会い監督する。
爆裂による負傷は細胞そのものに損傷を受けるので、見た目の傷が完治しても長期に渡って苦痛が残り、治らない場合もある。”ヴェルデ・シエロ”は自力で傷を完治させる速度が速いが、爆裂による傷は自力では治せないので、必ず指導師に細胞の崩壊を止めてもらうことが先決となる。この指導師の治療を「祓い」と呼び、爆裂による細胞の負傷を「呪いが残る」と言う。
グラダ族の男性の気力は強大で爆裂の威力も半端なく、コロシアム程度の大きな建造物を一人で破壊することが出来る。その力に耐え得るのは修行を積んだブーカ族、オクターリャ族、サスコシ族だけだと言われている。
なお、己が発した爆裂波を相手に跳ね返され、自ら負傷する場合もある。
また、敵が放った銃弾や砲弾を空中で破壊するのも爆裂波である。
兎に角、軽々しく使用してはいけない危険な能力である。故に普通成年式を迎えていない子供には教えないし、軍隊と無縁な生活をしている人々は通常使わない。また親から教わることもない。一般市民として生きている”ヴェルデ・シエロ”は使えないと言うのが常識となっている。但し、本来は自衛本能で発達させた能力なので、身の危険が迫った場合に無意識に使ってしまうこともある。


8. 空間通路

”ヴェルデ・シエロ”の目には空間に異次元の渦が生じているのが見える。大概は小さいので無視しているが、人が通れる大きさの渦があれば通路として利用する。通路には人間が進入出来る「入り口」と入れないが出ることは出来る「出口」がある。これらは常に動いているので、同じ場所に生じるとは限らない。「入り口」に入る時、行きたい場所を念じると瞬時にその場所へ「出口」が開き、移動出来る。但し、必ずしも希望の場所にドンピシャで行ける訳ではなく、微妙にずれたりするので、危険な場所に出てしまうこともある。複数の人数で同時に同じ「入り口」を使う時は、最初に入る人が「先導」となる。「出口」から出ることを「着地」と言うが、着地が上手くいくかいかないかは、先導者の腕次第である。
空間通路を利用する”ヴェルデ・シエロ”を目撃した人は、人間が空中で消えるように見える。また着地する瞬間を見ると、空中から突然湧いて出るように見える。その為、空間通路の使用には、目撃者となる人間がそばにいないよう確認しなければならない。
 ブーカ族は「入り口」を見つけるのが上手で、「出口」の作り方も上手だと言われている。
空間通路の出現は決して規則的なものではないので、通常の移動は普通の人間と同じ手段を用いる。 


9. 跳ぶ

時間移動のことである。
”ヴェルデ・シエロ”のタイムトラベルは、精神だけを異時間帯へ跳ばすことを意味する。
歴史を変えてはいけないと言う時間移動の決まりを”ヴェルデ・シエロ”も固く守っている。
過去へ跳ぶのは簡単だが、未来へ行くのは体力と気力を消耗する。また未来を知ってしまうと歴史が変わると言う原則があるので、未来へ跳ぶことは禁止されている。
オクターリャ族は時間飛翔が得意で、精神だけでなく肉体も跳ばせる。

空の緑 用語集 1

 ”ヴェルデ・シエロ”の超能力


1. 心話

目と目を見合わせて情報を交換する能力。一瞬にして互いが持っている情報を伝え合えるので便利な一方、油断すると伝えたくない個人情報も伝わってしまうので、情報をセイブする慎重さが必要。また、お互いの目が見える距離でなければ使用出来ない。
”ヴェルデ・シエロ”なら生まれつき持っている能力であり、この能力を持っていなければ”ヴェルデ・シエロ”ではないと見做される。但し、言語と同じように親が語りかけて使い方を教える能力でもあるので、幼児期に母親からネグレクトされたアンドレ・ギャラガは大人になってから初めて使い方を教わった。


2. 夜目

暗闇でも目が見える。但し、光がない場所ではモノクロの世界を見ているのと同じ。
身体的能力なので、視力が正常なら生まれつき誰でも持っている。
夜間の照明は必要がないのだが、周囲の人間に正体を知られないように、家の中で照明を使用している。


3. 幻視

周囲の人間の脳に働きかけて幻影を見せる能力。”ヴェルデ・シエロ”なら誰でも使える能力だが、親が子供に教えるものであり、教わらなければ使えない。
自分の姿を相手に「見えない」と思わせるのも幻視の一種である。なお、この能力は”ヴェルデ・シエロ”同士では効果がない。


4. 操心

人間の脳に働きかけ、意識を支配してしまい、意のままに操る能力。
ママコナからテレパシーで伝授されるが、異人種の血が混ざるミックスの”ヴェルデ・シエロ”には習得が難しい能力の一つである。通常は一つの動作や短時間の支配しか出来ないが、修練を積むと長期にわたって支配を持続させることも可能。
相手の目を見つめて支配してしまうので、一般のセルバ人は古代から話し相手の目を見ないと言うマナーとして”ヴェルデ・シエロ”から身を守る自衛手段を伝えてきた。
但し、純血種や能力の強い者は相手の目を見なくても、己の結界内にいる全ての人間を支配出来る。

5. 連結

操心と混同されることが多い能力で、”ヴェルデ・シエロ”でも間違えることがあるらしい。
他人の身体の一部を支配して動かす力。脳を支配するのではないので、連結された人間は自分の手足が勝手に動くことに恐怖を覚えることが多い。自分の実際の能力以上の行動をしたいと願う人には有り難いが、短時間しか効かない。


6. 結界

精神力で作るバリア。小さいものは結界を張る本人のみを包み、大きなものは都市一つを包みこむ規模がある。結界の大きさは修行で成長させることが出来るが、部族ごとに限界がある。修行を積んだブーカ族はサッカースタジアムを包みこめる規模の結界を瞬時に張ることが出来る。グラダ族は都市を包みこめる。
この結界は”ヴェルデ・シエロ”同士の争いで身を守るものであり、”ヴェルデ・シエロ”は自分より力の強い他人の結界を通れないが、普通の人間には意味がないと言う弱点がある。従って、銃弾や砲弾などを通してしまうので、それには別の対抗策がある。但し、刃物や矢や石の投擲と言った古代からの武器は防げる。
自分で張った結界の内側では、能力を存分に発揮出来るので、操心などを多人数に対して使いたい場合は、先に結界を張ってしまう。


2022/02/15

第5部 山の街     17

  ケツァル少佐が昼休みの直前にメールを送って来た。

ーーちょっと出かけませんか? 歩いて行ける距離ですが。

 ただそれだけの内容だ。デートなどではない、と思いつつもテオは心が躍った。大統領警護隊文化保護担当部と行動を共にすることは、いつも楽しい。その相手が少佐だと最高だ。どんな酷い状況でも我慢出来る。彼は返信した。

ーー出口で待っている。

 急いで研究室を施錠して出かけた。徒歩10分の距離、と言っても、実は大学のキャンパスはそれなりに広いので、門まで歩くと時間がかかる。15分かけて文化・教育省の出入り口に到着した。幸い少佐は彼が到着してから2分後に現れた。いつものカーキ色のTシャツにデニムパンツ。本日は一日中事務仕事です、と言う日のスタイルだ。荷物はハンドバッグではなく斜め掛けバッグだ。多分、財布と拳銃が入っている、とテオは予想した。
 彼女はテオを見ると、立ち止まりもせずに、「来い」と手で合図した。やっぱりデートではない、と心の中で苦笑しつつ、テオはついて行った。
 通りを横断して、ビルとビルの間を抜け、複雑な迷路の様な細い道を歩いた。市街地の中ほどにこんな迷宮の様な場所があるなんて意外だった。テオは己のグラダ・シティに対する知識がまだまだなことを痛感した。毎日通う職場の目と鼻の先だ。
 10分程歩いて、不意に開けた空間に出た。ビルに囲まれた四角い平地で、地面はコンクリート敷きだった。歩いて来た道の反対側に自動車2台分の幅の道路が伸びていた。その先はどこかの大通りだ。
 空間を囲む3辺は壁だったが、1辺はガレージで、自動車修理工と思われる男女が数台の車に取り組んで修理をしたり、塗装を行なっていた。テオはそれらの車が軍用車両であることに気がついた。車体に緑色の鳥の絵が描かれている車もあった。
 それに気を取られていると、一人の軍服姿の男性が近づいて来て、ケツァル少佐の前で立ち止まり、敬礼した。少佐も敬礼を返したので、テオは振り向き、その男の顔を見て、思わず笑顔を作ってしまった。

「ガルソン大尉!」

と呼んでしまってから、相手が降格された身であることを思い出して、焦った。

「・・・じゃなかった、ガルソン中尉。 ブエノス・タルデス!」

 肩章の星が一つ減ったガルソン中尉が微笑して、彼にも敬礼した。

「ブエノス・タルデス、ドクトル・アルスト。」

 大統領警護隊警備班車両部に転属させられた、と聞いたことをテオは思い出した。

「ここは貴方の職場ですか?」
「ノ、今日は車の部品調達です。普段は本部内の車両整備場にいます。」

 ガルソンが近くの修理工達の休憩所らしき場所に置かれている椅子へテオと少佐を案内した。

「貴方にもう一度お会いして、お礼を言いたかったのです。それで副司令にお願いして文化保護担当部に連絡をつけて頂きました。勿論、文化保護担当部にもお礼を言いたかったのです。」
「お礼って?」
「キロス中佐の名誉と命を助けて頂きました。そのお礼です。」

 サスコシ族のディンゴ・パジェが逮捕後に事件の真相を全て白状した。白状したと言うのは不正確だ。司令部幹部達の強力な読心能力によって、ディンゴはカロリス・キロス中佐に対して行なった気の爆裂による攻撃と、路線バスを転落させ、己の関与を隠す為に目撃者となり得た乗員乗客37人を焼き殺したことを認めざるを得なかった。
 被害者であることが判明したキロス中佐は降格を免れたが、退役せざるを得なかった。事件の発端が彼女が個人的な感情を制御出来なかったことにあったからだ。しかしガルソンは彼女が中佐の身分のままで退役出来たことを喜んでいた。そして彼女が極刑を免れたことに安堵していた。
 ケツァル少佐が感情を抑えた顔で彼に質問した。

「ご家族はどうされています?」

 ガルソンの微笑みが柔らかくなった。

「妻子は私について来てくれました。警備班なので私は官舎住まいですが、彼等は軍関係者が多く住むトゥパム地区に部屋を借りられたので、そこに住んでいます。警備班の家族持ちは2週間に1日休みをもらえるので助かっています。」

 テオは安心した。少なくともホセ・ガルソンの家族は離散せずに済んだのだ。ケツァル少佐もやっと微笑を浮かべた。

「トゥパム地区には大統領警護隊の隊員の家族が多いので、奥様とお子さんも早く慣れてお友達が出来ると良いですね。」
「グラシャス。」

 テオはパエス中尉、いや、パエス少尉のことも気になったが、恐らくガルソン中尉には元部下の近況は知らされていないだろう。
 また機会があれば、一緒にバルで一杯やろうと言って、テオはガルソン中尉と別れた。
 再び来た道を辿って帰った。

「彼等が再び出会うことはないんだろうな。」

とテオは呟いた。少佐は否定も肯定もしなかった。ただ彼女はこう言った。

「失った信頼をいつか取り戻せたら、彼等はもっと自由に活動出来るでしょう。」

 彼は溜め息をついた。

「俺は事故の原因がわかれば少しは楽になるかと思ったが、運が良くて一人だけ生き残ったと知ったら、また悲しくなった。」
「何故です?」

 少佐が彼の顔を覗き込んだ。

「今生きていることを感謝して、喜ばなければいけません。37人の命の分だけ、貴方は人生を楽しむべきです。」

 テオは彼女を見た。罪人の子として牢獄で生まれた事実を知った時、彼女は確かに落ち込んでいた。しかし、すぐに気を持ち直し、元気を取り戻した。今では誇り高く僅か3人のグラダ族の族長として生きている。
 テオは囁いた。

「君がキスをしてくれたら、人生を楽しもうって気分になれるかな。」
「試しますか?」

 少佐が悪戯っぽく微笑んだ。

 


2022/02/14

第5部 山の街     16

  大統領警護隊遊撃班は、逃亡した大罪人ディンゴ・パジェを追跡した。アスクラカンのサスコシ族には戒厳令が敷かれ、2日間外出を禁じられたそうだ。
 エミリオ・デルガド少尉はファビオ・キロス中尉と組んでパジェ家がある地区と川を挟んだ地区を担当した。そこにサスコシの族長シプリアーノ・アラゴの地所があり、デルガドは顔見知りとなったミックスのピアニスト、ロレンシオ・サイスにディンゴ・パジェを警戒するよう注意しに訪問した。するとアラゴの妻が、彼女はディンゴの顔を知っていたので、農園の向こうのジャングルへ入って行くディンゴを見たと証言した。
 直ちに遊撃班はジャングルで山狩を行った。一般人の立ち入りも禁止され、アスクラカンの農村地帯は緊張感に包まれた。
 デルガドはキロスと共にジャングルの中に分け入った。2人共海辺育ち、都会育ちなのでジャングルでの捜索活動はかなりの緊張感を伴う任務となった。
 途中でキロスが水の木を見つけ、彼等は短い休憩を取った。その時、デルガドは森の中を歩く白い物を見たような気がした。
 彼はキロスに気になるものを目にしたので、確認して来ると言った。勿論会話は全て”心話”だ。キロスはデルガドが見たものを”心話”で見て、青くなった。

ーー見てはならないものだ。

と彼はデルガドに警告した。

ーー追うな。

 しかし、デルガドは白い物を追った。キロスはついて来なかった。
 真っ白なジャガーがデルガドの前を歩いていた。斑紋すらない純白のジャガーだった。ジャガーは途中で立ち止まり、彼を振り返ったが、逃げるでもなく、怒る訳でもなく、再び歩き始めた。デルガドはそれを誰かのナワルだと確信した。ジャガーもディンゴ・パジェを追跡しているのだ。
 デルガドは気を放ってキロスを呼んだ。数分後にキロスが追いついた。彼はやはり白いジャガーと関わりを持つことに抵抗を示したが、大罪人を追わねばならない。2人は結局白いジャガーに導かれ、ディンゴ・パジェが身を潜めていた茂みを発見した。
 そこからの捕物は2人の遊撃班の精鋭の活躍だった。ディンゴ・パジェは抵抗したが、所詮戦いには素人だった。キロスとデルガドは彼を生け捕ることに成功した。大仕事をやり遂げた彼等は、白いジャガーが姿を消していることに気がついた。
 キロスはデルガドに新たな警告をした。

ーーさっき見た物は誰にも語るな。あれは聖なる生贄となる者だ。古の儀式は既に廃止されたが、あの者は誰にも知られたくない筈だ。見た物を忘れろ。

 話を聞いたテオは内心デルガド達を羨ましく感じた。 白いジャガーを目撃したなんて、物凄い幸運じゃないか! 彼は興奮を隠してデルガドに尋ねた。

「それで、君は考古学の先生に何の用事なんだい?」
「ここのケサダ教授は一族の方でしょう。見てはいけない物を見てしまった時、どうすれば良いのか、教えてもらいたいのです。」

 テオは微笑した。

「その答えは、キロス中尉から言われたじゃないか。語るな、忘れろ、だよ。」

 デルガド少尉はちょっと不満顔だったが、やがて、「そうですね」と納得した。

「教授に語ったら、掟を破ることになります。」
「俺にも言っちゃったな?」
「忘れて下さい。」

 テオとデルガドは青空の下で笑った。



 

第5部 山の街     15

  カロリス・キロス中佐の処分に関する情報を聞かないまま、1ヶ月過ぎてしまった。テオの中ではシコリが残っていた。バス事故の真相への手がかりがすぐ目の前で途切れてしまったのだ。彼はそのやるせない気分を忘れるために仕事にのめり込んだ。学生も大学事務局も、アルスト准教授がそれまでにない程熱心に研究に励むのを見たことがなかったので、驚いた。学生達とも熱心に語らい、内務省からのアカチャ族遺伝子の分析に関する質問状にも長い講義を行って、役人の頭を混乱させ、2つの部族の間に遺伝的な親戚繋がりはないと断定して見せた。

「あるとしたら、東西の交通が盛んになった今世紀の婚姻によるもので、少なくとも1世紀以上前にはこの部族間に交流はなかった。」

 内務省は仕方なく、アカチャ族とアケチャ族にそれぞれ保護政策助成金を出すことを決めた。そのニュースはサン・セレスト村にも、南部国境にも届いたのだろう。テオは村の診療所のセンディーノ医師と、ブリサ・フレータ少尉からそれぞれお礼の電話をもらった。

「別に俺の手柄じゃないですよ。元々両方の部族に交流がなかったと言う証明をしただけですから。」

 フレータ少尉からは、思いがけない情報があった。

ーーキロス中佐からお手紙をもらいました。
「中佐から?! 彼女は元気なのか?」
ーースィ。現在は退役されて、グラダ・シティ郊外の家にお住まいです。子供達に体操を教える仕事をされているそうです。
「じゃ、体も治ったんだ!」
ーースィ。私に、もし大統領警護隊を辞める時は、仕事を手伝って欲しいと書いてありました。私はまだ退役するつもりはありませんが。
「君の仕事は厳しいかい?」
ーー楽ではありませんが、日々充実しています。大勢と喋って暮らすのは楽しいですね。

 閉塞した村の厨房で一日一人で働いていた女性が、今頃きっと活き活きと南の国境で走り回っているのだろう。
 キロス中佐の無実が証明されたに違いない。と言うことは、バスを転落させたのは、ディンゴ・パジェと言う男だったのだ。テオは少しだけ気分が楽になった。
 その件に関する、少し詳細な事実を知ったのは、フレータ少尉と電話で話をした2日後だった。
 テオは大学のカフェでシエスタをしていた。ベンチで昼寝をしている彼の頬に誰かが葉っぱでちょっかいをした。目を開くと、グラシエラ・ステファンが微笑んで見下ろしていた。

「アルスト先生、お客さんですよ。」

 顔を動かすと、背が高いほっそりとした若い男が立っていた。
 テオは上体を起こした。

「エミリオ!」
「ブエノス・タルデス。」

 エミリオ・デルガド少尉は私服姿だった。彼はグラシエラを振り返り、

「案内を有り難う。」

と言った。グラシエラは頷き、笑顔でテオに手を振って歩き去った。本当にデルガド少尉を案内して来ただけのようだ。
 テオがそばの椅子を指すと、デルガドはそこに座った。

「本当は別の人を訪ねて来たのですが、今日は大学に出ておられなかったので、貴方を探していました。」
「別の人?」

 デルガドは周囲をそっと見回してから答えた。

「考古学の先生です。」

 ああ、とテオは頷いた。

「ケサダ教授以下当大学の考古学部の教授陣は、今日セルバ国立民族博物館の新館完成披露式に出かけているんだよ。」
「そうでしたか・・・警護隊にはそんな情報が来なかったもので・・・」

 デルガドは頭を掻いた。



第5部 山の街     14

 「ロホの料理が不味いと言うことはありません。」

 アスルが帰宅するカーラの見送りに部屋の外に出た時に、ケツァル少佐が言った。

「ただマレンカ家の味付けは独特なのです。ね、ロホ?」

 彼女に話を振られて、ロホは渋々言い訳した。

「実家は祈祷師の家柄なので、食事に香辛料を色々とたっぷり入れるのです。人によっては辛すぎると感じるようで・・・」
「薬の味が強いものもあります。」
「あれは滋養のハーブを大量に・・・」

 テオとギャラガは笑った。

「まさか、それをグラシエラに振る舞ったんじゃないよな?」
「・・・」
「彼女に食べさせたのか?」
「彼女は美味しいと言ってくれました。」

 その場面を想像して、またテオ達は笑った。
 アスルが戻って来た。彼が席に着くと、少佐が、「では」と言った。事件の報告会の始まりだ。一同は座り直した。

「元太平洋警備室所属のホセ・ラバルは免官され、少尉の地位を剥奪されました。気の爆裂を用いて指揮官カロリス・キロス中佐の暗殺を図り、同中佐とブリサ・フレータ少尉を負傷させた罪で、終身禁固刑を言い渡されました。」
「終身禁固刑?」

 テオの発言に、ロホが説明した。

「本部の地下にある牢獄に死ぬ迄閉じ込められます。」

 テオは沈黙した。未遂に終わった暗殺だが、超能力で人を殺害しようとすること自体が、重い罪と見做されるのが”ヴェルデ・シエロ”の掟なのだろう。その証拠にアスルもギャラガも反応しなかった。

「カロリス・キロス中佐の処分はまだ審議中です。と言うのも、彼女が3年前のバス事故にどれだけ関わったのか、はっきりしていないからです。但し、指揮官職は更迭され、新たな指揮官が既に派遣されました。」
「ディンゴ・パジェは長老の元に出頭していないのですか?」

とギャラガが尋ねた。その声には、初めからあの男を信用していませんよ、と言う響きが込められていた。ロホの方は失望した表情だったが、何も発言しなかった。

「ディンゴ・パジェは逃亡しました。遊撃班が彼を追跡しています。彼の親族はサスコシ族長老会の監視下に置かれています。彼等はディンゴが接触すればすぐに大統領警護隊に通報する義務を負わされました。もし守らなければ反逆罪に問われます。」
「ディンゴを追跡しているのは大統領警護隊だけかい?」

 テオの質問に、少佐は「ノーコメント」と言った。”砂の民”が動いているのかどうか、それは大統領警護隊に知らされないのだ。テオは不満だったが、口を閉じた。
 少佐が続けた。

「ホセ・ガルソン大尉は更迭されました。太平洋警備室は厨房のカルロ・ステファン大尉以外隊員全員が入れ替えられました。ガルソンは中尉に降格され、本部警備班車両部に本日付で転属となりました。」

 車両部が左遷部門である筈はないが、指揮の副官だった人間にとっては屈辱だろうとテオは思った。大統領府で働く人々の自動車の整備・管理をして、時には運転手も務める部署だ。それにガルソンは故郷から遠い首都で勤務するのだ。家族はどうなったのだろう。しかし、そこまでの報告はなかった。

「ルカ・パエス中尉は少尉に降格。彼は北部国境警備隊に転属しました。太平洋警備室にいたので、恐らく海上警備になるでしょう。実際に船に乗るので、地上で勤務していた太平洋警備室の人間にはきついかも知れません。」

 北部国境は砂漠と海岸を警備する。パエスは砂漠を希望したかも知れないが、懲戒処分なので希望が叶えられる可能性は低い。

「ブリサ・フレータ少尉は降格はありませんが、南部国境警備隊の厨房係に転属です。隊員は大統領警護隊と陸軍の混合編成ですから、大所帯です。収監した密入国者の世話も厨房係の担当ですから、忙しい部署です。」

 フレータは自ら希望したのだ。彼女は一番格下だったので、上官達が降格され厳しい戒めを受けた分、罪が重くならずに済んだ。しかし新しい任地の仕事は決して楽ではない。南部国境はサン・セレスト村と違って湿気が多く暑い地域だ。西部高地で生まれ育った彼女にはきつい生活が待っている。

「もし、キロス中佐がバス事故に関わっていたら、どんな処分になるんだ?」

とテオは訊いてみた。気の爆裂を受けて脳にダメージを受けた状態で37人の命を奪ってしまったとしたら、どこまで司令部は彼女の言い分を受け容れてくれるだろうか。

「どんな状況であれ・・・」

とアスルが言った。

「大勢の市民を死なせたんだ。極刑は免れない。」

 ギャラガも呟いた。

「噂で聞いた限りでは、生きながらワニの池に放り込まれる。」

 少佐が溜め息をついた。

「恐らく、それはディンゴ・パジェが負うことになるでしょう。」

 ロホが囁いた。

「ディンゴは”砂の民”に捕まるのと、遊撃班に捕まるのと、どちらがましか、考えているでしょうね。」
「自殺するなんてことはないよな?」

とテオは心配した。

「彼が真相を語らないと、キロス中佐が極刑に処せられてしまう恐れもあるだろう?」
「それを司令部は一番危惧しているのです。」

 テオはふと顔を上げた。

「ディンゴ・パジェの罪を一番最初に察知した”砂の民”は、あの人だ。」

 ロホ、アスル、ギャラガが彼を見た。少佐が天井を見上げた。

「彼の手下がどれだけ早く彼を見つけ出すか、それが問題です。」

  

第11部  神殿        23

  一般のセルバ共和国国民は神殿の中で起きた事件について、何も知らない。そんな事件があったことすら知らない。彼等の多くは”ヴェルデ・シエロ”はまだどこかに生きていると思っているが、自分達のすぐ近くで世俗的な欲望で争っているなんて、想像すらしないのだった。  テオは、大神官代理ロア...