2024/07/04

第11部  石の目的      3

  マハルダ・デネロス少尉が監視業務から解放される、と言うことはセルバに雨季がやって来ると言うことだ。雨季と言っても、一日中雨が降っている訳ではない。1日のうちの雨が降る時間が多くなる、と言うことだ。つまり、セルバでは乾季でも低地地方は必ず雨が降るのだ。ただ雨季の降雨量は乾季のそれよりずっと多いから、油断は出来ない。

「どうして大統領は雨季にガーデンパーティーなんか開くんだ?」

と遺跡・文化財保護課の職員が新聞を開いてぼやいていた。大きな行事が催されれば交通規制が行われて市民は迷惑するのだ。雨の日に迂回させられるなんて御免だ、とその職員はブツブツ言っていた。通勤コースが大統領官邸へ行く道路と重なっているのだろう。
 デネロス少尉はカレンダーを眺めて、アリアナの赤ちゃんの子守りをする日とデートの日が重ならないようにセッティングすることに熱中していた。ギャラガ少尉が頼んでおいた書類のチェックがまだだったので、ギャラガは咳払いして彼女の注意を現実に向けようとした。

「先輩、キロス中尉はそんなに暇なんですか?」

 デネロスは顔を上げて後輩を見た。

「暇じゃないわ、遊撃班はガーデンパーティーの警備で忙しいのよ。彼の空き時間と子守の時間と実家の畑の手伝いのバランスを考えているのよ!」
「その前に俺が渡した書類に目を通してもらえません?」

 部下達の小さな喧嘩を聞かないふりをして、ケツァル少佐はアスルの机に承認済みの書類を置いた。発掘許可が出た団体の監視と護衛をする陸軍の人数をアスルが手配しなければならない。アスルは書類の枚数を確認した。

「今期の申請は少ないですね。」
「却下が多かったのです。」

 少佐は面倒臭そうに言った。

「同じ遺跡に人気が集中していました。一番信用がおける団体を選んだだけです。」
「人気のある遺跡ですか?」

 アスルはもう一度書類をめくった。

「ああ・・・オクタカスとカブラ・ロカですか・・・サラの審判の遺跡が人気なのですね。」
「外国の団体はその2箇所に的を絞っていますね。共同発掘の提案もあるので、貴方の方で警備規模の手配をして、可能であれば発掘隊の人数追加を許可します。」

 アスルは小さく溜め息をついた。オクタカスとカブラ・ロカはジャングルの奥地で、そこに派遣されると2、3ヶ月は戻れない。しかし呪いのかかった石像とか厄介な墓とかはないので、監視は楽だ。

「監視業務に慣れている陸軍部隊に任せて、俺達は週一で見回ると言うのは、駄目ですか? サボる提案ではなく、他にも巡回したいので・・・」

 アスルはデネロスと違って複数の遺跡を担当している。少佐は頷き、「任せる」と言った。


2024/07/03

第11部  石の目的      2

 賑やかに朝食を食べた後、アリアナは赤ちゃん達と準備された部屋へ去った。遠縁の女性も一緒だった。テオが、彼女は乳母になるのかと訊くと、パパ・ロペスが首を振った。

「彼女はあくまで補助だ。子供達に躾を施すだけだ。子守は別に雇う。」

 雇われる子守は恐らく普通のセルバ市民だ。メスティーソとして生まれた孫達に、パパ・ロペスは”ヴェルデ・シエロ”であることを押し付けるつもりはないのだ。孫達がどう生きていくのか、それは孫達に任せるつもりだった。もしこれが、ムリリョ家だったら、そうはいかないだろう、とテオは思った。ファルゴ・デ・ムリリョ博士は寛容な面を見せるが、それでも純血至上主義者なのだ。子供が白人と婚姻するなどもってのほかだし、メスティーソの孫を持つのを恥と思うに違いない。ただ、サスコシ族の純血至上主義者と違って、異人種の血が混ざる家族を排斥することはしない。例え「恥」と思っても、己の血を受け継ぐ子孫は絶対に守る、それがあの人だ。
 アリアナは幸せだ。ロペス家はシーロの代迄純血を保ってきたが、父親は一人息子が幸せになるのであれば、どんな種族と結婚しようが気にしないのだ。多分、アリアナがアフリカ系であってもアジア系であっても、シーロが妻に迎えると言えば容認したに違いない。実際、アリアナは親族の集まりがあればいつも参加させてもらえる、とテオに嬉しそうに語ったことがあった。女性の同席が許される儀式や宴席には、必ず夫婦で招待され、パパ・ロペスは誇らしげに「息子と娘」と紹介してくれるのだ、と。そして親族の誰かが異人種差別と受け取れる言動をすれば、必ずシーロより先にパパ・ロペスが怒ってくれるのだ、と。
 朝食がひと段落ついたところで、シーロ・ロペス少佐がケツァル少佐に尋ねた。

「来月大統領が在セルバの外交官達を集めてガーデンパーティを行うが、貴女の部署は警護の当番に入っていますか?」
「ノ。」

 ケツァル少佐は即答した。

「今回は入っていません。珍しく太平洋警備室から2名呼ばれていると聞きましたよ。」
「太平洋警備室から?!」

 シーロ・ロペスが珍しく驚いた表情を見せた。

「あんな遠くから、わざわざ?」
「スィ。恐らく、研修も兼ねるのだと思います。派遣された隊員達も向こうに行ったきりでは、ホームシックになるでしょうから。」

 そう言えば、現在の太平洋警備室は首都から派遣された隊員で構成されているのだ。テオは警備班車両部のガルソン中尉は彼等に元いた場所の様子を聞きたいのではないかな、と思ったが、黙っていた。軍隊は郷愁に浸る場所ではないのだ。

 

2024/07/02

第11部  石の目的      1

  アリアナ・オズボーン(セルバ流に発音すればオスボーネ)の出産は一晩かかり、夜明け近くになって、彼女は男女の双子を産んだ。元気な産声を上げた我が子の誕生に、父親のシーロ・ロペス少佐は人前にも関わらず涙を流し大喜びした。
 テオとケツァル少佐、そしてマハルダ・デネロス少尉はセルバの習慣に従い、ロペス家の庭で、ロペス少佐の父親と共に夫婦と子供が帰るのを待った。テオは、大仕事を終えた母親はもっとゆっくり病院で休ませた方が良いのではないか、と内心心配だったが、”ヴェルデ・シエロ”達はちっとも心配していなくて、ロペス家では母と子を休ませる部屋の準備をお手伝いさんが大急ぎで設え、半分白人の血を引く子供のために呼ばれた遠縁の女性が、厳しい顔つきでテオの横に立っていた。
 ケツァル少佐は女の子の、パパ・ロペスは男の子の名付け親になる。2人はどうやら相談がついていたらしく、目と目を合わせて頷き合っていた。
 やがて朝日が射す道路をロペス少佐の車が近づいて来ると、デネロスはもう待ちきれない様子でソワソワと道端に立った。
 車が停車し、人々は車の周囲に集まった。ロペス少佐が運転席から出て来て、後部のドアを開いた。アリアナがゆっくりと降りて来た。恐らく手順を病院か車内で夫から聞かされていたのだろう、彼女は一人目の赤ちゃんを抱いて降りると、夫に渡した。ロペス少佐は壊物を抱くように慎重に赤ちゃんを抱き取った。次にアリアナは車内から2人目の赤ちゃんを出した。多分、本当はその子も父親が抱くのだろうが、アリアナが夫にピッタリくっついて抱きかかえ、夫婦揃って父親の前に立った。
 遠縁の女性が、本来は赤ん坊の祖母の役目であるらしい祈りの言葉を古い言語で囁き、赤ん坊を祝福した。そして赤ん坊一人一人の目を覗き込んだ。 ”心話”で新生児に何かを語りかけたのだ。それから彼女は後ろに退がり、パパ・ロペスとケツァル少佐に場所を譲った。
 ケツァル少佐がアリアナの前に、パパ・ロペスがシーロ・ロペスの前に立ち、女の子から先に名を呼んだ。

「ペドレリーア・オスボーネ・ロペス。」
「テソーロ・オスボーネ・ロペス。」

 どちらも「宝石」「宝物」と名を与えられた赤ちゃんは朝の光が眩しいのか目を閉じた。
 儀式はそこまでだった。パパ・ロペスがそこにいた人々に声をかけた。

「中へ入ろう。細やかな朝食を用意している。そして母親を休ませよう。」

 テオは夫とキスを交わす妹を誇らしく思いながら見つめていた。

 遺伝子組み換え人間も子供を作れるんだ!

 彼はケツァル少佐の手を取った。少佐が彼を振り返り、にっこり微笑んだ。

2024/06/30

第11部  石の名は     25

 「それで、その”サンキフエラの心臓”は、今アスマ神官がお持ちなんですか?」

とマハルダ・デネロス少尉が尋ねた。翌日の夜だった。久しぶりにジャングル奥地の発掘現場監視を終えて彼女が戻って来たのだ。テオは喜んで、一緒に食事に行こうと提案した。しかしロホはグラシエラ・ステファンとデートの約束をしていたし、アスルとギャラガ少尉はサッカーの練習だ。それで結局ケツァル少佐と彼とデネロスの3人だけで、少佐のアパートでカーラの手料理を食べた。
 デネロスの遺跡監視の報告が終わってから、テオは不思議な石の話をした。彼の話に足りないところは少佐が補ったのだ。デネロスは人間の血を吸って病気を治す石の存在に興味深々だった。もしそんな石が遺跡で出てきたら、どうしよう、と心配もした。

「”サンキフエラの心臓”の様な石は複数作られたと思えません。」

と少佐が言い切った。

「恐らく、あれが唯一無二の石なのでしょう。」
「それなら安心ですけど・・・」

 デネロスは肉の塊を口に入れて、モグモグと食べてから、次の疑問を出した。

「どうして今頃”名を秘めた女の人”はその石を気に掛けられたのでしょう?」
「トーレス技師が拾ったからだろ?」

とテオが言うと、彼女は首を傾げた。

「それじゃ、石が拾われたことをピラミッドの中で知ったってことですよね?」
「石が拾われたから知ったのではなく、石が活動を始めたからわかったのでしょう。」

と少佐。「ふーん・・・」とデネロスは完全に納得が行った風には思えない相槌を打った。

「数千年も眠っていた石の目覚めを、察知されたんですね。ママコナは凄いですね。」

 何だか引っかかるような言い方に、テオは気になった。

「何が言いたいんだ、マハルダ。」
「別に・・・」

 デネロスは水を一口飲んだ。

「ただ何世代も忘れられていた石が急に復活して、”名を秘めた女の人”はさぞかし驚いただろうな、って思って・・・」

 テオは少佐を見た。そして少佐が何やら考え込む目をして空中を見ていることに気がついた。

「どうした?」

と声をかけると、彼女はテオを振り返り、それからデネロスを見た。

「貴女が疑問に感じるのも無理ありません。 ”名を秘めた女の人”は何故石の回収をあの場所にいた人達に命じたのでしょう? 彼女の声を正確に聞き取れる人はあの場に一人もいなかったのに・・・」

その時、デネロスの携帯電話が鳴った。彼女は「失礼」と同席者達に断ってから、電話を取り出して見た。そしてニッコリ微笑むと電話に出た。

「オーラ、アリアナ!」

 先方の言葉を聞いて、彼女は「わかった、神様がお守りくださいますように!」と言って通話を終えた。そしてテオと少佐に顔を向けた。

「アリアナがこれから病院へ行きます。赤ちゃんが生まれます!」



2024/06/28

第11部  石の名は     24

 「サンキフエラの心臓、ですか?」

 ケツァル少佐はその呼び名に驚いた。サンキフエラは蛭で、心臓はない。少なくとも、人間や獣や鳥のような脊椎動物が持つ心臓を持たない。アスマ神官が頷いた。

「奇異に感じるだろうが、そう呼ばれているのだそうだ。これは人の血を吸うだろう?」
「スィ。私の血も吸おうとしました。」

 貴方は平気なのかと訊こうとした彼女に、神官は微笑んで見せた。

「”ツィンル”の血を吸ったりしないから、安心したまえ。」
「”ツィンル”の血は吸わないのですか?」
「契約で吸わないことになっている。」

 神官は石を照明の光にかざして眺め、それから机のハンカチの上に戻した。

「これは大昔、カイナ族が”ティエラ”の求めに応じて作った物で、病を癒す目的を持つ物だ。」
「すると、やはり瀉血ですか?」
「スィ。」

 神官は眼鏡を外して石の横に置いた。

「身体の悪い箇所にこれを当てると、石が悪い気を吸い取ってくれる。但しその際に血も吸うのだ。だから使う際は慎重にしなければならない。昔はカイナ族の祈祷師が所有していて、守護していた地域の住民が誰かが病に罹ると病人を祈祷師の下に連れて行き、石の祈祷で治療してもらっていたのだ。石は血を溜めていき、飽和すると雨を降らせて軽くなる。現代風に言えば、オーバーフローしそうになるとイニシャライズする訳だ。」

 石が血を吸うことも、それで人間の病気が治ることも、石が雨を降らせて溜めた血を無しにしてしまうのも、常識的に考えれば信じられないことだ。しかし”ヴェルデ・シエロ”は彼ら自身の存在そのものが常識とは外れているので、ケツァル少佐はアスマ神官の説明を素直に受け入れた。

「すると・・・この石を砂漠で見つけた男性が死にそうになる迄血を吸われたのは・・・」
「その男は自身で気付かぬ大病を患っていたのだ。恐らく癌でも抱えていたのだろう。石は単純に彼の病を吸い取ったが、同時に働きに見合う量の血液も奪った。本来は祈祷を数回に分けて行うべき病だった筈だ。」
「私の友人の”ティエラ”もこの石を手に載せて、少し血を吸われました。彼は石を手に載せている間は気持ちが良かったと言っていました。 彼も病気だったのですか?」
「どんな病気だったのか不明であるが、恐らく石の治療を必要としない程度の軽いものだったのだ。疲労が溜まっていた、そんな類だろう。」

 アスマ神官の言葉に、ケツァル少佐は安堵した。

「そんな凄い力を持つこの石が、どうして砂漠に落ちていたのでしょう?」
「大昔に失われた物だったのだ。カイナ族が”ヴェルデ・シエロ”であることを知られないように身を隠す必要が生じた時代に、”ティエラ”達が祈祷師の魔術を手に入れようと反乱を起こした。カイナ族は平和的な部族だ。彼等は争いを避け、逃げる時に宝物を隠したり、捨て去った。石はその時に砂漠に落とされたのだろう。我等がカイナの兄弟は、この時代になってサンキフエラの心臓が現れたと聞いて驚いていた。」
「”名を秘めた女性”はこれの出現をご存知だったのですね?」
「彼女はカイナの女だからな、感じることがあったのだろう。」

 アスマ神官は石を見た。

「ピラミッドに納めよう。今の時代に必要があるとは思えない。」


2024/06/27

第11部  石の名は     23

  古代大神官を務めていたグラダ族が絶滅して以降、セルバの”ヴェルデ・シエロ”達は大神官を持たなかった。残った6部族の中から選出された神官達が合議で祭祀を執り行ってきたのだ。
 アスマ神官はサスコシ族の出で、現在のところ神官達の議長的存在だ。ピラミッドの地下にある神殿で若い頃から働いていて、あまり世間のことはご存じでない・・・と言うのが、在野の”ヴェルデ・シエロ”達の認識だ。これは別に軽蔑しているのではなく、俗な問題から遠い人だと言うことだ。前任者の急死でそこそこ歳を取ってから神官になった人よりピュアな心の人とも言えた。
 地下神殿は長い階段を降りて行った先にあった。古代手掘りで造られた岩の神殿だ。迷路の様になっており、一般の”ヴェルデ・シエロ”は祈りの部屋しか入ることを許されない。
 ケツァル少佐が祈りの部屋の大扉の前に行くと、見番の兵士が既に連絡を受けていたのか、「こちらへ」と彼女を別室へ導いた。
 少佐はママコナに仕える侍女達の働く中を通り、曲がりくねった通路を通り、やがて薄暗い照明が灯った小部屋へ案内された。
 アスマ神官に面会するのは初めてだった。一般人は会えない人だ。仮面でも被っているのかと思ったが、普通に素顔を晒していたし、驚いたことに眼鏡をかけていた。
 案内の兵士が彼女を置いて部屋から出て行った。分厚いドアが閉じられた。
 神官は執務机の向こうで立ち上がった。挨拶を交わしてから、彼の方から声をかけて来た。

「仰々しいやり方の様に思えるだろうが、これが私とみんなが会う普通の方法なのでね、面倒臭いだろうが堪えて欲しい。」

 アスマ神官は40歳前後と思われた。眼鏡を取れば、顔色が悪いケサダ教授と言っても良い程度に、フィデル・ケサダに似ていた。勿論、彼等は親戚ではない。
 
「問題の石を見せて頂けるか?」

 少佐はハンカチに包んだまま石を机の上におき、布を開いた。石は透明でキラキラと薄暗い照明の光を反射して光った。

「これは何かとの問合せであったか?」
「スィ。人間の血を吸い、赤くなりました。今は透明に戻っています。」

 するとアスマ神官は尋ねた。

「この石が赤い時に雨は降らなかったか?」

 ケツァル少佐は驚いた。

「降りました。局所的なスコールでしたが・・・」
「この石の仕業だろう。」

 神官は石を己の掌の上に載せた。少佐は「気をつけて」と言いたかったが、彼は承知の上で行っているのだと思い、口を閉じたままだった。神官は石をじっくり眺めた。

「これはカイナの兄弟から聞いたことがある、サンキフエラの心臓だ。」


2024/06/26

第11部  石の名は     22

  テオが電話をかけた時、ケツァル少佐は大統領警護隊本部の司令部にいた。トーコ中佐に面会を申し込んで了承されたのだが、実際は待たされた。客ではなく隊員なので、待合室には通されず、廊下の椅子に座ったままだった。膝の上にハンカチに包まれた石が載っていた。石は布越しで悪さはしないようだ。しかし彼女は素手でそれを掴んだ時の感触を覚えていた。掌がくすぐったいような気がして、皮膚の下を吸引されるような感じがしたのだ。あの時、身の危険を感じて咄嗟に石を投げ出してしまったが、もしあのまま握っていたら、何が起きたのだろうか。
 電話はマナーモードにしてあったが、着信は分かった。見るとテオからだったので、周囲を見回し、誰もいないことを確認して彼女は電話に出た。

「オーラ、静かに願います。」

 小声で話せ、と要求した。テオは状況を想像してくれた。

ーーマレシュ・ケツァルが情報を持っていた。石は瀉血療法を行う道具みたいだ。

 彼の早口の伝言に、彼女は耳を疑った。

「瀉血療法ですか?」
ーースィ。悪い血を石に吸わせて病気を治す、と。彼女はサンキフエラと石を表現した。

 少佐は副司令官室のドアの向こうの気配を感じた。誰かが出てくる。彼女はテオに言った。

「グラシャス、参考になります。」

 そして電話を切った。
 ドアが開いた。中佐の秘書の隊員が彼女の名を呼んだ。少佐は返答して立ち上がった。秘書は彼女を室内に入れず、代わりに命じた。

「地下神殿へ行って下さい。アスマ神官が面会されます。」

 少佐は一瞬息を止めた。神官直々に面会するとは、滅多にないことだ。神官はママコナの代理人だ。その言葉は国政にも影響を及ぼす。
 少佐は敬礼で応え、体の向きを変えた。ちょっとドキドキした。


第11部  太古の血族       2

   泣く子も黙るファルゴ・デ・ムリリョ博士をパシリに使うのか? ギャラガは呆れてアンヘレス・シメネスを見つめた。しかし高校生の少女は臆することなく祖父を見ていた。ムリリョ博士は溜め息をつき、彼女に向かって手を差し出した。アンヘレスは右肩から斜に下げていたポシェットから薬袋を取り...