「”名を秘めた女の人”は確かに大神官交代の夢を見て、マレンカ様に忠告なさったのでしょう。交代の夢とは、白いジャガーの夢です。ママコナが白いジャガーを夢で見ると大神官が交代すると言い伝えがありました。でも実際にそうなっていたのか、誰にもわかりません。交代とは、死を意味していましたから、ママコナが大神官に『貴方は死にます』などと告げていたとは、私は思えません。」
「女官や神官達が大神官の身体に異常が顕れた時に、そう宣伝していたってことか?」
「ママコナの権威を軽く考えて傀儡にしていた神官がいたと考えれば、きっとそう言うことだったのでしょう。」
「そして当代のママコナが白いジャガーの夢を見たと本当に言ったので、それを利用したのか?」
「彼女が実際にどんな夢を見たのか、それは彼女が”心話”で語りかける侍女にしかわからないでしょう。」
「ただのモノクロの夢で白地に黒い点々がついたジャガーだったかも知れない、と君は思うんだな?」
「でも彼女は、何か良くないことが神殿内で起きつつあることは、察していたのでしょう。」
テオはアスマ神官の名前の部分をペンでトントンと叩いた。
「君が”サンキフエラの心臓”をこの神官に預けた時、神官はあの石が”ティエラ”のための物で”シエロ”には効果がないと知っていた・・・」
「仲間にカイナ族のエロワ神官がいますから、石の正体はエロワから聞いたでしょう。アスマ神官は大神官代理の健康をさも気遣うふりをして、治療に石を使ってみた、でも当然効果がありません。本物かどうかわからないので、大統領府厨房スタッフに毒を盛ってテストしたのです。」
「本物でも”シエロ”には効果がない石だから、大神官代理は治らない・・・だから、彼は神殿から逃げることにした?」
「一族の治療師はどこでどの神官と繋がっているかわかりません。だから、マレンカ様は親族の近衛兵に逃亡の手助けを依頼されました。」
「それがロホの兄さんのウイノカ・マレンカさんだったんだな?」
ケツァル少佐が苦笑した。
「ロホの兄さんが神殿で働いていると知っていましたが、まさか神殿近衛兵だったとは、私も昨晩まで知りませんでした。近衛兵が大統領警護隊だったことも・・・。」
「正直言うと、俺もウイノカさん本人から接触される迄知らなかった。そしてロホや君達には教えるなと口止めされたんだよ、黙っていてごめん。」
テオが謝ると、少佐を首を振った。
「我が一族は互いに秘密を持ち合いますから、貴方が謝ることはありません。ウイノカさんの身分はご家族にも秘密なのでしょう、奥さんもご存じないと思いますよ。神殿の事務官程度に思っておられることでしょう。ロホが裁判に出廷した時、既にウイノカさんの証言は終わっていたので、ロホはまだお兄さんの身分を知らないのです。」
「そうなのか・・・」
テオは、まだ親友に秘密を持たなければならないのか、と心苦しく思った。少佐は気にする様子がなかった。
「ウイノカさんは、神官達がエダの神殿に出かけた直後に、毒の調査に入り、貴方と接触したのです。」
「スィ、毒の出どころと誰が手に入れたか調べた。あれはマハルダも内容を知っている。」
「スィ、薬屋のカダイ師から神官の従者が購入したのです。カダイ師は記憶を消されていましたが。従者は近衛兵の尋問を受け、白状しました。一般市民に害を為したことで、彼は処罰されました。」
「まさか、死刑・・・」
「神殿追放です。そして当分正業には就けないでしょう。」