2024/11/25

第11部  太古の血族       21

  テオは即答を避けた。セルバ流にやんわりと遠回りした。

「もし、生き残りがいたとして、その人達は長老会に祖先の申告を義務付けられているのでしょうか?」
「義務はありませんが、どの家系に属するか、”ツィンル”である限り、部族の長老に把握されていなければ、一族の中で発言力を持ちませんし、保護を受けるのも難しくなります。一族の血が薄いミックス達が生活に困窮しているのも、彼等の親、その親の代に家系の登録から外れたからです。ご存じだと思いますが、サスコシ系のサンシエラ家は経済的に大成功を収めています。彼等は一族の血がかなり薄いですが、家系をしっかり族長に把握してもらっているので、末端の子孫が困った場合に保護を受けられるのです。」

 サカリアスはロホを見た。

「弟の部下にブーカの女性がいますね。彼女の家系も4分の1、8分の1の”ツィンル”で、ブーカ族の家系の一つとしてしっかり把握されています。
 もし、”禁断の村”の生き残りがいるのであれば、その人達は家系管理から外れてしまっているか、家系を偽って他部族の中に紛れ込んでいることになります。後者は掟破りです。何故なら、あの”禁断の村”の住民はほぼグラダで、どの部族の人間でもないからです。」
「反逆者になるのですか?」

 テオはドキドキした。胸の鼓動をサカリアスに聞かれはしまいかと不安になった。彼の呼吸の微かな変化をロホが感じ取り、顔を上げた。サカリアスもわかったに違いない。

「反逆者とは、一族に害を与える者のことです。」

とサカリアスがキッパリと言った。

「隠れている”禁断の村”の生き残りがいたとして、その人は一族に害をなすことを考えているのでしょうか? もし、ただ隠れているだけなら、叛逆ではありません。私はその人に出逢ったら、勧告します。新しい家系を立ててください、と。その人だけの部族になるかも知れませんし、その人の家族が入れば、数人だけの部族となるでしょう。少なくとも、能力を隠して生きる必要は無くなります。そして一族に対して発言権も得ます。発言権があれば、幼子を大神官代理に差し出すことを拒否することも出来ます。神殿は・・・」

 サカリアスはちょっと苦笑に似た微笑みを浮かべた。

「”オルガ・グランデの戦い”で懲りているのです。大神官の修行は若年にうちに始めなければなりませんが、本人の意思を尊重しなければ能力を発揮することが難しい。シュカワラスキ・マナの様に修行途中で逃げ出されては、20年近い神殿の教育が無駄になります。ですから、グラダを祖先に持つ子供を見つけても、その親を説得して話し合うでしょう。現代風に処遇すると思います。子供を一生神殿に閉じ込めたりせず、寄宿学校のように扱うと私は思います。何故なら、現代の神官達はそう言う暮らしをしているのですから。」


2024/11/23

第11部  太古の血族       20

  テオは困ってロホを見た。ロホは彼に見つめられて、やはり心当たりがあったのか、ギクリとした表情を一瞬見せた。サカリアスは弟を横目で見た。そして小さな溜め息をついた。

「どうやら、大統領警護隊文化保護担当部は、何か他人に言えない秘密を共有しているらしいな。」

 ロホが目を伏せた。兄に心を読まれない用心だ。テオは彼のためにサカリアスに説明した。

「申し訳ありません、俺は、その”心当たりがある人”に直接確かめた訳ではないのです。遺伝子検査もしていません。文化保護担当部の友人達も・・・ケツァル少佐も本人に確認していません。相手をよく知る人から聞かされただけなのです。そしてロホ・・・アルファットは偶然相手の気の大きさから、『もしかして』と想像している、それだけなのです。」

 サカリアスは視線を弟からテオに移した。暫く考えていたが、やがて諦めに似た息を吐いた。

「神官達が大神官代理に仕立てようとする人間は、グラダを祖先に持つ幼子です。そしてその子が成長し、大神官代理になったとして、その力の暴走を止められるのも、グラダを祖先に持つ人です。つまり、その抑止力を持つ人は、現在既に成人していると考えて良いのでしょう。そうなると、子供の親族、恐らくは親なのだと思います。そしてドクトルやアルファットは、その親である人と知り合いなのではありませんか?」

 するとロホがそこで反撃に出た。

「兄様は、その抑止力を持つ人が私の上官であるとは思わないのですか? それに大統領警護隊には2人の男性のグラダもいますよ。」
「異人種の血を引くステファンとギャラガだね。」

とサカリアスがやんわりと彼の反撃を交わした。

「代理と言っても、大神官になれば力の使い方が普通の一族の力の使い方と異なるのだよ、アルファット。純血種ならともかく、ミックスではまともにぶつかれば大神官代理の方が遥かに強い。それに、ケツァルは女性だ、男女で力の使い方が違う。男の暴走を止められるのは男だけだ。」

 サカリアスは真面目な顔でテオに向き直った。

「禁断の村の生き残りが、まだ他にいるのですね?」


2024/11/21

第11部  太古の血族       19

 「現在の神官達は、そんなに掟に縛られていないと思うよ。」

とサカリアスが言った。

「掟を重視するのは長老会だね。若い神官は長老の言いなりだ。だから大神官代理ロアン・マレンカは遠縁の甥になる神殿近衛兵ウイノカ・マレンカに彼の留守の間の出来事を逐次伝えるよう頼んだ。長老会が新しい大神官を立てる考えを持っていると知っているだからだ。」
「新しい大神官と言うのは、グラダの血を引く人と言うことですか?」

 テオはまたうっかり他人の話の最中に口を挟んでしまった。サカリアスは怒らなかった。

「スィ、長老会はアンドレ・ギャラガ少尉が白人の血を引いているにも関わらず、グラダの能力を保っていることに驚愕し、他にも同様の能力者がどこかに潜在しているのではないか、と考えた。それで一番長老会と親しいアスマ神官にグラダの子孫を探すよう勧めた。長老会が神官に命令することは出来ないが、進言は出来るからね。だが神官の多くは、ミックスのグラダ、過去の事例において災難をもたらした男の事例を思い出し、その考えに難色を示した。グラダ族の力が暴走すると誰にも止められない。それに大神官に異人種の血が入る者を据えることも許したくない。だから、今神官達は二つの派閥に分かれてしまっている。長老会に従う派と反対派だ。」
「アスマ神官は大統領警護隊遊撃班の若い隊員に、グラダの子孫探しを命じました。はっきり言って、無理です。一族全員の遺伝子検査が必要でしょう?」

とロホはテオを見て言った。サカリアスは苦笑した。

「私は、長老会には誰か心当たりがいるのだと思うよ。アスマ神官には教えないだけで。そして、グラダの力が暴走した時の制御能力がある人間にも心当たりがあるのだろう。」

 テオはもう少しで「あっ!」と声を上げそうになった。我慢したが、微かな心の動揺を”ヴェルデ・シエロ”の兄弟は見逃さなかった。
 サカリアスがテオを見つめ、ズバリ質問した。

「貴方は、長老会が誰に目星を付けているのか、お分かりなのですね?」


2024/11/20

第11部  太古の血族       18

  テイサが姿を消すと、サカリアスがテオに話しかけてきた。

「ウイノカは貴方に毒の遺伝子検査を依頼したと言っていましたが、それが今回の出来事にどう影響すると思われますか?」

 ロホが黙っているので、テオはちょっと困惑した。ウイノカ・マレンカの依頼は彼とテオの間の秘密だった筈だ。しかしウイノカはどこかでサカリアスにそれを打ち明け、サカリアスは今”心話”でロホに伝えたのだ。
 テオは正直に言った。

「俺は部外者だし、神殿内の権力闘争とかに関係したくないと思っています。毒の成分の由来を調べましたが、それが毒を使った人間の特定に役立つとも思えませんでした。ウイノカがもし毒を使った人を特定したとして、彼はそれからどうするつもりだったのでしょう。犯人を告発するつもりだったのでしょうか。」
「ウイノカは、厨房スタッフを危険な目に遭わせた人間を許せなかっただけですよ。」

とロホが腹立たしげに言った。長兄とテオの会話に割り込むのは、礼儀作法に外れるのだが、サカリアスは怒らなかった。彼は弟をちょっと横目で見ただけで、視線をすぐにテオに戻した。

「ウイノカが神殿と大統領府で起きたことを私に伝えたのは、厨房の毒事件の3日後でした。神官達がエダの神殿に出かけている間の事件だったので、私は神殿の秩序を守る対処法を訊かれるのだと思い、彼と神殿の外部庭園で会いました。」

 神殿の外部庭園とは、どこだろう、とテオは思ったが、黙っていた。ロホが不審そうに尋ねた。

「先ほども”心話”でそれを知りましたが、外部庭園は神殿近衛兵しか入れませんよね?」
「ウイノカがこっそり入れてくれたのさ。」

 長兄はけろりと答えた。そのウイノカが神殿近衛兵だったことは、既にロホに”心話”で伝わっているようだ。ロホが憂い顔になった。

「兄さん達は掟を破りっぱなしですよ。」


2024/11/19

第11部  太古の血族       17

  風通しの良い横長のリビングで、テオ、ロホ、サカリアス、テイサの4人はそれぞれ適当に近くにあった椅子に座って扇型になった。上座は特に決まっていないようだが、サカリアスが最初に場所を決めると、2人の弟達が彼の顔が見える位置に椅子を置いたので、テオもロホの隣に椅子を置いたら、サカリアスと向かい合う形になってしまった。サカリアスがロホに言った。

「質問しなさい。」

 ロホが頷き、単刀直入にではなく、ちょっと遠回しに尋ねた。

「最近ウイノカから神殿のことを何かお聞きになりましたか?」

 サカリアスは直ぐに答えずにテイサを見た。テイサが答えた。

「ウイノカはこの半年帰っていない。」

 では、奥さんは半年も夫に会っていないのか、とテオはこの場でどうでも良いことを思った。ロホが粘った。

「家の外で彼に会いませんでしたか?」
「私は会っていない。」

とテイサが言い、サカリアスを見た。サカリアスがロホに質問を返した。

「ウイノカが神殿のことを私達に喋ると思うか?」
「ノ。」

とロホはあっさり否定した。

「神殿での出来事を話す人でないことは承知しています。ですが、何か問題が生じて相談に来たことはありませんでしたか?」
「相談か・・・」

 テオは、テイサが怪訝な表情をしたのにサカリアスは無表情でロホを見返したことに気がついた。兄弟が一瞬視線を合わせた。 ”心話”だ、とテオは悟った。そして、その「一瞬」は予想外に長かった。5秒ほどかかって、やっと2人は互いの目を逸らせた。するとテイサが兄に声をかけた。

「私は席を外した方が良さそうですね。」

 弟が軍務でやって来たことを思い出し、国家機密に関係しているのだと察した様だった。サカリアスが無言で手を振って、「行け」と合図した。テイサは立ち上がり、客人であるテオにだけ頭を下げて、左の家族の場所へと姿を消した。


2024/11/18

第11部  太古の血族       16

  10分ほど庭を眺めながら世間話をしていると、テイサが年上と思しき男性と一緒に戻って来た。ロホが立ち上がったので、テオも素早く立った。テイサがテオに向かって言った。

「長兄のサカリアス・マレンカです。 サカリアス、こちらがセルバ大学生物学部遺伝子工学科のアルスト准教授です。」

 一般にセルバ人は兄弟間で敬語を使ったりしないものだが、この家ではそうでないらしい。少なくとも、長兄は特別な位置にいるようだ。
 サカリアスはロホにもテイサにもウイノカにも似ている。紛れもなく同母同父の兄弟だ。少し歳を取っているが、一番ロホに似ている様に見えた。彼は普通に襟付きのシャツとコットンパンツをはいており、普通に裸足だった。髪の毛も短く刈ってあるが、坊主頭ではない。
 彼は右手を左胸に当てて、丁寧に頭を下げた。

「ドクトル・アルスト、お噂は耳にしております。弟の命を救ってくださった恩人ですね。」

 するとテイサが慌てた。どうやら直前までロホの恩人だと言うことを思い出さなかったらしい。

「あ、あの時の・・・」

 彼は右手を左胸に当てて、最敬礼した。

「アルファットを救ってくださり、有り難うございました。」

 テオもちょっと慌てた。

「いや、救われたのは俺の方です。俺がテロリストに誘拐されたのを彼が助けてくれたのです。」

 当の本人は涼しい顔で、

「兎に角、挨拶はその辺にして、訪問の要件を聞いてください。」

と言った。

2024/11/14

第11部  太古の血族       15

「サカリアスは今来客中だ。」

とテイサ・マレンカは言い、ロホとテオを家の中に案内した。大きな横長の居間が左右に広がり、しかし右側は少し入ったところで板で仕切られていた。出入り口に簾が掛かっていた。この家では入り口で靴を脱ぐことになっていた。段差はないが、戸口周辺に沢山の靴やサンダルなどが置かれていた。
 テイサは客と弟を左側の広い空間に案内し、そこで待つように言うと、右側の簾の向こうに姿を消した。
 テオは居間を見回した。ウッドデッキに近い空間がリビングで、敷物や椅子が置かれていた。テレビもあった。 背後の空間は裏口があって、どうやら台所へ繋がっているらしい。戸口周辺に鍋や食器の棚が設てあった。
 ロホはテオに好きな場所に座るようにと勧め、己は台所の方へ去った。テオは蔓草で作った椅子に座った。使い込まれて少し中央の座面が窪んでいたが、お尻にフィットした。簾のカーテンの隙間から庭がよく見えた。鶏が遊んでいる。
 ロホが瓶入りのコーラを2本持って戻って来た。もう片方の手にはグラスが2個。テオは瓶とグラスをそれぞれ受け取り、ロホの真似をして近くのテーブルの角で栓を開けた。

「随分大きな家だが、家族は何人だい?」

と質問すると、ロホは肩をすくめた。

「祖母、両親、長兄のサカリアスと彼の妻子、次兄のウイノカの妻、テイサと彼の妻子、私の弟2人、それに母の兄弟が2人、あの人達は独身です。ええっと・・・大人だけで10人です、子供は数えたことがない・・・」
「君の甥姪だろ?」
「 スィ。でも私は入隊してから一緒に住んでいないので、子守をしたことはないし、あまり一緒にいた時間がありません。それに、我々は母親の兄弟の方を重視するので、兄嫁達の兄弟が子供達の面倒を見ています。」

 マレンカ家は女の子供がいないのだ。だから女の孫がいても父親の兄弟達は面倒を見ない。伯父叔父が子供好きなら話は別なのだろうが。
 テオはもう一つ気になった。

「ウイノカと言う兄さんは、奥さんだけここに残して、どこにいるんだ?」
「ウイノカは・・・」

 ロホはそっと左の棟に目を遣った。

「神殿で働いています。滅多に帰って来ない。私は何故彼が結婚したのか理解出来ません。ウイノカの奥さんは寂しくないのか、疑問ですよ。」

 ロホの常識はテオの常識だった。


第11部  太古の血族       23

  テオはもっとブーカ族の旧家について知りたいと思ったが、親友の実家だし、相手を怒らせたくもなかったので、適当に切り上げて遑を告げた。ロホとテオが家から出る時、誰も見送りに来なかった。普段もそうなのだろう、ロホが全く気にせずに車まで歩いて行くので、テオはついて行った。 「病院へ行...