2024/10/05

第11部  太古の血族       5

  その夜、久しぶりに大統領警護隊文化保護担当部は全員揃ってケツァル少佐のアパートで夕食を取った。勿論テオも一緒だ。和やかに世間話をしながら食事をして、いつもの時間に家政婦のカーラが帰ってしまうと、急にその場の雰囲気が変わった。会食の本来の目的が始まるとみんなが感じたからだ。
 まず、ケツァル少佐が”心話”で部下達に彼女が知っている情報を分けた。次にロホとギャラガも順番に残りのメンバーに情報を伝えた。テオは神殿近衛兵のウイノカ・マレンカに固く口止めされているので、黙って聞いていた。
 情報交換が終わると、マハルダ・デネロス少尉が、「時系列を整理しましょう」と提案した。

「ラス・ラグナス遺跡に出かけたロカ・エテルナ社の社員ディエゴ・トーレスが石を拾いました。その時、彼に同行したアンヘレス・シメネス・ケサダとファルゴ・デ・ムリリョ博士は”名を秘めた女の人”から何か囁かれましたが、アンヘレスはまだ若く、博士はマスケゴ族なので、”名を秘めた女の人”の言葉を明確に聞き取れませんでした。
 大統領警護隊は、トーレスの上司であるカサンドラ・シメネスからトーレスの様子を見てきて欲しいと依頼を受け、彼の家に行き、昏倒している彼を保護しました。その時、彼は遺跡で拾った赤い石を握っていましたが、救急隊員の一人がそれを盗んでしまいました。石は間も無く発見され、ケツァル少佐がアスマ神官に渡しました。この時までに石は”サンキフエラの心臓”と呼ばれるもので、古代にカイナ族が作った呪術石だとわかっていました。石は”ティエラ”から毒や病の素を吸い取ると共に病人の血も吸ってしまいますが、雨を降らせることで浄化することを繰り返し行えることもわかりました。これはカイナ族の隊員ブリサ・フレータ少尉から彼女の家系に伝わる話として聞き取りました。 ”サンキフエラの心臓”は”シエロ”には効力はありませんが、古代の人民支配に為政者の力を示すことが必要な時に使われていたものだそうです。
 大統領警護隊文化保護担当部は、神殿に”サンキフエラの心臓”を納めたので、その石に関する事案はもう終わったと思いました。
 ところが、数日後、大統領府の厨房で、ガーデンパーティーのリハーサルをしていた厨房スタッフ達が食中毒に似た症状で次々と倒れる事態が発生しました。そして一人の警備班隊員が神殿に納められた筈の”サンキフエラの心臓”を用いて厨房スタッフ達の手当てを行いました。その事件発生時、神官は全員南部のエダの神殿に出かけていました。警備班隊員にあの石を託せる人はいなかったのです。それなのに、石が宝物庫から持ち出され、さらに厨房スタッフ達は毒を盛られたことが判明しました。毒入りの飲み物を彼等に与えた犯人はまだ不明です。」

 彼女が一息ついて、水を口に含んだ。そして一同を見回した。

「ここまではよろしいでしょうか?」

 全員が頷いた。彼女は後半に取り掛かった。

2024/10/04

第11部  太古の血族       4

 アンヘレス・シメネスと別れた後、アンドレ・ギャラガ少尉は考古学部のケサダ教授の研究室へ急いだ。スクーリングの授業が終わったら、職場へ戻らなければならないが、ケツァル少佐から教授への伝言を預かっていた。任務の一つだから、怠る訳にいかない。ケサダ教授は彼の主任担当教官ではないが、いくつか授業を履修しているので、ギャラガが教授に会いに行っても誰も不思議だとは思わない。
 ドアが視野に入ると、ギャラガは故意に小さく気を放って、己の訪問を教授に知らせた。普段そんなことをしないので、教授は奇異に感じて会ってくれるだろう。
 果たして、彼がドアの前に来ると、先にドアが開いてケサダ教授が出て来た。

「こんにちは」

と挨拶して、ギャラガは相手の目を見た。目下の者から”心話”を要求するのは失礼だが、彼は時間をかけたくなかった。他の学生や職員に、ただ2人はすれ違っただけ、と思わせたかった。教授はちょっと驚いた様子だったが、すぐに彼の”心話”を受け入れた。

ーー神殿が、グラダを先祖に持つ5歳未満の男児を探し始めました。大神官を養育するつもりの様です。

 伝えるのはそれだけだ。教授は黙って頷いた。ギャラガの情報を理解したと言う合図だ。ギャラガは立ち止まらずに部屋の前を通り過ぎた。ドアの隙間から数人の学生が教授の研究室内にいるのが、チラリと見えた。
 ケサダ教授がわざとらしくギャラガに声をかけた。

「アンドレ、ムリリョ博士は部屋へお戻りか?」

 ギャラガは礼儀として立ち止まって振り返った。

「戻られたと思います。私は少し人と話をしていたので・・・」

 また目が合った。教授の”声”が聞こえた。

ーー夜間自宅に結界を張る。訪問する時は前もって連絡しなさい。

 グラダ族の結界は強力だ。普通の人間には効力がないが、 ”ヴェルデ・シエロ”同士には有効な壁となる。無理に破ろうとすれば脳をやられる。
 ギャラガは軽く黙礼して、その場を立ち去った。 

2024/10/02

第11部  太古の血族       3

  アンドレ・ギャラガ少尉はアンヘレス・シメネスと向かい合った。通常なら一族の未婚男女は保護者または目上の者の紹介がなければ言葉を交わすことは許されない。マナー違反だと批判される。しかし、ギャラガはほんの少し前、アンヘレス・シメネスの祖父ファルゴ・デ・ムリリョ博士から無言の許可をもらった。

「私に御用とは?」

とギャラガから先に話しかけた。アンヘレスは少し視線を空に向けてから、彼に向き直った。

「貴方はグラダ族ですね? 大人達から聞きました。」
「スィ、さまざまな人種や部族の血が混ざっていますが、ナワルが銀色のジャガーだったので、黒いジャガーの一人として数えられ、グラダだと認定されました。」
「他の部族の方とグラダの違いは自覚されていますか?」

 ギャラガは首を傾げた。

「正直なところ、私には違いがまだわかりません。ほんの2、3年前まで私は”心話”すら出来なかった落ちこぼれでした。文化保護担当部に引き抜かれて、ケツァル少佐に教え導かれて、やっと一族の力を普通に使えるようになったばかりです。」

 語りながら、彼はアンヘレスが半分グラダだと上官から聞かされたことを思い出した。本人がそれを知っているのかどうか、まだ不明だ。だから彼は慎重に言葉を選ばなければならなかった。

「時々能力を使うと、他の隊員や上官から『流石にグラダだ』と言われることがあります。同じことをしても他の人より力が強いからです。ですが、私は伝説の大神官のような巫女の声を聞き取ったり、未来を予知することは出来ません。ミックスなので、”名を秘めた女の人”の声は聞けないのです。」

 アンヘレスがフッと溜め息をついた。

「私の父が何者かご存知ですか?」

 ギャラガはドキリとした。アンヘレスの父親フィデル・ケサダ教授の出生の秘密は絶対に口外してはならぬものだ。そして他人の口から子供達に伝えることではない。

「マスケゴの考古学教授です。」

と無難な答えをすると、アンヘレスが鼻先で笑った。

「誤魔化さなくても結構よ。大人達は私が何も知らないと思っていますが、私は父の秘密を知っています。だって、祖母が教えてくれましたもの。」

 あちゃーっとギャラガは心の中で目を覆たくなった。ケサダ教授の母親マルシオ・ケサダ、本名マレシュ・ケツァルは半分夢の中で生きている高齢者だ。無意識に孫に息子の秘密を語ってしまった可能性があった。

「ご存知なら、私も率直に言います。」

とギャラガは腹を括った。

「お父様の秘密は絶対に口外してはいけません。貴女と貴女の弟妹の安全にも関わる重大な問題です。そしてお祖母様の周囲に幼い人を不用意に近づけてはいけません。理由はわかりますね?」

 アンヘレスは硬い表情の彼を見つめ、やがてしっかりと頷いた。

第11部  太古の血族       5

  その夜、久しぶりに大統領警護隊文化保護担当部は全員揃ってケツァル少佐のアパートで夕食を取った。勿論テオも一緒だ。和やかに世間話をしながら食事をして、いつもの時間に家政婦のカーラが帰ってしまうと、急にその場の雰囲気が変わった。会食の本来の目的が始まるとみんなが感じたからだ。  ...