2021/09/01

第2部 涸れた村  4

 「エル・ティティの警察にサン・ホアン村の住民が占い師の遺体を引き取りに来たそうですが、行方不明になる前に、遺跡荒らし以外に何かなかったか、言ってませんでしたか?」

 ステファン大尉が話題を変えた。いきなり話の方向を変えるのは、ケツァル少佐と似ている。大統領警護隊の流儀なのか、文化保護担当部の流儀なのか、或いはシュカワラスキ・マナの子供達に共通の性格なのか。
 テオは考えた。遺体引き取りに来た2人の男はフェリペ・ラモスの兄弟だと言っていた。当初は村長が来る予定だったのだが、村長は腰痛で来られなくなったのだ。

「ラモスは占いのインスピレーションを得る為に新月の夜毎にラス・ラモス遺跡に通っていたそうだ。最後の遺跡訪問から帰って来て、次の日に村長と何か相談して出かけた。それっきりだったと。」
「では、村に着いたら真っ先に村長に面会しましょう。」
「俺が最初に話をして良いかな? 遺体が発見された町の住人で身元調査も俺が関わったから。いきなり大統領警護隊が現れると警戒されるかも知れない。」
「承知しました。私は貴方の後ろで控えていましょう。尤もマハルダがどう出るかわかりませんが。」
「彼女は遺跡荒らしの調査だ。遺跡の情報を集めてもらおう。」
「二手に分かれますか?」
「うん。ラモスの行動調査と遺跡調査だ。君はどっちが良い?」

 訊かれて大尉がニヤッと笑った。

「殺人事件の方が面白いですね。」
「それじゃ、少尉2人に先に遺跡へ行ってもらおう。村での聞き込みが終われば、俺達も向こうへ行って合流する。」

 サン・ホアン村はオルガ・グランデ基地から車で悪路を2時間走ったところだった。なだらかな丘の気持ちだけ南に傾斜した面に日干し煉瓦の小さな家が10軒ばかり建っていた。屋根は短い雨季を凌げる程度の簡単な物かと思ったら、案外頑丈そうな瓦葺きだった。ここにもハリケーンが来る時は来るのだ。村全体は低い土塀で囲まれていた。洗濯物が干されていたので、水はあるとわかる。セルバ共和国七不思議の一つ、どんなに貧しい村でも涸れない井戸を持っている。鶏と豚の鳴き声が聞こえた。
 車を塀の外に停めて、テオとステファン大尉は降りた。大尉が2号車に行って、先刻テオと話し合った結論を伝えると、デネロスが村長に挨拶だけしておきたいと言った。それは文化保護担当部として当然の礼儀だったので、ステファン大尉も異論はなかった。

「何か不審なものを感じても、その場では言うなよ。私に”心話”で教えてくれ。」
「承知しました。」

 マハルダ・デネロスにとって初めての単独調査任務だ。先輩のアドバイスは受け入れること。彼女は自分に言い聞かせた。
 運転手の2名の二等兵には車の番を命じ、ギャラガ少尉には村の井戸の位置の確認を命じた。ギャラガが面食らった表情で聞き返した。

「井戸の位置確認ですか?」
「スィ。地下に水脈が通っている。井戸の場所で水の流れがわかる。遺跡の方角もわかる。地図がなくても辿り着ける。」

 ギャラガは文化保護担当部ではないので、セルバ共和国の古代遺跡が地下水流の上にあることを知らなかった。
 オルガ・グランデの街の地面の下には地下水流が3本もある。砂漠の台地の都市に見えるが、天然の上水道を持っているのだ。最も深い地下川はアリの巣の様な金鉱山の坑道の最深部に僅かに接しているだけで、何処かの海に流れ出ているのだろうと考えられている。他の2本はオルガ・グランデの命の水だ。都市部だけでなく、僅かな耕地にも水を提供していた。サン・ホアン村もその地下川の支流が近くにある筈だった。
 低い塀に沿って歩いて行くと、村の中が見えた。子供達は学校へ行っているのだろう。若い連中は街へ働きに行っているに違いない。年寄りしか姿が見えない。ふとギャラガは面白いことに気がついた。10軒ほどしかないのに、どの角度から見ても家が7軒か8軒しか見えないのだ。必ず2、3軒は他の家の陰になって見えない。外敵の目を誤魔化す工夫だな、と思った。昔は盗賊が出没したのだろう。
 塀に裏門があった。そこから細い道が伸びて斜面を下って行った先に井戸が見えた。高低差はそんなにないが距離があった。水汲みは重労働だ。彼は井戸の周辺を見下ろした。地表の川なら北から流れてきて井戸がある谷間で西へ折れて海に向かうだろうが、地下の川はどうなっているのだろう。
 ふと見るとブッシュが地面の筋に沿って北東の方向へ生えていた。よく見るとそれに沿って道らしき跡もあった。
 ギャラガは井戸まで行ってみた。石で囲った丸い井戸だった。覗き込むとかなり深い位置に黒く水が見えた。自分の顔が小さく映っていた。落ちたら助からないな、と思った。子供が水汲みをするのは無理かも知れない。釣瓶がないが、ここで水を汲むのだろうか。
 彼は付近の風景を記憶して村へ戻った。 

第2部 涸れた村  3

 翌朝、起床ラッパの音で一行は目覚めた。大食堂で兵士達と一緒に朝食を取り、車両部へ向かった。オフロード車2台と運転手兼護衛の兵士2名が待っていた。前夜の打ち合わせで、リーダーを最年長で唯一人の民間人テオに決めたので、彼が車の乗車割り当てを行った。彼は年齢が近い方が話も弾むだろうと気を利かせたつもりで、デネロス少尉とギャラガ少尉を2号車に、ステファン大尉と己を1号車に振った。しかし乗り込むときに、何となく2号車に気まずい空気が流れていることに気がついた。

「2人の少尉は不仲なのか?」

とテオが心配すると、大尉が肩をすくめた。

「わかりません。ただ互いに口を利かないだけです。」

 1号車の運転手は小柄なアフリカ系のムラートと”ティエラ”のハーフでチコと名乗った。2号車は背が高いメスティーソでパブロ、どちらも二等兵だった。車に乗せる人が将校でしかも大統領警護隊とあって、彼等は緊張していた。チコがサン・ホアン村への道を知っていると言うので、運転を任せてテオとステファン大尉は後部席に乗った。2号車を振り返ると、ギャラガ少尉が助手席に座り、マハルダが後部席で踏ん反りかえっていた。彼女はアサルトライフルを組み立てて装備しており、ヘルメットを被って完全に発掘調査隊護衛モードに入っていた。

「なかなか立派な大統領警護隊文化保護担当部ぶりだな。」

とテオが感想を漏らすと、ステファン大尉も苦笑して同意した。

「我々も戦闘服ぐらい持って来るべきでした。」

 車が走り出すと、背後に砂埃が立った。2号車が気の毒な程だ。しかし”ヴェルデ・シエロ”なら車1台の結界は朝飯前の筈だ。

「東海岸に住んでいると、ここは別世界に思える。」

とテオが素直な感想を述べた。オルガ・グランデが故郷のステファンも同意した。

「快適さに慣れると柔になってしまいます。」
「だが本隊は厳しいだろう?」
「毎日の日課は大したことありません。大統領官邸の警護だけですから。」
「たまには休暇をもらってお袋さんに会ってやれよ。」
「皆にそう言われてますが、自分で作ったルールなので、納得出来る成績が上げられる迄は帰りません。」
「グラシエラだって、やっと兄貴と暮らせるようになったのに、またいなくなってがっかりしてたぞ。」
「これから電話は入れます。」

 道路が舗装路からダートになった。揺れとエンジン音で前の席の人間は後部席の会話が聞こえない。それでも運転手に気を遣ってテオはステファンに顔を寄せて英語で尋ねた。

「ギャラガは本当に”シエロ”かい? 殆ど白人に見えるが?」
「”シエロ”です。彼は・・・」

 ステファンはちょっと躊躇ってから言った。

「彼は1年前の私です。」

 テオが視線を上げて彼の顔を見た。カルロ・ステファンの顔も白人の血が入っているとわかる容貌だが、それでも先住民の血が半分入っているのが明確だ。しかしギャラガは髪の色も肌の色も白人だ。

「彼は”心話”しか使えないのか?」
「それならまだマシですが、彼は使えないのです。否、昨日迄使えなかったのです。」

 テオが目をパチクリさせた。

「”心話”を昨日迄使えなかった? それでよく警護隊に採用されたな?」
「彼は夜目が効くのです。だから”シエロ”だと判別されました。それなりに気の大きさもあります。」
「抑制が利かない?」
「それどころか、己の気の存在に気がついていません。」

 テオは後ろを振り返った。土埃の中の2号車はどうやらマハルダ・デネロスの結界に守られている様だ。

「そんな”シエロ”がいるのか?」

と思わずテオは尋ねていた。昔のステファン大尉は”心話”しか出来なかったが、放出する気は大きくて、彼自身持て余していた。彼は能力の使い方を知らなかっただけで、本人は使えないと思い込んでいた。しかし、アンドレ・ギャラガは”シエロ”たる自覚がないのだ。
 ステファン大尉が言った。

「彼は幼い頃、母親にネグレクトされていた様です。」
「どっちの親が”シエロ”なんだ?」
「彼が本部に告げた情報では、父親が白人でアメリカ人、彼が幼い時に死亡。母親がメスティーソの”シエロ”で彼が10歳の時に死亡。噂では母親は街娼だったそうです。」
「それじゃ、父親が死亡と言う情報は怪しいなぁ。母親から子供への情報だけだろう。」
「スィ。母親は生きていくのが精一杯で子供の面倒を見る余裕がなかったのでしょう。彼は10歳で孤児になり、生きるために自分で年齢を誤魔化して陸軍に入ったんです。すぐにバレましたが、追い出されずにそのまま兵士として生きて来ました。士官学校には入れず、特殊部隊で訓練されている時に警護隊のスカウトに発見されたのです。彼の採用には司令部でも賛否両論分かれたそうですが、最終的に目覚めた時に最悪の事態が起こらぬよう警護隊で面倒を見ると決まったのです。」
「君は随分彼の経歴に詳しいな。」

 すると大尉が溜め息をついた。

「副司令官からの命令で、私がこの任務の間に彼の能力開発の糸口を見つけることになっているのです。情報は全て副司令から頂きました。」


2021/08/31

第2部 涸れた村  2

  テオドール・アルストがオルガ・グランデ基地に到着したのは兵士達の夕食が終わって2時間も経ってからだった。トウモロコシのトラックに便乗させてもらって路線バスよりは早く着いたが、市場がある場所から基地までの足を探すのに手間取ったのだ。結局彼は奥の手を使った。基地に電話して車両部で働く軍属のリコと言う男に迎えの車を手配してもらったのだ。リコは以前オルガ・グランデの実力者アントニオ・バルデスと言う半分マフィアの様な男の手下だった。記憶喪失になったテオが身元調べの為にオルガ・グランデにやって来た時に出会い、ケツァル少佐の盗品捜査に協力した見返りに身の安全を保証してもらった。つまり、バルデスが手を出せない陸軍基地で雇用され住み込みで働いているのだった。リコはテオを命の恩人だと敬っていたので、基地へ行きたいとテオが電話で告げると、自ら庶務用のトラックを運転して迎えに来てくれたのだ。テオは夕食がわりに肉の串焼きを買って、リコと2人で食べながら基地へ向かった。
 基地では先に到着していたマハルダ・デネロス少尉が司令官に砂漠の遺跡へ行く装備を要請していた。始めて山を越えて西へ来た若い娘っ子の要請など司令官は聞きたくなかったが、彼女は緑の鳥の徽章を胸に付けていたし、彼女の後ろに立っている男は私服姿ではあったが見覚えのある大統領警護隊の大尉だった。ケツァル少佐が連れていた部下だ、と記憶していたので、基地司令官はロス・パハロス・ヴェルデスの機嫌を損なうのは止めようと思った。それに遺跡調査の警護に人員を出すと基地へ降りる政府の交付金が増えるのだ。デネロスは司令官に6人の3日分のキャンプ装備と食糧、車2台と警備兵2名を出すことを承知させた。
 司令官室を出ると、ステファン大尉が彼女に囁いた。

「なかなかやるじゃないか。足りない物はなさそうだ。」

 えへへ、とマハルダが笑った。発掘調査隊警護の補佐でアスルに付いた時、あの気難しい先輩少尉からみっちりしごかれたのだ。
 ギャラガ少尉が先に休んでいる大統領警護隊用休憩室のそば迄来た時、反対側からやって来たテオと出会った。マハルダがきゃっと声を上げてテオに跳び付いた。

「ブエナス・ノチェス! 良かった、間に合いましたね!」
「ブエナス・ノチェス、マハルダ。空の旅は快適だったかい?」
「ノ、ノ、バスの方が良いです。」
「だが悲鳴を上げなかったのは偉かったぞ。」

 ステファン大尉が揶揄った。テオがデネロスを離して彼を見た。パッと顔が輝いた。

「カルロ! 久しぶりだなぁ! 元気してたか?」

 ステファン大尉はテオにハグされた。条件反射的に全身が硬直したので、テオが離れて笑った。

「すまん、すまん、君はこれが苦手だったんだな。」
「申し訳ありません、どうも男性に抱きしめられると、あの時の記憶が蘇って・・・」

 それでもステファンも苦笑していた。そして彼の方から改めてテオをハグした。

「また一緒に仕事が出来て嬉しいです。」

 2人は体を離した。デネロスが休憩室のドアを開いて、手招きした。
 ギャラガは大統領警護隊の官舎とさして変わりのない室内で、官舎と変わらない質素なベッドに座って地図を眺めていた。サン・ホアン村は記載されていたが、ラス・ラグナス遺跡はどこにも載っていなかった。村から車で4時間も走れば隣国だ。国境を越える様な厄介な話にならなければ良いが、と思っているところにステファン大尉とデネロス少尉が白人男性を連れて戻ってきた。この人がドクトル・アルスト? と思っていると、果たして大尉が「ドクトル・アルストだ」と紹介した。そしてテオにも「アンドレ・ギャラガ少尉です」と紹介してくれた。テオがにこやかに「ブエナス・ノチェス」と挨拶した。白人は十中八九握手を求めて来るのだが、テオは右手を左胸に当てて”ヴェルデ・シエロ”流に挨拶した。それでギャラガは敬礼で返して、大尉を見た。この人は一族のことを知っているのか? と思ったら、大尉が頷いたので、ギャラガは驚いた。”心話”が出来た? 大尉が呟いた。

「今更驚くなよ。」

 銘々が割り当てのベッドに座った。男女同室なので、デネロスも同じ部屋だ。コーヒーもビールもなかったが、テオがここへ来た経緯を話し始めた。エル・ティティの町の郊外でミイラ化した死体が発見され、身につけていた笛でサン・ホアン村の住人らしいとケサダ教授が鑑定してくれたこと、ゴンザレス署長がオルガ・グランデ警察に問い合わせて見ると、サン・ホアン村の占い師フェリペ・ラモスが行方不明になっていたこと、ラモスは生前ラス・ラグナス遺跡が荒らされていると言っていたこと、ラモスの遺体は遺族が引き取りに来たので、明日になれば村へ戻って来るだろうこと。
 テオが語り終えると、ステファン大尉が難しい顔になった。彼はテオに大統領府西館庭園での怪異の話をした。

「我々は空間に歪みが出来た原因究明と修復の為に遺跡へ行くのですが、遺跡荒らしが殺人事件と繋がっていると考えて良さそうですね。」
「恐らく、確実に繋がっているだろうな。だが、もう犯人は遺跡にいないだろう。」
「遺留品だけでも探しましょうよ。」

とデネロスがノリノリの声で言った。初めての単独調査を命じられて来たが、どうもオブザーバーが3人もいるようだ。しかし彼女はそんなことを気にしていなかった。盗掘調査と殺人事件捜査が重なっていそうだと好奇心が彼女を興奮させていた。
 その雰囲気を察したテオが大人の常識で注意した。

「殺人事件だとはっきりしたら、憲兵隊に捜査権が移るんだよ、マハルダ。」
「わかってます・・・って、警察じゃないんですか?」
「国境に近いし、先住民村だから憲兵隊の管轄だ。」

 ”ヴェルデ・シエロ”でなく”ヴェルデ・ティエラ”の先住民保護区になるのだ。メスティーソの村でないことを、テオはラモスの遺体を引き取りに来たサン・ホアン村の住民を見て知った。先住民率が住民の9割を越えると保護区指定になり、刑事事件は警察ではなく憲兵隊が担当する。小さな僻地の村ほど保護区に指定される率が高くなるのだ。ラモスが占い師として村の尊敬を集めていたのも納得だ。

「憲兵隊は民間人の俺が捜査に首を突っ込むのを許さないだろうし、君達も管轄違いだと追い払われる。下手をすると指揮官同士で喧嘩になるぞ。」
「憲兵隊長とエステベス大佐が喧嘩ですか?」

 デネロスが面白がっているので、ステファン大尉が「熱が出そうだ」と呟き、テオとギャラガは思わず笑った。

第2部 涸れた村  1

  アンドレ・ギャラガにとって大統領警護隊の女性隊員は高嶺の花だった。彼女達は純血種でもメスティーソでも誇り高く、自分より能力が下の男達に振り向きもしない。ケツァル少佐の様な女性は勿論論外だ。高級将校だし、そばにいるだけでも能力の高さも強さもわかる。他の女性隊員も皆昇級すると塀の外の世界へ出て行ってしまう。セルバ共和国の政界財界を動かす人々のそばで働く為だ。彼女達は”出来損ない”の”落ちこぼれ”など存在すら気に留めていないのだ。
 マハルダ・デネロス少尉と空軍の基地で出会った時、ギャラガはまずい相手に出会ってしまったと思った。訓練生時代、虐めに遭っているところを何度も目撃されていた。そして無視されたのだ。もっとも助けられでもしたら、却って自分が傷つくとわかっていた。
 デネロス少尉はギャラガを無視して、ステファン大尉に飛びついた。大尉が突然転属してしまったことを責め、少佐を一人にしたことを詰り、皆に寂しい思いをさせていることを散々愚痴った。ステファン大尉は絡みつく子供を宥める口調で彼女の相手をした。

「修道院に入った訳じゃないんだから、いつかは帰るさ。」
「そのいつかは、何時なんです?」

 ムリリョ博士みたいなことを言ってデネロスが拗ねて見せた。

「私に上官3人の面倒を見させないで下さいね。」

 ステファン大尉は笑って、彼女を抱きしめた。まるで兄妹だ。それからやっとギャラガを紹介してくれた。

「アンドレ・ギャラガ少尉、私の5日間だけの部下だ。」
「知ってます。カベサ・ロハ(赤い頭)のアンドレでしょ。」

  ギャラガはちょっと躊躇ってから言った。

「その呼び方は好きじゃないんだ。だから、ギャラガ少尉で良い。」

 デネロスは彼を眺め、「わかった」と答えた。
 3人はヘリコプターに乗り込んだ。正副のパイロットが2名、そして大統領警護隊3名、オルガ・グランデ基地へ派遣される新兵3名でヘリコプターはグラダ・シティを飛び立った。今迄セルバ空軍は夜間飛行をしたことがなかった。セルバ共和国の法律で夜間の航空機による山越えを禁止していたからだ。しかし計器の発達でティティオワ山を上手く回避出来る様になったので、その年の初めに法律が改正され、基準値を満たす計器を搭載した航空機に限り、国防省の許可を得て飛ばすことが出来るようになった。ギャラガ達が乗ったのは、正にその基準に合格した航空機3機のうちの1機、唯一のヘリコプターだった。
 離陸したのは午後4時近かった。3時に離陸予定だったが、セルバ共和国らしく整備点検で1時間遅れたのだ。これが我が国の空軍だ、と時間に正確がモットーの陸軍の出である大統領警護隊は情けなく思った。
 輸送機の揺れよりはマシな震動だった。それでもギャラガは昼食が少なくて正解だったと思った。デネロスは叫びたいのを我慢していた。高い場所は平気だと思っていたが、高過ぎた。思わず隣のギャラガの手を握ってしまった。お陰でギャラガは気分が悪いのを忘れることが出来た。


第2部 節穴  17

   ヘリコプターの準備が出来る迄ステファン大尉とギャラガ少尉はケツァル少佐のアパートで休憩した。ロホはお菓子のお礼にと少佐から煮豆が入ったタッパーウェアの容器を3つももらって、ほくほく顔で帰ってしまった。

「相変わらず、君は豆が好きなんだな。」

とステファンが揶揄うと、ロホはニヤリと笑った。

「少佐お手製の煮豆は絶品だ。そんじょそこらのレストランじゃ食えないからな。」
「最初から私たちをダシにして豆をゲットするつもりだったな?」
「ご明察。それじゃ、任務を頑張れよ。」

 ロホはギャラガにも敬礼してくれた。彼が部屋から出て行くと、急に静かになった様な気がした。
 ケツァル少佐は窓際へ行って、分解してあった機関銃の組み立てを始めた。ギャラガが興味を抱いてそばへ行こうとすると、ステファンが止めた。

「近づくな。彼女は時間を計ってるんだ。邪魔すると後が怖いぞ。」

 そう言う彼は少佐に借りたラップトップでインターネット情報を見ていた。オルガ・グランデ周辺の遺跡の最新情報や盗掘品密売情報だ。ギャラガはパソコンの知識があまりなかった。唯一使用する機会があるのは、大統領官邸内で来客のチェックをする時だけだった。訪問者の顔認証と履歴、本人確認と来邸登録と出邸登録を入力するのだ。パソコンの使い方は簡単だが応用の仕方がわからなかった。大尉の作業を見ていると、ただ検索ボックスにキーワードを入れて、後は画面に表示される情報のタイトルなどをクリックするだけだ。内容を読んだらまた戻って次のデータへ移行する。
 横から覗いていると大尉が気がついた。彼が位置をずらして移動した。

「代わりに見ていろ。ラス・ラグナスの情報は一つしかなかった。サン・ホアン村の情報も2つだけだ。そんな何もデータがない場所へ遺跡荒らしが行くのも妙な話だ。わざわざ足を運んで盗む物がなければ本当に無駄足じゃないか。荒らした奴は何かはっきりした目的があって行ったに違いない。現地へ行かないと、わからない。」
「私は何を見れば良いですか?」
「何だろうな? 自分で考えて検索してくれ。」

 無責任なことを言って、ステファン大尉はキッチンへ入って行った。
 ギャラガは暫く画面を眺め、「piedra (石)」と検索ボックスに入れた。約 246,000,000件の検索結果が出た。画像を見ると、スペイン語で検索したせいか中南米の石もの関係の写真が多かった。彼は記憶の中の、”節穴”から見えた材質と似た写真を探してデータを送って行った。
  ケツァル少佐は機関銃を組み立ててしまうと、また分解してバラバラにシートの上に部品をぶちまけた。そして再び組み立てに挑戦を始めた。きっと最初のタイムが気に入らなかったのだ。もしかして、この人の休日の遊びはこれなのか? ギャラガはパソコン画面を見るフリをして彼女の動きを見ていた。彼女はどの部品が何処に落ちているのかすぐわかる様で素早く拾い上げて組み立てていく。流石だな! と思っていたら、突然彼女の手が止まった。嵌め込んだばかりの部品を外して投げ捨てた。

「えーい、間違えた!」

 少佐がギャラガを振り返った。

「気が散る。」

 ギャラガはビクッとした。見ているだけだったのに。距離を置いていたのに。青い顔になった彼に少佐が硬い笑を浮かべて、半分組み立てた機関銃でキッチンを指し示した。

「カルロは何を作っているのです? 私の台所を使う限りは、美味しいものでなければ撃ちますよ。」

 ギャラガは立ち上がった。

「偵察してきます!」

 ジャガーの嗅覚には敵わなかったが、ギャラガの鼻も少し前から良い匂いを感じ取っていた。ケツァル少佐はキッチンから漂って来る匂いに気を散らされたのだ。彼の視線のせいではなかった。
 ステファン大尉は大きめの鍋でマカロニ入りのスープを作っていた。たっぷりの野菜とベーコンをトマト味で煮込み、最後に別茹でのマカロニを入れて完成。

「昼飯だと少佐に告げてくれ。」

と言われて、ギャラガはリビングに戻った。少佐は失敗したので時間を測るのを止めて残りの部品を組み立て終わったところだった。

「昼食です、少佐。」

 声をかけると、少佐が頷いて立ち上がった。機関銃は床に放置だ。弾がないので、ただの鉄の塊に過ぎない。
 昼食はキッチンとリビングの間のダイニングだった。ステファン大尉はたっぷり作ったにも関わらず、2人の男には少量の皿を配り、少佐の前にはたっぷり入れた皿を置いた。少佐が皿を見比べて言った。

「今日のヘリは最新型です。輸送機の様には揺れませんよ。」
「用心するに越したことはありません。」

と大尉が言った。ギャラガは航空機の類は全く経験がなかったので、上官2名の会話の意味を推し量りかねた。
 少佐が一口スープを口に入れた。

「美味しい。」

 合格点が出たが、大尉は特に喜んだ風になかった。多分、彼女の部下だった頃はよく作っていたのだろう。熱いスープは流石にスピーディーに食べられないのか、彼女はゆっくり味わっていた。ギャラガも美味しかったのでもっと欲しいと思ったが、大尉はお代わりをくれそうになかった。

「マハルダも行くのですね?」

と大尉が確認のために話しかけた。少佐が黙って頷いた。大尉がさらに尋ねた。

「そしてテオも合流する?」

 少佐はまた黙って頷いた。ギャラガも質問してみた。

「殺人事件があったようなことを仰っていましたが、今回の空間の穴と関係あるのでしょうか?」

 大尉が囁いた。

「それをこれから調査しに行くんじゃないか。」
「あ・・・そうでした。」

 少佐が水を一口飲んでから言った。

「マハルダは東海岸地区の遺跡しか経験がありません。それもロホやアスルの補佐です。今回初めて一人で調査に入るので、見落としがある恐れもあります。でも貴方の任務に直接関係することでなければ口出ししないで下さい。」
「承知しました。」
「恐らく、関係はあるでしょうけどね。」

 少佐はスプーンの上にどっさりとマカロニを掬い上げた。

「ドクトルは自由に行動させてあげなさい。彼はいつも何か予想外のものを見つけてくれます。」
「・・・そうでしょうね。」

 ギャラガは大尉がちょっと不満そうな表情になったのが気になったが、少佐は知らんぷりだった。スプーンの上のマカロニを少しずつ口に入れて時間をかけて食べたので、ギャラガはふと思った。
 ジャガーは猫舌なんじゃないかな。
 大統領警護隊の純血種の隊員達は冷たくなった食事でも文句を言わない。冷めた料理に不満を漏らすのはメスティーソの隊員だった。純血種の”ヴェルデ・シエロ”はナワルを使える。ジャガーやマーゲイやオセロットに変身するのだ。猫は熱いものを食べない。
 少佐がマカロニを全部食べてしまってから、スープを静かにお上品に飲んだ。

「現地で必要な物の調達はマハルダにさせなさい。」
「承知しました。それも彼女の勉強のうちですね。」
「スィ。でもないと困る物を彼女が忘れたら、口を出しても構いませんよ。」
「承知しました。」

 ステファン大尉が少佐の皿にお代わりを入れてあげた。
 

 

2021/08/30

第2部 節穴  16

  マハルダ・デネロス少尉は曜日が関係ない大統領警護隊の官舎で日曜日を過ごすのは好きでなかった。現代っ子の若い女性なのだから無理もない。しかし同期の女性隊員は勤務中で遊び相手がいなかった。だから彼女は土曜日の軍事訓練が終わると実家に帰り、兄夫婦の手伝いをして畑で収穫した野菜を洗ったり、トラックに積み込んで近所の市場へ卸す仕事をした。太陽が高くなってそろそろお昼ご飯かなぁと思う頃に、ケツァル少佐から電話がかかってきた。上官が休日にかけてくる時は、何か事件が起こった時だ。緊張と期待で出ると、午後の1500に空軍基地へ行けと言われた。

ーーラス・ラグナス遺跡で荒らしがあったと言う報告があります。基地からヘリでオルガ・グランデへ飛び、そこからサン・ホアンと言う村へ行きなさい。遺跡はその村の近くにあります。未調査の遺跡ですから、何がどう荒らされたのか不明です。村人の案内を連れて行くと良いでしょう。

 デネロスの胸が高鳴った。もしかして、これは?

「現場へ行って調査するんですね?!」
ーースィ。貴女が昨日報告を忘れなければ、昨夜のうちに指示を出していましたけどね。

 あちゃーっとデネロスは失態に気がついた。サン・ホアン村の占い師が殺された事件の方に関心が行ってしまったのだ。遺跡荒らしも確かにテオから聞かされたのに。しかし彼女は言い訳をせずに、「承知しました」と答えた。

「被害状況の調査ですね? 犯人の追跡はしないのですか?」
ーーサン・ホアン村の占い師が殺害されたらしいと言う話は聞いていますね?
「スィ。」
ーー今回は調査だけして帰りなさい。

 少佐は私を危険から遠ざけようとしている。そんな柔じゃないのに。
 しかし彼女は素直に「承知しました」と応えた。少佐に逆らっても碌なことはない。それに初めてのヘリコプター搭乗だ。初めての遠出の現場調査だ。嬉しいが、一つ確認しなくては。

「私一人ですか?」
ーーノ。ステファン大尉とギャラガ少尉が別件で同行します。それからオルガ・グランデ基地でドクトル・アルストが合流します。ドクトルはオブザーバーです。

 ケツァル少佐は「ではよろしく」と言って電話を切った。
 デネロス少尉は心が弾んだ。またカルロ・ステファンと一緒に仕事が出来る! 彼女には兄が3人いるが、カルロは4人目の兄も同然だった。そしてロホは5人目の兄で、アスルは6人目の兄だ。カルロが突然文化保護担当部からいなくなって彼女は寂しかった。同じメスティーソ同士で悩み事を聞いてくれた。実を言うと、カルロが能力に目覚める迄は、彼女の方が”ヴェルデ・シエロ”としての気の抑制能力は上だったのだ。彼は軍人としての心構えと武器を使った戦闘を教えてくれた。互いに足りないところを補い合う仲だった。同じ官舎で寝起きしていても、警備班と外郭団体勤務では生活サイクルが違う。2人はまだ官舎では一度も出会っていなかった。それが、初めての現場派遣がカルロと一緒の仕事だ!
 アンドレ・ギャラガ少尉のことも知っていた。同じ官舎にいたし、年齢的には同期だが、年齢を誤魔化して入隊したギャラガの方が軍歴は長かった。赤毛で白い肌はメスティーソの中でも目立っていた。そしてギャラガは何も出来ない”落ちこぼれ”だった。”出来損ない”レベルではない。”心話”さえ出来ないのに、何故ここにいるんだ?といつも仲間から揶揄われていた。デネロスは一度助けてやろうかと思ったが、女性に助けられたら彼をますます辛い立場に追い込むだろうと思って止めた。本当に辛いなら、ギャラガはとっくに除隊していた筈だ。彼はまだ頑張れるのだ。
 デネロスは緊急出動がかかった、と兄に告げた。兄がちょっと不安そうな顔をしたので、彼女は笑って見せた。

「国家機密だから言えないけど、戦闘はない仕事だから安心して。」

 自室に戻り、急いで荷造りした。ピクニックでないことは十分承知していたが、リュックに林檎を入れるのを忘れなかった。そして分解したアサルトライフルも入れた。重たくて好きでない防弾ベストも入れた。”ヴェルデ・シエロ”は昨年迄防弾ベストなど使ったことがなかった。しかしケツァル少佐が裏切り者の憲兵隊員に横から撃たれると言う前代未聞の不祥事が起きて以来、警備班と野外警備の隊員には防弾ベストの着用が義務付けられた。ヘルメットと軍靴をクロゼットから出して、着替えを始めた。野戦服でばっちり決めて行くのだ!



第2部 節穴  15

 「サン・ホアン村へ行きたいかって?」

 テオは思わず大声を出してしまった。エル・ティティ警察の事務所の中だ。巡査達と、サン・ホアン村から来た男2人が振り返った。彼は慌てて電話に手を当てて声のトーンを落とした。

「今、サン・ホアン村の住民が例の遺体を引き取りに来ているんだよ。」
ーー笛が村人の物だと確認が取れたのですか?

 日曜日の朝、電話をかけて来たケツァル少佐は、「ブエノス・ディアス」と挨拶するなり、いきなり「サン・ホアン村に行きたくないですか?」と質問して来たのだ。テオは面食らってしまった。昨日遺体の身元が判明したので少佐の電話に掛けたら、マハルダ・デネロス少尉が出て少佐は軍事訓練中で出られないと言った。デネロスも同じ訓練に参加していたのだが、捕虜の役なので荷物置き場に「監禁」されて退屈していた。遺体がサン・ホアン村の占い師の可能性があると彼女に伝言を頼んだ。

「スィ、占い師のフェリペ・ラモスの笛だって村長が確認した。村の近所の遺跡が荒らされていたので、様子を確認したラモスがオルガ・グランデへ出かけてそれっきり帰らなかったと・・・」
ーー遺跡が荒らされたと、村人が言ったのですか?
「スィ。昨日、俺はマハルダにもそう言ったけど?」

 電話の向こうで少佐が舌打ちするのが聞こえた。どうやらデネロスは遺跡荒らしの情報を伝え忘れたらしい。文化保護担当部らしからぬ失態だ。

ーー村人は今日帰るのですか?
「ノ。今日はこれから墓掘りだ。帰るのは明日だな。」
ーー貴方だけでも今夜中にオルガ・グランデに行けませんか?

 テオはバスの時刻を考えた。日曜日の午後はグラダ・シティ行きがあるが、反対方向のオルガ・グランデ行きはなかった。しかし・・・

「知り合いがトラックでトウモロコシを運ぶから、便乗させて貰えば夕方には着くかな?」

 ちょっと期待して尋ねた。

「君は基地にでも行くのかい?」
ーー私は行きません。

 テオはがっかりした。そうだろうな、遺跡荒らしの情報がマハルダで止まっていたのだから。
 少佐は別の人間を派遣することを伝えた。

ーーステファン大尉とギャラガ少尉が行きます。基地で落ち合って下さい。
「え? カルロが行くのかい?」

 驚きだ。大統領警護隊の本隊に呼び戻されてからステファン大尉と会えなくなって、寂しかったのだ。腹違いの姉そっくりの、あのツンデレ男が懐かしい。
 さらに少佐が嬉しいことを言った。

ーー漏れなくマハルダも付けます。

 基地に民間人のテオが行くことを伝えておくと言って、少佐は電話を切った。テオは楽しい気分になった。すぐにトウモロコシ農家の知人の家に行かなくては。その前にゴンザレスに出かけると伝えなくては。大学にも明日は帰れないので火曜日の講義を休むと伝えなくては。月曜日は講義がないので、気が楽だ。ところで・・・
 テオはふと思った。

 俺は何をしにサン・ホアン村へ行くんだ?


第11部  神殿        23

  一般のセルバ共和国国民は神殿の中で起きた事件について、何も知らない。そんな事件があったことすら知らない。彼等の多くは”ヴェルデ・シエロ”はまだどこかに生きていると思っているが、自分達のすぐ近くで世俗的な欲望で争っているなんて、想像すらしないのだった。  テオは、大神官代理ロア...