2023/12/07

第10部  依頼人     4

  テオは客を彼の研究室に案内した。学生達が数人いたが、呼ぶまで待機と命じて退室させた。
 ロバートソンは改めて身分を示す名刺とパスポートを見せた。

「フローレンス・エルザ・ロバートソン、動物学者です。主にネコ科の動物を研究しています。」

 テオは彼女の名刺を眺めた。現在の職場の住所と連絡先が書かれていた。彼女が経歴をネットで確認しても良いです、と付け加えた。

「大使館で貴方のことを尋ねた折に、貴方がアメリカ人に対してあまり良い心象を持っていらっしゃらないと聞きました。貴方の側の詳細は存じませんが、お仕事を依頼するために、私のことをある程度知って頂いた方が良いと思います。」

 それでテオはその場でネット検索をさせてもらった。フローレンス・エルザ・ロバートソンはカリフォルニアの大学を出て、博士位を取っていた。母国ではピューマの研究をしていた。ピューマの生息域を調査して大陸を南下して、セルバ共和国に来た。そこで彼女はセルバの風土が気に入った。彼女自身の研究地域は南米まで延長されていたが、住居と収入を得るための職はセルバ共和国にあった。セルバ野生生物保護協会はいくつかの企業が出資して設立した財団で、彼女はそこでネコ科動物担当のリーダー的存在だった。
 テオは彼女のプロフィールを読み終えると、彼女に向き直った。そして遺伝子学者として当たり前の質問をした。

「何か新種の動物でも発見されましたか?」

 ロバートソンが首を横に振った。

「そうだとよろしいのですが・・・お断りされても仕方がない依頼内容です。」

 彼女は持って来た大ぶりの手提げバッグから慎重に一つの箱を出した。お菓子の紙箱だったが、中身は綿が詰めてあり、ビニル袋が大事そうに入れられていた。テオはその袋の中身を見て、当てずっぽうだったが勘に従って言った。

「骨片ですか?」
「スィ。」

 ロバートソンはアメリカ人同士でもスペイン語で喋り続けた。

「多分、人間だと思うのです。」

 テオは思わず彼女の顔を見た。ロバートソンは30代半ば。赤みがかった金髪で日焼けした顔に薄い青の目が悲しげに輝いていた。

「2月前、私達の仲間が一人、行方不明になりました。」

と彼女は語り始めた。

2023/12/06

第10部  依頼人     3

  その日の午後の授業がそろそろ始まろうかと言う頃、グラダ大学のカフェで生物学部遺伝子工学研究室の准教授テオドール・アルストは友人の考古学部教授フィデル・ケサダ教授と宗教学部教授ノエミ・トロ・ウリベ教授と共にお茶をしていた。シエスタで眠っていた脳を覚醒させるためだ。うんと濃いコーヒーを飲みながら、3人は次期学長選挙の予想を立てていた。テオは准教授だしセルバ国籍を取得してまだそんなに年数が経っていないから、選挙は問題外だ。ケサダとウリベ両教授は人望があるが、どちらも研究旅行などで大学を空けることが多いから、事務仕事が多い学長など無理な話だった。だから3人はお気楽に候補に上がっている他の教授達の批評をしていた。そこへ事務長が一人の女性を案内して近づいて来た。

「教授方、こんにちは。」

と事務長は挨拶して、礼儀として返事を待った。一番年長で女性のウリベ教授が代表して挨拶を返した。

「こんにちは、事務長。貴方がここへ顔を出すのは珍しいですね。」

 事務長は滅多に学生達が多いカフェにやって来ない。彼は真面目な顔で頷いた。

「お客を案内して来ました。アルスト准教授・・・」

 呼ばれてテオはわざとらしく彼を見た。事務長が後ろで控えていた女性を手招きして、紹介した。

「セルバ野生生物保護協会のロバートソンさんです。」
「ロバートソンです。宜しく。」

 白人女性だった。スペイン系ではない。テオは彼女にアメリカの匂いを嗅ぎ取った。服装がラフで活動的な運動部の学生が好んで着るシャツとボトムだが、中古のブランド物だと思われた。シャツの上に薄いベストを着ていて、胸に野生生物保護協会のロゴが入っていた。テオは立ち上がり、彼女が差し出した手を取り敢えず握って握手した。

「テオドール・アルストです。失礼ですが、アメリカの方ですか?」

 ロバートソンは頷いた。

「スィ、アメリカ人ですが、こちらの自然に魅せられてかれこれ10年程住んでいます。動物を密猟をから守る活動をしています。」

 彼女はテオをグッと見つめた。

「准教授に相談したいことがあって来ました。どこかでお話し出来ないでしょうか。」


2023/12/05

第10部  依頼人     2

  ティコ・サバンをその場に待たせて、ンゲマはセルバ国立民族博物館に電話を掛けた。恩師の恩師、ファルゴ・デ・ムリリョ博士の電話番号は知っていたが、直接掛けるのは気が進まなかった。大先生は電話に出たくなければ無視する。ンゲマは無視されるのが嫌だった。
 電話に出たのは博物館の職員で、館長は執務室にいると言った。そして有無を言わせず電話を館長執務室に回した。職員も館長に電話に出るか否かお伺いを立てて、拒否されたら掛けて来た人に断らなければならない、それが嫌なのだ。
 電話が繋がった。ンゲマは相手より先に喋った。

「グラダ大学のンゲマです。」

 すると、彼が驚いたことに、館長は機嫌が良かった。電話の向こうで、「ハイメか」と彼の名前を呼んでくれたのだ。

「スィ、お仕事の邪魔をして申し訳ありません。先生に面会を希望する人がここにいますので、少し時間を頂きたく思いました。」

 ンゲマは素早く電話をサバンの口元へ持って行った。サバンはちょっと驚いた表情を見せたが、すぐに電話に話しかけた。それはンゲマが知らない先住民の言葉だった。
 短い遣り取りの後で、サバンは別れの挨拶らしき言葉を呟き、電話をンゲマに返した。ンゲマが画面を見ると、既に通話は終わっていた。

「グラシャス、先生。」

とサバンは丁寧にンゲマに頭を下げた。そしてくるりと向きを変えると、空港ロビーの雑踏の中に消えて行った。
 ンゲマは暫くその後ろ姿を目で追っていたが、すぐに先刻の出来事を忘れることにした。セルバ共和国の先住民には他人に詮索されることを極端に嫌う習性がある。それは白人でもメスティーソでも同じだが、この国の先住民は特にその傾向が強い。サバンが古い言語を使って喋ったのも、ンゲマや周囲を歩いている通行人に話の内容を聞かれたくなかったからだ。
 ンゲマは頭を切り替え、早く家に帰ろうと歩き出した。


2023/12/04

第10部  依頼人     1

  グラダ大学考古学部准教授ハイメ・ンゲマは短い休暇を終えてグラダ・シティの大学へ戻ろうとしていた。発掘中のカブラロカ遺跡のことや論文や学生達のことを暫し忘れて、ベリーズの遺跡をお気軽に観光して来た。同業者に会うこともなく、学術的な話をすることもなく、仕事から離れて、彼自身の趣味を探求する心だけを満たす旅だった。旅行中に得た知識が、現在彼が研究中のセルバにおける古代の裁判方法とどう繋がりがあるのか、そんなことは今考えないでおいた。詳細に写真を撮ったし、書籍も購入した。それは後日じっくり眺めることになるだろうが、今は自宅である職員寮に帰ってスーツケースを置き、昼寝をしたい。
 彼がタクシー乗り場へ向かっていると、声を掛けて来た人物がいた。

「ンゲマ先生。」

 聞き覚えのない声だったが、はっきり聞こえた。彼は歩きながら振り返った。インディヘナの年配の男が立っていた。都会の人間ではない、とンゲマは断じた。発掘現場周辺でよく見かける地方の住民だ。知り合いではないが、ンゲマは地元民との繋がりを大切にする主義だった。地元民は遺跡やそれにまつわる言い伝えを教えてくれる大事な情報源だ。
 彼は足を止めた。

「スィ、私がンゲマです。」

 男が近づいて来た。服装から、カブラロカやオクタカスではなく、もっと北部のティティオワ山東部の住民だろうと思われた。だがアスクラカンではない。
 男は丁寧に右手を胸に当ててセルバ式挨拶をした。

「サマルのティコ・サバンと申します。突然の声掛けの無礼をお許し願いたい。」

 ンゲマも同じ作法で挨拶を返した。

「ハイメ・ンゲマ、グラダ大学考古学部准教授です。どのようなご用件でしょうか?」

 すると男は、言った。

「貴方の先生に私を紹介して頂きたい。」

 ンゲマは正直なところ、内心ガッカリした。彼の師匠は有名だ。有力な遺跡に関する情報はいつも師匠の下に集まって来る。

「恩師ケサダのことでしょうか?」

 すると男は表情を変えずに言った。

「その先生の先生に・・・」


2023/02/26

第9部 セルバのアメリカ人      12

  マイロがカフェ・デ・オラスを出て間も無く携帯に電話がかかって来た。画面を見るとアダン・モンロイだった。

ーー今何処にいる?
「文化・教育省の前だ。」
ーー予定がなければ、今夜一緒に飯を食わないか?

 有り難かった。孤独感を覚えかけていたマイロはそのお誘いに乗った。モンロイはマイロが何度か連れて行かれたバルを指定し、半時間後に2人はそこのカウンターで出会った。
 ビールで乾杯して、モンロイは役所に何の用事があったのかと尋ねた。

「役所じゃないんだ、下のカフェで生物学部のドクトル・アルストと会っていた。」
「研究の話かい?」
「ノ、今朝初めて会って、ランチに誘われたんだが、僕はすっぽかしてしまって。」

 あれ?とマイロは思った。どうしてすっぽかしてしまったのだろう。理由を思い出そうとしたが、思い出せなかった。モンロイがのんびり尋ねた。

「ランチって、キャンパス内のカフェで?」
「スィ。彼は学生達と野外活動した後で・・・」

 モンロイが朗らかに笑った。

「それじゃ、別にすっぽかしても誰も怒らない。教授同士のランチだったら、失礼になるだろうけど、学生達と教師が一緒のランチは誰でも参加OK、勝手にドタキャンOKさ。君が参加しようがしまいが、アルストは気がつかなかっただろうし。」
「そんなものなのか?」
「そんなもの、セルバ流だ。」
「だが、アルストはアメリカ人だ。」
「元、だよ、彼は僕等以上にセルバ人になりきっている。」

 モンロイは愉快そうだ。

「それで、さっき彼に謝っていたのか?」
「そうなんだ・・・」

 謝罪の他にも何か喋った様な気がするのだが、マイロはそれも思い出せなかった。モンロイがチラリとバルの壁の時計を見た。

「この時刻だったら、役所は閉庁だな。ドクトル・アルストは1人だったかい?」
「スィ、彼は1人だった。」

 他に誰かいたっけ?マイロは何か記憶の一部が欠落している感が拭えなかったが、やはり思い出せなかった。モンロイは彼に視線を戻した。

「閉庁時間にあの店にいたんだったら、ドクトルはロス・パハロス・ヴェルデスと一緒だったと思うがな?」
「ノ、誰も来なかったぞ。」

 僕はずっとドクトル・アルストと2人で喋っていた。マイロはそう信じていた。モンロイはそれ以上突っ込まなかった。彼が店を変えようと提案したので、マイロはその前にトイレを借りると言って、店の奥に向かった。モンロイは携帯を取り出し、メールを打った。

ーー彼は全て忘れている。

 速攻で返信が来た。

ーー了解。

 モンロイはその遣り取りを削除した。

 行きつけのバルに入った大統領警護隊文化保護担当部の隊員達とテオドール・アルストはテーブル席に陣取った。ロホの携帯にメールが着信したので、ロホは素早く返信して、その遣り取りを削除した。そして上官に報告した。

「彼は忘れたそうです。」
「何を?」

とテオが無邪気に質問した。少佐が彼に説明した。

「貴方が通話をオンにしてさっきの男性との会話を私に聞かせてくれたでしょう?」
「スィ。彼の方から俺に面会を求めて来たので、どんな内容なのか不安になってね。案の定彼は大使館の人間に接触されていた。」
「ダニエル・ウィルソンに関しては、遊撃班が対処してくれます。私はカフェで彼が私達と会ったことを忘れさせたのです。大使館が彼に接触しなければ、放置出来たのですけど。」
「俺はウィルソンとやらが彼に言ったことを不愉快に感じたけど、彼も俺の過去に不審を抱いただろうからな・・・忘れてくれた方が、今後も彼と話を交わしやすいよ。」

 テオはロホを見た。

「彼の周囲に監視を置いているのかい?」
「特に彼を対象にしている訳ではありません。”砂の民”に情報収集係として仕える古の子孫がいるように、我が警護隊にもそう言う役目の人がいます。何か一族に関わることがあれば細やかに報告してくれる奇特なボランティアです。そのうちの1人がたまたま彼と友達になったと言うだけです。」
「細やかに?」
「スィ。彼が普段と違う行動を取ったら、教えてくれる。そして、これもたまたまですが、その人の窓口が私なのです。」

 すると、アスルが言った。

「アメリカの政府機関から来た医者だからな、遊撃班も監視している。マーゲイは彼にナワルを見られたらしい。ロホの情報提供者が野良猫だと誤魔化してくれたそうだが。」
「もしかして、マイロがオルガ・グランデから帰る道中に車に乗せた太平洋警備室の隊員も、彼を監視するのが役目だった?」
「恐らく本部からの指示でしょう。だから航空機を飛べなくしたのも太平洋警備室の仕事ですよ。ただあの監視はマイロを警戒すると言うより強盗や山賊から警護する意味もあったでしょうね。」
「あの人は良い人です。楽しい思い出だけを持って帰国して欲しいです。」

とアンドレ・ギャラガが言って微笑んだ。




2023/02/25

第9部 セルバのアメリカ人      11

  大統領警護隊の隊員達が全員立ち上がった。テオドール・アルストも立ち上がった。マイロは入り口の方向を見て、やはり立ち上がった。近づいて来るのが上官だからではなく、先住民の美女だったからだ。先に来ていた4人の隊員より年長だろうがまだ若い。そして歩き方が堂々として力と自信に満ち溢れているように見えた。まるで雌のライオンが近づいて来る様だ。否、ここは中米だ。彼女は雌のジャガーだ。
 部下達が敬礼で迎え、彼女も敬礼で返した。ほんの一瞬だ。他の客が気付く暇もない程に。アルストは優しい笑みで彼女を迎えた。

「お疲れ!」
「グラシャス。」

 彼はマイロを手で指して彼女に紹介した。

「グラダ大学医学部微生物研究室のアーノルド・マイロ博士だ。ドクトル、こちらは大統領警護隊文化保護担当部指揮官ミゲール少佐です。」
「初めまして。」
「初めまして。」

 少佐も握手をしてくれなかった。彼女はアルストの隣に座り、彼女が座ったので隣のテーブルの部下達も座った。

「彼はシャーガス病の予防を研究しているんだ。」

とアルストが彼女に説明した。

「俺は今朝初めて彼に会ったんだが、その時にうっかり彼の専門を無視して治療薬の開発をしてくれと的外れな要求をして、彼を困らせてしまった。」
「いいえ、困ってなどいませんよ。」

 マイロは苦笑した。

「ただ現場が求めていることに僕の研究がすぐに役に立てないのがもどかしいと言うだけです。」
「私には科学の難しい話は分かりません。」

と少佐が言った。

「でも時間がかかると言うことは知っています。貴方の研究がいつか実を結ぶ日が来ることを願っています。」

 隣のテーブルで2人の先住民の部下達が相談を始めた。夕食をどの店で取ろうかと言う内容だ。魚が良いとか、カーラが休みとか、そんな言葉が聞こえたが、マイロを誘う提案は出なかった。
 マイロはそろそろ退散した方が良さそうだと感じた。相手は軍人で、先住民で、そこにアメリカ政府から良くない心象を持たれている元アメリカ人が加わったグループだ。
 マイロは腰を上げた。

「僕は寮へ帰ります。」
「そうですか、お気をつけて・・・」

 アルストが立ち上がって握手してくれたが、引き留めなかった。マイロは座ったままの女性軍人を見た。彼女が顔を上げて彼の目を見た。


第9部 セルバのアメリカ人      10

  大統領警護隊と名乗ったからには、彼等は全員軍人なのだ。しかしマイロの目の前にいる若者達はTシャツにデニムパンツと言うラフな姿だった。ただ庶民と違うのは、彼等は薄手であるがジャケットを着ており、その下にホルダーに収まった拳銃を装備していたことだ。
 セルバの軍人らしく彼等はマイロと握手してくれなかった。そして隣のテーブルに腰を落ち着けた。彼等が注文を始めたので、マイロは仕方なく席に腰を下ろした。アルストがクスッと笑った。

「まだセルバの習慣に慣れていないんでしょう?」
「そうです。助手から度々注意されますが、どうしても挨拶に握手をするものだと体が動いてしまう・・・」
「親しくなれば握手してもらえます。」

 ギャラガと目が合った。少尉が質問してきた。

「もう強盗事件のショックは無くなりましたか?」
「有り難う、山の様な報告書と事情説明と電話でくたびれましたがね。」

 だが別のショックを今経験したところだ。

「君は軍人だったんですね。てっきり学生かと思って・・・」
「学生です。通信制ですが。軍人と二足草鞋と言うより、軍務に必要なので勉強しています。」
「文化保護担当部は考古学の履修が必要なんですよ。」

とデネロス少尉が教えてくれた。

「私達は、我が国の文化遺産を守ることが任務です。遺跡発掘申請の審査や盗掘から遺跡を守る仕事をしています。だから普段はこんな格好でオフィスにいます。」

 彼女は楽しそうに笑った。彼女の2人の上官はマイロに関心なさそうで、それぞれ携帯の画面を眺めていた。

「普段着で勤務出来るんですね。」

とマイロはオルガ・グランデから帰る時に同乗させた若い軍人を思い出して言った。

「西からこちらへ帰って来る時に、頼まれて大統領警護隊の隊員を1人車に乗せました。彼は軍服を着ていたなぁ。」

 へぇっとアルストが反応した。

「頼まれて?」
「スィ、太平洋警備室とか言う部署から本部へ出かけるとか何とかで、その時に飛行機が飛べなかったんです。それでホテルを出る時に声をかけて来て・・・」

 そこで初めてマイロは重大な謎に気がついた。

「どうして彼は僕がグラダ・シティに帰るって知ったんだろう? ホテルの前で待っていたかの様な・・・」

 彼はドキリとした。カフェ・デ・オラスにいる4人の大統領警護隊の隊員達が無言で彼を見たからだ。
 テオドール・アルストがその沈黙を破った。

「その隊員の名前は?」
「ブラス・オルニト少尉。」
「誰か知ってるか?」

 アルストの問いに、クワコ中尉が頷いた。

「アスクラカン出身の警備班のヤツだ。以前時々サッカーの練習に来ていたが、最近顔を見ないと思ったら、太平洋警備室に転属していたのか。」
「良い人ですね。アスクラカンで実家に泊めてくれました。強盗に僕は所持金を盗られたので、助かりましたよ。」
「ガソリン代は出さなかったでしょ? その代わりの親切よ。」

とデネロス少尉が笑った。
 するとマルティネス大尉が入り口に目を遣って呟いた。

「おっ、やっと指揮官殿がお出ましだ。」


第11部  神殿        23

  一般のセルバ共和国国民は神殿の中で起きた事件について、何も知らない。そんな事件があったことすら知らない。彼等の多くは”ヴェルデ・シエロ”はまだどこかに生きていると思っているが、自分達のすぐ近くで世俗的な欲望で争っているなんて、想像すらしないのだった。  テオは、大神官代理ロア...