2024/06/10

第11部  石の名は     10

 シエスタの邪魔をして申し訳なかった、とロホは年上の部下に謝罪した。ガルソン中尉はそんな低姿勢の彼にびっくりした様だ。そして工場のポットからコーヒーを汲んで、3人はやっと昼食を始めた。
 テオは世間話がしたくなった。そちらの方がガルソンもロホも気楽だろうし、工場の人々に聞かれても問題なさそうだ。

「パエス少尉とは、あれから連絡を取り合っていますか?」

と尋ねると、ガルソンは首を振った。

「彼と私は特に話すこともないので、あれから接触はありません。しかし妻同士は同じアカチャ族です。夫が転地させられた軍人の妻同士と言う仲間意識もあるのでしょう、頻繁に電話やメールのやり取りをしている様です。だから双方の夫の行動も互いに筒抜けです。」

 彼が苦笑したので、テオとロホも笑った。民間人の妻が夫達の任務内容を把握出来る筈はない。彼女達がわかる範囲の噂話の交換なのだ。パエスの妻は北部国境の町で起きる小さな事件などの話をするのだろうし、海がもたらす食材の話もするのかも知れない。ガルソンの妻は大都会の生活の苦労などを語るだろう。そして互いの子供達の成長の話もするだろう。パエスの子供達は妻の連れ子で”ティエラ”だ。普通の人間だ。しかしガルソンの子供は父親が”シエロ”で、子供達も半分”シエロ”だ。だからガルソンは、”ヴェルデ・シエロ”のことを何も知らない妻に代わって一族のことを子供に教えなければならない。しかし軍人である彼は普段は家に帰れないので、代わりに教えてくれる人を得た。彼が以前勤務していた大統領警護隊太平洋警備室の元指揮官カロリス・キロス中佐だ。キロス中佐はある事件で失態を犯し、さらに体調を崩して、除隊した。そしてグラダ・シティで子供相手の体操教室を開いている。普通の人間の子供を対象としているが、ガルソン中尉の様に普通の人間と結婚して生まれたミックスの子供達の”シエロ”としての教育も引き受けてくれているのだ。 

「中佐は本当に子供の扱いがお上手で、私は安心して子供達を任せています。」

とガルソンが穏やかに言うと、テオとロホもその話に熱心に耳を傾けた。テオは”ティエラ”だ。 ”ヴェルデ・シエロ”のケツァル少佐との間にもし子供が生まれれば、やはりキロス中佐の様な教育をしてくれる人が必要になる。それはロホも同じだった。彼の恋人はケツァル少佐の異母妹で、彼女は白人の血と普通のメスティーソの血も受け継いでいるミックスだ。当然子供もミックスだから、やはり純血種の様な教育は十分ではない。

「キロス中佐にはこれからもお元気で子供達の教育に励んで頂きたいものだ。」

とロホが囁いた。

「私の子供もいつかお世話になるやも知れない。」


2024/06/09

第11部  石の名は     9

 「生贄?」

 テオは眉を顰めた。しかしロホには予想がついていたのか、表情を変えなかった。

「貴方の部族の習慣ではなかった、言い伝えを聞いたことがある、と言うことだな、中尉?」
「スィ。それも昔話として、村の年寄りから聞いた程度です。水が少ない土地で雨乞いに生贄を捧げていた、と。」

 ガルソン中尉はちょっと視線を空に向けた。ビルとビルの谷間の広場の様な空間だ。雨さえ降らなければ、車両整備工場はこの広場いっぱいに車両や部品を広げて作業する。スコールが発生しやすい夕刻迄にその手の作業をやってしまって、後はガレージに車を入れて最後の仕上げをするのだ。そしてその日ガルソン中尉が持ち込んだジープが広場の真ん中に鎮座していた。テオが見たところ、ヘッドライトが片方取り外されているだけで、他に故障はなさそうだった。ランプ切れなのだろう。大統領警護隊は簡単な整備もこの工場に依頼しているのだろうか。
 晴れ渡った空から、ガルソン中尉は視線をロホに戻した。

「オエステ・ブーカの現族長セフェリノ・サラテの連絡先を教えましょうか?」
「セフェリノ・サラテ?」

 テオはどこかで聞いた名だ、と思った。するとロホが言った。

「面識がある。ドクトル・アルストと一緒に会いに行ったことがある。」

 彼は自分の携帯を出して、記録を検索し始めた。テオも考えた。そして、どこでその名の人物と会ったのか思い出した。

「『七柱のテロ』事件の時に、ロホにお祓いを依頼して来た人だな?」

 ロホが指で画面を繰りながら頷いた。

「村の川が殺人事件で汚されて、お祓いを頼まれました。」

 怪訝な表情のガルソン中尉にテオは彼の記憶を呼び覚ます説明をした。

「ほら、貴方がパエス少尉を爆弾捜索の助っ人として本部に紹介してくれた、あの事件ですよ。」
「ああ・・・」

 ガルソン中尉はテロ事件を思い出したが、それが故郷の族長とどう繋がるのか、理解出来ないらしい。ロホは検索に飽きたのか、手を停めて、中尉を見た。目を見て”心話”で事情を伝えた。ガルソンが「なるほど」と頷いた。

「セフェリノ・サラテは私の叔父の一人です。言い伝えの詳細は知らないと思いますが、村の古老を知っていますから、紹介してくれると思います。既にサラテとお会いになっているのですから、私の紹介は必要ありませんな。連絡先だけ教えます。」

 ロホは自分の携帯をガルソンの方に差し出した。

「申し訳ない、サラテの番号を見つけ出せない。それから中尉、貴方の番号も教えて頂きたい。これからも西のことで相談したいことがあれば、助けて欲しい。」

 年下の上官から頼まれて、ガルソン中尉は穏やかな笑みを浮かべ、頷いた。

2024/06/08

第11部  石の名は     8

 「石が雨を降らせた?」

 テオは驚いて声を上げてしまった。広場の反対側で弁当を食べていた車両工場の従業員達が振り返ったので、彼は慌てて声を顰めた。

「紅い石は雨を降らせる石なのですか?」
「私は詳しくありません。」

とガルソン中尉は予防線を張った。

「言い伝えと言うより、噂話のレベルで聞いてください。オルガ・グランデの北の砂漠地方に住んでいた種族に伝わっていた雨乞いの儀式の話です。」
「ラス・ラグナスはオルガ・グランデの北の砂漠地方にあった遺跡です。」
「そうですか・・・その・・・ラグナスと言うからには、大昔は沼でもありましたか?」

 テオはロホを見た。ロホもテオを見た。それからガルソン中尉に向き直った。

「これは別件で私の後輩達がその遺跡に出かけた時に見た、精霊の仕業だ。」

 そして相手の目を見た。再び”心話”だ。恐らくマハルダ・デネロスとアンドレ・ギャラガが遺跡で見た往古の農村の”夢”だ。ラス・ラグナスの土地の精霊が2人の”ヴェルデ・シエロ”に見せた大昔の村が栄えた時代の景色だった。芦原と水を湛えた沼と平和な農村の姿。
 「おお・・・」とガルソンが溜め息を漏らした。

「精霊が若い隊員にそんな風景を見せてくれたのですか・・・」
「空の神と大地を繋ぐ役割のコンドルの神像の目を盗まれたので、精霊が人に助けを求めたのだと思う。だが、コンドルは人に危害を加えなかった。」

 ”心話”を使えないテオは”ヴェルデ・シエロ”達がどんな素敵な風景を見たのか、わからなかった。こんな時、ちょっぴり悔しい。

「俺には、コンドルの神様と、血を吸う紅い石が同類とは思えないな。」

と彼は言った。ガルソンも頷いた。

「私も”心話”で見た限り、その石に邪悪なものを感じました。神聖なものとは思えない。」
「それで・・・」

 ロホが先ほどの話の続きを催促した。

「中尉が聞いた雨乞いの儀式とは、どんなものなのですか?」

 するとガルソン中尉は吐き捨てる様に言った。

「生贄を捧げるのですよ。古代史では珍しくないでしょうが・・・」

第11部  石の名は     7

  大統領警護隊警備班車両部のホセ・ガルソン中尉と出会うのは、案外簡単だった。車両部は警備班だけでなく大統領警護隊全部の車両を管理・整備している部署なのだが、隊員は僅か5名で、毎日誰かが修理が必要な車両をグラダ・シティの下町にある契約工場に持ち込んで、工場が作業している間監視しているのだ。5人だから単純にシフトを考えると5日に1回はガルソンが工場にやって来る。軍隊だから週末に休む訳ではないので、家庭持ちのガルソンが2週間に1日休日をもらうことを考慮に入れても、適当に工場に出かければ彼と出会うことが出来たし、彼の同僚に託けすることも出来た。また、大統領警護隊と契約している車両工場は、当番の隊員がいつ来るか教えてくれなかったが、こちらも伝言はしてくれた。
 会議があったその昼過ぎに、テオの電話にガルソン中尉その人からかかってきたので、ちょっと質問したいことがあるので会えないかと訊くと、丁度工場に着いたところだと返事があった。それでテオが、持ち場を離れられない中尉の為に昼食を買って持って行く、と告げると、中尉は喜んで待っていると答えた。
 ロホに伝えると、彼もすぐに行くと答えたので、結局テオは大学のカフェで3人分のサンドウィッチを買って出かけた。
 車両工場へ入っていく路地の入り口でテオとロホは出会った。

「大学のカフェの食い物だけど、かまわないよな?」

とテオが言うと、ロホが笑った。

「私は母校の食事を気に入っていました。ガルソン中尉が本部から持って来る弁当はどうせ固いパンだけですから、喜びますよ。」

 ガルソン中尉は工場長と車の前で打ち合わせをしていた。工場はシエスタに入っていたので、工場が再稼働する迄時間があり、中尉にも時間があった。監視は、工場の人間が悪さをしなければ閑職なのだ。
 大尉まで昇進したのに、不祥事を起こして中尉に降格になったガルソンは、10歳以上も年下の大尉であるロホに敬礼して挨拶した。ロホも相手に気を遣わせたくなかったので、素直に受け入れて、上官として振る舞った。

「まず、複数の人間を通して私に伝わった情報を知ってもらいたい。」

とロホは”心話”でガルソン中尉にことの経緯を伝えた。上手に情報をセイブして、個人名が伝わらないように注意を払った。だからガルソンが受け取った情報は、「一族の人間がラス・ラスラグナス遺跡に出かけ、連れの”ティエラ”の男性が山で石を拾った。その男性は数日後自宅でミイラ同然の姿になって大統領警護隊文化保護担当部に保護された。彼は水晶に似た真っ赤な石を握っていたが、その石は現在行方不明である。石は呪いの道具であると思われるので、早く回収されることが望まれる。」 だった。ガルソンは、カサンドラ・シメネスが見たディエゴ・トーレスが石を拾ったと思われる動作を見て、ミイラ同然のトーレスを見て、トーレスの手から転げ落ちた石を見た。
 ”心話”は一瞬のものだが、終わるとガルソン中尉は不思議そうにテオとロホを見た。

「あの石が”ティエラ”の男の生気を奪った?」
「俺は見ていないので、なんとも言えない。」

とテオが言うと、ロホも肩をすくめた。

「正直に言うと、まだあの石の正体がわからない。だが、男が死にかけた理由があの石だと思えるだけなのだ。」

 黙り込んだガルソンにロホが尋ねた。

「貴方は知らなくても、何かそんな伝説を耳にしたことはなかっただろうか? 一族の伝説でなくても良い。ラス・ラグナスは”ティエラ”の遺跡だから、オルガ族やアカチャ族の言い伝えでも構わない。」
「私は20年近くアカチャ族と暮らしましたが・・・」

 ガルソン中尉は首を傾げた。それからロホを見た。

「その”ティエラ”の男が死にかけた以外に、何か変わったことは起きませんでしたか?」
「ノ、特には・・・」

 ロホもトーレスを保護した時のことを思い出そうと試みた。

「石を救急隊員が盗んだことしか・・・あ、変わったことではないが、その時、いきなりスコールが来て、それで救急隊員が患者を雨から守るものを、と2階へ上がったのだ。」
「スコール?」

 ガルソン中尉が反応した。

「何時のことです?」
「だから、昨日の午後、トーレスの家で彼を見つけた後・・・」

 ガルソンがテオを振り返った。

「昨日、スコールがありましたか?」

 テオも首を傾げた。

「俺は大学の研究室にいたが、雨は降らなかったぞ。」
「私も本部にいましたが、雨は降っていません。」

 ロホが驚いた。

「いや、しかし、急に土砂降りになって、家から救急車へ患者を運ぶのもままならない程で・・・」

 ガルソン中尉が言った。

「その石が降らせたのです。」

2024/06/07

第11部  石の名は     6

 「祖父様は忙しくて会ってくださらなかった。父も同じだ。しかし、祖母様が・・・最近は寝てばかりなんだが、私のことは結構可愛がってくださる人で、私が実家に帰ると会いたがる。それで、彼女の部屋に行って、石で人を呪えるかと訊いてみた。」

 ケツァル少佐が身を乗り出した。マレンカ家の大刀自様は知恵と知識の宝庫だ。ロホは申し訳なさそうな顔をした。

「祖母も知らないそうです。ただ、彼女はこう言いました。」

 ロホは祖母の口真似をして、一族の言葉を囁いた。テオは”ヴェルデ・シエロ”の言語を未だに理解出来ないが、知っている単語を一つだけ聞き取った。だから口を出した。

「お祖母さんは、オエステ・ブーカが知っている、と言ったのか?」

 文化保護担当部の隊員達が彼を見た。ちょっと驚いている様子だったので、テオは自分の勘が当たった、と確信した。
 ロホが大きく頷いた。

「スィ! 祖母は西のことは西の連中に訊け、と言ったのです。勿論、西の連中とはマスケゴやカイナではなく、オエステ・ブーカ族のことです。」

 少佐が腕組みした。

「オエステ・ブーカが東海岸から西へ移動したのは遥か遠い昔のことです。ラス・ラグナスはその頃はまだ栄えた村だったと思われます。オエステ・ブーカの先祖が彼等と接触したのかどうか、調べて見る必要がありますね。」
「オエステ・ブーカなら、本部に一人いるだろう?」

 テオは車両部で勤務しているガルソン中尉を頭に浮かべた。少佐も同じ男を思い出した様だ。

「ガルソンは祈祷師の家系ではありません。でも彼は純血種ですから、彼の実家で何か伝わっているかも知れません。或いは彼方の祈祷師を紹介してくれるかも知れません。」
「私はガルソンと親しくありません。」

とロホが残念そうに言った。 ”ヴェルデ・シエロ”の習慣で初見は誰かの紹介があった方がスムーズにことが運ぶのだ。少佐がテオを見たので、テオは頷いた。

「俺がガルソンに顔を繋ぐ。彼も故郷の話をするのは嫌いじゃないらしいから。」

2024/06/06

第11部  石の名は     5

 「ところで、故買屋が警察にしょっ引かれた理由は何だ?」

 アスルが尋ねた。ギャラガは簡潔に答えた。

「最近東西サン・ペドロ通りで頻発していた空き巣が盗んだ宝石類をその男が所持していたのだそうです。」
「そいつが泥棒って訳じゃないんだな?」
「そうです。だから普通は逮捕される理由ではないのですが、内務大臣の奥方のネックレスを持っていたのが良くなかったみたいで・・・」

 大統領警護隊達は苦笑した。セルバ共和国では、窃盗は犯罪だが、盗まれた物を泥棒から買い取るのは罪と見做されない。ただ没収されることはありうる。泥棒に金を払い、物を没収されるのだ。官憲に没収する権利がない国も多いので、セルバ共和国は被害者に少しだけ親切だ。国によっては、買い取った人間の連絡先を被害者に伝えて、被害者が買い戻す交渉をしなければならないこともある。今回の故買屋は、警察機構を統率する内務大臣の妻の宝石を買い取ってしまったので、大臣に胡麻を擦りたい警察幹部の指示で逮捕された。釈放されたければ、無料で宝石を返さねばならない。

「その故買屋が謎の紅い石を救急隊員から買い取ったのなら、まだ石は故買屋の店か家にあるのね。」

とデネロスが言った。宝石に興味はないが、血を吸う石は見てみたい、そんな好奇心が彼女の中でムラムラと湧き起こっていることを、テオは感じた。

「君は君の任務に専念した方が良いよ、マハルダ、石の正体がわかるまで、関わる人間は少ない方が良いと思う。」

 彼がそう言うと、彼女はプーっと膨れた。

「わかっていますよ! 守るべき遺跡と発掘隊を見捨てる私ではありません!」

 上官達が笑った。アスルも護衛任務の最中だ。彼も石の追跡劇に関わるつもりはないのだ。だが面白い話は聞いて損しない。

「それで? 大尉は身内の爺様から何か聞いて来たんですか?」

とロホに話を降った。

2024/06/05

第11部  石の名は     4

  文化・教育省の4階の大統領警護隊文化保護担当部には「エステベス大佐」と書かれたプレートが付いたドアが一番奥にあり、その中で大統領警護隊達は会議を開く。実際には長机と椅子があるだけの小さな部屋で、モニターもホワイトボードも何もない。
 テオがそこに入ることは滅多にないのだが、その日はデネロスに案内される形で入った。

「遺跡から帰ったのかい?」

と訊くと、「報告の日です」と答えが返ってきた。中間報告をして、必要な物資を調達してまた遺跡に戻るのだ。アスルは近郊の遺跡に毎日通っている形だから、今日はスケジュールをちょっと変更しただけなのだろう。
 ロホとギャラガの昨日の任務は既に”心話”で隊員達は共有していた。だからテオが座るなり、少佐が言葉で簡単に説明した。

「アンドレは紅い石を拾ったと思われた救急隊員を追跡しました。そして彼を見つけたのですが、既に故買屋に売却された後でした。その故買屋はアンドレが居場所を突き止めた時、別件で警察に捕まっていました。アンドレは故買屋の持ち物を探りましたが、石の発見に至っていません。」
「今日はもう一度故買屋の家に行ってみます。」

とギャラガが追加した。

「その救急隊員と故買屋に石は悪さをしなかったのか?」

とテオが尋ねると、ギャラガは首を傾げた。

「2人共元気です。ただ、救急隊員が妙なことを言いました。」

 それは初耳だったらしく、全員が彼に注目した。ギャラガはいった。

「あの男は、紅い石を持っていると、妙に気持ちが良くなった、と言ったのです。」
「気持ちが良くなった?」

とアスル。 想像がつかないので、眉間に皺を寄せて見せた。ギャラガは肩をすくめた。

「”ティアラ”相手に気持ちを感じ取ることは、私には無理なので、どんな気分だったのかわかりません。ただ、その救急隊員は、頭がぼーっとする感じがして、何かおかしいと感じたそうです。恐らく、本能的に危険を感じ取ったのだと思います。」
「勘が鋭い男か、あるいは遠い祖先に一族の血が流れていたのかもな・・・」
「しかし、その頭がぼーっとする感じの原因が、紅い石にあると、その男は判断したのか?」
「あの男はディエゴ・トーレスが極度の貧血状態で倒れているのを実際に見ています。救急隊員ですから、貧血の症状はそれなりにわかったのでしょう。彼は迷信を信じていませんが、石が何か悪い物だと言う感じがしたので、さっさと金に変えようと、知り合いに教わって故買屋へ持って行ったのです。」

 手に持つだけで吸血する石? テオは背筋が寒くなるのを感じた。

第11部  神殿        23

  一般のセルバ共和国国民は神殿の中で起きた事件について、何も知らない。そんな事件があったことすら知らない。彼等の多くは”ヴェルデ・シエロ”はまだどこかに生きていると思っているが、自分達のすぐ近くで世俗的な欲望で争っているなんて、想像すらしないのだった。  テオは、大神官代理ロア...