2024/11/07

第11部  太古の血族       12

  テオは翌朝、大学に出勤すると休講の手続きをした。教授連中が気軽に休講するので、事務局はあまり良い顔をしないが、テオは真面目に授業をする教師だったので、事務員も何も言わずに休講届けを受理した。
 テオが文化保護担当部が入る文化・教育省の駐車場へ行くと、ロホが待っていた。彼の車はアスルとギャラガの組に貸して、テオの車で出かける算段だ。助手席に彼が乗り込むと、テオは行き先を尋ねた。

「君の実家へ行くのかい?」
「そう言うことになります。父と長兄が会ってくれるかどうかわかりませんが・・・会ってくれても私達の質問に答えてくれるとも思えませんが、取り敢えず行きましょう。案外女性達が何か知っているかも知れませんし。」
「君のお祖母さんの大刀自様は寝たきりだったっけ?」
「スィ、物知りですが、神殿の秘密まで知っているとは思えません。」

 テオはロホが指示する道を車を走らせた。
 ブーカ族の旧家の家は、グラダ・シティ郊外で農地が多いワタンカフラ地区と市街地の境目に近い長閑な住宅地にあった。マハルダ・デネロス少尉の実家に意外と近かったので、テオはちょっと驚いた。自転車で行き来出来る距離だ。
 家は、マスケゴ族の階段住宅のような堅固な建物ではなく、昔ながらの木造と石組を合わせた「裕福な先住民の家」だった。土台の石組みの内側は空洞で、鶏を飼っていた。高床式の木造部分が住居だ。大きなH型の家で、中央に家族が集まる広間、両翼が私的空間なのだろう。庭も広くて、乗用車や小型のピックアップトラックが数台駐車していた。

「マハルダの実家同様、農家なんですよ。」

とロホが言った。

「世間では、シャーマンみたいなことをしている農家だと思われています。一族の旧家だなんて看板を出している訳じゃありません。」

 あまりの平凡さに驚いているテオに、彼は言い訳した。

「"ティエラ”の従業員を雇っている小規模企業みたいなものです。」



2024/11/06

第11部  太古の血族       11

  ケツァル少佐は仲間を3つのペアに分けた。
 テオとロホは1組。神殿周辺の情報を集めると言う役目を与えた。テオは、己は白人だから難しいと抗議したが、無視された。ロホは親戚から当たって行きます、と答え、テオは彼が兄の本当の身分を知ってしまうのではないかと、ちょっと心配になった。
 アスルとギャラガのサッカーペアは2組。グラダ・シティ市内から郊外まで医療関連の施設を調べて、ロアン・マレンカが治療を受けていないか探す。町医者や薬屋も含めると聞いて、アスルはバスコ医師の診療所を、ギャラガはカダイ師の薬屋を思い浮かべた。
 少佐はデネロスを連れてエダの神殿に行ってみる、と言った。デネロスがちょっと不安そうな顔をした。一般人が近づけない神殿だから、大統領警護隊と言えども迂闊に入れないのだ。

「神官達はまだそこにいるのですか?」

 彼女の質問に、少佐は自信なさげに頷いた。

「帰って来たと言う情報はまだありませんから、あちらでウダウダ会議をしているのでしょう。」

 アスルは携帯で市内の地図を出した。

「私達は地区毎に順番に回ってみます。 ”ティエラ”の医者なら尋問は簡単ですが、一族の血が入っている医者はちょっと厄介です。」
「もし大神官代理が隠れて治療を受けるなら、”ティエラ”の医者の方が秘密を保てるんじゃないですか?」

とギャラガが先輩に意見した。アスルはムッとした表情で彼を見たが、反論しなかった。

「それは言えるな。難病なら、腕の良い医者にかかるだろうし、それなら”ティエラ”の医者の方が最先端の医療技術を持っているだろう。」

 いかにも現代っ子の”ヴェルデ・シエロ”だ。
 テオはロホを見た。

「俺達はどこから手をつけるんだ?」

 ロホは考えた。

「私の家族から・・・一番秘密を抱えていそうですからね。」

 テオは作り笑いをした。

「そうか・・・やっと君の家族を紹介してもらえるんだな。」


2024/10/28

第11部  太古の血族       10

 「神官全員が揃っているところで、誰かに真相を語ってもらえたら良いんですよね。」

とデネロスが言った。アスルがそれに対して言った。

「神官より上位にいる人間と言えば、大神官代理と”名を秘めた女の人”だけだ。大神官代理が病なら、話が出来るだろうか?」
「最長老会はどうなんだ?」

とテオは微かな望みを持って尋ねた。あの”暗がりの神殿”に現れた老人達が何か解決策を出してくれないだろうか。しかし、”ヴェルデ・シエロ”の友人達の表情を見ると、それは虚しい意見だとわかった。最長老達も神官には逆らえないのだ。

「ママコナに俺達が会えないことはわかっている。大神官代理はどうなんだ? その人は普段はどこにいるんだ? 神官達と一緒なのか?」

 少し間を置いて、ロホが言った。

「神官達がエダの神殿で代理の後継者を選ぶ相談をしているのでしたら、現在の代理は参加出来ませんから、神殿に残っている筈です。もし病を得ているなら、神殿以外の場所で療養されていることも考えられます。死を免れない病なら、神聖な神殿にいられませんから・・・。」

 ギャラガが恐る恐る提案した。

「私達で大神官代理を探してみませんか? 何が起きていて、それは良いことなのか悪いことなのか、お聞きしたい・・・。」

 とんでもない、とアスルが目を吊り上げかけると、ケツァル少佐が頷いた。

「それが良いかも知れません。私達在野の者に口出しする権利はないかも知れませんが、無関係な厨房スタッフを苦しめた罪は見逃せません。セルバの人民を守ると言う我々の本来の存在意義を守るためにも、今回の事件の真相を明かしましょう。」

 少佐は、司令部の大統領警護隊隊員しか知らない情報を部下達に明かした。

「大神官代理の俗名は、ロアン・マレンカ、ロホの家系とは三世代前の兄弟から分かれていますが、恐らく現在交流はない筈です。ロアンの家系は彼の代で絶えていますから。」


2024/10/24

第11部  太古の血族       9

 「それから、これも神殿近衛兵から聞いたんだが・・・」

 テオは今までとぼけていたことを謝罪する覚悟で打ち明けた。

「警備兵にあの石を渡したのは、アスマ神官だった。 神官は警備兵に『近いうちに必要になるから持っているように』と言ったそうだ。」

 少佐が咎めるように見たので、テオは急いで釈明した。

「君には言うつもりだった。君から部下達に伝えてもらえたら、と思ったんだ。夕食の後で言うつもりでいたら、カルロが来て、俺は彼の話の方に気を取られてしまって・・・」
「わかりました。」

 少佐がツンツンして言った。

「遺伝子の話が出ると貴方はそっちへ向いてしまいますからね。」

 ギャラガがクスッと笑ったが、少佐が視線を向けたので、慌てて下を見た。
 テオは先を続けろと言いたげなアスルとロホの視線を感じた。

「俺に毒の出所を調べて欲しいと依頼した神殿近衛兵は、毒を盛った人物とアスマ神官は別人だと考えているようだ。アスマ神官は同僚の誰かが何かをしでかすと予想して、偶々手に入った”サンキフエラの心臓”が必要になると考えたのだろう。」
「すると・・・」

 少佐はさっき彼に腹を立てたことを忘れたかの様に言った。

「大神官代理がお体を悪くされた。ある神官が彼の後継者を探すことを提案したが、その提案に気が乗らない神官が偶然手に入った”サンキフエラの心臓”で神官代理の病を治そうとした。しかし、あの石は一族には効かない。それを知らなかった神官は石の真贋を確認するために、大統領府厨房スタッフに毒を盛った?」

 デネロスが首を傾げた。

「つまり、神官の間で権力闘争が起きているってことですかぁ?」
「そうだろうけど・・・」

とアスルが口を開いた。

「こう言うことも考えられませんか? 石を宝物庫に入れなかったアスマ神官は、大神官代理を交代させる派で、反対派が新しく採用される大神官代理候補に毒を盛ることを恐れて石を所持していた。すると反対派がアスマ神官とその仲間を牽制するために、厨房スタッフに毒を盛って脅かした・・・」
「アスマ神官が毒消の力を持つ石を持っているとは知らずに?」

 テオが口を挟むと、今度はギャラガが言った。

「逆じゃないですか? アスマ神官派が毒を盛って、石で厨房スタッフを回復させたのでは? 反対派に、もし新しい大神官代理に毒を盛っても無駄だ、石で助けられる、とデモンストレーションして見せたのでは?」

 何だか嫌な話だった。

「神殿のことに在野の我々は口を出せませんが・・・」

とロホが言った。

「端っこの方とは言え、我々は関わってしまっています。それに上の権力闘争はいずれ我々にも火の粉が降り掛かってくるでしょう。今のうちに小火を消してしまいたいです。」

第11部  太古の血族       8

 「神官達は、自分達が幼い頃に親から離されて修行してきたから、子供を親から取り上げることを残酷だと思っていないんだ。」

とアスルが呟いた。神殿のシステム批判になりそうだったので、テオは話題の方向を変えようとした。

「ところで、警備兵に”サンキフエラの心臓”を渡した神官が誰かわかったのかい?」
「わかっても、俺たちに教えてくれやしないさ。」

とアスル。だけど、とテオは粘った。

「宝物庫は神官一人で開けることは出来ないんだろ? 神殿近衛兵立ち合いでなけりゃ、どの神官も開けられないって・・・」

 するとロホが遮った。

「どうして貴方がそんなことをご存知なのです?」

 彼はチラッと上官を見た。ケツァル少佐は、私は言ってないわ、と言いたげに首を振った。テオはうっかり口を滑らせたことを悔やんだ。しかし、さっき仲間達は他言無用の筈の情報を交換し合ったのだ。彼は腹を括った。

「実は、ある神殿近衛兵が俺に接触して来た。」

 え?と仲間達。少佐が「聞いてませんよ」とむくれた。何でも話してくれる間柄ではないのか、と文句を言いたげだったが、彼女だってテオによく秘密を持っているのだ、おあいこではないか、とテオは思った。

「その神殿近衛兵は、俺に毒を盛られた大統領府厨房スタッフの吐瀉物のサンプルをくれて、毒物の素性を割り出して欲しいと依頼して来たんだ。つまり、植物性の毒だとわかったので、その植物がどこで採取されるものか知りたかったんだ。毒を盛った神官を割り出そうとしたんだろうな。」
「神殿近衛兵が神官を疑っているのか?」
「その毒の正体はわかったんですか?」
「植物って、何です?」

 ロホとアスルとギャラガが同時に質問した。テオは両手を前に出して、まぁまぁと彼等を抑えた。

「一度に質問するなよ。順番に話すから。」

 彼は出来るだけロホを見ないように努めた。その神殿近衛兵が彼の兄貴だなんて知られたら、マレンカ家で何か騒動になるかも知れない。

「神殿近衛兵は、彼等が立ち会わなかったのに宝物庫が開かれたことで、神官に不審を抱いた。どの神官が掟を破ったのか、毒の出所を探ることで割り出そうと考えたらしい。だから俺は渡された汚物を分析して、カロライナジャスミンが使われたことを知った。その植物が生えている場所を検索して、植物園に行った。そこでは手がかりがなかったが、民間で毒物を扱っているところはないかと思い、カダイ師の薬屋を思い出した。」

 ああ、とデネロス少尉が声を立てた。彼女はテオの通訳を務めた時のことを思い出したのだ。テオは彼女に頷いて見せた。

「カダイ師は何者かに記憶を抜かれていたが、記憶を抜かれたことに気がついており、カロライナジャスミンの毒であるスンスハンの粉の在庫が減っていることにも気がついていた。ただ、レジの金が増えていたので、泥棒ではないと思い、どこにも通報しなかった。犯人は”ヴェルデ・シエロ”だと彼は考えたからだ。 これは、俺がマハルダの協力で得た情報だ。」

 そして、彼はさらに重要な情報を明かした。

「少佐は”サンキフエラの心臓”をアスマと言う神官に預けた。」

 少佐が頷いた。テオは神殿近衛兵から聞いた事実を語った。

「神殿近衛兵は誰もアスマ神官があの石を宝物庫に納めるのに立ち会っていない。つまり、神官は宝物庫を開いていないんだ。」
「つまり?」

 少佐が険しい表情になった。

「アスマ神官は自分であの石をそのまま持っていたと言うことですか?」
「スィ、神殿近衛兵はそう推理していた。」


2024/10/11

第11部  太古の血族       7

  ケツァル少佐は、異母弟カルロ・ステファン大尉がルーク・アイオラ少尉から持ちかけられた相談を、文化保護担当部の部下達にあっさりと打ち明けた。それは彼女が部下達を信頼・信用しているからだ。彼等は他の情報源から「口外するな」と言われて得た情報を、この仲間内ではあっさり喋ってしまう。しかしその逆は有り得なかった。

「グラダを祖先に持つ5歳未満の男の子?」

とロホが憂を目に湛えて呟いた。彼は当然ながらケサダ教授の家族の秘密を知っているのだ。アスルは誰からも打ち明けられたことはないが、場の雰囲気から察していた。恩師は只者ではない、と。だからその家族も只者ではない。

「あの家族はマスケゴ族だ。」

とアスルは言った。

「そうじゃなければならない。もしマスケゴでないなら、教授も、博士も博士の家族も一族に嘘をついてきたと見做されて粛清される。」
「だから、我々はあの家族のことは一切考えるな。」

とロホが後輩達に命令口調で言った。全員が頷いた。
それなら・・・

「どうやって遠い先祖にグラダがいる人間を探し出すんだ?」

とテオが言うと、彼等は逆に彼を見た。

「遺伝子の分析はどの程度まで進んでいるんですか?」

とギャラガ少尉が尋ねた。ケツァル少佐もじっと彼を見つめていた。
 テオは覚悟を決めた。

「実は、かなり進んでいるんだ。君たちに報告しなかったのは、実証が難しいからで、俺の計算や理論では、どの因子が”ヴェルデ・シエロ”であるか決定するものであるか、どれが部族の特徴を決定づけるのか、大体わかって来ている。
 ただ、普段言っている通り、サンプルになる人間が少ないので、統計的な証明も出来ないし、実際に受精卵から人間になるまでの過程を観察することも出来ない。
 だから、今生まれている子供達を検査するしかグラダ因子を持つ人を見つけることは出来ない。」

 するとデネロス少尉がぼそっと呟いた。

「物心つかない子供を親から引き離して修行させるなんて、私は反対だな・・・」


2024/10/10

第11部  太古の血族       6

  マハルダ・デネロス少尉は報告のまとめを続けた。

「神官達がエダの神殿に行った目的は定かではありませんが、あの神殿は神殿の人事を決める場所です。」

 テオはその「エダの神殿」がどこにあるのか知らなかった。初めて耳にする場所だった。しかし大統領警護隊の友人達は知っていることが常識のように、何も言わずに黙ってデネロスの言葉を聞いているだけだった。

「神殿の人事とは、即ち、新しい神官の選出、新しいママコナの決定、新しい神殿女官や従者の採用を決めることです。現在、神官は大神官代理の他各部族代表が全員揃っています。ママコナはご健在です。女官や従者に欠員が出た話は聞いておりません。ですが・・・」

 デネロスの表情が少し曇った。

「これは、私が個人的に親しい女官から聞いたことで、どうか他言無用に願いますが・・・」

 彼女は上官のケツァル少佐を見た。

「大神官代理のお体の具合がよろしくないとのことです。」

 テオはその場の空気が少し硬くなった気がした。友人達がデネロスが出した情報に驚いたのだ。アスルが尋ねた。

「どんな風に、とは聞いていないのか?」
「友人は不確かなことを私に言う筈はありませんので、彼女は大神官代理が不治の病に侵されているのではないか、と考えているのです。 それで、 最近起きた大統領府厨房の事件が関係しているのではないかと心配して私に打ち明けてくれました。」
「”サンキフエラの心臓”は大神官代理には効かなかった。あの石は”ティエラ”専用だから・・・しかし神官達はその事実をその時まで知らなかった?」

とテオはつい口を挟んだが、誰も咎めなかった。

「石の効能は役に立たなかった。だから・・・」

とケツァル少佐が話を継いだ。

「遊撃班のルーク・アイオラ少尉は神殿に召喚され、特別任務を命じられたのです。」




第11部  太古の血族       15

「サカリアスは今来客中だ。」 とテイサ・マレンカは言い、ロホとテオを家の中に案内した。大きな横長の居間が左右に広がり、しかし右側は少し入ったところで板で仕切られていた。出入り口に簾が掛かっていた。  テイサは客と弟を左側の広い空間に案内し、そこで待つように言うと、右側の簾の向こう...