2025/01/06

第11部  太古の血族       30

  彼等は数百メートル神殿に向かって進んだ。そして、デネロス少尉が前方に複数の人間の気配を察知した時、キロス中尉が言った。

「我々神殿近衛兵のキャンプです。」

 キャンプ? 言葉に疑問を感じて少尉はケツァル少佐を見た。少佐も不愉快そうな表情をした。

「貴方方は神殿に入らないのですか?」

 中尉が小声で答えた。

「入れないのです。」

 彼女が手で前進を促し、3人は開けた場所に出た。木の枝でカムフラージュされたテントが3基設営されており、4人の女性兵士がいた。4人共キロス中尉同様短槍を持っており、テントから出て来た5人目だけがアサルトライフルを持っていた。キロス中尉が訪問者を紹介した。

「大統領警護隊文化保護担当部のミゲール少佐とデネロス少尉だ。」

 そして訪問者に仲間を紹介した。

「私の部下達です。」

 つまり全員少尉だ。デネロスは奇異な印象を抱いた。

「全員女性ですね?」
「スィ。今回ここに来る任務を賜ったのは女だけです。」

 銃を持った兵士がキロス中尉のそばに来たので、キロス中尉が紹介した。

「私の副官のトーコ少尉です。残りは、アクサ、もう一人もアクサ、ナカイ、セデス、全員少尉です。アクサはマリアとカタリナ、名前で呼び分けています。」

 全員がブーカ族だ、とデネロスは思った。それも純血種だ。姓が同じなのは仕方がない。一族の人口自体が少ないのだし、家族の単位数も少ない。多分、全員がどこかの時代で親戚なのだ。
 ケツァル少佐が質問した。

「神殿に入れないとは、どう言う理由からですか?」
「わかりません。」

 中尉が腹立たしげに神殿の建物を見た。

「神官達が結界を張っているのです。」

 少佐がグラダ族の目で空中を眺めた。

「3、4人の共同作業の様ですね。一人の神官で神殿全体を覆うのは無理です。グラダでない限り。」

 彼女は微かに微笑んだ。

「私には破れますよ。結界を張っているのはブーカではない、サスコシとカイナです。どうやら、神殿の中で神官同士対立している様です。」


2025/01/01

第11部  太古の血族       29

  ケツァル少佐は直ぐに答えずに、神殿の建物の方を見た。

「神官達がこちらに集まっておられますね?」
「スィ。」
「でも大神官代理は居られない。」

 エダ神殿を守る神殿近衛隊のキロス中尉は無言で少佐を見つめた。

「重要な会議が開かれるのに大神官代理がいらっしゃらないのは、不思議ですね。」
「少佐・・・」

 キロス中尉が硬い表情で言った。

「我々は神官と会議に関する会話はしません。」
「そうでしょう、警護と議事内容は関係ありませんから。」

 少佐は中尉に視線を向けた。

「でも、おかしいと思われませんか? 大神官代理抜きで会議をなさるなど。」
「それは・・・」

 キロス中尉は少し困惑して、デネロス少尉をちらりと見た。

「こちらで会議をなさるなど、滅多にないことですし、ここで会議を開かれる場合は・・・」

 彼女が言い淀んだので、デネロスが口を挟んだ。

「この神殿で会議をなさるのは、神官が入れ替わる時ですよね?」

 上官同士の会話に口を挟んだので、キロス中尉がデネロス少尉を睨みつけたが、ケツァル少佐は無視した。

「大神官代理が来られず、会議を開くと言うことは、大神官代理が交代されると言うことですね?」
「私にはなんとも・・・」

 キロス中尉は困ってしまった様だ。そして改めて質問して来た。

「少佐は何が目的でこちらへ来られたのですか?」

 ケツァル少佐は今ではすっかり大統領警護隊文化保護担当部で出した推論の正さを確信した。

「大神官代理がご病気で引退されることを確かめに来ました。」

 キロス中尉はまた硬い表情に戻り、神殿を見た。そして囁いた。

「神殿から不穏な気が発せられています。私達近衛兵はそのために不安定な思いを感じています。」


2024/12/27

第11部  太古の血族       28

  静かに姿を現した人物は若い女性だった。ジャングルに溶け込むような色の軍服の様な物を着用し、手には銃器ではなく、驚いたことに短槍を持っていた。腰のベルトには拳銃、とデネロスは見て採った。
 ケツァル少佐が尋ねた。

「先刻の声は貴女ですか?」
「スィ」

と女性がニコリともせずに答えた。

「地声で話しかけると侮られますからね。」

 そう言う声は、容姿よりもまだ若く聞こえた。その目は、しかし、デネロスより年上に見えた。少佐が名乗った。

「大統領警護隊文化保護担当部ミゲール少佐です。隊の中ではケツァルで通っています。」

 彼女は振り返らずに手だけでデネロスを差した。

「部下のデネロス少尉です。」

 女性が名乗った。

「エダ神殿の警護を担当していますキロス中尉です。所属は大統領警護隊神殿近衛隊です。」

 デネロスは心の中で「あっ」と思った。神殿近衛隊は大統領警護隊司令部の直属部隊で滅多に他の部署の中で話題に昇らない。若い新参者の警備班隊員などは存在すら知らないのだ。遊撃班も実際の近衛隊の顔を知らないと言われるほどだ。神殿近衛隊に命令を出せるのは総司令官エステベス大佐だけと言う噂だった。デネロスはロホやアスルからチラッとその存在の話をずっと以前に聞かされただけで、今まで忘れていた。

 キロス中尉って、ファビオ・キロスの親戚かしら?

 ふと最近交際を始めた遊撃班の彼氏の顔が思い浮かんだ。そして、「いやいや、私的感情は傍に置いておけ」と己の心に言い聞かせた。
 ケツァル少佐は敬礼しなかった。向こうの方が軍人としては格下だ。しかしキロス中尉が敬礼しないので、彼女もしないのだった。
 中尉が尋ねた。

「こちらに何か御用でしょうか?」

2024/12/22

第11部  太古の血族       27

  エダの神殿は、グラダ・シティから北西へ行った場所にあり、アスクラカンとグラダ・シティ、エダを線で結ぶとほぼ正三角形を形作った。北部の乾燥地帯に近いので、森の樹木は低く細い。住民は海に近い地帯に住んでいるので、少し内陸になるエダは耕地にもならず昔から手付かずの自然が残されていた。セルバ人にとっては「禁足地」の一つで、狩猟で入ることも許されない場所だ。その痩せた森の中に背の低いピラミッド状の石組が隠れるように建っていた。周囲には平屋の石の家屋が互いに少し距離を空けて取り囲んでいた。
 マハルダ・デネロス少尉は初めてエダに足を踏み入れた。森の中に入ると空気が張り詰めた感触で、肌にチクチクするような気分を味わった。

「なんだか不快なんですけどぉ・・・」

と彼女は少し先を行く上官に感想を述べた。

「ミックスの私はここへ入っちゃいけないんでしょうか?」

 ケツァル少佐が振り返った。

「そんなことはありません。私も少し気分が沈んでいます。ここの空気が神官達の気分を反映しているのでしょう。」
「では、神官達が何か問題を抱えていると言うことですか?」
「そのようですね。」

 森の地面には、よく見ないとわからない石畳の道が付けられており、2人はそこを歩いていた。苔で軍靴の底が滑りそうだ。
 突然、少佐が足を止め、片腕を横に伸ばして手のひらをデネロスに向けた。止まれと言う合図だ。デネロスは無言で従った。手にはアサルトライフルを持っている。聖域に武器を持ち込むのは喜ばれないことだが、少佐が持っているようにと言ったのだ。その少佐もライフルを装備していた。もし神官か誰かが苦情を言えば、屋外行動の基本装備だと主張する。
 デネロスは前方から微かな足音が近づいて来るのを聞き取った。 ”ヴェルデ・シエロ”でも軍人でなければ歩くときに物音を立てる。 ”ティエラ”の耳に聞き取れなくても、大統領警護隊なら聞き取れた。そんな程度の音だった。
 ケツァル少佐がライフルを前方に向けて、声を出した。

「止まれ! こちらは武装している。大統領警護隊だ。」

 音が止まった。ちょっと驚いたらしい呼吸が聞き取れ、やがて男性の声が聞こえた。

「こちらはエダの神殿の守り人だ。何故に大統領警護隊がここにいるのか?」

 少佐が答えた。

「貴方のお顔を見てからお答えしよう。」


2024/12/18

第11部  太古の血族       26

  テオ、ロホ、アスル、ギャラガはテオの車で、テオとケツァル少佐のアパートに向かった。道中、誰も口を聞かなかった。かと言って、車内で緊張していた訳でもない。運転しているテオを除いて、3人の大統領警護隊隊員は寝ていた。
 夕刻前だったが、テオは友人たちを伴って帰宅した。少佐とデネロスはエダの神殿に出かけて今夜は帰らないから、テオは車を出す前に家政婦のカーラに電話をかけて、4人分の夕食を頼んでおいた。夕食が出来上がるまで、彼等はテオのスペースの居間に入って、水だけでこれまでの経過を報告し合った。
 アスルとギャラガは”ヴェルデ・シエロ”の医療に携わる人々を訪ねて、「貴人」の診察を頼まれたことはなかったかと訊いて歩いた。そうした人々は普段は別の仕事を持っていて、医師の真似事が出来るなんて周囲の人間に悟られないよう生活しているのだ。しかし大統領警護隊の訪問を受けて、正直に答えてくれた。誰も大神官代理を診察したことはなかった。しかし、最後にギャラガが、大統領警護隊警備班に勤務する仲間の実家を思い出した。アフリカ系の血が流れる”ヴェルデ・シエロ”の医師ピア・バスコは西洋の医学を修め、町医者として地域医療に献身している女性だ。アスルは大神官代理が白人の医療を受けるだろうかと疑問を抱いたが、他に訪ねる目的地も無くなったので、ギャラガに逆らわず、バスコの診療所を訪問した。そして、バスコ医師はロアン・マレンカを診察したことを打ち明けた。それはアスルとギャラガが大統領警護隊だから、と言うより、息子達の災難に関わって、一家を助け支えてくれた人々だったからだ。

「あの尊いお方は、末期の膵臓癌に侵されています。」

 彼女は大神官代理の病状を説明し、グラダ大学付属病院を紹介したことを明かした。だから、アスルとギャラガは病院に行って、テオとロホに出会ったのだ。
 テオもロホの実家へ行って、マレンカ家の長兄サカリアスから情報をもらったことを語った。アスル達が足を使って得た情報を、こちらは座って話を聞くだけで得たのだから、申し訳ない感じがしたが、アスルは何も言わなかったし、ギャラガは「よく教えてくれましたね」と感心した。兄弟だから教えてくれた、なんて考えないのだ。彼等はロホの実家が一族の最高機密を扱う家族だと知っている。それも家長と後継者しか伝えられない機密だ。四男なんて、そんな機密事項に触れることすら許されない、とアスルもギャラガも承知していた。

「兄はあまり神殿の権威を信頼していないようだ。」

とロホが苦笑した。

「ところで・・・」

とテオが彼に振った。

「君は大神官代理から、何か聞いたんじゃないのか?」


2024/12/13

第11部  太古の血族       25

  テオはロアン・マレンカの担当医の名前を聞いてから、礼を言って、ロホと共に歩いて行った。エレベーターに乗っても良かったのだが、大統領警護隊の隊員達はエレベーターを嫌う。扉が開いた時に外で敵が待ち構えていたら、狭い空間で戦わなければならないからだ。
 階段を上って行くと、3階の通路に知った顔を見つけた。テオより先にロホが声をかけた。

「クワコ中尉とギャラガ少尉、ここで何をしている?」

 何をしているのか、当然わかっていたが、敢えて尋ねた。アスルとギャラガは民間療法士の伝を手繰って大神官代理の行方を探していたのだ。恐らく、ここを聞き出して到着したのだ。
 声をかけられて、2人がビクッと振り返り、上官と親友を認めて緊張を解いた。彼等は敬礼して、それから小声で言った。

「あの人がここにいるって聞いたもので・・・」

とアスル。彼等も到着したばかりなのだ。多分、受付を”幻視”で誤魔化して、通るところを見えないようにしてやって来たのだろう。テオは大神官代理の居場所はそんなに極秘事項じゃないのだな、と思った。たった半日で2つのグループが突き止めてしまったのだ。
 ギャラガがさらに声を顰めて囁いた。

「かなり容態が悪い様です。」

 彼等は3号室の前にいた。ロホはドアを開けずに中の様子を手を扉の表面に当てて伺った。

「まだ死霊の気配はない。」

と彼は囁いた。
 通路に彼等以外の人間がいないことを確かめてから、ロホはドアをノックした。数秒待ってから、部下達とテオを振り返った。

「入室のお許しが出た。」

 恐らく気の動きでも感じたのだろう。彼は静かにドアを開くと、部下達とテオを先に入れ、己は最後に入った。
 テオは機械に繋がれた男性をベッドの上に求めた。先住民の男性で、病気で衰弱して老齢の様に見えるが実際はまだ40代の筈だ。痩せこけて、酸素マスクの下で静かに呼吸をしていた。ロホがベッドの病人の頭の横に近づき、右手を左胸に当てて自己紹介した。 ”ヴェルデ・シエロ”の言語だったが、テオは彼が部下達とテオも紹介したことがわかった。
 その後の説明は、”心話”だった。重病人に負担をかけずに複雑な会話が交わせるのだ。
 テオはロアン・マレンカが口元に苦笑とも思える小さな笑みを浮かべたのを見逃さなかった。きっとロアンの部下の神官達が彼の後継を巡ってドタバタしていることを知って、苦笑したのだろう。
 ベッドの上の男性は、死を前にして穏やかな表情をしていた。もう儀式もしきたりも掟も政治も関係ない時間を送っているのだ。
 不意にロアンがロホの手を掴んだ。骨だけのような細い手にいきなりギュッと力強く掴まれて、ロホが驚いた。大神官代理は彼の目をグッと見つめた。ロホは緊張した面持ちになり、言葉で何かを伝えた。ロアンが微笑み、彼を離した。
 ロホが恭しく頭を下げたので、アスルとギャラガも彼に習った。テオも訳がわからぬまま、真似をした。
 ロホが体の向きを変えた。

「さぁ、お暇しよう。」


2024/12/12

第11部  太古の血族       24

  テオとロホはグラダ大学医学部付属病院の駐車場に到着した。ロホが鼻をひくつかせた。

「病院の臭いって、本当に嫌です。」

と彼が呟いた。

「昔はそうでもなかったのですが、肩の手術を受けてから、どうしてもあの時のことを思い出してしまって・・・」

 彼が何を言っているのか、テオはすぐに悟った。ロホは反政府ゲリラに誘拐されたテオを救出に行って、ゲリラの親玉に肩をナイフで刺されたのだ。親玉は”出来損ない”の”ヴェルデ・シエロ”で、一族の扱い方を心得ていた。ロホがジャガーに変身して逃げないように、肩の関節辺りを深く刺して、体を変化させられないようにしたのだ。ロホはもう少しで左腕を失うところだった。テオ、ケツァル少佐、ステファン大尉が力を合わせて彼を救出し、少佐の応急処置でロホは助かった。今は、すっかり回復して「記念に」傷跡を残す程度だが、やはり当時の記憶は嫌なものなのだ。

「今日は君の診察じゃないから、気にするなよ。」

としかテオは言えなかった。忘れてしまえ、なんて言えない。ロホの負傷はテオを救出した時の代償だったのだから。
 2人は車から降りて、病院の正面玄関から入った。付属病院はセルバ共和国で最高の医療技術と最新の医療設備を備え、最高の腕を持つスタッフが働いているが、料金が安いのでいつもショッピングモールの様に賑わっていた。少なくとも、外来のスペースは、混雑していた。
 よく知った場所をテオはロホを先導して歩いて行き、入院病棟の受付へ辿り着いた。名前は覚えていないが、顔は見知っている女性スタッフに声をかけ、ロアン・マレンカと言う人物が入院していないかと尋ねた。個人情報だったが、テオが大学の職員で、医学部でも彼に色々頼ることが多かったので、あっさり要求は受け入れられた。スタッフはパソコンで検索した。

「セニョール・マレンカは緩和ケア病棟の3階3号室です。」

 緩和ケア病棟、と聞いて、ロホが眉を上げた。大神官代理はもう余命何もないのではないか?


第11部  神殿        23

  一般のセルバ共和国国民は神殿の中で起きた事件について、何も知らない。そんな事件があったことすら知らない。彼等の多くは”ヴェルデ・シエロ”はまだどこかに生きていると思っているが、自分達のすぐ近くで世俗的な欲望で争っているなんて、想像すらしないのだった。  テオは、大神官代理ロア...