2025/02/28

第11部  内乱        23

 「それにしても・・・」

 テオは一つ納得出来ないことがあった。

「たった3人の神官が謀反を起こした訳でしょう? それもサスコシとカイナ族だと聞きました。他の神官は、ブーカ、オクターリャ、マスケゴ、グワマナ、彼等の方が人数が多いし、強いんじゃないですか? どうして3人の神官が大神官代理を呪うことを見抜けなかったのか、阻止出来なかったのか・・・」
「どうしてだと思う?」

 ムリリョ博士が不気味な微笑みを一瞬浮かべた。ロホが暗い顔をした。

「テオが挙げた残りの神官の中に、まだ誰か裏切り者がいるのですね?」

 博士は答えなかった。しかし彼は沈黙を以て肯定することが多い。そして、表立って公表しない時は、”砂の民”が粛清に動くのだ。ムリリョ博士には裏切り者の特定が出来ているのだろう。しかし公表出来る物的証拠がないのかも知れない。いや、状況証拠だけでも”ヴェルデ・シエロ”の幹部達は評決を下す。長老会は隠れた裏切り者の神官の処分を”砂の民”に一任したのだ。
 テオは神殿で働いているロホの兄ウイノカ・マレンカが心配になってきた。彼が今回の内乱に巻き込まれていることは確実だ。どちらの陣営に巻き込まれているのか、テオにも仲間にもわからない。だが、粛清の対象になって欲しくない。
 彼は博士に尋ねた。

「神殿内で働く近衛兵や女官や事務官って言うかそう言う労働者は、事件に加担しているんですか?」

 博士がピクリと眉を動かした。ロホがテオを見たが、何も言わなかった。言わなかったが、テオがウイノカを案じているのだと悟った。

「悪いこととわかって手を貸していたら、処罰されるだろうな。」

とだけ博士は言った。
 彼は椅子から立ち上がった。そしてロホに言った。

「長居した。儂に連絡を取る必要はない。お前の叔父が神殿を訪ねることがあれば、それが返答になる。」


2025/02/27

第11部  内乱        22

 「弱い呪いは、指導師の資格を持つ者であれば祓える。しかし、死に至る呪いは、かけた本人でなければ解けないと言われている。」

 テオはムリリョ博士が何を言いたいのか、ぼんやりと理解した。ロホの親族に、他人がかけた死に至る最悪な呪いを緩和させる力を持つ人がいるのだ。テオはその人と会ったことがないし、名前も知らないが、その人が頭部を”ヴェルデ・シエロ”の爆裂波で損傷した一般人を救った話を最近聞いた。

「博士は大神官代理の病を治したいと仰るのですか?」

 テオはムリリョ博士が他人に口を挟まれるのを嫌うことを承知で尋ねた。

「大神官代理は末期の膵臓癌だと聞きましたが・・・」

 すると、やはり思ったことをアスルが口に出した。

「癌ではなく、爆裂波の傷なのですか?」

 ムリリョ博士は2人を交互に見た。その目は怒っていたが、若者達の不作法を怒っているのではなかった。

「おう、それよ! 白人の医療では癌としか言いようがなかっただろうが、ロアン・マレンカが膵臓を傷つけられ、機能不全になってしまったのは、カエンシットの大馬鹿者の仕業だ!」

 ギャラガが大きく息を吐いた。

「それは、大罪です! 一族への叛逆ですよ、博士!」
「左様、叛逆だ。」

 ムリリョ博士はロホに向き直った。

「本来なら、これは長老会の中で話し合われ、外部には漏らさぬ次元の事案だ。カエンシット、アスマ、エロワの3人は叛逆者として処分されねばならない。しかし、あの者達に大神官代理にかけた呪いを解かせる訳にはいかぬ。さらに暴走する恐れがあるからな。」
「それで、私の叔父に大神官代理の治療を依頼したいと?」

 この「叔父」は親族の目上の男性と言う意味だ。ロホの両親の兄弟ではない。
 ムリリョ博士は頷いた。

「長老会の総意だ。最初に世襲制の考えを口にした長老は深く反省し、引退する前に大神官代理が快復することを願っている。」
「叔父に連絡を取ってみます。」

とロホは少し自信なさそうに言った。必ずしも彼の叔父が大神官代理を救えると確約出来ないのだ。
 アスルが博士に質問した。

「3人の叛逆者は捕まえてあるのですね?」
「勿論だ。」

 博士はムッツリした顔で答えた。

「神殿近衛兵の女性部隊がとっ捕まえた。お前達の指揮官とブーカの小娘も一緒だ。こんな時は・・・」

 彼はボソッと言った。

「男の近衛兵共はあれやこれや思案が多くて動くのが遅いことよ・・・」



2025/02/26

第11部  内乱        21

 「ママコナ様はどんな夢を見られたのです?」

 ママコナは名前ではない。巫女と言う意味だ。セルバ共和国でママコナと言えば普通は”曙のピラミッド”に住まう大巫女のことを意味する。国民の誰も彼女の顔を見たことはないし声も聞いたことがないが、彼女が存在していることは周知の事実だった。彼女はセルバ共和国を大きな自然災害から守っている、そう言う信仰が古代から連綿と続いているのだった。だから、彼女が見る夢も、神官達は大真面目で解釈を試みる。

 テオの質問に、ムリリョ博士は困った様な目をした。

「あの聖なる娘は、白いジャガーの夢を見たと言ったのだ。」

 え? っとテオは思った。ロホもアスルもギャラガも動じた様子を見せなかったが、沈黙が驚きを表している、とテオは思った。

「その・・・白いジャガーの夢の意味は・・・?」
「大神官の代替わりだ。」

 すると歴代の大神官代理が代わる度に、その前に巫女様は白いジャガーを夢に見ているのか。
 テオは、”名を秘めた女の人”がケサダ教授と会ったことがないことを知っている。しかしママコナは全ての”ヴェルデ・シエロ”の本質を知っていると言われている。彼女がケサダ教授の家に息子が生まれたことを知らない訳はないだろう。半分グラダの男の子だ。純血種の”ヴェルデ・シエロ”だ。大神官になる資格を持つ子供だ。そして、現在の大神官代理は瀕死の病状にある。”名を秘めた女の人”は、ケサダ教授の息子を大神官候補にせよと夢でお告げをしたのだろうか。
 しかしムリリョ博士は、孫のことを心配しているのでもなさそうだった。

「ロアン・マレンカは呪いで死の床に着いている。呪いを祓えば、彼は復調する・・・」

 博士の視線がロホに向けられた。ロホがドキリとした表情になった。

2025/02/23

第11部  内乱        20

  ムリリョ博士がセキュリティカメラに映った。カメラを睨んでいるので、テオはインターコムで部屋の階数を告げた。 ”ヴェルデ・シエロ”はエレベーターの使用を好まないが、年を取った博士は渋々ながらエレベーターで上がって来た。テオはエレベーターを降りたところの狭いロビーで出迎えた。彼の階は最上階でドアが2つある。どちらもケツァル少佐所有の部屋だが、テオが使用している部屋へ博士を招き入れた。
 博士は夜分遅い訪問を詫びることなく、リビングに入った。そこではロホ、アスル、ギャラガが整列して博士を迎えた。博士は床の片隅に集められた毛布やシュラフをチラリと見てから、若者達に頷いた。

「お前達、3人が大神官代理に面会したのか?」
「その通りです。」

 代表してロホが答えた。博士がまた尋ねた。

「ロアン・マレンカは病気の原因を言ったか?」

 アスルとギャラガがロホを見た。大神官代理と”心話”で話をしたのはロホだけだ。ロホは宙に視線を向けて、肯定した。

「スィ、大神官代理はカエンシット神官に呪いをかけられたと仰いました。」

 え?! とテオはロホを見た。アスルとギャラガも目を見張って上官を見た。ムリリョ博士だけが表情を変えずにロホを見つめた。

「カエンシットに呪われたと言ったか?」
「呪いをかけたのはカエンシット神官一人、しかしアスマ神官とエロワ神官が力を貸したと・・・。」

 博士はいつも不機嫌そうな顔をしている人だが、この時は鬼の様な形相になった。

「神官が人を呪うなど、あってはならぬ。ましてや大神官代理を害するとは。」
「訊いて良いですか?」

とテオが口を出した。ムリリョ博士が彼の存在を思い出した様な目で振り返った。

「なんだ?」
「そもそも今回の出来事は、何が原因で起きているのですか? 神官同士の権力闘争ですか?」

ふん! と博士はいつもの表情に戻った。苦虫を潰した様な顔だが、これが普段の表情だ。

「権力闘争? ああ、その通りだ。長老会と神官達が合同で会議を開いた時に、長老の一人が最近の神殿の影響力低下を嘆いたのだ。政府が神殿の言うことを聞かぬとな。神殿の意向は長老会の意向であり、一族の安定の為のものである。政府が打ち出す政策は決してセルバ人民に幸福を約束するものとは限らぬ。ごく少数の大企業や富豪に幸福を与えるだけだ。だから、もっと神殿の力を政府に及ぼすべきだ、と。すると別の長老が、”名を秘めた女”が最近見た夢の話をした。しなくとも良い余計な話だ。」

 テオは科学者だが、セルバに住み着いて以来、呪いや夢の話にすっかり慣れっこになってしまっていた。セルバ人はキリスト教徒が大半を占めるが、古代からの呪いや夢占いも信じている。だからムリリョ博士の話を彼は真剣に聞くことが出来た。

第11部  内乱        19

  実際のところ、ムリリョ博士がやって来るのにどのくらい時間がかかるかわからなかったので、アスルはリビング中央のソファの上に横になり、ギャラガもいつもの様にシュラフに体を入れた。テオはロホと向かい合ってテーブルに着いて、アルコール度数の低いビールを飲んだ。

「実を言うと、俺は君が俺には教えてくれていない秘密を抱えているような気がするんだ。」

とテオは言った。昼間、ロホは病院で病気の大神官代理と”心話”で話をした。その後、少し口数が少なくなったのだ。大神官代理が3人の神官と後継者選考に関する方法で意見の対立があった、と語ったことは、食事の時にテオ、アスル、ギャラガに話してくれた。しかし彼は部下の2人と目を合わさず、何か含んでいるような話し方をした。アスル達もそれに気づいている様子だったが、彼等は上官を信じて何も言わなかった。
 ロホは小さな溜め息をついた。

「貴方方に言わない方が安全だと思ったので、少佐が戻られるまで私の胸の内にしまっておくつもりだったのです。しかし、ムリリョ博士がここに来られると言うことは、それに関係していることかも知れません。」
「ムリリョ博士と一緒に俺達も聞いた方が良いのかな? それとも、俺は白人だから知ってはいけないことなんだろうか?」
「白人だから、と言う理由で貴方を疎外するつもりはありません。多分、本当は私も知るべきでなかったのかも知れません。」

 彼は一瞬視線を宙に泳がせた。

「こんな場合、サカリアスやウイノカだったら、どうするかなぁ・・・」
「ウイノカ?」

 テオは懐かしい名前を聞いた様な気がした。神殿で事務関連の業務をしているとロホが信じていた3番目の兄だ。しかし、テオと出会ったウイノカは、彼もまた大統領警護隊の隊員で神殿近衛兵と言う役職だと言っていた。そしてロホは、長兄からその3番目の兄の正体を知らされたばかりだった。

「3番目の兄ウイノカ・マレンカは神殿近衛兵だったのです、テオ。大統領警護隊の司令部直下の役職で・・・ああ、貴方は彼に会って毒の分析を依頼されたのでしたね。」
「スィ、サカリアスはウイノカが大神官代理から勅命を受けて、グラダ族の子孫を次の大神官に立てようとする神官の動きを報告する役目をしていたと言ったんだよな? その神官達は長老会に唆されている・・・。」

 テオは疑問を感じた。ムリリョ博士は長老会の一員だが、養子のケサダ教授がグラダ族であることを必死で隠している。彼は長老会から浮いているのだろうか。
 その時、コンドミニアムの正面玄関を入ったところにある各入居者の郵便受けに取り付けられたチャイムが鳴った。


2025/02/21

第11部  内乱        18

 大統領警護隊文化保護担当部の友人達がテオの部屋に泊まることになった。寝具の準備は必要ない。彼等はどんな場所でも眠れる訓練を受けているし、テオの部屋にはソファがあるし、彼等は頻繁に泊まっていくので、毛布やクッションはクローゼットに入っている。
 銘々が好きな場所に寝場所を作っていると、テオの携帯に電話がかかって来た。画面を見ると、考古学のケサダ教授だったので、何の用だろうと思いつつ電話に出た。

「オーラ・・・アルストです。」

 ケサダ教授の低い声が向こうで囁いた。

ーー博士がそちらへ行きます。

 そして切れた。え? とテオは思わず電話を見つめた。博士とは、ファルゴ・デ・ムリリョ博士のことに違いない。あの白人嫌いの博士が俺のところへ? 
 困惑する彼の呼吸に気がついたアスルがそばに来た。

「良くない知らせか?」

 テオは彼を見た。

「良いのか悪いのか、わからない。ムリリョ博士がこちらに来ると、ケサダ教授から前触れがあった。」
「え?」

 ロホもギャラガも驚いてテオを振り返った。

「ムリリョ博士がここへ?」
「何の用事ですか?」

 アスルが心配そうな表情になった。

「ドクトル、あんた、何か彼を怒らせるようなことをしたか?」
「ドクトルだけじゃないだろう。」

とロホが呟いた。

「私達全員で、大神官代理の病室に押しかけてしまった。そのメンバー全員がここにいるんだからな。」
「”砂の民”恐るに足らずです。」

とギャラガが不安を吹き飛ばそうと空元気で言った。

「ここにいるのは、ブーカとオクターリャ、そして不祥グラダです。マスケゴに負けませんよ。」
「博士が一人で来るとは限らないぞ。」

とテオは言ったが、”砂の民”が複数で粛清に乗り出した話は聞いたことがなかった。それに博士の性格なら、どんな問題も単独で対処するだろう。

「出来るだけ、平素の態度で迎えよう。」
「いや、不意打ちを食らったふりをしよう。」

とアスルが提案した。

「ケサダ教授が俺達に告げ口したとバレても気の毒だろう。」

 

2025/02/20

第11部  内乱        17

  例によって、エダの神殿の内部で実際に何が起きていたのか、神官からの説明はなかった。ただ9人の神官は、捕縛されている3人の神官が世襲制採用を唱え、他の神官と対立したこと、大神官代理の病に何らかの関係があること、グラダ族の血を引く子孫を探せと言う案が実は3人の神官の親族の子供を神官に据えるための方便であったと近衛兵と文化保護担当部の隊員に教えてくれた。

「彼等自身は子を成せない。神官は子供の時に選ばれ一生独身で終わる。しかし親族から新たな神官が出れば、己の権力を維持出来る。」
「独身だったら世襲制は絶対不可能でしょう?」

とデネロス少尉はいつもながら大胆に発言した。神官の話を遮るなど、最低の非礼なのだが、ケツァル少佐は容認した。話を遮られたマスケゴ族の神官がムッとした顔になったが、女性達は誰もデネロスの発言を咎めなかった。彼女は正論を言ったのだ。神官は結婚も事実婚も出来ない、それが古代からの伝統でしきたりだった。

「確かに、世襲制は無理だ、今のしきたりではな・・・」

 マスケゴ族の神官は溜め息をついた。

「権力を握るとしきたりを変えられると考えたのだ、彼等は・・・」

 超能力の使用を不能にする「抑制タバコ」を吸わされて意識朦朧としている3人の神官を他の神官達が運ぶ準備をしていた。近衛兵は手伝わない。彼女達の任務は警護で雑用ではない。

「”入り口”が近くに現れるのが、1時間後だ。」

とスワレ神官が言った。 空間通路の入り口のことだ。普通は出現している”入り口”を探して使うのだが、神官ともなると空間の歪みの動きを計算し、”入り口”や”出口”の出現を読み解ける。これは神官以外の修行をしていない人間には不可能なことだ。

「”入り口”がグラダ・シティの神殿に繋がる時間はそれほど長くない。我々は眠らせた3人を連れて神殿に戻るが、近衛兵の半分は別通路で戻ってもらわなくてはならない。文化保護担当部も申し訳ないが・・・」
「お気遣いなく。」

と少佐は言った。キロス中尉も、そんなことは承知していると頷いた。

「後発の人員は決めておきます。神官様達は出発までお休みください。今まで強いストレスのもとでいらしたのでしょう。」

 女性の心配りに、スワレ神官は頭を下げた。

「かたじけない。我々は普段近衛兵と口をきくことも少ない。話す相手はもっぱら男の近衛兵ばかりで、君達は遠い存在だった。これからは、君達のことも頼りにしていこう。」
「どうしてここへ女性ばかり連れて来たのですか?」

と、またデネロス少尉が尋ねた。するとグワマナ族の神官が答えた。

「破廉恥な理由だ。あの3人は自分達の子供を作りたかった、とだけ答えておく。」


第11部  内乱        25

 テオが彼自身の寝室に入ってすぐに電話に着信があった。見るとケツァル少佐からだった。 ーー1人ですか? 「ノ、ロホ、アスル、それにアンドレがリビングにいる。」 ーーでは、1分後に行きます。  テオは急いで寝室を出てリビングに向かった。そこでは大統領警護隊の男性隊員達が寝る体制に入...